厚生労働省では、精神障害の労災認定は、その発病が仕事による強いストレスに起因するものと判断できる場合とされています。なかでも若者がハラスメントにより精神的にダメージを受け、うつ病などを発症し、働けなくなるケースは少なくありません。本記事では、社会保険労務士法人エニシアFP代表の三藤桂子氏が、Tさんの事例とともに、「労災の休業補償」について解説します。

27歳の広告デザイナーのTさん…過剰な労働、パワハラにより心身は限界へ

27歳のTさんは大学卒業後、広告代理店にデザイナーとして就職して5年目。責任ある仕事も増え、上司からの一言ひとことがプレッシャーに感じるところです。そんな折、仕事上で客先とトラブルになり、上司と客先のあいだに挟まれ、対応に追われる日々が続きました。

Tさんは、裁量労働制でデザイナーとして採用されています。裁量労働制とは、実際の労働時間ではなく、労使間の協議によりあらかじめ定めた時間(みなし労働時間)働いたものとみなす制度です。たとえば、みなし労働時間を8時間とした場合、実際に働いた時間が何時間だったとしても、8時間働いたものとしてみなされます。

トラブルが解消しても上司からの言葉の圧力は変わらず続き、暴言へと変わっていきました。労働時間も8時間で終わることなく、連日夜10時まで職場で仕事、あとは自宅に持ち帰って作業する日々が続きました。気付いたときには心身ともに疲れ果て……。やがて職場に向かうことができなくなっていました。

労災認定による補償金の支給額に驚愕

身体の異変を感じ、友人から心療内科を勧められ診察を受けた結果は、うつ病と診断。医者からは休職を勧められました。 Tさんは、パワーハラスメントと長時間労働で労災申請し、労災認定を受けることができました。休職前の給与は年収480万円、月収では40万円(賞与なし)です。

労災の休業補償給付の計算方法

1. 休業補償給付=給付基礎日額×(休業日数–3日)×60%

2. 休業特別支給金=給付基礎日額×(休業日数–3日)×20%

※給付基礎日額:原則として労働基準法の平均賃金に相当する額をいいます。平均賃金とは、原則として、事故が発生した日(賃金締切日が定められているときは、その直前の賃金締切日)の直前3ヵ月間にその労働者に対して支払われた金額の総額を、その期間の歴日数で割った、1日あたりの賃金額のことです(厚生労働省HPより)。

上記の計算式により求めた場合、1ヵ月休業した場合のTさんの休業補償給付と特別支給金を合わせて約32万円です。休業する最初の3日間は待期期間となります。この3日間は業務災害であれば、事業主が休業補償をしなければなりません。

休業補償給付の約32万円から休業中に会社が立替えしていた社会保険料(5万8,015円、2023年3月分から)と住民税(特別徴収分)を差し引くと約24万円が手取り額となります。

※協会けんぽ東京都より

月収40万円のTさんは、働いていれば社会保険料等を控除され、手取り額は約32万円となるはずが、「これでは生活ができない……」と愕然としました。

「生活ができない」とTさんが嘆くワケ

前段のようにTさんうつ病で丸々1ヵ月働けなくなった場合、待機期間後、休業補償給付として30日で約32万円、会社が立替えた社会保険料等を差し引いたとしても約24万円となります。

国税庁の「民間給与実態統計調査」(2020年)から、年齢階層別の平均給与をみていくと、20代後半の年収は、男性が403万円、女性が328万円です。これにより一般的にTさんの休職前の給与が全国平均よりも高いことがわかります。

総務省統計局の全国家計構造調査(2019年)単身世帯によると40歳未満の男性の1ヵ月の消費支出は約16万円となっています。Tさんは都内の賃貸マンションで一人暮らしをしているため、家賃が調査結果の全国平均より高く、1ヵ月の消費支出は約20万円です。休業補償給付は年換算するとおおよそ380万円。20代後半の男性の平均年収よりも少なく、この段階で、すでに都内の生活は厳しくなります。そうはいっても、休業補償給付の支給額範囲内で生活することは可能です。

しかしTさんに話をきいたところ、事情があるようです。ご実家の両親は高齢により仕事を引退し、年金のみの生活をしています。ただ、年金額が少ないことと持病があるため、Tさんが毎月10万円を仕送りしているとのことです。そのため、労災認定され、補償が受けれたとしても、自身の生活が苦しくなるのです。

Tさんだけではない…若者の「働けなくなる」リスク

労災認定されたとしても、手取り額が少なくなってしまい、生活ができなくなる可能性があります。民間の保険には働けなくなった場合の収入保障の就業不能保険があります。ただし、精神疾患は対象外となっている保険があるので、注意が必要です。

すべての若者にいえることですが、特に地方に比べ、物価や住居費用が高くなる都内在住者は働けなくなったときのリスクを事前に考え、備えておくべきです。

また、Tさんのご両親について、生活保護を申請してみるという選択肢もあります。1人で悩まずに専門家に相談することをおすすめします。

参考

厚生労働省「精神障害の労災認定」

三藤 桂子

社会保険労務士法人エニシアFP

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)