近年のフットボールシーンを席巻し、遂に“欧州王者”の称号を手にしたマンチェスター・Cが日本にやってきた。

 そして今週末の7月23日(日)に行われる『明治安田Jリーグワールドチャレンジ2023』で、“Jリーグ王者”の横浜F・マリノスと対戦。多くの注目を集めている一戦を前に、「SPOTV」や「DAZN」の実況として数多くの試合を目にしてきた野村明弘さんに、マンチェスター・Cというクラブについて語ってもらった。

取材・構成・文=池田敏明

■“シティ症候群”からの脱却

 マンチェスターの街には、「マンチェスター・ユナイテッド」と「マンチェスター・シティ」という大きなクラブが2つあります。イメージで言うと、ユナイテッドは世界的に人気のあるクラブで、シティは地元の人が愛するクラブといった感じ。

 シティにはかつて「City-itis(シティ症候群)」という言葉がありました。ここぞという時に必ず何かやらかしてしまい、タイトルを逃したり、降格したりして、「またやっちゃったな」とネタにされる時期がありました。

 それが2007年、タイの首相だったタクシン・チナワット氏がオーナーになって資金が投入され、有能な選手が何人か加入しました。その1年後に現在のオーナーであるアブダビ・ユナイテッド・グループに買収され、俗にいうオイルマネーが投入されて、次から次へとビッグネームがやってきます。

 そしてペップジョゼップ・グアルディオラ)という世界有数の監督の下でさらに強くなり、イングランドではユナイテッドしか成し遂げていなかったプレミアリーグ、FAカップ、UEFAチャンピオンズリーグの3冠を昨シーズンついに達成しました。

■昨季のチームに訪れた変化「9番と偽○○」

 ペップのシティはセルヒオ・アグエロというストライカーが抜けて以来、点取り屋の選手がいませんでした。そのため“ゼロトップ”というシステムを採用していたんですけれど、22-23シーズン、「ザ・9番」の選手であるノルウェー代表のFWアーリング・ハーランドという選手が加入し、足りなかったピースが埋まりました。そして実際にあれだけ点を取った(公式戦通算52ゴール)。これがそれ以前と比較しての一番大きな変化でした。

 また、これは解説をされていた戸田和幸さん(現・FC相模原監督)が最初に指摘されたかと思いますが、右サイドのレギュラーだったイングランド代表DFカイル・ウォーカーのアンダーラップのコースが、21-22シーズンに比べて22-23シーズンのほうが少し内寄りになったと。その後、18歳のイングランド人DFリコ・ルイスを右サイドバックで起用することになるんですが、彼はまさに“偽サイドバック”の選手で、ウォーカーのようにアンダーラップを仕掛けるより、完全に中盤に入る動きをしていました。

 そこから今度はセンターバックのイングランド代表DFジョン・ストーンズを右サイドバックに起用。センターバックの選手を4枚並べるようなことも始めました。ストーンズにもリコ・ルイスと同じように“偽サイドバック”を担わせ、右サイドバックから中盤、さらには前線のポケットの位置を取る動きまでさせていく。すると次は“偽センターバック”という、ストーンズをセンターバックの位置に置きながら、そこから中盤、前線へと上がっていく。

 “偽サイドバック”の担い手がサイドバック的な選手から中盤的な選手になり、最後はセンターバックの選手になって、今度はそのセンターバックの選手をセンターバックに置いて攻めさせる。このドラスティックな変化が、9番タイプのハーランドを入れたこと以上に大きな変化だったと思います。

■3冠達成の立役者は…

 今まで届きそうで届かなった“欧州制覇”を成し遂げたキーポイント・キーマンというところでは何人かいて、最後のピースがハマったということではハーランド。そして、そこにパスを出すという意味ではベルギー代表FMケヴィン・デ・ブライネですが、彼はずっと主力なので…最終的にはストーンズとオランダ代表DFネイサン・アケの2人だと思っています。

 ヨーロッパのトップ・オブ・トップのクラブとどう戦うのかというところで、少し前は攻撃を重視して、ポルトガル代表DFジョアン・カンセロやウォーカー、左サイドバックにスペイン代表DFアイメリク・ラポルテを使ったり、ウクライナ代表DFオレクサンドル・ジンチェンコがいたり。ボール扱いがうまい選手たちを使ってきた。

 しかし、ペップは後に、チャンピオンズリーグの準決勝とか決勝、トップ・オブ・トップの戦いになった時は、最終的に一対一が非常に重要になってくると明かした。対峙する相手選手を止めなければいけない。それができる選手がそこにいなければいけないと言っていて、その答えがアケであり、ストーンズ、スイス代表DFマヌエル・アカンジでした。

 特にアケが大きな例で、ペップは「一対一で勝てる適切なDFを必要としていた。そうしなければ、チャンピオンズリーグやそのレベルの戦いで勝つことはできない。 彼らは一つのアクションで相手を制してしまう。そこをアケが強化してくれた。つまり一対一で抜かれずにしっかりと対応できる選手がそこにいてくれるようになった。それが今年の我々にとっての、大きなステップとなった」という話をしていて、その足りなかったピースがアケであり、ストーンズだったのではないかと感じています。

■立ち止まらない“希代の名将”ペップ

 そうやっていろいろな戦術や選手起用を見せてくれるペップという監督が、シティの一番の魅力ではないかと思います。いま、間違いなく世界をリードしている指揮官ですし、「これが完成形かな」と思うほど最先端を行っているにも関わらず、シーズン途中やその次のシーズンに必ず何か別の新しいものを生み出します。

 昨シーズンもサイドバックの使い方を変化させるなど、見ている側に「そんな使い方するの?」という驚きを提供してくれました。そういう場合、奇をてらいすぎて失敗することも多いと思いますが、ペップの場合はそれが理にかなっている。「何か変だな」と思いながら見ていても結果につながるし、突拍子もないことを急に実行し、それが後々、正解だったんだと分かる時が来る。それがシティ、そしてペップの魅力だと思います。

 だから、実況していて悩むことも度々あります。「あれ、なんで今日はこのメンバーなの? 誰がここに入るの?」とか「これはシステムをどう紹介したらいいんだろう」とか。可変システムなので特に難しく、解説の方に紐解いていただきながら実況しています。ただ、恐らく解説の方も「こんなことをやってくるのか!」という素直な驚きがあると思うので、それに共感しながら伝えるような形です。

 ペップのもう一つの特徴として、シティでは重用されていた選手が急に起用されなくなることがあります。これはペップ自身も「ずっと使ってきた選手を急に使わなくなることがある」と認めている。昨シーズン、ストーンズが“偽サイドバック”や“偽センターバック”をやっていたからといって、今年もそうするとは限らない。全然やらない可能性、ストーンズが起用されない可能性すらあります。逆に昨シーズン全く使われなかったイングランド代表MFカルヴィン・フィリップスが急に使われる可能性もある。蓋を開けてみないと分からないんですよ。

マンCのワクワク感

 メンバーがどんどん移り変わり、どんな戦術を使うのかが読めない点もシティの面白さ。試合ごとに少しずつヒントが隠されていて、「ひょっとするとこうなるんじゃないか」みたいな謎解きを、みんなで考えていく。そういうワクワク感や驚き、面白さがあります。

 対戦相手の横浜F・マリノスに関しては、アンジェ・ポステコグルー前監督時代からシティのフットボールを標榜し、偽サイドバックやポジショナルプレーといった共通点もあります。コンディションの差はありますが、今の熟成度でシティ相手にどれだけ通用するかが見どころですね。

 ただ、他が追いかけてきたら、それよりも速いスピードで進化していくのがマンチェスター・シティというクラブ。そのなかで今のシティがどういう状況なのかを間近で見られるのが今回の「明治安田Jリーグワールドチャレンジ2023」になります。

 プレシーズンなので新しいことを試すこともあるでしょうし、「こんなことするの?」「こういう発想があるのか!」ということを、日本の地で初めて披露するかもしれない。新しいワードが日本での試合から生まれ、その瞬間を目撃できるかもしれない。そんな大きな期待も抱いています。