三橋氏が示す信号のない横断歩道における標識と標示の正しい設置例。標示の両端に標識が立っている
三橋氏が示す信号のない横断歩道における標識と標示の正しい設置例。標示の両端に標識が立っている

普段何気なく、ドライバーとしてクルマで通過したり、歩行者として渡っている横断歩道が、実は法令基準を満たしていない"違法な横断歩道"だとしたら......!?

今、そうした不備のある「信号機のない横断歩道」が全国的に次々と見つかっている。青森、群馬、栃木、長野、奈良の各県警は不備を認め、反則金の返還などを進めているという。いったい何が問題なのか?

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【写真】全国各地で見つかっている違法な横断歩道

■不備のある横断歩道で取り締まりを受けても無効

青森県警は昨年9月、標識のない場所でドライバーを誤って検挙したことが明らかになったとし、取り締まりをした違反者に反則金を返還すると発表した。地方紙の警察担当記者が次のように説明する。

「昨年5月、弘前市内で信号機のない横断歩道を渡ろうとしていた歩行者を一時停止せず妨害したとして、県警の警察官がドライバーを検挙しました。ところが、警察内で調べると運転者の進行方向から見える位置に横断歩道の標識がなかったことがわかり、違反を取り消したのです。同じように標識のない場所で検挙したうち、記録が残る14人に対して反則金を返還しています」

青森だけではなかった。昨年12月には群馬、今年に入ってから1月に栃木、3月に長野、4月に奈良と、各県警が信号機のない横断歩道で標識の不備があったことを認め、反則金の返還を進めている。これらを合わせると、計106ヵ所で不備が見つかり、横断歩行者妨害で誤って検挙した数は186件に上るという。

そもそも横断歩行者妨害とは、どんな違反なのか。交通ジャーナリストの今井亮一氏が解説する。

道路交通法では、車両が横断歩道を通過する際、進路の前方を横断中か横断しようとしている歩行者がいるときには、通行を妨げないよう横断歩道の直前で一時停止することを定めています。動きを妨げれば違反に問われます。

その際の反則点数は2点、反則金は6000円から1万2000円です。2022年に横断歩行者妨害の違反は33万6504件あり、交通違反全体が前年比で9.4%減る中、逆に3.3%増えました。交通事故の半数以上は交差点で起きていることから、警察は横断歩行者妨害の取り締まりを強化しているのです」

横断歩行者妨害の取り締まりが増える中で、一部の県警が認めた横断歩道の不備とは何か? 弁護士の三橋和史(みはし・かずし)氏が解説する。

信号機のない横断歩道には、道路標識(以下、標識)と道路標示(以下、標示)の両方が必要です。なおかつ、ドライバーや歩行者が見やすい位置に設置しなければなりません。このことは道路交通法施行令に明記されています。ですが、標識が設置されていない場所や、標識はあるものの横断歩道のだいぶ手前に設置されていて右左折車から見えないものがあります。これは適法とはいえません」

三橋氏は、2年前から横断歩道の標識の不備を指摘し、今年4月、奈良県警に調査と適正化を求める請願書を提出した。23ページからなる請願書では、法的な根拠、不備のある場所、正しい設置場所までを詳細に示した。すると奈良県警は翌月、標識の設置をしていない場所で横断歩行者妨害の取り締まりをしていたと公表したのだ。

警察庁の「交通規制基準」では、横断歩道のどの場所に標識を設置する必要があるかこの図のように示されているが、実際にはこのとおりになっていない場所が全国に数多くある
警察庁の「交通規制基準」では、横断歩道のどの場所に標識を設置する必要があるかこの図のように示されているが、実際にはこのとおりになっていない場所が全国に数多くある

標示から、離れた場所に標識が立っているケースもあるが、歩行者やドライバーが勘違いするため危険だ
標示から、離れた場所に標識が立っているケースもあるが、歩行者やドライバーが勘違いするため危険だ

しかし、なぜ白線の標示だけではいけないのか? それに標識が手前すぎてもダメな理由は? 三橋氏が続ける。

「まず標示は、標識よりも視認しづらいです。摩耗して薄くなりやすく、積雪で隠れてしまうこともあります。通常時でも、前を走る車両に隠れてしまい、ドライバーからは直前まで見えません。ですから歩行者の安全を守るために、法令では信号機のない横断歩道には標識と標示の両方を設置することを定めているのです。

標識の設置場所ですが、道交法で横断歩道は『標識や標示で歩行者の横断のために使用する場所が示されている道路の部分』となっています。つまり、手前すぎる場所に標識をつけたら、そこが横断歩道だと誤認されてしまいます。標識と標示は可能な限り同じ場所にないといけません。

もし標識を立てる場所がないとすれば、そこは横断歩道に適していません。標識と標示が離れている場所は意外に多くあります。その横断歩道は法令の用件を満たしていないので、横断歩行者妨害で取り締まりを受けても無効です」

5月18日、北海道釧路市役所前で偶然見かけた横断歩行者妨害の取り締まりを行なう覆面パトカー。春の全国交通安全運動の期間中で、取り締まり強化の真っ最中!?
5月18日、北海道釧路市役所前で偶然見かけた横断歩行者妨害の取り締まりを行なう覆面パトカー。春の全国交通安全運動の期間中で、取り締まり強化の真っ最中!?

■なぜ不備が? 警察の担当者が法律を熟知していない

実際に違法な横断歩道を調べるために、奈良をクルマで案内してもらうことにした。主なパターンごとに三橋氏が説明する。

【A】標識がきちんと設置されていない

斑鳩(いかるが)町にある保育園に接する交差点がこれに該当した。

丸印の辺りに設置しなければならないはずの標識が抜け落ちている。目の前には保育園がある。白線の標示も見えづらくなっており、補修と設置が必要だ
丸印の辺りに設置しなければならないはずの標識が抜け落ちている。目の前には保育園がある。白線の標示も見えづらくなっており、補修と設置が必要だ

「ここの十字路には1ヵ所の横断歩道がありますが、標識はひとつしかなく、ほかは設置し忘れられています。これでは3方向の道路から横断歩道を通過するドライバーは標識を確認できません。こういう場合、すべての方向から見えるよう横断歩道の両端に標識をつけないといけないのです。それかオーバーハング方式といって、支柱を車道部の横断歩道の上方に出して標識板を設置する。ここは目の前が保育園ですから、なおさらきちんとしないといけません」

【B】標識が離れすぎている

香芝(かしば)市の住宅街にある交差点がこれに該当した。

標識と標示が離れすぎているケース。ドライバーに早めに知らせるために手前に設置したのだろうが、これでは法令の設置基準を満たしているとはいえない
標識と標示が離れすぎているケース。ドライバーに早めに知らせるために手前に設置したのだろうが、これでは法令の設置基準を満たしているとはいえない

「標識が、白線の標示の20mも手前に設置されています。本来なら、標示のある場所に標識を立てないといけません。奈良にはこのパターンが多く、ドライバーに早く横断歩道の存在を知らせようと警察が気を利かせたつもりかもしれませんが、法令に沿った横断歩道とはいえません。これだけ標識と標示が離れていると、歩行者が標識の場所を横断歩道だと勘違いしてしまう可能性も考えられます」

【C】標識が多すぎる

斑鳩町の国道バイパスにある交差点が該当した。

「ここの横断歩道は標識が標示の両側に立っていてドライバーから視認できます。それはいいのですが、なぜか手前にもうひとつ標識がある。おそらくその場所にも、横断歩道を作る予定で支柱を立てたものの計画がなくなり、標識がつけられたままなのだと思います。こちらも歩行者とドライバーが混乱する原因になります」

三橋氏と筆者が半径4㎞ほどのエリアを回ったところ、標識に不備のある横断歩道は10ヵ所近くに上った。もちろん正しく設置されている横断歩道がほとんどなのだが、それが当然と考えると、不備のある場所はけっこうある印象だ。

なぜこうしたことが起きるのか? それは警察の担当者が法律を熟知していないことが原因だという。

「各都道府県警察本部には標識担当者を置くことになっています。しかし、人事異動で担当になった全員が道路交通法令に精通しているわけではありません。警察庁は交通規制を実施する場合の標準を示した『交通規制基準』を定めていますが、ここにも設置方法が詳細には書かれていない。全国的に今まで曖昧にしてきた部分があるのだろうと思います」(三橋氏)

■不備が解消されるまでには相当な時間がかかる

すでに5つの県警が標識の不備を公表したということは、ほかの地域にも不備があるのでは......? 筆者が都内と北海道の一部を調べてみると、信号のない横断歩道で合計11ヵ所、標識の不備を見つけた。

釧路市の標識が立っていない横断歩道。もし道路に雪が積もれば、どこが横断歩道なのかわからなくなってしまう。本来は丸で囲った場所に標識が必要だ
釧路市の標識が立っていない横断歩道。もし道路に雪が積もれば、どこが横断歩道なのかわからなくなってしまう。本来は丸で囲った場所に標識が必要だ

東京都調布市の多摩川沿いに延びる都道のT字路にある横断歩道には、右左折車への横断歩道を示す標識が設置されていない場所が複数あった。丸で囲った場所に標識が必要
東京都調布市の多摩川沿いに延びる都道のT字路にある横断歩道には、右左折車への横断歩道を示す標識が設置されていない場所が複数あった。丸で囲った場所に標識が必要

そこで警視庁北海道警に具体的な場所を示して「適法な横断歩道かどうか」「適法でない横断歩道での違反は取り消されるのか」「標識の不備のある横断歩道の是正をするのか」などを尋ねた。回答は次のとおりだ。

道路標識は『その前方から見やすいようにかつ道路または交通の状況に応じて必要と認める数のもの』を設置し、是正が必要な場合には速やかに補修するよう努めています。ご指摘の場所については現在、補修の手続きを進めています。なお、これらの場所における横断歩行者等違反の取り締まりはありません」(警視庁広報課)

「法令に基づかない道路標識等が認められた場合には、適正な交通規制を実施するために速やかに修繕等を実施します。そのような場所での違反は成立しないと認識していますので、(過去に違反が認められた場合には)反則金の返還や違反点数を抹消するなど適切に対応します」(北海道警広報課)

東京都江戸川区の住宅街にある交差点には、東西方向から右左折しようとする車両への横断歩道の標識が設置されていない。それぞれ丸で囲った場所に設置する必要がある
東京都江戸川区の住宅街にある交差点には、東西方向から右左折しようとする車両への横断歩道の標識が設置されていない。それぞれ丸で囲った場所に設置する必要がある

江戸川区にある公園に接するT字路の横断歩道でも、南進するクルマへの標識が抜け落ちていた。ドライバーが早めに認識するためにも、丸で囲った場所に設置が必要
江戸川区にある公園に接するT字路の横断歩道でも、南進するクルマへの標識が抜け落ちていた。ドライバーが早めに認識するためにも、丸で囲った場所に設置が必要

都道府県警察を管理する警察庁にも見解を求めると、事実誤認が不備を引き起こしているとしてこう回答した。

横断歩道を設ける際にその運用に誤りがあったものと思料されます。法令に基づかない道路標識等は交通規制の効力が発生せず、違反は成立しないものとの認識です。交通違反事実の不存在や事実誤認があると認めたときなどは、反則金の返還と違反点数を抹消するなどしています。引き続き適正な交通規制を実施し、交通の安全と円滑を図るよう都道府県警察を指導していきます」(警察庁交通局)

このように警察も認めた標識の不備は是正されるべきだが、その数は膨大だ。先の青森県警が県内約6500ヵ所の横断歩道を点検したところ、3637ヵ所で正しく設置されていないことが判明したという。

全国に設置された道路標識は、約965万枚(令和3年版交通安全白書)あり、標識の設置費用は1枚当たり40万円前後ともいわれている。すべての横断歩道標識の不備を是正するのは手間、金額とも相当なものになるのは間違いない。

青森県警の交通規制課の担当者は、苦しそうにこう話す。

「いま県内には約6万2000本の標識があり、新たに設置したり廃棄する件数は年間約1500本です。新たな予算を組まず不備のある標識も是正していくとなると、相当な時間がかかります。不備が解消されるまでは、その場所では横断歩行者妨害の取り締まりは行なわないことになるでしょう」

こうした現状に対して、前出の三橋氏は「事故発生時の民事上の過失割合にも影響する可能性がある事柄なので、数が多くても不備のあるすべての場所を公表すべき」と話す。さらに是正の仕方にも注文をつける。

「標識は、ドライバーと歩行者の双方に向けて横断歩道の場所を示すものであるため、標示を挟み込むようにして設置することが必要です。この原則を守って是正しないと、横断歩道でない場所に標識が設置されるなどしてかえって弊害を生みかねません」

このように全国で次々と判明している信号のない横断歩道での標識の不備。警察には一刻も早く是正してもらいたいが、それには莫大なお金と相当な時間がかかる......。その間、われわれドライバーは、標識のあるなしにかかわらず、歩行者をはじめとする交通弱者への気遣いをもって運転することが大切だ。

取材・文・撮影/形山昌由

三橋氏が示す信号のない横断歩道における標識と標示の正しい設置例。標示の両端に標識が立っている