酷使されて亀裂が入った金属が、いつの間にやら自分で傷を治してしまう。まるでSFの世界にあるような、驚くべき金属の自己修復能力が明らかとなった。
少なくともナノレベルの極小世界なら、金属が自分で亀裂を修復するというこの発見は、材料科学においては革命的なものだ。
これはプラチナの破片に亀裂が入る様子を観察していた科学者が偶然発見したものだ。
もしもこの金属の自己修復能力をうまく利用することができれば、何もせずとも自然に治るエンジンや橋など、もっと耐久性のある機械や構造物を作れるようになるかもしれないそうだ。
サンディア国立研究所とテキサスA&M大学の研究チームによるこの前代未聞の発見は、『Nature』(2023年7月19日付)で発表された。
【画像】 これまでの研究で金属も自己修復を備えている可能性が示唆される
がっちり頑丈に思える金属であっても、外から力を繰り返し受けるにつれて、目には見えない細かい亀裂が入り、やがてはポキッと折れてしまう。
この金属の「疲労損傷」は、機械や建築物などがダメになる大きな原因の一つだ。
じつはプラスチックなどでは、こうした傷が自然に治る素材が開発されているが、金属で同じようなことは無理だろうと考えられてきた。
[もっと知りたい!→]ターミネーターかな。ゴム製外骨格と組み合わせることで形状を記憶できる液体金属構造が考案される(米研究)
ところが2013年、それがただの夢物語ではないという理論が発表される。
今回の研究チームの1人、現テキサスA&M大学のマイケル・デムコヴィッチ教授がシミュレーションを行ったところ、一定の条件がそろっていれば金属でも疲労損傷による亀裂が治るだろうことがわかったのだ。
プラチナ片の傷が自己修復されていくのを偶然発見
今回の研究では、この理論の正しさが証明されている。幸運なことに、この発見は偶然によるものだという。
サンディア国立研究所(当時)のカリド・ハッター氏とクリス・バー氏は、自己修復金属を探していたわけではなく、ただプラチナに亀裂が入る様子を観察していた。
サンディア国立研究所の研究者ライアン・ショール氏は、透過型電子顕微鏡技術を使用して金属のナノスケール疲労亀裂を観察している。/ image credit:Craig Fritz
特殊な電子顕微鏡を覗き込みながら、ナノレベルの極小プラチナ片を1秒間に200回引っ張って、亀裂がどのように形成され、広がるのか評価するのだ。
[もっと知りたい!→]金属を食べてエネルギーにする細菌が偶然発見される(米研究)
だが実験開始から40分後、予想もしないことが起きた。
突然プラチナ片の傷が治り始めたのだ。まるで時間が巻き戻るかのように、亀裂がくっつき始め、跡形もなく消えてしまった。
ハッター氏はこれについて「前代未聞の洞察」と語っている。
この驚くべき瞬間を目撃した彼らは、自己修復金属理論を唱えたデムコヴィッチ教授に連絡。これをコンピュータ・モデルで再現してみたところ、彼が数年前に理論化したものと同じ現象であることが確認された。
プラチナ片にできた亀裂(緑の部分)が自然に治る瞬間が目撃される / image credit:Dan Thompson, Sandia National Laboratories
材料科学における驚きの大発見
ただし、この金属の自己修復プロセスについては、まだ不明な点が多い。
たとえば、これが観察されたのは、真空におかれたナノ結晶金属においてだ。同じことが、空気中の普通の金属でも起きるのかどうかわからない。
だが未知の部分が多いだけに、材料科学における大発見であると言える。
もしも実用化することができるのなら、傷が自然に治るエンジンや橋など、これまでよりはるかに耐久性が高い機械や構造物を作れるようになるかもしれない。
条件さえそろえば、材料には想像だにしないことが起きる。この発見がきっかけで、材料の研究者がそんなふうに考えられるようになればいいと願っています(デムコヴィッチ教授)
References:Autonomous healing of fatigue cracks
via cold welding | Nature / 'Stunning' discovery: Metals can heal themselves / written by hiroching / edited by / parumo
コメント