2023年も早いもので、あっと言う間に下半期へと突入。東京都内のラーメンシーンは、相も変わらず、空前絶後の新店オープンラッシュが絶賛継続中。もう、豊作状態が完全に恒常化した感があります。

 私は1990年代から、新店舗を中心に年間700杯以上のラーメンをコンスタントに食べ歩いてきましたが、最近とみに感じるのは、夜営業を行わないお店が急激に増えたこと。とりわけ、コロナ禍に伴う行動制限が解除された2022年の春以降は、「新店舗の過半が、昼営業オンリーの形態を採っているのでは?」と思われるほどの状況に立ち至りました。

 なぜそんなことが分かるのか。私は国家公務員なので、毎日、業務終了後にその日食べに行くお店を決めるのですが、新店の数が多い割には、訪問可能な店舗の選択肢が極端に少ない。そんな感覚が、年を追うごとにどんどん強くなっているからです。その日食べに行く店を決める際に抱く感覚なので、それはもう肌身で実感できます。

 訪問したい店の営業時間を確認しても、すでに営業が昼で終了している……。仕事が終わるのは夜なので、夜営業がなければ、そもそも店とラーメンにアクセスすることは不可能です。それでも、土日祝日の営業がある店舗であれば、まだ救いはあります。休日の昼に足を運べるわけですから。

 本当になす術がないのは、平日は昼だけ営業し、定休日が土日祝日というパターン。この場合、私が自由に動ける時間帯と店の営業時間帯が一向に重ならず、実食する機会すら得られない状態に陥ります。

 実は、今回ご紹介する『Dad's Ramen 夢にでてきた中華そば』も、最近までそんな存在だったお店のひとつ。開業日は2022年7月4日。さかのぼることおよそ1年前です。ずいぶんな月日が経っていたにもかかわらず、訪問が叶ったのは2023年6月15日とごく最近。本年5月から、これまでは平日昼のみだった営業時間が拡張され、不定期(原則水曜)ではありますが、夜の営業も開始。それにより、ようやく私にも門戸が開かれたわけです。

 ということで今回は、新店と呼ぶには少し時間が経ち過ぎたお店の紹介となりますが、ご容赦ください。

 さて、こちらの『夢にでてきた中華そば』。同店はズバリ、以前、このコラムで紹介させていただいた、吉田竜太郎店主率いる『煮干しNoodles NiboNiboCino』(旗の台)の2ndブランドです。

『夢にでてきた中華そば』の外観。自由が丘駅(東急電鉄)から徒歩5分。大通りに面した分かりやすい場所にあり、降りる改札口を間違えない限り、まずアクセスに迷う心配はないはず
『夢にでてきた中華そば』の外観。自由が丘駅東急電鉄)から徒歩5分。大通りに面した分かりやすい場所にあり、降りる改札口を間違えない限り、まずアクセスに迷う心配はないはず

NiboNiboCino』と言えば、煮干しラーメンとイタリアンを見事にマリアージュさせた新感覚の1杯を提供し、2020年に創作まぜそば旋風を巻き起こした超話題店。そんな実力店を手掛ける吉田氏の新機軸とあらば、ラーメン好きでその存在をスルーできる者などいるはずがありません。店へと伺う機会の到来を私がどれだけ待ち望んでいたかが、お分かりになっていただけるでしょうか。

 店舗の場所は、自由が丘駅東急電鉄)から徒歩5分程度。一度耳にするとずっと記憶に残りそうな、個性の塊のような店名。屋号の由来について、吉田店主に尋ねてみました。

「私が息子として亡父に捧げる店。そもそも、当店を開業したキッカケが、夢に父が出てきたこと。それがなければ、『夢にでてきた中華そば』の存在はありません。この店で提供するラーメンは父の存在と切り離せないものですし、自由が丘も、私が父と過ごした大切な場所。そんな父にまつわる思い出の数々を記銘すべく、屋号に『Dad's』の4文字を刻みました」(吉田店主・以下同)

 私が訪問した6月15日はあいにくの大雨でしたが、いざ入店。

亡き父と夢の中で作り上げた一杯

店内は、カウンターのみの7席。白を基調とした内装に椅子のグリーンが映える可愛らしいデザイン
店内は、カウンターのみの7席。白を基調とした内装に椅子のグリーンが映える可愛らしいデザイン

 扉をくぐれば、右手に大きな券売機が鎮座。1列目の一番左上に、看板メニューである「夢にでてきた中華そば」のボタンが配置されています。価格は2000円。トッピングとして、黒毛和牛のローストビーフ、岩中豚のチャーシューなど、一品ものの肉料理として提供されても全く遜色のないレベルの極上トッピングが盛り付けられる、豪華仕様です。

 ちなみに、看板商品の名を「夢にでてきた中華そば」としたことについても、明確な理由があるそうます。

「2021年8月14日。亡き父の誕生日に、父が出てくる夢を見ました。夢の中で、父は、私が作った醤油ラーメンを食べ、そのラーメンの素材、具材、スープの火入れの仕方などについて、色んなアドバイスをくれました。その夢での父の言葉を忘れないよう、目覚めてすぐにメモ。それを基に開発したのがこの一杯です」

テーブルには、店主吉田さんと、亡き父との思い出と共にラーメン誕生の秘話が書かれたPOPが置かれている
テーブルには、店主吉田さんと、亡き父との思い出と共にラーメン誕生の秘話が書かれたPOPが置かれている

 トッピングが他店の特製ラーメンと同等かそれ以上に豪勢である理由も、『夢にでてきた中華そば』の構成を、可能な限り、父からの伝言に即したものにしたかったからだそう。

「夢の中で父が教えてくれたレシピや製法は、これまでの私の発想に全くないものでした。トッピングをたくさん載せた1杯をデフォルトで作るというアイデアも、私のものではありません。なので、夢での啓示を実際のラーメン作りへと落とし込み、商品化するに至るまでには、かなりの試行錯誤が必要でした。ちなみに、トッピングに黒毛和牛を載せることにしたのも、夢にでてきた父のオーダーによるものですね。父は、母が料理する和牛ステーキが大好きでしたから(笑)」

手前「夢にでてきた中華そば」2000円、奥が「しおにぼしOilそば」1000円
手前「夢にでてきた中華そば」2000円、奥が「しおにぼしOilそば」1000円

 注文してから数分。提供された「夢にでてきた中華そば」は、紅色の黒毛和牛ローストビーフと薄褐色の岩中ポークの肉塊が、我が物顔で丼を占拠する見目麗しき1杯。

 ローストビーフにはしっかりとした厚みがあり、いかにも食べごたえがありそう。肉類だけでも食事として成立しそうなほどのボリューム感です。スープからは芳しい香りが絶え間なく立ち上がり、食欲を大いに刺激します。

左が岩中ポークで、右が和牛ローストビーフ
左が岩中ポークで、右が和牛ローストビーフ

「岩中ポーク、和牛共に、毎日、信頼関係を構築した肉屋さんから、最もコンディションが良いものを仕入れています」と胸を張る吉田店主。

 早速、和牛ローストビーフを箸でつかみ、噛み締めてみました。しなやかにたわみ歯を押し返してくるような弾力の豊かさ、肉の内部からこんこんと湧き出し迸る肉汁のコク深さに、思わず頬が緩みます。

「その日手に入るものの中で最も上質なA5和牛の肉を厳選。赤身が強く肉々しいものや、サシが鮮やかで甘味豊かなものを選び抜いています。そして低温調理や火入れを丁寧に行うことで、素材の持ち味を活かし切るよう心掛けています」

 続いて、岩中ポークパクリ。舌の上でハラリと肉がとろける会心の仕上がり。肉に施されている下味も驚くほど濃密。味覚中枢のド真ん中に刺さる味わいです。この岩中ポークも、特に新鮮な卸し立てのものを、仕入れたその日に使い切っているそう。

 赤身と脂身をじっくり煮込んでトロトロの煮豚を作り、1号店(『NiboNiboCino』)の開業日から継ぎ足し続けた醤油ダレで味を整える……。膨大な手間ひまが生んだこの一品は、もはや、それ自体が極上のご馳走です。

スープ素材の一部
スープ素材の一部

 肉のうま味の粋を存分に堪能した後、レンゲスープをひとすすり。煮干しの力強く芳醇な滋味が、瞬く間に口の中を占拠。その後ろを追い掛けるように、羅臼昆布、牛骨、青森シャモロックのリッチなうま味が味蕾を潤し、やがて、煮干しの風味と一体化。貝の旨み成分も、己に課せられた役割を全うし、味わいに華をもたらしています。

 気が遠くなるほど多岐にわたる素材を用いながら、味覚中枢が捕捉するうま味は、寸分の破綻もなく鳥肌が立つほど官能的です。

スープの素材にもこだわり抜きました。煮干しは、強烈なパンチ力と上品な食味を合わせ持つ九十九里産の青口と白口を採用。その中でも、最高グレードのものを厳選して仕入れています。うま味を下支えする素材は、羅臼昆布、牛骨、青森シャモロック、北海道・青森産のアサリ・ホッキ貝・シジミ。これらの素材の魅力を極限まで引き出すべく、自分が培った技術を駆使しています」

煮干しの旨みを軸にしつつも各素材の味も引き立たせた調和が取れたスープ
煮干しの旨みを軸にしつつも各素材の味も引き立たせた調和が取れたスープ

 飲み進めるにつれて、トッピングの肉からジューシーな動物性のエキスが沁み出し、スープうま味と合流。後半にかけて右肩上がりに風味が膨らみ、複雑玄妙の極みへと到達。レンゲを持つ手を止めることは、極めて困難です。

スープの熱によって、岩中ポークと和牛肉の脂が徐々に溶け出します。うま味うま味を重ね、未曽有の味わいを生む。これこそが『夢にでてきた中華そば』のスープです」

 吉田店主が目指すのは、様々なタイプの煮干しラーメンが味わえる今の時代においても、他店では味わうことができないオンリーワンな1杯。「夢にでてきた中華そば」は、そんな店主の目標を具現化させた、ここでしか食べられない作品です。

修行先へのリスペクトを忘れない思いも込められた伊藤麺はスープとの相性も抜群
修行先へのリスペクトを忘れない思いも込められた伊藤麺はスープとの相性も抜群

 また、麺は吉田店主の修業先である『自家製麺伊藤』から取り寄せた、中細ストレート(通称「伊藤麺」)を使用。

「茹で時間を、『伊藤』よりも心持ち短めに調整しています。スープの風味がはっきりしているので、少し短めに茹で上げ、麺のパツパツ感を強めに打ち出すことで、スープとのバランスを取っています」

 煮干スープの魅力を徹底的に引き出しながら、麺そのものにも比類なき躍動感を持ち合わせる伊藤麺。煮干しラーメンのレジェンド『伊藤』ならではの逸品です。

「しおにぼしOilそば」1000円
「しおにぼしOilそば」1000円

 同店では、伊藤麺のほか、アルデンテイタリア麺や極太手打ち麺も用意。中でも、手打ち麺は店主が範とするラーメン店が使い、奥さんの名前が入った小麦「あやひかり」の粉をメインに、数種類の粉を、割合や加水率に細心の注意を払いながらブレンドした自信作です。

 そんな3種類の麺を1杯で同時に味わい尽くすことができる「しおにぼしOilそば」(1000円)も、胃袋に余裕があればぜひ召し上がっていただきたい傑作。新鮮なイタリアオリーブ油に煮干し等の滋味を溶け込ませ、秘境の塩で作ったタレを合わせたオイルは、小麦の持ち味を際立たせ、麺を啜る喜びを極大化させてくれる「魔法のアイテム」。油そばパスタ、双方の長所を兼ね備えた吉田店主ならではの作品に仕上がっています。

 万難を排して足を運ぶだけの価値がある優良店だと思います。

吉田竜太郎店主のプロフィール

東京都出身。『中華そば屋 伊藤』と『自家製麺 伊藤』の味に惚れ込み、同店に弟子入り。同『銀座店』の店長として日々、腕をふるい続ける傍ら、食べ手を選ばない煮干しラーメンとはどのようなものなのかを命題に探究。

・煮干しを素材とする「和」の味と、イタリアンが持つ「洋」の味とを融合させることこそ、その命題の答えのひとつなのではないかと考え、2020年6月、旗の台に1号店『NiboNiboCino』を開業。同店を地域を代表する大人気店へと育て上げ、2022年7月、満を持して、2号店である『Dad's ramen夢にでてきた中華そば』を自由が丘にオープン。

・1号店は「ラーメンには見えない煮干しラーメンの提供」、2号店は「他店では食べられない煮干しラーメンの提供」をコンセプトとしている。

・丼から煮干しが飛び出したイラストが愛らしい店の看板は、燃えるような橙色が目に鮮やか。「父が生前、一番好きだったオレンジ色をお店のテーマカラーとして採り入れました。思い返せば、父が着ていたニットも、使っていたコップも、オレンジ色でした」

・「『Dad's ramen』は、煮干しラーメンのワンダーランド。地元から愛され、全国からも煮干し好きが集まる、煮干しラーメンが食べたくなったら『Dad's』に行こうと思っていただけるようなお店にしていければ」と吉田店主。

●SHOP INFO

店名:Dad's ramen夢にでてきた中華そば

住:東京都目黒区自由が丘3-7-1
TEL:03-6685-8838
営:11:00~14:00、水曜17:00~20:00(※夜営業は不定期のため変更の可能性あり)
休:土曜、日曜、祝日

●著者プロフィール

田中一明
「フリークを超越した「超・ラーメンフリーク」として、自他ともに認める存在。ラーメンの探求をライフワークとし、新店の開拓、知られざる良店の発掘から、地元に根付いた実力店の紹介に至るまで、ラーメンの魅力を、多面的な角度から紹介。「アウトプットは、着実なインプットの土台があってこそ説得力を持つ」という信条から、年間700杯を超えるラーメンを、エリアを問わず実食。47都道府県のラーメン店を制覇し、現在は各市町村に根付く優良店を精力的に発掘中。

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