外国人観光客でにぎわうバンコク・カオサン通り
外国人観光客でにぎわうバンコク・カオサン通り

事実上の大麻解禁から1年がたったタイ。その首都バンコクは多種多様すぎる大麻商品であふれ返っていた! そこには大麻をこっそり満喫する日本人の姿もチラホラ見受けられるが、彼らに縄をかけようとする存在の噂も......。アジア随一の大麻大国で何が起きているのか? 現地を徹底取材した!

【写真】タイ繁華街の大麻だらけの光景(全25枚)

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■約7700もの大麻ショップが乱立

日焼けした肌に、白い顎ひげを蓄えた露天商の男。年は60代だろうか。彼は路上を歩く観光客と目が合うたび、黄ばんだ歯をむき出しにしながら「ガンチャー」と声を上げた。

観光客に向けて路上で大麻を売る露天商。値段は実店舗で売っているものとそんなに変わらない
観光客に向けて路上で大麻を売る露天商。値段は実店舗で売っているものとそんなに変わらない

彼の前にズラリと並ぶ商品はガンジャ。「乾燥大麻」のことだ。そんな商品を興味深くのぞき込む日本人の男性客は、陳列された大麻のにおいを確認しながら、納得した様子で代金を支払っている。

その客に声をかけると、男友達とふたりで大阪から観光に来たと話した。

「今から、草吸ってチルしよ思て」

大麻を吸い、まったりと過ごすという意味のようで、カメラを向けると、「勘弁してや」と手を左右に振りながら逃げるように雑踏へと消えた。

バンコクの繁華街の至る所で大麻ショップを見つけることができる
バンコクの繁華街の至る所で大麻ショップを見つけることができる

タイの首都バンコクにあるカオサン通り。安宿が集まるこの場所は昔から〝バックパッカーの聖地〟ともいわれ、夜には多くの外国人が集まる。

道の両脇のレストランやバーからは、会話ができないほどの轟音(ごうおん)で洋楽が鳴り響く。大音量が流れるバーの客席からは、大麻特有のにおいが漂ってきた。まるで真夏の夜祭りだ。

店先には多くの露店が並ぶ。だが、明らかに日本と違うのは、衣類や腕時計など高級ブランドのコピー商品から、昆虫やワニの肉まで売られていることだろう。中でも目を奪われたのが、大麻を堂々と売る店が、約300mの通りに少なくとも15軒はあったことだ。

タイ国内で大麻が「禁止薬物リスト」から除外されたのは昨年6月のこと。タイ保健省によると、今年1月末時点で国内に約7700の大麻ショップが存在するという。

この地を筆者が訪れたのは、大麻解禁から丸1年を迎え、〝大麻バブル〟に沸くタイの実情を取材するためだ。なぜ大麻を解禁したのか。そして大麻で何が変わったのか。日本で早ければ年内にも大麻取締法が75年ぶりに改正されるかもしれない中、タイの今を追った――。

■無許可の店があふれ返る繁華街

日本政府が今年6月16日に閣議決定した「骨太の方針」。そこには、こんな一文が書かれている。

〈大麻に関する制度を見直し、大麻由来医薬品の利用等に向けた必要な環境整備を行う〉

厚生労働省も昨年5月から計4回、「大麻規制のあり方に関する大麻規制検討小委員会」を開いてきた。議論をまとめた昨年10月の報告書には大麻産業について、こうある。

〈欧米を中心に、近年、「エピディオレックス」のような医薬品はもとより、リラックス効果などをうたう食品やサプリメントの領域で急速に市場が拡大している。世界的には今後10年で7~8兆円の市場規模にまで成長するとの経済的な観測もある〉

こうした世界的な大麻バブルの到来に先駆けて、アジアで初の〝大麻解禁〟に踏み切ったのが、ここタイだ。

タイでの大麻事情を知る前に、まずは大麻について簡単な説明をしたい。

大麻には大きく「THC」(テトラヒドロカンナビノール)と「CBD」(カンナビジオール)という成分が含まれている。THCは、幻覚や高揚感などの精神作用があるため、大麻を吸って〝キメる〟のもTHCによる作用が大きい。従って多くの国では、このTHCの成分が大麻を禁止する原因となっている。

バンコクのコンビニで売っている大麻ジュース。ストレス緩和作用などがある大麻の成分「CBD」入り
バンコクのコンビニで売っている大麻ジュース。ストレス緩和作用などがある大麻の成分「CBD」入り

一方でCBDは、抗炎症効果やストレス緩和作用などがあるとされ、こちらは比較的安全なものとして扱われている。実際にタイのコンビニでも、当たり前のように大麻由来のCBDドリンクが並ぶほどだ。

すでに日本にもオイルクリームなどのCBD製品が輸入されているが、日本は大麻を部位で規制しており、大麻草の成熟した茎や種子のみから抽出されたCBD製品は大麻に該当しない、ということになっている。

6月2日の金曜日。大麻ショップを探そうとバンコクの中心部を歩いてみると、店はすぐに見つかった。外国人が多く住むエリア「トンロー」周辺の大通りには大麻ショップが連なり、そこから足を延ばせば、ショッピングモールの中や病院の前でも大麻が売られている。

バンコクのデパートにも大麻コーナーを発見した。タイ人の生活の一部として溶け込んでいる
バンコクのデパートにも大麻コーナーを発見した。タイ人の生活の一部として溶け込んでいる

その夜、ひとりのタイ人に街で声をかけられた。薄暗いバーの店内で手際よく筒状の紙に大麻を詰め込み、おもむろに火をつける彼はマー(30歳)と名乗った。このバーで働く彼は、店先で観光客を呼び込み大麻を売るのが仕事だ。ここで働き出したのは大麻が解禁された頃。それまでは定職に就いたことはない。

「この辺りで大麻を買うのは、日本人や欧米人の観光客ばかり。もともとタイでは、大麻なんて簡単に手に入ったんだ。もちろん違法だけど、大麻だけではなく、ヤーバー(覚醒剤の一種)なんて風邪薬くらいの安価で手に入るよ」

マーは目を閉じ、ゆっくり煙を吐きながら、そう嘯(うそぶ)いた。

ならばなぜタイでは、わざわざ大麻を解禁したのだろうか。その事情を彼に聞くと、「わからない」と首を振った。

実は、大麻解禁といっても、昨年6月に認められたのは医療目的での使用のみ。ついでに家庭栽培も認められたものの、娯楽としての大麻吸引はいまだ禁止されており、20歳未満への販売や、公共の場での喫煙もダメだ。

また、大麻商品のTHC濃度は0.2%までと決められており、大麻解禁の実態は「条件付き」。それゆえに、街中の大麻ショップはすべて国の許可を得て営業していることになっている。

ところが――。街には無許可の店があふれていた。合法店でさえTHC濃度が基準を大きく上回った商品を販売しているケースもある。

また、店内での喫煙は禁止されているが、建物の裏や上の階に大麻専用の喫煙所を設け、「店が関知しない場所で、客が勝手に吸っている」という建前の店が多い。規制はあるものの、なし崩し的に違法な運用が横行し、大麻が街に蔓延(まんえん)しているのだ。

■「天国ラーメン」、「元気オムレツ」

そんなタイでは解禁後から、こんな変化が出始めていると話すのは日本人の駐在員だ。

「あるスイカ農家は、一獲千金を狙って畑をすべて大麻の栽培に切り替えた。また、違法とされるアダルト商品や偽バイアグラを売っていた駅前の露店も、昨年からは商品のラインナップを大麻中心にリニューアルしています」

観光客が集まる通りには、路上で大麻入りのインスタントスープや大麻入りハンバーガー、大麻のフレッシュジュースが売られていた。

お湯を入れて食べるインスタントの大麻スープ。露店で売っていた
お湯を入れて食べるインスタントの大麻スープ。露店で売っていた

道端で緑色の大麻ジュースを飲んでいた日本人女性は、「薄いライチのような味で、すごく爽やか。半分しか飲んでないのにクラクラします」とうれしそうに話した。また、解禁早々に〝大麻入りラーメン〟を出した店もあり、食べた客がひっくり返る騒ぎになったという。

「その店は、『天国ラーメン』という名前です。タイはネーミングセンスがあるんです。『金持ち寿司』とか『トーキョー・スッキリ』という洗浄便座のブランドもある」(前出・駐在員)

バンコク郊外のあるタイ料理店では昨年から大麻料理を提供している。みじん切りにした大麻と溶き卵を混ぜ合わせた料理は、「元気オムレツ」(約720円)と命名されていた。

同店に同行した会社経営者のタイ人は、こう話す。

「ここの『大麻天ぷら』(約1200円)は絶品だよ。日本では天ぷらに塩をつけて食べるけど、ここでは粉末状の大麻を、大麻の葉にパラパラっとかけて食べる。それから、こっちの料理は、『バイリアン大麻』(約880円)といって、大麻とハーブと卵を炒め、ナンプラーで味つけしたものだ」

ちなみに店員によると、これまで大麻料理を食べて倒れた客はいないという。

大麻料理を提供しているレストランの「元気オムレツ」
大麻料理を提供しているレストランの「元気オムレツ」

「大麻天ぷら」
「大麻天ぷら」

「バイリアン大麻」
「バイリアン大麻」

ほかにもチーズに大麻を練り込んだWチーズ大麻トーストや、バナナの皮から作ったクリームに生の大麻をのせたトーストを出すカフェもあり、大麻の風味が口の中でフワッと広がりハッピーな気分になれるそうだ。

同店では大麻入りのチョコブラウニーも提供しているが、「先日、ふたつ食べた男性の目が充血していましたよ」と店員は明るく話した。

イギリスのホテルチェーン「ホリデイ・イン バンコクスクンビット」の1階には大麻ショップが入っている。店内のショーケースには、しゃれたデザインの吸引器具や大麻グミ、大麻柄のTシャツなどがキレイに並べられていた。

大麻の種類も豊富で、店によっては20種類以上の品種を取りそろえ、カウンターの〝大麻ソムリエ〟が、客に合うモノをチョイスしてくれるのだ。

日本人観光客が多く集まるパッポン通りの店にいた男性ソムリエに話を聞いた。

リラックスしたいとか、ハイになりたいとか、お客さんの要望を聞きながら販売しています。不眠症や精神不安、食欲減退がある方などは、店に専属の医師が来ますので、症状に合った大麻を勧めています。

うちが扱っているのは、2週間ごとに米カリフォルニアから大麻の種を買いつけて、契約したグロワー(栽培者)が育てている国産品。大麻草以外では、大麻キャンドルや大麻グミも人気です。あ、でもグミは一気に食べると倒れるので注意してください」

この店を訪れる客は、日本人と中国人が多いそうだ。

「逆に観光地から離れた住宅街の店では、中国や韓国、インド系の客が多く、タイ人で大麻を吸っているのは比較的若いコばかり。先日もタイの中学生が吸引して問題になっていました」(前出・駐在員)

ショップの裏手にある大麻喫煙所で知り合ったタカシ(50歳)は横浜から来た。腕と足に入れ墨が入ったこわもての彼は、これまで幾度となくタイを訪れているという。

「昔は粗悪品が多かったけど、解禁になってから質のいい草が吸えるようになったよね。ディスペンサリー(合法店)だと1g2400円から4000円が相場。ほかの国で買うよりは安いでしょ。

タイで草を吸うと、悪いことしてるって感覚が全然ないよね。この国ってアイコスみたいな電子たばこは違法なのに、大麻が合法なんだから、日本人からするとおかしな国だね。

でも、ここまで大っぴらに草を売ってると、今まで闇で売ってたやつらが儲からなくなるだろうな。そういうやつらは大麻がダメなら、覚醒剤とかコカインで儲けを出すしかなくなるよ」

■再び規制が始まるのか?

バンコクの警察署の真横にも大麻ショップが。手前はパトロール中の警察官
バンコクの警察署の真横にも大麻ショップが。手前はパトロール中の警察官

そんな立ち話をしていると、目の前を警察官が通ったが、こちらを気にするそぶりもなく通り過ぎていった。

「露店の元締めは警察とつながっているため、無許可でも路上で堂々と大麻を売っています。ちなみに、今、日本の捜査関係者が定期的にタイに来て、日本人の情報収集をしていますよ」(タイの日本政府関係者)

さらに、取材で知り合ったタイのメディア関係者が、こんな興味深い話をした。

「なぜタイで大麻が解禁されたかといえば、連立与党を組んでいる『タイの誇り党』が、インバウンドによる経済的効果などを訴えて、大麻解禁を公約に掲げていたから。同党の代表は、タイの副首相であり大麻を所管する保健省の大臣に就いています」

タイで大麻解禁を主導した連立与党「タイの誇り党」のアヌティン党首
タイで大麻解禁を主導した連立与党「タイの誇り党」のアヌティン党首

再びの大麻規制を訴えている野党「タイ貢献党」のペートンタン党首。彼女はタクシン元首相の次女だ
再びの大麻規制を訴えている野党「タイ貢献党」のペートンタン党首。彼女はタクシン元首相の次女だ

大麻解禁は、タイの政治や権力闘争と深く関わっているそうだが、解禁した背景はほかにもあるという。

「警察に大麻を利権化させないためでしょうね。タイでは警察の汚職が蔓延しています。

先日も大型汚職事件が発覚。毎月警察に賄賂を払っている目印として、日本の漫画『ドラえもん』に出てくるジャイアンが描かれたステッカーをトラックに貼ると検問をスルーできるそうで、警察は組織的に何十年と続けてきた。

今回の大麻解禁は、取り締まりと称して、大麻ショップや関連企業、それに喫煙者などが警察から賄賂を巻き上げられないようにする狙いもあったのでしょう」(タイのメディア関係者)

しかし、その構図はもうじき崩れるかもしれない。

「最近は明らかな供給過多が起きている。大麻の仕入れ価格が暴落を始め、栽培農家に影響が出始めています。8月上旬に決まるタイの首相が誰になるかで再び大麻が規制されるのか、今注目されています」(大麻ショップの店長)

最後に前出のタカシニヤリと笑ってこう言った。

「規制? 俺には関係ない話。また吸いに来るよ」

取材・文/甚野博則 撮影/郡山総一郎 写真/時事通信社

外国人観光客でにぎわうバンコク・カオサン通り