2023年7月14日、開発中の国産ロケットイプシロンS」の第2段モータが実験中に爆発事故を起こしました。現地で燃焼試験を見守っていた筆者が、当時の様子とJAXAの対応を伝えるとともに、今後の影響を予測します。

事故発生! 当時の様子は……

2023年7月14日午前9時、JAXA宇宙航空研究開発機構)は秋田県能代市に保有する能代ロケット実験場で、開発中の「イプシロンS」ロケット用となる固体ロケットモータ「E-21」の地上燃焼試験を行いました。燃焼時間は120秒間の予定でしたが、57秒で異常燃焼を起こしモータは爆発、試験は失敗しました。

幸い、この事故での人的被害および実験場外の物損は確認されていませんが、実験場内では真空燃焼試験棟およびその内部設備の損壊、隣接する建屋の窓ガラスや扉などの破損があったということです。失敗の原因については7月17日時点でも特定できておらず、各種データや製造時の検査記録の確認などを行って調査を進めていくということです。

筆者(東京とびもの学会)は試験場から南に600mほど離れた位置で取材していました。この距離は、火薬取締法施行規則の規定などを元にJAXAが設定した安全距離です。報道も一般も同じ場所からの見学でした。

当初は午前11時に実施予定でしたが、風向きが悪くなるとの予報が出ていたため、前日13日に2時間前倒しとなり、午前9時より行うことが決まりました。なお、着火時の天候は晴れ、ほぼ無風でした。

モータは着火後、順調に燃焼し、海へ向かって勢いよく白煙を吹き出していたものの、開始から57秒、試験のほぼ中間地点でロケットモータや建物の一部らしきものが吹き飛びました。このときの爆発は、600m離れた筆者らの場所からも屋根が飛び、黒煙が立ち上るのを見て取れたほどです。破裂音だけは少し遅れて聞こえましたが、これは距離の関係でズレたものでしょう。音は一度だけでした。

事故当時、見学所には30名ほどがいましたが、みな落ち着いた雰囲気で、悲鳴や大きな声が上がるということもなく、至って平静でした。

当初は自衛消防の出動がアナウンスされたものの、それでは消し止められないと判断したのか、外部からも消防車が入りました。JAXAの説明によれば、火勢鎮圧状態となったのは10時30分頃、消火活動を終了したのは11時40分頃だったとのことです。

新型ロケット「イプシロンS」&能代実験場とは?

イプシロンS」は、現在運用中の「イプシロン強化型」の後継モデルとして開発が進められている国産の新型ロケットです。さらなる打ち上げ能力の向上を目指しており、強化型が高度500kmに590kgというスペックであったのに対し、「イプシロンS」は高度350~700kmに600kgと、より高い軌道に人工衛星を運べるようになっています。

全体は4段式で、第1~3段が固体燃料推進、第4段(PBS)が液体燃料推進という構成です。第1段は、これまた最新型の国産ロケット「H3」のSRB-3(固体ロケットブースター)をベースに必要な機能を追加したもので、第2段と第3段は従来使っていたモータをベースにサイズアップし、高性能化を図ったものとなっています。

第1段は2020年2月29日種子島宇宙センターで、第3段は2023年6月6日に能代ロケット実験場で、それぞれ地上燃焼試験に成功しており、今回の第2段の試験が成功すれば、開発はいよいよ最終段階を迎えるはずでした。

一方、テストが行われた能代ロケット実験場は1962年に開設されて以来、固体ロケットモータの開発を中心に試験を行ってきた実績のある場所です。60年もの長きにわたって多くのテストが行われてきたため、なかには失敗したケースもありますが、建屋を吹き飛ばすような事故は、過去の記録を見る限り初めてだと思われます。

今回の実験では、真空燃焼試験棟と呼ばれる建屋内に設置された大型の真空チャンバーを用いていました。とはいえこれは設備の都合によるもので、今回は真空引きにはせず、試験は大気開放で実施しています。

事故を受け、当日13時ごろに現地で報道陣らに説明を行ったJAXAの井元隆行イプシロンロケットプロジェクトマネージャーは、今後の試験地について問われた際に「能代実験場で行うのが基本だと考えているが、状況次第では種子島での実施なども考えていかなければならない」と述べていました。

イプシロンS」の2段目ロケットを実用化するためには、最低1回は試験を成功させデータを取得する必要がありますが、前述の通り設備に破損が見られるということなので、。その度合いと、修復までの期間および費用が気になるところです。

今回、人的被害がなく火災も短時間で終わったことは幸いですが、事故による開発期間の見直しは不可避でしょう。計画では「イプシロンS」は2024年度に初飛行の予定でしたが、スケジュールはやや不透明となっています。

JAXAにとっては正念場か?

失敗の原因については、冒頭に述べたとおり現時点では不明なため、これから詳細なデータを検証する必要があります。

イプシロン」というと、昨年(2022年)10月に打ち上げ失敗した6号機が、記憶に新しいところです。あれから半年あまり経ち、そのときの失敗原因が解明されたことで、打ち上げ再開が見えてきた中で今回の事故が重なったのは、JAXAを始めとした関係者にとってダメージといえるでしょう。

ただ、井元プロジェクトマネージャーは「最後の燃焼試験で異常が発生したのは残念です。しかし、これからしっかり原因を究明し、イプシロンSの設計に反映していくことが信頼性の向上に繋がります」と前向きのコメントをしています。

現在、着火後20秒過ぎから燃焼圧力が予想より少し高くなって、爆発時は約7.5MPaになっていたことがわかっているそうです。ただし、モータのケース自体は最大使用圧力8.0MPa、耐圧試験での圧力10.0MPaとなっているため、設計上の許容圧力内だったと考えられます。また、爆発までノズル駆動は正常だったということです。

なお、爆発したモータの大部分は、試験を行っていた真空燃焼試験棟内外に飛散しており、安全の観点から一部飛散物を回収したとのことでした。

井元プロジェクトマネージャーは、事故は予想できたのか、事前に兆候はなかったのかとの問いに「想定外。予定通り燃焼すると考えていた」と答えています。「想定外」という点では、取材していた筆者もまた同様の思いです。しかしながら、起こる事象をしっかりと見定めていくのが試験の役割でもあります。E-21モータ燃焼試験は当初想定のデータ取得こそ果たせず失敗しましたが、新たな課題を明示してくれたとも考えられます。

2022年10月の「イプシロン」6号機、2023年3月の「H3」初号機、そして今回の地上燃焼試験と、日本の国産ロケットに関して失敗が重なったことで、JAXAは発足20年目にして試練を迎えたといえるでしょう。

しかし、「失敗は成功の母」の言葉どおり、一歩ずつ着実に原因究明を行えば、成功への道は拓けるはずです。ここで立ち止まらず、さらなる信頼性の向上が行われることに期待しています。

突然爆発したE-21モータ。ケースの破片のようなものが飛んでいくのが見える(画像:東京とびもの学会)。