年間60万件以上にもおよぶ子どものいじめ(文部科学省令和3年度資料より)。このいじめが原因となって自殺を余儀なくされる児童生徒も少なくありません。さらに、小児期のいじめは大人になってからも恐ろしい影響をおよぼすことが、複数の論文から明らかになっていると、東京西徳洲会病院小児医療センターの秋谷進医師はいいます。そこで今回、小児科医の秋谷先生が最新の医学論文から「いじめの傷跡の深刻さ」を検証します。
思っている以上に深い「いじめ」と「自殺」の因果関係
当たり前のこととして認識されているはずが、いまだに子育てをするなかで「いじめ問題」に直面するケースは少なくありません。親として「我が子はいじめられていないか」と不安に思う方も多いでしょう。
実際、「いじめ」はみなさんが思っている以上に深刻な問題です。たとえ小児期にいじめを乗り切ったとしても、その傷跡は将来に大きく影響します。「20歳未満の自殺者の約25%がいじめ被害を受けていた」との報告もあります。
今回は、最新の医学論文から「いじめの傷跡の深刻さ」について検証するとともに、いじめ被害を最小限にする社会にするにはどうすればよいのか、一緒に考えていきましょう。
いじめ被害が深刻なほど「自殺リスク」も増加
実は、イギリスでも「いじめ問題」は深刻です。調査した48ヵ国中、4番目に発生件数の多い国とされ、イギリスの中学校の3割で毎週のようにいじめが発生しています。また、ネットによるいじめは平均2〜3%のなかイギリスは27%と圧倒的に高く、「世界でもっともネットによるいじめが多い国」という調査結果が出ています。
本研究※1は、1958年に英国で出生し、7歳および11歳の時点で「子どもがいじめに遭っている」と親が被害を報告した14,946例の小児を対象に、50年間にわたって行われたものです。同国の国民保健サービス(NHS)Central Registerを通じて、自殺情報とリンクさせて分析が行われました。
その結果、調査対象者14,946名のうち、55名が18歳~52歳のあいだに自殺していることがわかりました。また、いじめとの関連を調べた結果、いじめ被害のスコアが1上がるほど、成人期への自殺死亡リスクが29%増加することがわかっています。(95%信頼区間:1.02~1.64倍)
さらに、このうち「頻繁にいじめ被害を受けていた」と申告する人は、自殺による死亡率が89%も高くなっていました。
また、自殺死亡時の年齢は、中央値が男性:41歳、女性:44歳となっています。イギリスの平均寿命は約81歳ですから、ちょうど人生の折り返し地点を過ぎたばかりです。彼らの未来のことを考えると、非常に残念でなりません。いじめられた経験は、人生に大きな爪痕を残し、将来の可能性を奪います。
上記のデータが示すように、小児期のいじめは本人たちが思っている以上に、生涯にわたって深刻なダメージを与えているということがわかります。
いじめられた経験が、生涯にわたって本人たちを追い詰める
一方で、いじめた側は「いじめてしばらく経ってから自殺するなんて、いじめられる側が弱いのだ(=だから自分は関係ない)」と主張することがあります。いじめがあった時期から期間のあいた自殺は、本当にいじめと無関係といえるのでしょうか。
2015年に発表された研究※2によると、「いじめ被害は子どもたちの自尊心や自己効力感を低下させ、孤立感や無力感をもたらす」ことがわかりました。さらに、社会的支援の低下やストレスの増加など、さまざまな要因が絡み合って自殺リスクが高まることが報告されています。
これはつまり、「いじめられた経験が、本人たちを病的に弱くさせた」ということを示しています。したがって、どんな経緯があろうと明らかに「いじめた側が悪い」といえます。
いじめ対策に重要な「親・家庭」の視点
いじめそのものがなくなることが1番ですが、実際にいじめが起きてしまった場合、被害者の自殺を食い止めるにはどうすればいいのでしょうか。
先述の研究では、「いじめ被害へのサポートが十分な場合、自殺の可能性を最小限に抑えることができる」としています。いじめは当事者だけの問題ではなく、「周囲による強固な協力体制」によって、被害を最小限に抑えることができるのです。
文部科学省もいじめ問題については非常に重く捉えており、平成25(2013)年から「いじめ防止対策推進法」が策定されています。
そのなかでは、学校が講じるべき基本的な施策として以下の4点を重視しています。
●道徳教育の充実
●早期発見の措置
●相談体制の整備
●インターネットを通じて行われるいじめに対する対策の推進
このように、少しずつではありますが、日本もいじめ被害を最小限に食い止めようという試みがされているようです。
しかし、この政策には重要な視点が欠けています。それは私たち「親」です。いじめと、いじめによる自殺を防ぐためには、「家庭」の働きかけがもっとも大切です。
子どもはある意味残酷な一面を持っています。「○○がいつも生意気だから、しめてやろうと思った」「見ていてなんとなくムカついたから、むしゃくしゃしていじめた」こうした些細な理由で「いじめ」へと発展します。
いじめそのものをなくす、予防するということももちろん重要ですが、それ以上に大切なのが、いじめられたとしても私たち親や社会がそれをきちんと受け止めてあげることです。早急にカバーして「いじめ」を大きな傷跡として残さないことです。
転んでケガをしたとしても、傷口を早急に手当てすれば大したケガにはなりません。しかし、放置すると傷口は化膿し大惨事につながることがあります。
いじめと自殺も同じです。だからこそ、常にアンテナを張って子どもたちのことを温かく見守ってあげてください。家庭と学校が強固なサポート体制をとることで、日本全体が本当の意味で、「いじめ被害を最小限にして自殺率を減らす社会」へと発展することができるでしょう。
秋谷 進
東京西徳洲会病院小児医療センター
小児科医
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