福島第一原発事故が原因で放射能が各地に拡散したことは、いまや小学生でも知っていることであろう。そして、私たちが今もっとも注視すべきは、事故当日の3月11日から現在まで、どの地域にどれだけの放射能が拡散したのか、また拡散しているのか、という情報であることはまちがいない。

放射能の場合、情報を提供することによって危機を煽るという考えもある。だが、正確な情報が提供されることは、それが危機を知らせるものであれば心づもりや準備ができるし、安全を知らせるものであれば日常生活に安心をもたらす効果が期待できる。放射能のように被害や拡散の状況が目に見えない場合は、なおさらである。

東京都内を見てみると、例えば東京23区のほとんどの「区」が独自に放射線量を測定し、その結果を公表している。国や都道府県の対応が不十分なため、「区」が独自にやらざるをえないというのが実状なのだが、これだけ放射能汚染が騒がれるなか、各区がそういった区民サービスをおこなっていることは評価したい。

ところが、23区のなかで荒川区だけが「測定の必要はない」という方針を打ちだし、放射線量の測定を独自には行っていない。2011年10月15日付の東京新聞が「こちら特報部」の欄で「荒川区のなぞ」について報じている。記事のなかで、同区に住む4歳と8歳の子を持つ母親がこう語る。

荒川区は大気中の放射線量初め、プールの水も砂場も学校給食も、すべて『安全だから測る必要はない』と言っている。放射能は目に見えないから、いたずらに怖がるだけでなく冷静に対処するためにも、身近な放射線の値を知りたいのに」

そして、「今月下の子が通う保育園で運動会が開かれた。開会式で荒川区の西川太一郎区長(69)があいさつ。『放射能の心配は全くない』『食べ物も安全で、何の心配もない』と、保護者に呼び掛けたという」。母親は、「測ってもいないのになぜ断言できるのか。根拠のない安全宣言はよけいに不安です」と訴えている。

記事は続く。「なぜ、荒川区はかたくなに測定しないのか。関係者の多くが『区長の強い意向』という。保守系区議ですら、『なぜ区長はそこまで意固地になるのか』といぶかる」。

この「荒川区のなぞ」(というか、荒川区長のなぞ)を解くヒントとして、記事では三つの事実が報じられている。

一つ目は、西川区長が衆議院議員のときに小泉政権の経産副大臣をつとめ、東電の「原発問題で奔走」したこと。二つ目は、震災後に東電社員や原発擁護派の学者(首都大学東京の福士正弘教授)を招いて中学生講座をおこなったこと。三つ目は、荒川区の保養施設「清里高原ロッジ・少年自然の家」の指定管理者として、東電のグループ企業である「尾瀬林業」が最近になって選ばれたこと。

荒川区の姿勢は、多くの区民に疑問視されている。区内の市民団体は、「7月に独自測定を求める約4000人分の署名を区長に提出」している。また、「同区PTA連合は8月、放射能問題への対応について区長に説明を求める要望書を出した」。さらに、10月に入ってからは、「商店主らも加わり、『汚染牛肉が市場に出回り、国民は疑心暗鬼になっている。区が計測機の導入を』などとして、約1300人分の署名を提出した」という。

つまり、西川区長が東電と何らかの形でつながっているから、ほかの区がやっている独自の放射線測定は「安全だから不要」と言いつづけているのではないか、と東京新聞は疑問をていしているのである。脱原発の編集方針を貫いている新聞が記事にしているのだから、一定の信用はおける内容だと思う。

大変失礼な物言いになってしまうが、荒川区民には「そういう人を区長にしてしまった」責任がある。この責任は、原発推進の自民党議員をさんざん当選させてきた「責任」と同じものだ。しかし、「そういう区長」だとわかったのなら、わかった時点で反旗をひるがえすことが荒川区民にはできる。猫をかぶって当選した区長の暴政に、付き合う必要などない。

西川区長の「独自測定せず」という方針を撤回させる。そんな動きが荒川区で盛りあがることを期待する。

群馬大学教育学部 早川教授 著「早川由紀夫の火山ブログ」より転載

(谷川 茂)