コロナショックをきっかけに一気に普及したテレワークで、企業による従業員の就業時間管理は難しくなっています。その結果、企業は従業員の「成果」のみを判断基準として人事評価を下さざるを得なくなり、生産性の低い従業員は苦境に立たされることになるでしょう。本稿では、平康慶浩氏の著書『給与クライシス』(日経BP日本経済新聞出版本部)から一部を抜粋し、日本にも確実にやってくるという「目に見える成果」だけが評価される社会について解説します。

時間給からの脱却

「それぞれの場所」「それぞれの時間」で働くことになって、生活給&時間給からの脱却が一気に進む可能性が高い。

まずは、働く側の私たちが時間給から脱却することを目指そう。

世の中の流れも脱時間給を後押ししている。「メンバーシップ雇用の正社員ならサービス残業は当然」という間違った古い認識の会社は減少し続けており、求人広告でも残業について言及する会社が増えた。残業が多い会社では、そもそも残業見合手当をあらかじめ支給するようになっている。残業自体を禁止する会社も増え始めている。

政府も労働時間に対する規制を強めている。

2017年の働き方改革実行計画、2018年からのいわゆる働き方改革関連法案(「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」)などの動きはテレワークに対して追い風だし、メンバーシップ型の雇用こそが30年間伸び悩んだ低い生産性の元凶だ、という議論すらあった。

今では残業時間が月60時間以上になると、それまでの残業加算25%の割合が50%になる。100時間以上の残業が認められるのは実質的に年に1か月のみだし、月45時以上の残業でも年6か月が上限と定められるようになった。そのために就業時間管理を徹底する動きが進んでいた。

しかしそこにコロナショックが起きたため、就業時間管理があいまいになろうとしている。

厳密に管理しようとする会社もあるが、たとえばPCを使わない作業について管理は可能だろうか。実質的な裁量労働である高度プロフェッショナル制度(2019年4月施行)では、労働時間ではなく、健康管理時間の把握と休日付与、健康福祉確保措置の実施、苦情処理措置などを必須対応として定めるようにしている。むしろ、そちらの方が現実的だという意見もあるくらいだ。

そんな状況の中、私たちは時間給から脱することができるだろうか。意識を変える準備度合は、例えば次の質問に対して、どう答えるかでわかってくる。

質問:あなたは次のどちらの仕事に就きたいと思うだろうか。

A:一日の労働時間は7時間で、月曜から金曜まで勤務。 やるべき仕事はルートセールスと新規開拓で、1日あたり10件の決まったお客様を訪問して注文を取ることと、会社が用意する3件の新規見込み先に訪問して提案をすること。新規見込み先の受注を得る確率はおよそ10%。月給は30万円で残業をしたら残業代が出る。ただし、きっちり回れば残業はないはず。 B:労働時間は自由。出勤日も自由。 やるべき仕事はルートセールスと新規開拓で、1日あたり10件の決まったお客様を訪問して注文を取ることと、会社が用意する3件の新規見込み先に訪問して提案をすること。新規見込み先の受注を得る確率はおよそ10%。月給は25万円で、新規見込み先から受注に成功した数が月4件を超えると1件ごとに2万円支給。

AとBを比較して、どちらが働きやすいと思うか。どちらが働き甲斐があると思うか。その答えは人によって異なるだろう。より詳細に比較すると次のような計算になる。

会社側が新規見込み先を安定的に用意してくれる限り、条件はそれほど変わらない。なぜなら3件×22日(月平均労働日数)×10%=6.6件であり、受注成功手当は(6.6-4)×2万円=5.2万円となる。つまり、Bでも月給は30.2万円となり、Aの30万円とほぼ変わらないからだ。

しかし新規見込み先の件数が減ったり、平均成約率の10%よりも低い成約率でしか営業ができないようであれば、30万円+残業代がもらえるAの方が条件が良いということになる。反対に成約率を高くできるのならBの方がよいだろう。

このような給与の仕組みにメンバーシップ型、職務(ジョブ)型、という区分は関係しない。メンバーシップ型でもBのような給与体系の会社はあるし、職務(ジョブ)型でもAのような給与体系の会社はある。

メンバーシップ型と職務(ジョブ)型の違いは、残業代やインセンティブの計算基準ではなく、従業員の仕事全体に対する金額設定時の違いであり、採用・昇給・昇格時に強く影響するものだ。

かいた汗は評価されるべきか

仮に、あるメンバーシップ型の会社でAの人事制度からBの人事制度への転換があったとしよう。会社には、もちろん優秀な従業員と普通の従業員が働いている。

優秀な従業員は、時間内に仕事をこなし、月10件の成約をしている。

普通の従業員は、毎月10時間の残業をし、月4件の成約をしている。

この会社でAタイプの人事制度が施行されていた時代、優秀な従業員は月給30万円。普通の従業員は月給30万円+約2.4万円(残業代)=約32.4万円となり、優秀な従業員の方が普通の従業員よりも給与が少なかった。

そこで会社が人事制度を変えてBタイプにすると、優秀な従業員は25万円+12万円(超過6件分の成約手当)=37万円、普通の従業員は25万円+約2万円(残業代)=27万円となる。

優秀な従業員の割合が少なければ、会社の人件費は増えない。また普通の従業員が成約数を増やしてくれればそれはそれで会社は儲かるので、人件費の率としては大きく変化することはないだろう。

なるほど、だとするとAはやはり間違っているし、Bの方が正しい、と思う人が多い、と思えるはずだ。けれども人間の心理はそうは動かない。実際、メンバーシップ型の典型的な会社では、Aの制度のままで、別の対応を取っていた。優秀な従業員を早く出世させ、より高い肩書と給与で処遇していったのだ。

なぜそうせざるを得なかったかといえば、普通の従業員の方が長い時間まじめに働いていることを、みんな見ていたからだ。同じ時間、同じ場所にいるからこそ、長時間働いていることが美徳に見える。短時間で成果を出している人を、うさんくさく思う風潮すらあった。

テレワークでは働く姿が見えないから、かいた汗も見えなくなる

しかしそれぞれの場所、それぞれの時間で働くようになると、どれだけ時間をかけているかは見えづらくなる。その一方、どんな成果が出ているのかは誰にでも見える。結果として、優秀な従業員の成果は高く評価され、普通の従業員はそこそこの評価に落ち着くことになる。

よって、ごく当たり前のように、脱時間給化が進むことになるのだ。

仮に、作業に手間取って仕事が長引いたとしよう。その理由が自分の勉強不足だったとしても、会社で働いていれば頑張っているように見える。しかしテレワークの状態では、その頑張りが見えず、単に長時間残業をしているという数字だけが残る。

その際に、作業に時間がかかったから、という理由を告げたところで「普通の人はこれくらいの時間で終わるはず」という標準形と比較されてしまうので、勉強不足が露呈してしまうことになる。それでも残業制度のもとでは残業代が支払われるだろうが、高い評価にはつながらなくなるのだ。

年功主義と生活給、時間給という概念があいまって、漠然とした中への期待に対する給与だという考え方もできる。仲間だから、仮に今多少仕事ぶりが悪くても生活は同じだけ保障すべきだ。

仮に他の人たちよりも成果を出せたとしても、分かち合うべきだ。過去の貢献があり、将来の期待がある。だからあたかも田畑でとれた農作物を皆で分け合うように、メンバーとして分け合うことを前提に給与の仕組みが設計され運用されてきた。

しかし脱メンバーシップ型の仕組みにおいては、過去の貢献も将来の期待も反映せず、今どれだけ成果を出したのか、ということを見るようになる。雇用も時価で取引されるようになるのだ。

そのような変化は確実に来る。

(※写真はイメージです/PIXTA)