2023年3月に開催された中国全国人民代表大会(全人代、国会に相当。中国では通常同時に開催される政治協商会議と合わせて両会、2つの会議と呼ばれる)で、習近平国家主席が異例の3期目に入る一方、李克強首相が任期満了で退任、李強新首相が選出された。両会は「ゴム印(橡皮図章)を押すだけの会議」「中国は小さい事で大きな会議、大きい事で小さな会議を開く(小事開大会、大事開小会)」とやゆされることが多いが、例年以上に内外から大きな注目を集めた。3期目習政権を取り巻く政治環境、経済運営について、全人代とその後の動きから何が読み取れるかを探る(文中敬称略)。

李下李上――李克強退任…ついに経済運営主導かなわず

退任(下)予定だった李克強は、国務院(政府)トップの首相(総理)として最後の政府活動(工作)報告を約1時間読み上げた。

「安定(穏定)」に33回とかつてなく言及する一方、22年同報告では10回言及されていた「改革開放」は3回、18、19年100回以上言及されていた「改革」は今回40回に止まった。

前任の温家宝は退任直前の記者会見で、「政治体制改革、特に党と国家指導層に関わる制度の改革を進めることが必要。さもなければ、文革のような歴史の悲劇が再び発生する恐れがある」と、「政治体制改革」という敏感な問題に触れたことで有名だが、李は最後までそうした政治的発言をすることもなかった。

就任当初「リコノミクス(李経済学)」と言われ、大胆に経済改革を進めることが期待されたが、次第に市場機能に懐疑的な「シコノミクス(習経済学)」が中心となり経済運営を主導できず、「史上最弱の総理」とまで称された。反習筋の人気は高かったが、「結局、習に対峙する胆力はなかった」と失望する声が聞かれた。

李下李上――李強総理就任…多かった選任時の反対・棄権票

全人代では李強が新たに総理に就任(上)。習の3期目国家主席選任には反対・棄権票がゼロだったのとは対照的に、李強選任は賛成2936票、反対3票、棄権8票で、同時に行われた最高人民検察院検察長や最高人民法院院長など最高指導層の選任投票と比べても、反対・棄権票が最も多かった。

李克強が最初に首相に選任された2013年は反対3票、棄権6票とやや多かったが、この時にはまだ江沢民・曾慶紅派の影響力が強く、同派が李克強率いる共産主義青年団(共青団)と習派が手を組むことを阻止しようとしていたとされる政治的にやや流動的な時期。2018年李克強再任の際は反対2票のみだった。

今回、李強に反対・棄権票を投じたのは、江沢民死去で力が衰えつつあるとはいえ、なお一定の勢力を持つ江曾派、あるいは習派でも人事に不満を持つ者の一部との憶測がある。反対・棄権票が1、2票であれば、あるいは民主的投票を装うために予め仕組まれていたとも考えられるが、10票以上はコントロールが効いていないとの憶測が台頭する心理的警戒ラインと受け止められている。盤石と見られる習政権にとって、一抹の政治不安要素か。

【全人代投票結果】

総理(李強)……反対3票、棄権8票

国家監察委員会主任(劉金国)……反対3票、棄権1票

最高人民法院院長(張軍)……反対1票、棄権3票

最高人民検察院検察長(応勇)……反対3票、棄権7票

軍委副主席(張又侠)……反対1票、棄権2票

軍委委員(李尚福)……棄権1票

軍委委員(苗華)……棄権1票

李強の経済運営は特に習との関係でどうなるのか。李強は李克強と異なり、習の側近で習の李強に対する信頼ははるかに厚いとされる。これは李強が習の完全なイエスマンになるだけで自らの考えに基づく経済運営を行わない(行えない)、あるいは逆に、習が信頼の厚い部下として李強に李克強の場合より大きな裁量権を与える結果、李強は独自の経済運営を行うという2つの可能性を示唆している。ただ後者の場合でも、李強を重用したのは習で、何度も習に逆らうことができるかは怪しい。

李強はこれまで企業関係者との接触が多く、外資誘致の実績もある。若い頃に香港理工大学ビジネススクールで学んだ経験もあり、必ずしも習のように市場経済に懐疑的ではないとされる。習の考えが間違っている、または矛盾していると思っても、それをうまく現実の政策に落とし込む能力に長けているとの話もある。

他方、副総理や中央勤務の経験がない李強の総理としての手腕は未知数。当面の最大の課題はゼロコロナ政策で打撃を受けた経済の立て直し。両会後初の記者会見は以下の通り、こうした李強を取り巻く複雑な状況を反映している。

①「習同志の党における核心的地位と党の集中統一指導の2つの確立・維持」など、何度も習の名前に言及。最高指導者に言及するのは中国では通常のことだが、前任の李克強に比べると突出した感があった。

②私企業の発展(公有経済の堅持・発展と私企業の発展支持という2つの揺ぎない堅持。昨年来の一部私企業の懸念は不正確)、対外開放と外資誘致(中米は你中有我、我中有你という互いの存在が相手の中にあるという不可欠な関係。対立は何の利益にもならない)を強調。

③「改革開放は現代中国の命運を握る鍵」と鄧小平路線堅持を明言。

④米CNBCの「中国経済の強みと弱点は?」との質問には、強みとして「巨大な経済規模、豊富な労働力資源、厚い基礎インフラ」などを提示。しかしたとえば、労働力資源の優位性は高齢化少子化でもはや当てはまらず。総じて90年代の認識が多い

⑤質問者は大陸メディア4、香港・台湾2、その他海外メディア4。22年は大陸、香港・台湾は同じ数だが、海外7だった。一部反中筋が米メディアとされた社は名前を聞いたこともなく、おそらく党宣伝媒体で、質問は基本的に党身内が用意したものである点、これまでの総理記者会見と性質が変わったと論評。ただ米メディアは上記CNBC。的を射た論評か判断は難しい。「弱み」など挑戦的な質問には答えず、新たな政策への言及もまったくなかったことは事実。

両会後、海外の懸念を意識してか、李強は上記②、③をアピールし、李克強路線を踏襲するとのシグナルを発出することに注力している。

対外ビジネス拠点の広東と製造拠点の湖南を訪れ、中国発展高層論壇23年年次会(発展研究中心主催)では外国企業約500社を前に、「国際情勢がどう変わろうと対外開放を進め、外国企業に巨大な中国市場を提供していく」と発言。さらに自由貿易港として有名な海南でのボアオ・アジアフォーラムにも赴いた。

他方、両会後開かれた新総理として初の国務院常務会議では、「国務院はまずもって(首先)政治機関で、旗幟鮮明に政治を語り、2つの確立の決定的意義を理解し(中略)習近平総書記の重要指示・精神、党中央の政策を系統的に学習把握せよ」「国務院の使命は党中央が決めた政策を誠実かつ着実に実行すること」と指示。

さらに国務院工作規則を修正しこれら趣旨を明記。規則修正では常務会議の開催頻度を減らす一方(原則週1回→月2~3回)、習の考えや指示を重点に学習する「学習制度」を創設し2ヵ月に1回開催、テーマは「総理が決める」とした。

こうした李強の一連の行動や習への「ゴマすり(棒習)」は、習の権威を利用して自らの考えを実行に移すためとする見方と、李強は「召使(跟班)総理」でその経済運営は習の番頭(掌柜)が行うだけの「掌柜経済学」とやゆする声が交錯している。

金森 俊樹