カットやパーマ、カラーリングなどの技術を駆使して、その人の魅力を最大限に引き出す「美容師」。やりがいのある仕事ですが、その華やかな業界は「低すぎる賃金」と「恐ろしい健康リスク」のもとに成り立っていると、東京西徳洲会病院小児医療センターの秋谷進医師はいいます。複数の論文やデータをもとに、美容師が直面している「健康リスク」と「懐事情」をみていきましょう。

多くの人にとって憧れの「美容師」だが…

「美容室」はいまやコンビニより多い

美容室はいまや、「コンビニエンスストアの数よりも多い」と言われるほど増加の一途をたどっています。

厚生労働省の「令和3年度衛生行政報告例の概況※1」によると、令和3(2021)年の美容室の店舗数は、前年度から6,333軒増の26万4,223軒(前年度比2.5%増)となっています。[図表]を見ると、理容店が減少している一方、美容室は右肩上がりに増加していることがわかります。

働く人も同様です。理容師数が減少する一方で、美容師数は前年度から1万1,540人増の56万1,475人。美容師人気はとどまるところを知りません。

美容師はこのように人気の職業のひとつですが、実は健康リスクにも晒される「きつい職業」でもあります。

美容師に立ちはだかる「4つの健康リスク」

美容師は、パーマやカラーなどの場面で、日常的にさまざまな化学物質に触れることがあり、これが健康に影響をおよぼす可能性があります。具体的に警鐘が鳴らされている健康リスクは、以下の4つです。

1.不妊と妊娠合併症

美容師は日常的に、毛染めやケラチントリートメント、パーマなどの施術時に多くの化学物質に触れています。これらの化学物質に少量触れることは無害かもしれませんが、一貫して化学物質に触れ続けることで、健康問題が生じることがあります。

その1つが「不妊症」や「自然流産」です。ある論文※2では、「不妊症と自然中絶は、他の職業の女性よりも女性美容師のほうが1.3倍高かった」と報告されています。

2.呼吸器疾患

美容師は、アンモニアやホルムアルデヒドなどの化学物質に触れることで、呼吸器に関する問題を引き起こす可能性があります。

イラン美容師として働く女性 140 名を調査した論文※3によると「咳、喘鳴、息切れ、胸の圧迫感などの呼吸器症状は、美容師は他の職業と比べて有意に多かった(p

3.接触性皮膚炎やアレルギー 

美容師は、頻繁に水や化学物質に触れることで、接触性皮膚炎やアレルギーを引き起こす可能性があります。

特に、美容師が経験する皮膚トラブルで一番多いのは「手湿疹」です。ある論文※4、※5によると、「美容師1年目には20.3%の方が皮膚トラブルに見舞われ、現在皮膚トラブルに悩まされている方は38.4%にものぼる」とされています。手袋を使えばこの皮膚トラブルは緩和されるわけですが、ゴム手袋によるラテックスアレルギーや接触性皮膚炎も報告されています。

しかし、業務の効率や髪を切る側・切られる側双方の心情を考えると、安易に「すべての業務でゴム手袋の使用を」とはいかない現状があります。

4.筋骨格系の問題

美容師は、1日中ほとんど立ち仕事であるため、筋骨格系の障害を引き起こす可能性があります※6。また、手を頻繁に使うことで、「手根管症候群」(手の神経や筋肉の病気)を発症するリスクもあります。

このように、数々の健康リスクを抱えながら現場に立っているのが美容師です。

“カリスマ美容師”はひと握り…多くは「キツいのに低賃金」

美容師が直面しているもうひとつの問題として、「低い年収」が挙げられます。

実際、厚生労働省の賃金構造基本統計調査※7によると、2022年の理容・美容師の賃金(決まって支給する給与額)は26万7,500円となっており、これに年間の賞与などを加えても年収は330万1,400円にとどまります。

これは、2020年の329万9,800円をわずかに上回り、これまでの最高額を更新しているものの、他の職業の平均額(一般労働者:31万1,800円)を下回っています。

さらにパートなど短時間労働の理容・美容師の時給は1,319円(一般労働者1,367円)※8と、傾向としては緩やかに上昇しているものの、昨今急増する物価高などを考えると、決して高い時給でないことがうかがえます。

勤続年数は全産業平均の「約2分の1」

また、美容師はなかなか定着しない職業としても知られています。厚生労働省が公表している「令和2年賃金構造基本統計調査※9」によると、美容師・理容師の平均勤続年数は5.2年とされています。

全産業の平均が11.9年(男性13.4年、女性9.3年)であることを考えると、美容師の勤続年数は他の職業の勤続年数の半分以下となっています。ほかの職業と比べても、美容師は離職率の高い仕事であることがわかりますね。

このように離職率が高く、さらに施術を行う際はその年のトレンドを押さえるなど「センス」も問われる美容師は、年収もいわゆる「年功序列」とはなっていません。先述の厚生労働省の統計でも、「理容・美容師の年収は30〜34歳までは上昇するが、それ以降はほぼ横ばいに推移し、55〜59歳は大きく落ち込む」とされています。

ただし、なかには店長や「トップスタイリスト」となって、年収800万円〜1,000万円以上稼ぐ“カリスマ美容師”もいます。また、独立してトップスタイリストとなると、有名人とのコネクションが多くなる人も。

そういう意味で、美容師は「夢のある職業」といえるかもしれません。

◆まとめ

理髪店の入り口に看板としてくるくる回る赤・青・白の三色のサインポール。赤は動脈、青は静脈、白は包帯を表し、世界共通のマークとなっていますが、髪を切るのが仕事の美容師はその昔、人体を切る外科医が兼業して行っていたといわれています。

健康リスクや低賃金などさまざまな問題を抱えるなか、古くから有資格者として尊敬すべき職業であった美容師。かかりつけの美容師さんがいたら、ぜひ一度感謝の言葉を伝えてみてはいかがでしょうか。

秋谷 進

東京西徳洲会病院小児医療センター

小児科医  

(※写真はイメージです/PIXTA)