近年、共働き世帯が増えたこともあり、ペアローンを組みマイホームを購入する世帯が増えています。しかし、住宅ローンは「綿密な返済計画」が大前提。不動産業者や銀行員の“営業トーク”を真に受けた結果、「こんなはずではなかった」と後悔するケースも……。FP Office株式会社の須藤雅FPが、実際にあった夫婦の事例から住宅購入時のポイントを解説します。

世帯年収900万円のSさん…結婚を機にマンションを購入するも「大後悔」のワケ

IT企業に勤めるSさん(33歳)。年収は550万円で、同じ会社の経理として働く1歳年下の女性(年収350万円)とこのたび結婚しました。世帯年収は900万円になります。

これまでお互い別々に住んでいましたが、入籍を機にマンションの購入を検討し始めました。

何件か資料を取り寄せ、気に入った物件は6,500万円。Sさんは年収の10倍以上ということもあり、「さすがに無理だよな」とは思いつつも、不動産業者に相談しました。そこで、「低金利のいま、このチャンスを逃す手はないです」とアドバイスを受け、担当者から紹介された銀行へ住宅ローンの話を聞きにいくことに。

銀行では、融資担当者から「Sさん単身では厳しいですが、奥様とのペアローンであれば大丈夫です。貸せます」と言われました。そのため、Sさんと妻はその銀行員の言葉を信じることにしたそうです。

さらに、銀行員から「なにかあったときのために、手元には現金を残しておいたほうがいい」と言われたことから、35年のフルローンを申請。無事に審査が通り、念願のマイホームで購入しました。金利は0.6%です。

しかし、だんだんと雲行きが怪しくなっていきます。

1年後、妻の妊娠が発覚。翌年4月に無事出産しました。幸せなことですが、妻は産休と育休を余儀なくされ、家計は苦しくなりました。また、ピーク時と比較すると待機児童は減ってきているようですが、入りたい保育園は軒並み定員オーバーで入れず。

1年間の育児休業ののち、復職を希望していた奥様でしたが、予定していた時期に職場復帰が叶わず。夫1人の収入では、住宅ローンの返済が精一杯の状況に陥ってしまいました。

「営業トークを信じた俺が間違っていた……もう、売るしかないのか?」困り果てたSさんは、筆者のFP事務所に相談に訪れました。

住宅費が家計を圧迫…ローン返済は“1馬力”でも大丈夫?

相談時、S家の資産は下記のようになっていました。

・貯蓄……約500万円 (独身時代にそれぞれ貯蓄していた現金と、結婚生活で貯蓄できた現金)

・企業型確定拠出年金の評価額+現金……約200万円 (Sさんが毎月2万円ずつ積み立て)

合計……約700万円

2023年現在、住宅ローン金利を見ると各銀行によって差はあるものの、固定金利の場合1%前後のところが多く、変動金利だと0.5%前後が多く見受けられます。

住宅は高額であるため、たとえば3,000万円の物件で35年ローンを組んだとすると、0.5%金利が高くなるだけで330万円も払う利息が変わってきます。したがって、マイホーム購入の際はより金利が低いプランで住宅ローンを組むことが肝心です。

Sさんのように6,500万円の借り入れをし、住宅ローン金利0.6%で35年のローンを組む場合、毎月の返済額と総支払額は下記のようになります

※ なお、ここではの住宅ローン金利は変動金利だが、変動率を考慮しないものとする。

【借入:6,500万円、金利:0.6%、35年ローンの場合】 ・ローン返済額……月々17.2万円 ・利息……708万円

支払額合計……7,208万円

マンションの場合、このほかにも修繕積立費・管理費などがかかってきます。購入するマンションによって価格はさまざまですが、Sさんが購入したマンションでは修繕積立費・管理費合わせて月4万円ほどかかります。さらに、固定資産税が15万円かかると仮定すると、

・月々の住宅費…… ローン返済額17.2万円+4万円=21.2万円

・1年間にかかる住宅費…… 21.2万円×12ヵ月+15万円(固定資産税)=269.4万円

となります。家計の内訳をみると、この住宅費が大きな割合を占めることがわかります。

年間収支を計算して判明した「1年前からの赤字」

S家の“産休・育休前”の「年間収支」

では、次にS家の年間収支を計算していきます。まず奥様が産休に入る前、年間収支はどうなっていたのでしょうか。

Sさんの年収550万円と、奥様の年収350万円を合わせると、世帯収入は900万円。このうち、自由に使うことのできる可処分所得は約690万円です。また、Sさんの家計簿アプリを拝見したところ、月々の支出は先述した住宅費を除くと約30万円前後となっていました

※ 保険積み立てや確定拠出年金の金額も含む。

月々の生活費30万円×12ヵ月=360万円

360万円+年間にかかる住宅費269.4万円=629.4万円

可処分所得690万円-年間支出629.4万円=65.1万円(黒字)

したがって、このままいけば年間での現金貯蓄が約65万円ずつ増えていた計算になります。

S家の“産休・育休後”の「年間収支」

では、産休・育休取得後の年間収支を計算してみましょう。

もともと奥様の年収は約350万円でしたが、育児休業に入った初年度の1年間を計算すると、奥様の収入は約240万円。2年目は育児休業を延長し給付金を受けたため、年間収入は173万円となりました。

※ 2ヵ月分の給与を含む。出生一時金などは出産にかかった費用と相殺して計算。

育児休業給付金は税制面で優遇され、税金が免除されます。これを考慮し、Sさんのものと合わせて可処分所得を計算すると、下記のようになります。

■1年目

680万円-生活費629.4万円=50.6万円(黒字)

■2年目

613万円-生活費629.4万円=▲16.4万円

2年目にマイナス収支となりました。しかし、2年経過しても保育園に入園できず、奥様はいったん退職。育児に専念することとなりました。したがって、3年目はSさんの可処分所得約440万円での生活を余儀なくされます。

■3年目

440万円-生活費629.4万円=▲189.4万円

年間の生活費のマイナスが大きくなっていることがわかります。Sさんはこのような状況で、経済的にも精神的にも不安が大きくなり、破産も覚悟していました。ただ、マイホームを手放すという「最後の手段」を選ぶ前に、なにか別の良い方法はないかと、FPに相談したというわけです。

貯蓄を取り崩しながら無理なく節約!7年目で「黒字転換」へ

収支の変化がわかったところで、筆者とSさんは話し合い、生活費の見直しを行いました。食費や交際費、保険料、通信費など、ストレスがかからない範囲で無理なく削減できるよう見直しを行った結果、生活費は月々5万円ほど削減できそうです。月々5万円削減できれば、1年間にかかる生活費は629.4万円から569.4万円となります。

これをもとに今後のマネープランを立てると、収支は下記のようになります(なお、赤字分は貯蓄額の500万円から取り崩します)。

■4年目 440万円-生活費569.4万円=129.4万円 (貯蓄500万円-129.4万円=残額370.6万円)

■5年目 (貯蓄額370.6万円-129.4万円=残額241.2万円)

■6年目 (貯蓄額241.2万円-129.4万円=残額111.8万円)

■7年目 子どもが小学校に入学するタイミングで、奥様の復職計画を立てます。復職後の年収は300万円の見込みです。そうなると、S家の可処分所得は440万円から約630万円となります。

630万円-生活費569.4万円=60.6万円(黒字)

復職するという条件付きではありますが、7年目でマイナス収支が終わり、プラスへ転じることができそうです。ここまで試算し、自宅の売却はいったん保留として、生活費の見直しなどでできることから改善していこうと結論が出ました。

◆まとめ

今回の試算では4年目~7年目のあいだでの保育園入園や奥様の復職は考慮していませんが、もしも保育園の入園が叶い、奥様の復職が早まれば、試算よりも早く収支がプラスに転じる可能性があります。

また、そのほかにも、昨今の物価上昇による生活費の上昇やSさんの昇進などによる収入の増加など、収支が変動する要因は他にもいくつかあります。

経済的困窮を目の前にし、マンションを買ったことを後悔していたSさんですが、FPに相談したことで、自身にできることがまだまだ残されていることと「せっかく買った自宅を手放したくない」という思いに気づきました。「今後の見通しが数字で可視化でき、安心材料になった。相談してよかった」とSさんはいいます。

マイホーム購入というのは大きな買い物となりますので、諸制度を理解のうえ、自分のライフプランを踏まえて最適な方法を見出すことが理想的です。その際はファイナンシャルプランナー等のお金の専門家にも意見を聞きながら、将来設計を行うことをおすすめします。

須藤 雅

FP Office株式会社

ファイナンシャルプランナー  

(※写真はイメージです/PIXTA)