実際の相談事例を基に、離婚とお金について解説する本連載。今回の相談者は、50代の男性。住宅ローンの繰り上げ返済を視野に入れてバリバリと仕事に励んでいましたが、忙しさのあまり夫婦の会話は減り、結婚生活は19年目に破綻に至りました。相談者は自宅マンションの売却を考えたものの、不動産会社からまさかの事実を告げられ、身動きが取れなくなってしまいました。持ち家離婚カウンセラー・入江寿氏はどのように助言したのでしょうか。

住宅ローンを前倒しで返済するためにバリバリ働く相談者

今回のクライアントは50代のご夫婦。初めて筆者の事務所に問い合わせをくれたのは、ご主人の高田敦さん(仮名)でした。敦さんは穏やかで、ゆっくりと話をされる方でしたが、少し焦った様子も垣間見えました。

資料を指さしながら相談の経緯を説明してくれた敦さんによると、高田さん夫妻は離婚をすることになり、敦さんが共有名義の自宅マンションの売却に向けて動き出したところ、トラブルが発生したとのことでした。銀行や弁護士事務所・司法書士事務所に相談を持ち掛けたものの明確な回答は得られず、知人の紹介で筆者のところにたどり着いたようです。

敦さんが妻・広子さんと出会ったのは、90年代前半に新卒で電気関係の会社に就職してから数年後。敦さんは、細かい所に気配りができて話しやすい広子さんに惹かれ、何度かお食事に出かけた後、交際を申し込んだそうです。見事結ばれた2人は、交際開始から2年後に結婚に至りました。

結婚と同時に、2人はそれぞれの職場に通いやすい川崎市内の賃貸マンションで暮らし始めます。結婚の2年後には長男が、さらに3年後には長女が産まれました。その頃、「子どもが小学校に入る前に家を持とう」と計画していた2人は、同じ川崎市内に約4,000万円台の新築マンションを共有名義で購入したのでした。

敦さんは50代を目前に控えた5年前、サラリーマンとして長らく続けてきた電気関係の仕事で独立し、事業を始めました。敦さんの誠実な人柄もあってか、独立してからも仕事はひっきりなしに入り、売り上げを順調に伸ばしてきたそうです。仕事には大いにやりがいを感じており、マンションのローンを前倒しで返済すべく、バリバリと仕事に励んでいました。

すれ違いの生活が続き離婚を決意…自宅マンションはどうする?

転機が訪れたのは2年半ほど前、結婚19年目のことでした。

広子さんから突然、「離婚してほしい」との申し出があったのです。

思いもよらぬ妻の告白に敦さんは動揺し、虚しさとも悔しさともいえない感情に苛まれたといいます。

看護師として勤めていた広子さんは、長男の出産後は時短勤務に切り替えたものの仕事を続けながら、家事と子育てをすべて担い、敦さんを支えてきました。独立したばかりの敦さんも当然ながら忙しい日々を過ごしていたため、ここ数年は夫婦のコミュニケーションは極端に減り、すれ違いの日々が続いていました。

そんな生活を続けるうち、広子さんは密かに「子どもが成人したら、離婚しよう」との思いを強めていったのです。

広子さんからの突然の申し出に呆然としてしまった敦さんですが、「家族のために、こんなに仕事を頑張ってきたのに……」と考えを巡らせるうちに怒りにも似た感情が湧いてきて、吹っ切れたように「それなら離婚だ!」「家は売るから!」と伝えました。

2人は離婚に向けて動き出すことで一致しましたが、自宅についての考え方はすれ違いました。自宅を売却してローンを清算した後、財産分与を行おうと考えた敦さんに対し、広子さんは「子ども達と一緒にマンションに住み続ける」というのです。

2人の話し合いは平行線をたどりました。

敦さんは、3人分の婚姻費用約25万円に加え、住宅ローンと管理費・修繕費を合わせて月々約16万円の支払いを抱えています。その上で、賃料を払って自分の部屋を借りるのは経済的に難しいと考え、実家に戻ることを決断しました。

別居開始から2年。離婚調停がスタートした頃、敦さんは不動産会社に自宅マンションの売却査定を依頼しましたが、担当者からの回答は思いもよらぬものでした。

「ご依頼いただいた査定の結果ですが、1,960万円で買い取りさせていただければと思います」

その時点での住宅ローン残高は2,600万円。つまり、ローン残高が自宅の時価を600万円以上も上回る「オーバーローン」の状態に陥っていたのです。

仮にいますぐ自宅を売却しようと思えば、ローン残高と物件価格の差額である約600万に加え、70万円ほどの仲介手数料と引っ越し代金がかかることになります。引っ越し先での生活を始めるにあたっては、新しい家具や生活用品を一式揃える必要もありますから、かなりの自己資金が必要になるということです。

物件の売却益で財産分与しようと考えていた敦さんにとって、売却益が出るどころか、最低でも700万程度は現金を用意しなくてはならないという現実はあまりにもショッキングで、血の気の引くような思いがしたといいます。

持ち家離婚カウンセラーのアドバイス

今回のケースのように、 自宅を売却査定に出したところ、オーバーローンが発覚して困り果ててしまう事例は少なくありません。

オーバーローンでいますぐには売却できない場合、自宅と住宅ローンの名義を自宅に住み続けたい妻に一本化するという解決策が考えられます。この方法であれば、現状のローン名義人である夫がオーバーローンと諸費用の負担をせずに済むばかりか、ローンの名義人が妻に一本化されるため、夫の負債もなくなるのです。

しかし、「離婚」を理由とするローン名義の一本化について、快く引き受けてくれる銀行を見つけるのは簡単ではありません。銀行はそもそもそうしたニーズに対応する商品を持っていないことに加えて、「虚偽離婚」の形で離婚して、新たに契約した住宅ローンを別用途に使われるリスクを恐れています。そのため、個人で交渉を行うのは非常に難易度が高いのです。

「銀行がダメならば」と、司法書士や弁護士にアドバイスを仰いで名義変更を行ったところ、実はそれが現在借り入れを行っている銀行との契約違反だった、というのはもっとも恐ろしいケースです。最悪の場合、銀行から一括返済を求められることもありますから、まずは一度、既存の銀行との「金銭消費貸借契約書」に目を通しておきましょう。

方策が決まり、急速に動き出した離婚調停

自宅と住宅ローンの名義人を広子さんに一本化するという解決策が決まり、離婚調停の動きは急速に進みます。

敦さんとの面談から1週間後には、広子さんとご自宅近くのファミレスで打ち合わせを実施。離婚後の生活に対し不安を抱えている様子の母を心配してか、娘さんも同席していました。夜勤明けで疲れた様子の広子さんに今後の動きについて細かく説明し、前もって伝えてあった広子さん個人情報に関する資料を受け取ります。

名義の一本化という方策は決まったものの、ローンの審査は難航することが予想されました。

広子さんがフルタイムの仕事に復帰してまだ1年も経っていなかったためです。しかし、広子さんに何種類もの書類を用意してもらい、銀行と粘り強く交渉を重ねた結果、同じ病院で長く勤めてきた点、広子さんの仕事が専門性の高い仕事である点が評価され、なんとか事前審査の承認をとることができました。

敦さんも広子さんも、「早く離婚したい」という点では一致していましたので、その後は最短で名義変更の手続きに着手しました。

今後は成人した2人の子どもと暮らしながら、自分でローンを返済していく覚悟を決めた広子さん看護師としてのキャリアアップ・年収アップのために、日常の業務をこなしながら難関資格の取得に向けて勉強を続けています。

一方、離婚を決意してから実家に戻った敦さんは、最近体調を崩すことも増えてきた80代の両親との同居生活を続けることを決めました。独立から5年が経過して安定期に入った事業を続けつつ、両親の近くにいてあげたいとの思いから、実家の一部を改修して作業場を増築する計画を立てているとのことです。

(※写真はイメージです/PIXTA)