“若手映像クリエイターの登竜門”として知られる「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2023」が、7月15日から7月23日(日)までの9日間にわたってスクリーン上映と、7月22日(土)から7月26日(水)までの5日間のオンライン配信とのハイブリッド形式で開催される。今年で20回目を迎えるこの映画祭では、コンペティション部門はもちろん、毎年特集上映にも工夫を凝らし、国内外の先鋭的な映画が次々に紹介されている。今回は、映画を語るWEB番組「活弁シネマ倶楽部」推薦の日本未公開作品を紹介する特集「中国映画の新境地~KATSUBEN Selection~」が初開催。2021年の第74回ロカルノ国際映画祭で審査員特別賞を受賞した鬼才チュウ・ジョンジョン監督の『椒麻堂会』(しょうまどうかい)(21)ジャパンプレミアで上映される。

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四川オペラ(川劇)の俳優だったチュウ監督の祖父の実体験から生みだされたという本作は、 川劇(せんげき)の名優として生きた邱福(チュウ・フー)を主人公に、時代の波に翻弄されながら、ただひたすら芸の世界に生きた1人の男の人生を壮大に描きだす。

中国本国はもちろん、世界各国で話題を呼ぶ『椒麻堂会』。人気のYouTubeチャンネル「ヤンチャンCH/楊小溪」で、中国の文化や情報を幅広く紹介するヤンチャンと、「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める映画ジャーナリストの徐昊辰が、本作の魅力と、映画の背景となった四川の文化や歴史について語り合う。

■「チュウ・ジョンジョン監督は、2010年代の中国のインディーズ映画の重要人物の1人でずっと注目していました」(徐)

――まずは、お2人が『椒麻堂会』を知ったきっかけを教えていただけますか。

ヤンチャン(以下、ヤン)「中国のWeChat上で映画を紹介するアカウント『Sir電影』の記事で、今年のベスト映画として『椒麻堂会』が紹介されていて、早く観たいなと気になっていました」

徐昊辰(以下、徐)「チュウ・ジョンジョン監督は、2010年代の中国のインディーズ映画の重要人物の1人だと言われていて、ずっと注目していました。ただ、おもに現代アートの分野で活躍している方だったので、映画業界でも一部の人にしか知られていなかった。それが、初めての劇映画である『椒麻堂会』が2021年のロカルノ国際映画祭で審査員特別賞を受賞し、中国映画界の新たなスターとして世界的にも大きな注目を集めるようになりました」

――日本でも、「中国第8世代」を代表する若手監督として『ロングデイズジャーニー この夜の涯てへ』(18)のビー・ガン監督や、『春江水暖~しゅんこうすいだん』(19)のグー・シャオガン監督などが人気を集めていますが、チュウ・ジョンジョン監督も同じ「中国第8世代」に属するんでしょうか?

徐「チュウ・ジョンジョン監督はビー・ガン監督たちよりひと回り年上ではありますが、劇映画を手掛けるのはこれが初めてですし、新世代の監督として注目されていると言っていいと思います」

■「中国の近現代史をしっかりと扱いながらも随所に笑えるポイントがあって、本当にユニークな映画でした」(ヤン)

――作品を実際にご覧になってみて、いかがでしたか?

ヤン「ものすごく斬新な作品でした。実景を撮らずに、舞台のような背景だけを使って全編撮っているのも新鮮でしたし、主人公の邱福が死後の世界に足を踏み入れるところから物語が始まり、現世と死後の世界が交互に語られていく構造もおもしろかったです。中国の近現代史をしっかりと扱いながらも随所に笑えるポイントがあって、本当にユニークな映画でした」

徐「撮影は、チュウ監督の故郷である四川の街に400平方メートル近くの巨大なセットを作っていたそうです。現代アートという、ほかの領域からの視点で映画に挑んできた監督だからこそ、これまでにない大胆な表現が生まれたんでしょうね」

ヤン「特に印象に残ったのは、邱福が参加する川劇団、『新又新』が戦時中に崩壊する場面です。突然サイレンが鳴り響いたかと思うと、背景に張られた白い幕がナイフのようなもので切り裂かれ、白い煙が徐々に噴き出し飛行機の音と銃撃音だけが聞こえてくる。そして次のシーンではすでに破壊された『新又新』の舞台が映る。日本軍の爆撃で劇団が壊された様子を直接的に描くのではなく、白い幕と音だけで見事に表してしまう、その手法に驚かされました」

■「大掛かりなセットを使う方法はウェス・アンダーソン監督の映画との類似点も感じます」(徐)

――本作は、チェン・カイコーが監督した『さらば、わが愛 覇王別姫』(93)やチャン・イーモウ監督が手掛けた『活きる』(94)と比べられることが多いようですね。

ヤン「『さらば、わが愛 覇王別姫』は、私も何度も観ているくらい大好きな映画ですが、『椒麻堂会』とは時代背景がほぼ同じですし、京劇(きょうげき・北京を中心とする中国の伝統的な演劇)と川劇が物語の背景になっていて、主人公たちの運命と時代の変化とが重なり合っていく物語展開もよく似ているなと思います」

徐「2作品とのつながりはもちろん、大掛かりなセットを使う方法はウェス・アンダーソン監督の映画との類似点も感じます。手法が似ていると感じるのは、グー・シャオガンが監督した『春江水暖~しゅんこうすいだん』。どちらも絵巻的な手法で、中国の歴史とそこで翻弄される人々を描いています。それと『椒麻堂会』では、連環画(中国における漫画のような本のスタイル)とのつながりも意識しているはず。なにより重要な要素は演劇です。映画のなかで邱福が言う『幕が降りても劇は終わらない』というセリフは演劇の在り方を語る重要な言葉であり、現実世界にも通じる普遍的な真理だと思います」

■「川劇は成都の人たちに親しまれた芸術で、お茶を飲みながら観るオペラの一つだと言われています」(ヤン)

――物語の背景にある川劇というテーマも重要ですね。ヤンさんは四川出身ですが、そもそも川劇とはどのようなものなんでしょうか?

ヤン「四川省のなかでも特に省都である成都の人たちに親しまれた芸術で、お茶を飲みながら観るオペラの一つだと言われています。『椒麻堂会』では、主人公が所属する川劇団が、時代の変遷に従い次々にその形を変えていく様子が映ります。一時は公演場所がなくなり、お茶館の客席で1曲歌うことになったり、新中国(中華人民共和国)が建国されると、人民川劇団という国有の川劇団に変わったり。四川特有のオペラの在り方と中国の近現代史とがリンクしながら表現されているんですね」

――こうした時代背景は、京劇の役者たちを主人公にした『さらば、わが愛 覇王別姫』とも重なり合いますが、京劇と川劇とでは、どういう違いがあるのでしょうか?

ヤン「演目自体はもちろん、衣装なども若干違うはずです。ちなみにこの映画では川劇で一番有名な“変面”が一切出てこないので、その大胆さにはちょっと驚きました(笑)。それから京劇との大きな違いは、川劇では四川方言が使われる点です。この映画のなかで話される言葉も、基本的にすべて四川方言です」

――なるほど、それは中国語に慣れ親しんだ人でなければわからない部分ですね。

ヤン「おもしろいのは、『椒麻堂会』のなかの川劇団の人たちは四川の省都である成都の方言だけでなく、重慶や、雲南省など、色々な地方の訛りが混ざっていること。いろいろな地域から集まってきた人たちによって作られた劇団だというのがよくわかります」

徐「実は、『ロングデイズジャーニー この夜の涯てへ』や『春江水暖~しゅんこうすいだん』をはじめ、最近ヨーロッパで高く評価されている中国映画の多くが、地方の方言を使った映画なんです。私は上海国際映画祭のプログラマーも務めていますが、いろいろな国の映画を観て感じるのは、映画におけるローカル性/地域性は、グローバルに展開するうえでむしろ有利に働くということ。ヨーロッパの観客に馴染みがないはずの川劇を扱った『椒麻堂会』が高い評価を得たのは、やはり感覚で伝わる魅力があったからでしょう。ローカル的な要素から生まれる新鮮さが、いまはますます重要になってきたように思います」

■「事前に少しでも中国の近現代史の知識を頭に入れておくと、より映画を楽しめると思います」(ヤン)

――『椒麻堂会』で特に印象に残った場面を挙げるならどこでしょう?

ヤン「印象に残ったのは、少年時代に邱福がある夜、師匠と2人の男性と一緒にお酒を飲むシーン。お酒を飲んだあとに“新鮮なキノコスープ”を飲むと、師匠たちの顔がなぜかパンダレッサーパンダに変わっています。実は、四川と雲南省の人には、夏になると野生のキノコを食べる習慣があるんです。そして野生のキノコには、一定の確率で幻覚症状のある毒キノコが混ざっている(笑)。つまりあのシーンはキノコの幻覚症状を表現した場面なんですね」

徐「私がおもしろいと思ったのは、糞のシーンです。赤ん坊にタンパク質をとらせるため、邱福と妻が公衆トイレから糞をこっそり取りに行って、糞に湧いた蛆虫を捕まえようとする。すると制服を着た人たちが寄ってきて『これは国の糞だから、あなたたちに持ち帰る資格はない』と言う。文革の時期、大飢饉の時代の不条理さを風刺した場面ですが、私は2021年というコロナ禍真っ只中に本作を観た、この不条理さは現代とも見事に通じ合うなと感じました。そして、おそらくこの映画が中国大陸で一般公開されない理由は、随所に現れるこうした風刺精神にあるような気がしますね」

――中国本国ではいまだに公開されていないんですね。

徐「とはいえ、大陸ではみんなあらゆる手段を使って観ていたので、観客の反応はほかと比べてもかなりよかったと聞いています」

――この映画には、主人公が突然空を飛び始めたり、ファンタジックな場面がたくさん出てきたりしますよね。特に死後の世界の描き方がユニークでしたが、あの描写にはどういう背景があるんでしょうか?

ヤン「死んでしまった主人公が向かう場所として出てくる『丰都(豊都・ほうと) 』は四川省に実在する町の名前ですが、伝説では、鬼=死者が住む町だと言われています。そして誰かが死ぬと、牛の顔と馬の顔をした2人の人物が迎えにきますが、これも古い言い伝えにある地獄の番人たち“牛頭馬面”を表現したもの。劇中では、時代によって、“牛頭馬面”に連れていかれる人たちの姿が巧妙に描き分けられているのにも注目です。“牛頭馬面”に連れられていった死者たちは、冥府の出入り口にある奈何橋(なかきょう)を渡り、忘川河(ぼうせんが)を超えたあと、“孟婆(もうば)”と呼ばれるおばあさんの作ったスープ“孟婆湯”を飲む。すると現世の記憶がすべて消え、来世に向かうことができる。これが中国に伝わる伝統的な死後の世界の考え方です」

――そういう背景がわかると、余計におもしろく観られますね。

ヤン「国民党の軍師長である劉さんの椅子を巡る描写もおもしろかったです。劉さんはいつも小さな椅子を持って劇団の最前列に座って観劇していたのに、人民解放軍によって劇団が人民川劇団に変わった途端、その椅子が外に放り出されてしまう。彼の権威が失墜したことが、椅子によって端的に表現されているわけです。こうした時代背景が細かい描写で出てくるので、事前に少しでも中国の近現代史の知識を頭に入れておくと、より映画を楽しめると思います」

■「他国の映画を観ることで、自分が暮らす国との類似点を再発見できます」(徐)

――最後に、中国の文化や歴史、情報を日本に伝える活動をされているお2人は、文化交流において映画が果たす役割をどのように考えていらっしゃいますか?

ヤン「私のYouTubeチャンネルでも、『中国語を学ぶようになったきっかけは「羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ) ぼくが選ぶ未来」を観てからです』とか、『ドラマ「陳情令」が好きで勉強を始めました』とおっしゃる視聴者の方は多いですし、映画やドラマは文化交流にとって重要なツールだと思います」

徐「私自身、日本映画を好きになったのがきっかけで日本に来たわけですし、映画が持つ力は本当に大きいと思います。それと『椒麻堂会』では中国に伝わる死後の世界の描写がいろいろと出てきますが、日本の各地にも、同じように死後の世界を巡る色々な伝説がありますよね。他国の映画を観ることで、自分が暮らす国との類似点を再発見できるのも、映画を観る楽しみの一つではないでしょうか」

取材・文/月永理絵

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