『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』(公開中)を鑑賞中、「ああ、いま、自分は『インディ・ジョーンズ』の最新作を観ているんだなあ」と実感したのはほかでもない、「レイダース・マーチ」が流れてくる場面だ。オープニングのシークエンス、ナチスとの攻防を繰り広げるインディ(ハリソン・フォード)の奔走。そこに聴きなじんだ心躍るメロディが重なる、それだけで胸が熱くなってくる。

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この、あまりに有名なナンバーを作曲したのがジョン・ウィリアムズ。映画ファンには説明するまでもないだろう。「インディ・ジョーンズ」シリーズはもちろん、「スター・ウォーズ」に「ジュラシック・パーク」、「ハリー・ポッター」シリーズなど、映画史に燦然と輝く大ヒット作にスコアを提供し、観客の脳裏に忘れ難いメロディを刻んだ、映画音楽の世界における巨匠中の巨匠。1961年にジョニー・ウィリアムズ名義で『秘密諜報機関』の音楽を手掛けて以来、60年以上にわたり、ハリウッドの第一線で活躍を続けてきた。『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』も好評のうえに、9月には約30年ぶりの来日コンサートも控える、そんなウィリアムズのキャリアを、改めて振り返ってみよう。

■盟友スティーヴン・スピルバーグと共に黄金の映画史を築いてきたレジェンド

ウィリアムズは1932年、米ニューヨーク生まれ。名門ジュリアード音楽院に通いながらジャズ・ピアニストとして活動し、『南太平洋』(58)や『お熱いのがお好き』(59)、『アパートの鍵貸します』(60)、『ウエスト・サイド物語』(61)などの音楽のレコーディングにも参加した。その後、映画音楽のコンポーザーとして独り立ちし、現在も精力的に活動を続けている。音楽一家で、息子のジョセフ・ウィリアムズはロックバンド、TOTOのボーカリストとして知られている。

ウィリアムズのコラボレーターとして、最も有名な監督といえば、なんと言ってもスティーヴン・スピルバーグ。彼の映画初監督作『続・激突!カージャック』(73)でタッグを組んで以来、約30作品にスコアを提供し続け、『ジョーズ』(75)、『E.T.』(82)、『シンドラーのリスト』(93)ではアカデミー賞作曲賞を受賞。一度は『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』を最後に、引退を宣言していたが、スピルバーグとトークショーに出演した際にスピルバーグの父が100歳まで働いたという話を受けて、「100歳まであと10年あるから、もう少しやりましょう」とコメント。このエピソードからも、2人の絆の深さがうかがえる。ちなみに、現在スピルバーグはウィリアムズのドキュメンタリーを製作中とのことだ。

スビルバーグ作品以外でもウィリアムズは『屋根の上のバイオリン弾き』(71)、『スター・ウォーズ』(77)でアカデミー賞を受賞し、計5度の栄冠を射止めている(『屋根の上のバイオリン弾き』のみ編曲賞)。ノミネート数は53回を誇り、これはウォルト・ディズニーに次ぐ記録。グラミー賞でも25度の受賞歴があり、現代アメリカ最高の作曲家と呼んでも差し支えない。それを証明するように、オリンピックでは1984年のロサンゼルス、1996年のアトランタ、2002年のソルトレイクシティと、3度もテーマ曲の作曲家に抜擢されている。

■わずか2音で人喰いザメが迫る恐怖を表現した『ジョーズ』

これまで100本を優に超える映画にスコアを提供してきたウィリアムズ。ここからはスピルバーグとのコラボレーションや関連の深い作品を通して、その音楽の魅力や凄みを紹介していこう。まずはアカデミー賞とグラミー賞の2冠を果たした『ジョーズ』。メインテーマはあまりに有名で、のちの様々なパロディ作品でも引用されている。わずか2音の繰り返しというアイデアを聞かされたスピルバーグは、最初は冗談だと思って笑ったという。しかし、ジワジワと近づいてくる人喰いザメの恐怖を表現した音楽は世界を戦慄させることになった。

■「帝国のマーチ」など名曲ぞろいの「スター・ウォーズ」シリーズ

2つ目に取り上げたいのは、「スター・ウォーズ」シリーズ。勇壮なメインテーマや、ダース・ベイダーのキャラクターを表わす不穏な響きの「帝国のマーチ」など、名曲は多い。ジョージ・ルーカス監督は親友のスピルバーグからウィリアムズを紹介され、1930~40年代に冒険活劇の分野で活躍した映画音楽家エリック・コーンゴールドの作風を取り入れたいという彼の希望を了承。電子楽器を排除した、オーケストラによる雄大な音楽は映画館の音響環境では絶大な効果を発揮した。

なお、このあとのシリーズ全9作でウィリアムズは音楽を担当しているが、外伝的な『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』(18)ではメインテーマのみに参加し、ドラマシリーズの「オビ=ワン・ケノービ」でもテーマ曲を作曲。ウィリアムズがドラマ作品で楽曲を担ったのは、実に37年ぶりだったという。

■ダイナミックなシンフォニーや叙情的なメロディで冒険活劇を盛り上げた『レイダース 失われたアーク《聖櫃》』

3番目は、「インディ・ジョーンズ」シリーズ。その原点『レイダース 失われたアーク《聖櫃》』(81)で、冒頭で記した「レイダース・マーチ」が初登場する。全体的に、冒険活劇らしいダイナミックなシンフォニーが主体だが、ロマンスやユーモアもある作品ゆえに、ウィリアムズは『情熱の航路』(42)にヒントを得て、叙情的な音楽を加えた。また、“聖櫃”という題材の神秘性や宗教性を高めるため、コーラスとオーケストラのミックスをするという工夫も見られる。以後のシリーズ4作も、すべてウィリアムズによるものだ。

最新作『運命のダイヤル』では、当初「数曲だけ書く」として参加したが、作曲をはじめるとすぐに作品全体の楽曲を手掛けることを決めたという。ジェームズ・マンゴールド監督からの要請を受け、ヴァイオリン・ソリストのアンネ=ゾフィー・ムターが卓越した演奏を披露している「Helena's Theme」などを制作したウィリアムズ。「この作品にノスタルジーという側面を持ち込もうとした」と語っており、インディ最後の冒険を彩る音楽を聴けばエモーショナルな気持ちになる人も多いはず。ぜひとも、劇場の極上の音響設備で体感してほしい。

■ファンタジー風味のオーケストラが少年たちの友情に寄り添う『E.T.』

4つ目は、公開時に世界興収記録を打ち立てた『E.T.』。エリオット(ヘンリー・トーマス)たちの自転車が宙に浮き、月をバックにして舞い上がる、あの有名なシーンを彩った「フライング・テーマ」をはじめ、ファンタジー風味のオーケストラが大々的にフィーチャーされた。ハープやピアノ、チェレスタなども導入されており、音の色彩感覚も豊かで、少年少女の友情がテーマの作品らしいファンタジー性が強調された。約40名の作曲家たちへのインタビューで、名作映画音楽の秘話に迫るドキュメンタリー『すばらしき映画音楽たち』(16)では、「フライング・テーマ」作曲時の貴重映像も公開されている。ウィリアムズがその場でピアノを弾きながら、スピルバーグにメロディラインを聴かせ、シーンに合った構成を探っていく。文字どおり二人三脚で音楽と作品を洗練させていく姿からは、現在においても変わらぬ互いへの信頼関係が垣間見えるようだ。

■蘇った恐竜を目にした幸福と感動を音楽にした『ジュラシック・パーク』

5番目に取り上げるのは「ジュラシック・パーク」シリーズ。今年公開から30周年を迎えた第一作『ジュラシック・パーク』(93)のスコアでウィリアムズが表現しようとしたのは、現代に蘇った恐竜と出会うということに対する“圧倒的な幸福と興奮”。ドラマチックに盛り上がるメインテーマや、このフレーズを導入にした「ウェルカム・トゥ・ジュラシック・パーク」は、まさにその象徴と言えるだろう。一方で獰猛な肉食獣に追われるスリリングなシーンでは緊張感を際立たせる楽曲もすばらしい役目を果たしており、現実離れした物語ながら、作品全体の臨場感を底上げする音楽はさすがのひと言。ちなみにウィリアムズはスピルバーグが監督した2作目にも参加したが、以降のシリーズには携わっていない。

■「スーパーマン」や「ハリー・ポッター」の世界も名曲で彩った!

今回は代表的な作品を取り上げたが、『スーパーマン』(78)でのスーパーヒーローのイメージを決定付けた勇壮なメインテーマや、『ハリー・ポッターと賢者の石』(01)に始まる「ハリー・ポッター」シリーズの「ヘドウィグのテーマ」など、ウィリアムズが映画に命を吹き込んだ名曲は、まだまだある。「音楽から引退することはできない。それは呼吸のようなもので、私たちの人生だから」と御年91歳のウィリアムズは語るが、最新作『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』の生き生きとしたスコアは、それを象徴しているようにも思える。この機会に、映画音楽界至高のマエストロの作品に、ぜひ触れてみてほしい。

文/有馬楽

『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』でも健在!偉大なマエストロ、ジョン・ウィリアムズの功績に迫る/[c]2023 Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved.