プロローグ/ロシア経済は 「油上の楼閣」

 ロシア経済は「油上の楼閣」です。油価が上がると「油上の楼閣経済」は強固となり、油価が下がると弱体化します。

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 ただし、ここで一つ注意が必要です。この場合の油価とは、ロシア産原油の主要油種「ウラル原油」(中質・サワー原油)のことです。

 このウラル原油の油価はロシア国家予算案を策定する上で、重要な指標になっています。ロシア国家予算案想定油価とはこのウラル原油の油価であり、他の油種ではありません。

 この点を理解していない日系マスコミ報道が多々ありますので、要注意と言えましょう。

 ご参考までに、「ウラル原油」とは何かと申せば、シベリア産高品質原油(軽質・スウィート原油)と南部ヴォルガ川沿線地域の重質油(重質・サワー原油)のブレンド原油です。

 軽質油と重質油をブレンドする結果、ロシア産原油の代表油種「ウラル原油」は中質・サワー原油になります。

 詳細は省きますが、重質・中質・軽質とはAPI(米国石油協会)で定められた比重、「サワー(酸っぱい)原油」は硫黄分1%以上含む原油、「スウィート(甘い)原油」は硫黄分0.5%以下の原油を指します。

 なお、硫黄分1%以下の原油を総称して「低硫黄原油」と呼ぶ場合もあります。

 欧米の対露経済制裁措置強化により、ロシア産原油の油価は昨年12月5日に上限バレル$60に設定されました。

 ただし、この$60は海上輸送によるFOB(Free on Board=本船渡し)油価であり、パイプライン(PL)輸送により輸出されているロシア産原油は適用外です。

 欧米による対露経済制裁措置に関しては、テレビなどでよく「欧米による対露経済制裁措置は効果少ない」と解説している評論家もいますが、とんでもない間違いです。

 欧米による対露経済制裁措置により、ロシアの代表的油種「ウラル原油」は既存の輸出市場を喪失。

 その結果、ウラル原油はバナナの叩き売り原油となり、ロシア経済に大きな打撃を与えています(後述)。

 北海ブレント(軽質・スウィート原油)とウラル原油の本来の値差はバレル$2~3程度です。

 これは品質差に基づく正常な値差ですが、昨年2月24日ロシア軍によるウクライナ侵攻開始後、一時期は最大バレル$40以上の値差になりました。

 ウラル原油の油価は現在回復基調にあり、バレル$60前後の油価水準まで戻り、北海ブレントとの値差は$20程度まで縮小しました。

 これは下がりすぎた油価が正常値(正常値差)に戻る過程ですが、依然として$20程度の大幅な値差が続いています。

 本稿では、ウラル原油の油価下落がロシア経済にどのような影響を及ぼしているのか定量的に分析・評価して、これが何を意味するのか、プーチンロシアは今後どうなるのか占ってみたいと思います。

 結論を先に書きます。

「金の切れ目は縁(戦争)の切れ目」

 ロシア経済は油価に依存しています。ウラル原油の油価下落はロシア軍ウクライナ侵攻の結果です。

 油価に依存するロシア経済は大打撃を受けており、その責任は偏にV.プーチン大統領が負うべきものです。

 すなわち、ロシア国家最大の敵はプーチン大統領その人と言うことになります。

第1部 2油種(北海ブレント・露ウラル原油)週次油価動静(2021年1月~23年7月)

 最初に2021年1月から23年7月までの2油種(北海ブレント・露ウラル原油)週次油価推移を概観します。

 油価は2021年初頭より2022年2月末まで上昇基調でしたが、ロシア軍ウクライナ侵攻後、ウラル原油は下落開始。ウラル原油以外は乱高下を経て、同年6月から下落傾向に入りました。

 ロシアの代表的油種ウラル原油は、西シベリア産軽質・スウィート原油とヴォルガ流域の重質・サワー原油のブレント原油で、中質・サワー原油です。

 付言すれば、日本が輸入していたロシア産原油は3種類(S-1ソーコル原油/S-2サハリン・ブレンド/ESPO原油)のみで、すべて軽質・スウィート原油です。

 露ウラル原油の7月10~14日週次平均油価は$60.75/bbl(前週比+$4.05/黒海沿岸ノヴォロシースク港出荷FOB)、北海ブレントは$79.79(同+$3.19/スポット価格)となり、ブレントとウラル原油の大幅値差が続いています。

 この超安値のウラル原油を輸入し、自国で精製して石油製品(主に軽油)を欧州に国際価格で輸出して、“濡れ手に粟”の状態がインドです。直近では、中東諸国やパキスタンなども露ウラル原油を輸入開始しました。

 ロシアの2021年国家予算案想定油価(ウラル原油FOB)はバレル$45.3、実績$69.0。22年の予算案想定油価は$62.2、実績$76.1。今年の予算案想定油価は$70.1です。

 上記のグラフをご覧ください。黒色縦実線はロシア軍ウクライナに侵攻した昨年2月24日です。

 この日を境として北海ブレントは急騰。6月に最高値更新後に下落。今年4月2日のOPEC+原油協調減産サプライズ発表後、油価は上昇開始。その後下落に入り、7月は上昇傾向に入りました。

 一方、露ウラル原油はウクライナ侵攻後に下落開始。今年4月に入り一旦油価上昇後、同じく下落。現在はバレル$60前後で推移しています。

 今年の露予算案想定油価は$70.1で、2.9兆ルーブル(約5兆円)の赤字予算案です。ゆえに、現在の油価水準が続けば国家予算案赤字幅がさらに拡大することは不可避です。

第2部 3油種(北海ブレント・米WTI・露ウラル原油)月次油価動静(2021年1月~23年6月)

 次に、3油種月次油価推移を確認します。

 油価を確認すればすぐ分かることですが、ウクライナ侵攻後、露ウラル原油は下落しています。

 日系マスコミでは「ウクライナ侵攻後油価上昇したので、ロシアの石油収入は拡大した」との報道も流れていましたが、この種の報道は間違いです。

 昨年2月度の露ウラル原油(FOB)はバレル$92.2。以後毎月ウラル原油の油価は下落しており、今年6月度は$55.3、今年上半期(1~6月度)の平均油価は$52.2になりました。

 すなわち、ロシア軍ウクライナ侵攻後、ウラル原油の油価は実にバレル約$40も下落しているのです。

 上記のグラフをご覧ください。黒色の縦実線はロシア軍ウクライナに侵攻した昨年2月24日です。

 ロシア連邦統計庁発表によれば2022年の井戸元原油生産コストは24.6千ルーブル/屯にて、これはバレル約$50相当になります。

 仮に露国内のPL輸送費をバレル$5程度と想定すれば、今年上半期の平均油価$52.2は露石油企業にとり損はあまり出ないが利益も出ない油価水準になります。

 ポーランドバルト3国やウクライナが主張するように上値をバレル$30~40に上限設定すればロシアの石油産業は崩壊し、そのブーメラン効果として油価は天文学的数字となり、欧米経済も破綻することでしょう。

 換言すれば、欧米による海上輸送原油FOB上限$60設定はロシア石油企業を生かさず・殺さず原油生産を継続させる、非常によく練られた、頭の良い人が考えた上値設定になります。

 ロシア経済は油価依存型経済構造ですから、油価(ウラル原油)と原油生産量が下落すれば露経済・財政を直撃。

 油価・生産量下落→露経済弱体化→戦費枯渇となり、ウクライナ戦争終結に貢献するでしょう。

第3部 ロシア国庫税収はウラル原油油価次第

 ロシア経済は「油上の楼閣経済」にて、油価(ウラル原油)依存型経済構造です。

 下記グラフをご覧ください。ロシア国庫税収は油価(ウラル原油)に依存していることが一目瞭然です。

 なお、この場合の石油・ガス関連税収とは2018年までは地下資源採取税(石油・ガス鉱区にかかる税金)と輸出関税(天然ガスはPLガスのみ)のみでした。

 2019年からは露国内石油精製業者に賦課される税収も加わりましたが、補助金対象にもなっており、現在でも石油・ガス関連税収の大宗は地下資源採取税です。

 露財務省は毎月、石油・ガス関連税収と非石油・ガス関連月次税収を発表していますので、本稿では油価(ウラル原油)と露国家予算に占める石油・ガス関連税収を概観します。

 露プーチン大統領は2000年5月にロシアの新大統領に就任したので、ここでは2000年から2022年までの油価と国家予算案実績と2025年までの国家予算案を概観したいと思います。

 プーチン大統領誕生当時、露国家予算案に占める石油・ガス関連税収は約2割でした。

 ところが、プーチン大統領就任後、油価は徐々に上昇開始。ウラル原油がバレル$100を超えた2011年から数年間は、露国家予算案に占める石油・ガス関連税収は上記2種類の税金のみで50%を超えていました。

 2022年の国家予算案想定油価は$62.2(石油・ガス関連税収シェア38.1%)、実績は$76.1(同41.6%)になりました。

 今年のウラル原油想定油価はバレル$70.1(同34.2%)です。

 露財務省発表によれば、今年上半期(1~6月度)のウラル原油平均油価は$52.2ですから、今年通期では露国家予算案に占める石油・ガス関連税収は大幅に減少することが予見されます。

 付言すれば、天然ガス輸出の場合、PLガス輸出は輸出金額の50%が輸出関税(2022年までは30%)、LNG(液化天然ガス)輸出は関税ゼロです。

第4部 油価下落がロシア経済に与える影響

 上述の通り、ウラル原油の油価が国家予算案策定の基礎になっており、国庫歳入はウラル原油の油価に依存しています。

 ロシアの原油・天然ガス生産量が減少し油価が下落すると、それはロシア財政にどのような影響を与えるのでしょうか?

 答は簡単です。ロシア財政は破綻の道を歩むことになり、既に歩んでいます。

 露財務省7月7日に今年1~6月度の国家予算案遂行状況を発表したので、本稿では要旨のみご報告します。

 2021年と22年の国家予算案実績、今年の期首予算案と上半期の実績は以下の通りです。

 ロシアの2022年国家予算は期首予算案1.3兆ルーブルの黒字案でしたが、実績は3.3兆ルーブルの赤字になりました。

 期首想定油価(ウラル原油)バレル$62.2に対し実績$76.1ですから、本来ならば1.3兆ルーブル以上の大幅黒字になる筈が大幅赤字です。

 これが何を意味するかは説明不要と思います。

 ではここで、具体的に油価がロシア経済に与える影響を数字で検証します。

 IEA(国際エネルギー機関)は7月13日、7月度 OMR(Oil Market Report)を発表。7月度OMRロシア関連部分の要旨は以下の通りです(mbd=百万バレル/日量)。

 IEA7月度報告書によれば、今年6月度のロシア石油輸出量は7.3mbd(前月比▲0.6mbd)、石油輸出金額(暫定値)は118億ドル(同▲15億ドル)、前年同期比半減。露石油輸出量は2021年3月以降、最低水準となりました。

 なお、ここで一つ注意が必要です。この場合の石油とは(原油+石油製品)のことです。

 すなわち、欧米による対露経済制裁措置強化策が効果を発揮していることが数字で検証可能になりました。

 ロシアの原油生産量と石油輸出量を概観すると以下のようになり、この概算数字を覚えておかれると何かと便利です(露原油生産量にはコンデンセート類を含む)。

露原油生産量       10 mbd
露原油輸出量        5 mbd + 露国内製油所への原油供給量 5 mbd
露石油製品輸出量   2.5 mbd + 露石油製品国内供給量2.5 mbd

 ロシアは国内原油生産量の半分を輸出して、残りを国内製油所で石油製品(主に軽油と重油)に精製。石油製品の半分を輸出し半分を国内で消費しているので、ロシア石油輸出量は約7.5mbdになります。

 昨年2月のウラル原油はバレル$92.2、今年上半期の平均油価は$52.2となり、$40下落。この油価下落分を金額で表示すると、$40×5mbd×6カ月=360億ドルになります。

 ウクライナ侵攻がなく、ウラル原油の油価が$92.2で推移していたと仮定すれば、今年上半期の原油輸出分のみで、プーチン大統領ロシア経済に360億ドルの損害を与えたことになるのです。

 昨年分と石油製品輸出分、および天然ガス輸出分も考慮すれば、その2倍以上の損額をプーチンロシア経済に齎したことになり、ロシア最大の敵はプーチン大統領その人となります。

第5部 拡大するロシア財政赤字/戦費財源減少に直結

 本稿では露国家予算案を概観します。

 今年1~5月度の国家財政赤字は3.4兆ルーブルを超えました(予算案▲2.9兆ルーブル)。

 露国家歳入の骨格たる石油・ガス関連税収は前年同期比半減、企業の利潤税(日本の法人税相当)は▲15%です。

 不利な情報も発表するところに、露財務省の矜持が透けて見えてきます(露連邦統計庁は一番重要な露原油関連生産量を発表停止。露ガスプロムは自社天然ガス生産量未発表)。

 注目すべきは、石油・ガス税収は前年同期比半減した点です。

 非石油・ガス税収は増えていますが、増えているのは付加価値税(消費税)であり、企業に賦課する利潤税(利益税)は15%減少しています。

 これは企業収益、特に石油・ガス関連企業の財政状況が急激に悪化していることを示唆しています。

 ご参考までに、露財務省発表の2023年1~5月度国家予算案遂行状況は以下の通りです。

露国家予算案遂行状況(2023年5月度速報値/単位:10億ルーブル

 上記に対し、今年上半期の実績は以下の通りとなりました。

 油価は低迷しているのに赤字幅が減少したのは、企業、特に石油・ガス関連企業に対する臨時大幅増税策によるものです。

露国家予算案遂行状況(2023年1~6月度速報値/単位:10億ルーブル

第6部 減少するロシア原油・天然ガス生産量
ロシア経済破綻の兆候

 昨年2月24日ロシア軍ウクライナ侵攻後、欧米は対露経済制裁措置を強化。主要欧米メジャーと石油サービス企業はロシア市場から撤退開始。

 筆者はその時点で、「今後、ロシアの原油・天然ガス生産量低下は不可避」と孤高の論陣を張ってきましたが、今年に入り当方予測が数字で検証可能になりました。

 ロシアでは今後情報統制が進み、原油・ガス生産量が発表されなくなるのではないかと筆者は懸念していましたが、懸念は的中。

 露政府は今年4月26日付け政令「1074-r」にて、2023年3月度分から原油・随伴ガス生産量が発表停止となり、来年4月1日まで11か月間、原油・ガスコンデンセート・随伴ガス生産量発表を全面禁止することになりました。

 生産量減少が数字で検証可能になるや否や、その数字が発表停止となったのです。

 生産量が順調に伸びていれば、統計数字を非公開とする理由はありません。

 都合の悪い情報は隠す。欧米による対露経済制裁措置強化がロシアの石油・ガス産業に悪影響を与えていることが分かってしまうので、原油・ガス生産量発表禁止措置が導入・発動されたものと筆者は理解します。

 ご参考までに、昨年2022年と今年5月度までの露連邦統計庁発表公開情報は以下の通りにて、4月度以降、露原油・ガスコンデンセート・随伴ガス生産量は発表停止となりました。(bcm=10億立米)

 欧州ガス市場は露ガスプロムにとり金城湯池であり、利益の源泉でした。

 ところが昨年のウクライナ侵攻結果、ガスプロムは欧州市場を喪失。同社の欧州市場向けPL天然ガス輸出量は激減しています。

 さらに、欧州ガス大手需要家側はガスプロムとの長期契約解除の動きも表面化してきました。

 欧州天然ガス市場を喪失したガスプロムは中国以外PLガスの輸出先がなくなり、今後経営危機も視野に入ってくることでしょう。

 原油の叩き売りと欧州ガス市場喪失により、石油・ガス企業の弱体化ロシア経済の破綻も透けて見えてきたと筆者は考えます。

第7部 ロシア国民福祉基金資産残高推移

 ロシアには「国民福祉基金」が存在します。

 これは一種の石油基金であり、もともとは「ロシア連邦安定化基金」として2004年1月の法令に基づき、同年設立されました。

 露原油(ウラル原油)の油価が国家予算案で設定された基準を上回ると「安定化基金」に組み入れられ、国家予算が赤字になると、「安定化基金」から補填される仕組みでした。

 この仕組みを考案したのが、当時のA.クードリン財務相です。

 この基金は発足時の2004年5月の時点では約60億ドルでしたが、油価上昇に伴い2008年1月には1568億ドルまで積み上がりました。

 この安定化基金は2008年2月、「予備基金」(準備基金)と「国民福祉基金」(次世代基金)に分割され、「予備基金」は赤字予算補填用、「国民福祉基金」は年金補填用や優良プロジェクト等への融資・投資用目的として発足。

 分割時、「予備基金」は約1200億ドル強を継承、残りを「国民福祉基金」が継承。

 この石油基金のおかげでロシアリーマンショックを乗り越えられたと言われています。

 その後「予備基金」の資金は枯渇してしまい、2018年1月に「予備基金」は「国民福祉基金」に吸収合併されました。

 ただしこの資産残高は預貯金残高ではなく、あくまでも資産残高です。

 過去に投融資した資産が含まれており、その中には不良資産も入っています。このことは流動性のある真水部分は少ないことを意味します。

 露財務省は2023年7月1日現在の資産残高は1455.8億ドル(GDP比8.4%)と発表しました。

 ただし露ルーブルは減価しており、年初より対ドルで20%以上ルーブル安となっていますので、ドル表示をルーブル表示するとルーブルでは資産残高は増えています。

 この国民福祉基金に関して日本では誤解されている報道が多々あります。

 ある経済評論家は、「ロシアには国民福祉基金が潤沢にあるので、戦費の問題はない」とテレビ番組で実況解説していました。

 2021年も2022年も政府予算案想定油価より実際の油価は高くなりました。ゆえに資産残高は右肩上がりになるはずが右肩下がりになっているので、真水の資産は益々減少していることが推測されます。

第8部 ウクライナ戦況
ロシア軍の被害状況と戦争の帰趨 (2023年7月23日現在)

 ロシア軍が2022年2月24日ウクライナに全面侵攻開始してから7月23日で≪プーチンウクライナ戦争≫は515日目となり、丸1年と5カ月が過ぎました。

 短期電撃作戦の筈が長期戦・消耗戦となり、プーチン大統領は何一つ目的を達成できず、ウクライナ侵略戦争は≪誤算の連続≫です。

 プーチン大統領は今年2月21日大統領年次教書の中で、「NATO(北大西洋条約機構)との戦い」と「祖国防衛」を繰り返し強調しました。

 しかしこの戦争の戦場はウクライナであり、ロシアではありません。

 この戦争はロシアの≪侵略戦争≫です。ロシア祖国防衛戦争ではなく、ウクライナ祖国防衛戦争なのです。

 誤算はさらに続きます。6月24日には盟友のプリゴージン氏がモスクワ近郊200キロまでワグネル軍を進めると云う反乱事件も発生しました。

 同日の大統領声明で反乱軍を賊軍と規定し、反乱首謀者を裏切り者と断罪しましたが、ベラルーシルカシェンコ大統領が仲介役となり、プリゴージン氏は転進を命令。

 ワグネル部隊は野営地に引き返し、流血事件は避けられました。1日で反乱が収束したことに対しプーチン大統領の勝利と見るむきもありますが、筆者はプーチン大統領の権力基盤の弱体化が表面化したと理解します。

 来年3月17日には露大統領選挙が予定されています。

 今後プーチン大統領が権力の座に居座れば、ロシアは大きな北朝鮮になる可能性大と筆者は判断します。

 ここで、ウクライナ戦況を概観します。

 7月23日朝のウクライナ参謀本部発表によれば、ロシア軍が全面侵攻した昨年2月24日から今年7月23日朝までのロシア軍累計損害は以下の通りですが、新規に生産、あるいは修理している兵器もあるはずです。

 ゆえに、あくまでも一つの参考情報として記載する次第です。

 もちろん、ウクライナ大本営発表ですからこのまま上記の露軍戦死者数を信じることは危険ですが、それにしても信じられないようなロシア軍の被害です。

 他方、ロシア軍の自軍被害に関する大本営発表は2022年3月25日に発表したロシア軍戦死者「1351人」が最初です。

 その後、ショイグー国防相は同年9月21日に「ロシア軍戦死者は5937人」と発表しましたが、以後戦死者に関する公式発表はありません。

 この戦死者数自体、もちろん大本営発表の偽情報ですが、ここで留意すべきは「ロシア軍戦死者」とはロシア軍正規兵の将兵が対象であり、かつつ遺体が戻ってきた数字しか入っていないことです。

 ロシア軍の遺族年金支払対象者はこの「戦死者」のみで、「行方不明者」は対象外です。

 近代戦は補給戦、継戦能力の原動力は経済力と資金力(戦費)です。

 ロシア経済は油価に依存しており、油価低迷は財政を破綻に導きます。小競り合いは今後も続く可能性ありますが、現在のような大規模戦争はあと1年も続かないでしょう。

 今年末までに戦争の帰趨は見えてくるものと筆者は予測します。

エピローグ/歴史は繰り返す

 最後にロシアの近未来を総括したいと思います。ただし、あくまでも筆者の個人的見解にすぎない点を明記しておきます。

 上述の通りロシア経済は油価依存型経済構造にて、ソ連邦崩壊の底流は油価低迷が続いたことです。

 ロシア軍ウクライナ全面侵攻作戦は、「プーチンプーチンによるプーチンのための戦争」です。

 この戦争は露プーチン大統領が主張するような「祖国防衛戦争」ではなく、1956年の「ハンガリー動乱」や1968年の「プラハの春」の延長線上にあると筆者は理解しております。

 ウクライナ戦争長期化を予測する人は多いのですが、油価低迷が継続すればロシア経済は破綻の道を歩み、財政悪化により戦費が減少・枯渇する結果、年内に戦争の帰趨は見えてくるものと筆者は予測します。

 油価(ウラル原油)下落と欧米石油企業撤退により、ロシアの原油・天然ガス生産量は減少しています。

 この結果、ロシア経済は弱体化し、財政は破綻寸前です。

 このまま戦争を継続すればロシア国内は流動化して、中央アジア諸国のロシア離れと対中接近はますます加速化され、ロシアの対中資源植民化が進むこと必至です。

 中国の習近平国家主席にとっては内心笑いが止まらないことでしょう。熟柿が落ちるのを待っていればよいのですから。

 もちろん、ウラル原油が高騰すればロシアの継戦能力は増大し、ウクライナ戦争は新たな局面に入ることになります。

 ヘーゲル曰く、「歴史は繰り返す」。

 1991年8月19日モスクワクーデター騒乱は三日天下で終わりましたが、ソ連邦崩壊のトリガーになりました。

 プーチン大統領の足元は揺らいでいます。

 今回のプリゴージン反乱騒動はプーチンの勝利で収束したのではなく、≪プーチン終わりの始まり≫となり、ロシアはこれから「動乱の時代」に入るような予感がします。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  情報公開停止は赤信号、破綻に向け一直線のロシア財政

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