米国は中国内政への不当な干渉控えろ
アントニー・ブリンケン米国務長官と中国外交トップの王毅共産党政治局員は7月13日、インドネシアの首都ジャカルタ市内のホテルで会談した。
ブリンケン氏が国防当局間の対話再開を呼び掛けたが、中国側が応じなかったと明らかにした。米メディアによると、会談は約90分間行われた。
王毅氏は台湾問題を巡って、「米国は中国内政への不当な干渉を控えるべきだ」と牽制した。
米国が中国の李尚福・国務委員兼国防相に科している制裁措置などを念頭に、「中国への違法で理不尽な制裁」を撤回するよう求めた。
米政府からはジャネット・イエレン財務長官も今月、北京を訪れ、中国の李強首相や経済閣僚らと会談した。
7月16日からはジョン・ケリー大統領特使(気候変動問題担当)が中国を訪問する予定である。
バイデン政権の主要閣僚らの訪中が続き、対話の機運が生まれつつある。まさに天下国家を論じ合う超大国国家同士の外交対話が続いている。
ロシアのウクライナ侵攻の成り行き次第では核戦争にもなりかねないだけに米中核大国の間断なき対話は世界にとっては朗報だ。
だが、今年に入って、その中国から米国を目指す難民が激増している。
米国にとって代わり世界のリーダーだと自負する超大国の国民が敵対国・米国に難民として逃げ込む事実を、王毅氏が全く知らぬわけでもあるまい。
しかも、母国を離れたい理由は「市民的自由の欠如」「言論の自由のなさ」「貧困」だという。
そうした現実は国際的な人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」の年次報告でも克明に指摘されている。
(World Report 2022: China | Human Rights Watch)
確かに中国は軍事力や外交力では米国と対等かもしれないが、民主国家としての矜持、安寧秩序では劣っていることを露呈しているといえるかもしれない。
(むろん、米国には人種差別、貧富格差、銃放置といった社会問題はある)
米国は、難民受け入れには寛容であらねばならないという理念が立法化されている。そのため、中国から米国に難民として入国したい者はよほどのことがない限り、喜んで受け入れる。
一方で、米国人で中国に難民として入国したい者は一人もいない。
(Refugee Admissions - United States Department of State)
米国境警備当局の統計データによれば、今年に入って5月までにメキシコとの国境付近で摘発された中国人は1万728人。
以前は1か月に1人いるかいないかくらいだったのが、現在は連日、50人前後もいる。
メキシコ国境で難民申請した者だけでなく、全米各地にある入国管理機関が扱ってきた難民申請状況をまとめた米司法省移民調査局(Executive Office for Immigration Review, Department of Justice)の2023会計年度報告書がある。
同報告書による国別での難民申請者数と難民認定者数は以下の通りだ。
難民申請者 難民認定者 認定率
④ メキシコ 1万177人 432人 4%
⑦ ブラジル 3595人 388人 11%
⑩ ハイチ 2568人 130人 5%
⑪ インド 2607人 1242人 48%
(Asylum Decision Rates by Nationality - United States Department of Justice)
(Inside the boom in Chinese migrants at the southern border | AXIOS)
不法難民、移民といえば、中南米の最貧国や独裁政権下の国を連想するが、非中南米・北米地域外では中国が目立って多い。
しかも難民申請者3246人のうち1839人が難民に認定されている。認定率57%は群を抜いている。
その理由は、「1989年の天安門事件に参加した学生や市民を米国が難民として積極的に受け入れて以降、2014年香港で起こった『雨傘運動』の活動家を難民として認定してきたため」(米司法省関係筋)である。
「ゼロコロナ政策」が人権抑圧に拍車
中国人の難民申請者がこれほど多いのはなぜか。
しかも2023会計年度に急増しているのはなぜか。
特にメキシコ国境にこれだけの数の中国人が殺到しているのはなぜか。
オンライン・メディアの「アクシオス」のハン・チャン、スティフ・キング両記者が関係者を精力的に取材した結果、以下のような点が明らかになっている。
一、新型コロナウイルス感染症によるパンデミック禍で中国政府が「ゼロコロナ政策」を実施したことで中国市民は行動の自由を奪われ、特に無熟練労働者は失業し、生活の場を失った。
二、そうした中でSNSによる国外脱出のための具体的な手段・方法が市民間に広がり、パンデミックが収まり渡航規制が緩和されると同時に難民希望者が観光目的と称して出国した。
三、市民間に流行しているSNSでは中国との間にビザなし渡航を認めているエクアドルが渡航先として紹介され、そこから中米諸国経由でメキシコ国境までの3500キロ*1を陸路で進む「走線」(=Running Line=ジャングルを含む過激なルート)が推奨されていた。
(典型的なルートは中国からトルコに飛び、そこからエクアドル~コロンビア~パナマ~ホンジュラス~メキシコ国境とされる)
*1=3500キロは日本最西端の与那国島から北海道・宗谷岬、ほぼ日本列島全土の長さに匹敵。「走線」には、コロンビアとパナマの間に広がるダリエン地峡のジャングル地帯を通過せねばならず、疲労、脱水症などの疾患や事故で死亡する者は毎年数十人いる。
(Inside the boom in Chinese migrants at the southern border | AXIOS)
その死に物狂いの「走線」の実態については体験者がウォールストリート・ジャーナルやNHKとのインタビューで生々しい証言をしている。
(アメリカへ“亡命”目指す中国人が急増? いったいなぜ? | NHK)
元中国共産党員の牧師が難民受け入れ支援
米国に殺到する中国からの難民を受け入れているのは、傳希秋氏(55)が2002年にテキサス州ミッドランドに設立した「チャイナエイド」(ChinaAid)である。
同氏は山東省出身、聊城师范学院(現聊城大学)、中国人民大学を経て、ウエストミンスター神学校を卒業したキリスト教牧師だ。
傳希秋氏は、中国共産党中堅幹部だったが、目に余る人権抑圧政策に反旗を翻して1996年、香港経由で米国に亡命した。
その後、出国を望む中国人にオンラインを通じて助言を与えてきた。難民認定された者には当座の住居や必需品を提供してきた。
同じような救援団体はテキサス州やカリフォルニア州にもある。
言葉や食事の面から難民の多くは中国系住民が多く住むロサンゼルスに移り住む傾向が強い。
新難民対策を打ち出すバイデン政権
中国人難民の急増にジョー・バイデン大統領も各州政府も手を焼いている。
「自由の女神」の台座に刻まれたエマ・ラザレスの「疲れている、貧しいものよ、来たれ」の詩も今や煙たい存在になっている。
Give me your tired, your poor,
Your huddled masses yearning to breathe free,
The wretched refuse of your teeming shore.
Send these, the homeless, tempest-tost to me,
I lift my lamp beside the golden door!"
疲れ果てた人、貧しい人を私に受け入れさせてください、大衆の群れは自由な呼吸を切望しています。岸辺に打ち寄せた惨めな屑も自由な呼吸を望んでいます。家を失った人たち、暴風雨に見舞われている人たちを私に受け入れさせてください。私は黄金の扉の横でランプを捧げて、待っています!
(The New Colossus by Emma Lazarus - Poems | Academy of American Poets)
「雲霞のごとく押し寄せる中国人の群れ」(テキサス州の地元紙記者)の前には、米国の崇高な精神も揺らいでくる。
バイデン政権が抱える最大のアジェンダである移民対策と切っても切れない頭痛の種になってきた。
バイデン政権は6月、以下のような新たな難民対策を打ち出した。
一、母国での迫害から逃れてきた者でも不法な手段で米国に入国した者は難民認定の対象にはならない。
二、米国に向かう途中で母国政府に対し身柄の保護の要請をしなかった者、また国境警備局に難民認定を求める計画をモバイルアプリケーションを通じて伝えていない者は即刻国外退去を命ずる。
こうした措置をとることで難民認定資格のない不法移民が偽難民になることを防ぐのが狙いのようだ。
(Biden Administration Announces New Border Crackdown - The New York Times)
60日間の米国民による公開論議を経て実施に移すとしているが、民主党内リベラル派たちからはすでに「事実上の難民締め出し」といった厳しい批判が出ている。
(Biden to replace Trump migration policy with Trump-esque asylum policy - POLITICO)
冒頭の王毅氏の話に戻るが、人権抑圧を強める中国共産党一党独裁政権の外交を取り仕切る同氏にとっては、「雲霞のごとく」自国民が米国に命がけで逃げている現実は取るに足りない話なのか。
外交のトップ同士の会談では全く取り上げられなかった(?)マイナーな話なのか。
中国の矛盾について、中国自身は無関心なようだ。
[もっと知りたい!続けてお読みください →] トランプとバイデンが一致、ウクライナをNATOに加盟させたくない
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