一針一針を縫い進めていくことで、無限のイメージをつくり出す刺繡。時代と地域を越えて発展してきた刺繡は、伝統的な装飾品から身近な雑貨、そして最先端のファッションまで、様々な局面で目にすることができる。そんな多彩な魅力をもつ刺繡に光を当てた展覧会が、静岡県美術館で、7月25日(火)から9月18日(月・祝)まで開催される。

同展の魅力のひとつは、民族衣装から絵本、現代アートにオートクチュールまで、多彩な刺繡作品が一堂に並ぶこと。そしてまた、つくられた地域が中・東欧カナダフランス、そして日本と多岐にわたるため、多様な文化にふれられるのも興味深いところだ。

例えば、中・東欧の伝統的な民族衣装には、それぞれの文化を背景とした独自の文様や技法による刺繍が施されている。あるいはカナダ先住民族であるイヌイットの人々は、20世紀の半ば以降に狩猟生活から定住生活への切り替わりが進み、経済的な自立支援という観点から、芸術的な活動が奨励されるようになった。そこで生まれのが、狩猟生活やイヌイット固有の文化に根ざしたイメージを刺繡した壁掛けだったという。

同展ではまた、近現代のアーティストたちによる様々な表現に出会うことができる。チェコからは、不思議な図案の刺繡で知られるエヴァブラードヴァーや、素朴な味わいの刺繡による絵本で受賞歴も多いエヴァ・ヴォルフォヴァー。現代の日本では、絵本画家の草分けである武井武雄の図案集を巧みに刺繡へと置きかえる大塚あや子、緻密な色彩構成を特徴とする樹田紅陽、日本古来の刺繡表現を研究しながら独自の表現を模索する蝸牛あや、ビーズを使った刺繡を中心としてイラストレーションやアクセサリーの仕事を展開する小林モー子、そしてルーマニアの刺繡を現地で学び、独特の絵本挿絵やデザインを生み出す貝戸哲弥など、その表現の多彩さに圧倒されるだろう。

展覧会の最後を飾るのは、フランスのオートクチュールを彩る華やかな刺繍の世界だ。約230点の作品が集合する同展は、2021年に横須賀美術館で開催されて好評を得た展覧会の巡回展。今回は気鋭の刺繡作家・貝戸哲弥が初登場するほか、追加出品もあり、さらにパワーアップした展観となる。この機会に、独特の美しさと温もりをもつ刺繡の多彩な魅力を堪能したい。

<開催情報>
『糸で描く物語 刺繍と、絵と、ファッションと。』

会期:2023年7月25日(火)~9月18日(月・祝)
会場:静岡県美術館
休館日:月曜(8月14日9月18日は開館)
時間:10:00~17:30(入室は17:00まで)
料金:一般1,200円、70歳以上600円
公式サイト:
https://spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/exhibition/detail/95

《カロタセグ地方ハンガリー人スカーフ》(部分) 20世紀半ば 谷崎聖子、シェレシュ・バーリント蔵