1980年代後半、陸自に配備された対戦車ヘリ・AH1Sコブラ。それは、地上の塹壕で対戦車戦闘に従事していた普通科隊員からは「守護天使」のように見えた
1980年代後半、陸自に配備された対戦車ヘリ・AH1Sコブラ。それは、地上の塹壕で対戦車戦闘に従事していた普通科隊員からは「守護天使」のように見えた

昨年の12月9日読売新聞が「陸自、戦闘ヘリを廃止、無人機で代替へ」と報道した。陸自が保有する戦闘ヘリ・AH64D 12機、対戦車ヘリ・AH1S 47機、観測ヘリ・OH1 33機、計92機を今後、全廃する。

この全廃の方針に関しては、ウクライナ戦争の緒戦にて、ロシア軍戦闘ヘリがガンガンと携帯式対空ミサイルで撃墜され、無人機が大活躍した影響なのかと納得していた。しかし、ウクライナ軍の大反攻が開始され、意外や意外、ロシア軍戦闘ヘリ・Ka52が防衛戦闘で大活躍している。

【画像】全廃されるという陸自の戦闘ヘリ

陸自は戦闘ヘリを全廃してしまって大丈夫なのだろうか? 世界各地の陸軍部隊を見ているフォトジャーナリストの柿谷哲也氏はこう話す。

「近年の先進国の軍隊で、日本の陸自のように戦闘ヘリ部隊を全廃するという大胆な削減方針は記憶にないです。対戦車ヘリAH1Sコブラに続いて、AH64Dアパッチを導入したまではよかったのですが、メーカーとの契約問題などの諸問題を引き摺り、アパッチの価値を見い出せず、運用ドクトリンを決め切れなかったのは残念でした。

また、OH6観測ヘリを導入したのもよかったのですが、米陸軍のように攻撃能力は持たさず、その後継機OH1も観測にこだわりすぎたので、汎用性も拡張性もない、実に使い勝手の悪い観測ヘリになってしまいました」

本当に大丈夫なのだろうか...? 米陸軍兵士としてアフガニスタンで実戦を経験し、ストライカー旅団戦闘団で作戦立案を担当する情報将校だった、元米陸軍大尉の飯柴智亮氏はこう語る。

「大局を鑑みての判断ならば賛成ですが、つぎはぎだらけの再編であるならば論外です。軍隊も人間も段階的な変化を踏まなければなりません。いきなり全廃、というのは無理があると思います」

さらに、陸自中央即応集団司令部幕僚長の二見龍氏(元陸将補)はこう言う。

1980年代初頭、私は北海道で小隊長として従事していました。ソ連軍侵攻に対処するために、日夜、部下と共に穴掘りをして塹壕(ざんごう)を構築していました。

しかし、ソ連軍の戦車に対抗するために持っていた武器は、射程150mのバズーカ(89mmロケット発射筒M20改4型)と射程1500mの有線誘導の64式対戦車誘導弾しかなく、ソ連戦車を撃破する装備が不足していました。最前線では『対戦車兵器が欲しい』という要望が噴出していました」

1.5km先までソ連の戦車が来るのを待ち受け、塹壕から頭を出したまま有線誘導。64式が効かないか外れた場合には、次は150m先にソ連戦車が来るのを待ち、バズーカ砲で撃つ。
まさに"対戦車特攻自衛隊"である。

1980年代後半に対戦車ヘリのコブラが入って来ました。コブラ1機が撃墜されるのに、ソ連軍戦車20台を破壊できるくらいの撃破率です。侵攻するロシア軍機甲部隊をオーバーキルになるくらいの攻撃力のため、普通科隊員たちはこれで防衛作戦ができると実感しました」(二見氏)

空から対戦車守護天使コブラが舞い降りたのだ。

「AH1コブラは結構導入されましたが、AH64ロングボウになると機体価格が高騰し、防衛予算の金額も伸びず、ロングボウが入らなくなりました。

装備を扱っている我々からすれば『コブラの更新として計画的に導入ができていない』という話です。年間導入機数が1~2機では遅々として機種の更新が進まず、売り手も困るでしょう。GDPの1%前後の防衛予算の枠での防衛力整備では、新しい装備の価格が2倍以上に跳ね上がることにより、数を揃えることはできません。このような構造的な問題もありました」(二見氏)

コブラの後継機、AH64Dロングボウ・アパッチ戦闘ヘリ。地上の普通科隊員からすれば頼もしい空の相棒だったが、いかんせん数が足りなかった
コブラの後継機、AH64Dロングボウ・アパッチ戦闘ヘリ。地上の普通科隊員からすれば頼もしい空の相棒だったが、いかんせん数が足りなかった

守護天使コブラは大量に舞い降りたが、その後、ロングボウはわずかな数しかやって来なかったのだ。

コブラに乗っているヘリパイ(ヘリコプターパイロット)はたくさんいましたが、ヘリパイはそう簡単には育成できません。装備も更新しなければならない状況でしたが、更新の進まないロングボウの導入、戦闘ヘリのパイロットの高齢化により、今回の大きな転換点を迎えることになりました」(二見氏)

地方のタクシー会社と同じ様相だ。コロナを恐れた高齢のドライバーが数多く退社して、運転手不足となっている。

北海道でソ連軍の侵攻に備えていた際にはコブラで戦えました。しかし、対中国となると、南西諸島が主戦場になります。AH(対戦車・戦闘ヘリコプター)は航続距離が短いので、作戦運用上の制約があります

海上を飛行して広域を偵察し戦闘を行うとしたら、石垣や宮古にヘリの基地を作り、戦闘のための基盤を構築する必要がありますが、残存して戦い続ける戦い方が適正かというと、そうとも言えません」(二見氏)

■果たして中国と戦えるのか?

改めて、南西諸島の戦場で、陸自戦闘ヘリを全廃して中国と戦えるのだろうか? 中国は「孫子の兵法」の国だ。陸自戦闘ヘリ全廃→無人機で代用となるならば、その弱点を必ず突いてくる。

中国軍は陸自戦闘ヘリ全廃の弱点を突き、戦術レベルから変えて来る可能性はあります」(飯柴氏)

具体的には何が考えられるのか?

「私が危惧するのは、中国が多種多様の輸送手段で、南西諸島全島に同時多発で特殊部隊を上げて来る可能性です。

かつて、北朝鮮の潜水艇が座礁した江陵浸透事件がありました。1996年にサンオ級小型潜水艦が座礁し、北朝鮮特殊部隊が韓国に上陸した事件です。工作員は1名確保、1名が逃亡、13名が戦死、11名が自殺。掃討作戦は49日間にも及びました」(飯柴氏)

南西諸島全島に騒乱とパニックを巻き起こすために中国特殊部隊が同時多発で上陸。平和な離島においては、駐在さんの警察官の持つ拳銃数丁だけが守りの切り札となる。そうなると、やはり戦闘ヘリが必要になってくるだろう。

「その通りです。やはり戦闘ヘリはその捜敵の正確さと、スピード、そしてすぐさま攻撃できる能力に長けています。

夜間でもサーマルサイトがあればバッチリ見えます。徒歩のゲリラでしたら、対戦車ミサイルロケット弾は必要ありません。機首にある20mmもしくは30mm機銃で充分です。20mmをまともに受けたら、人間は水風船が割れるように木っ端みじんに吹き飛びます」(飯柴氏)

日米同盟のお相手、米国の陸軍は、アパッチ戦闘ヘリを対中国戦に使う予定らしい。

「米国はこの10年でマルチ・ドメイン作戦のコンセプトを打ち出しましたが、そのコンセプトの中でも特に重要なのが『Maritime Pressure Strategy』、すなわち中国海軍艦艇の接近を阻止するための改革です。

それにともない、米空軍はA-10、米陸軍はAH-64Dで対艦攻撃任務を研究し訓練しています。これまでの根本的な原則を大きく変化させているこのタイミングで、陸自がAH-64Dを手放すのは、非常に惜しいとしか言いようがないです。

2013年に海自護衛艦ひゅうが』にAH-64Dを載せてカリフォルニア沖で訓練した際に、訓練の結果から統合運用の諸問題を精査・改善し、将来の護衛艦搭載に備えると当時の陸自指揮官は話していました。海自『ひゅうが』×陸自『アパッチ』の運用こそ、将来の日本に必要な戦術の一つではないでしょうか」(柿谷氏)

しかし、一度決定された案件がひっくり返されないのが、日本だ。

「陸自が有人戦闘ヘリの機能を少数で維持するのか、米国装備との連携でカバーする選択肢はありますが、無人機へ切り換わるまでの間、AH64アパッチを海自の『ひゅうが』に搭載して運用すればいいのです。戦闘ヘリ全廃といっても、退役は徐々に進行させます。一番新しいアパッチ12機は最後まで残ります。その間、南西諸島をゲリラコマンドから守るのに必要ならばやるべきです」(二見氏)

2013年、海自の対潜ヘリ空母「ひゅうが」に、陸自AH64Dロングボウ・アパッチを載せて統合運用の試験が行われた。やれない事はないはずだ
2013年、海自の対潜ヘリ空母「ひゅうが」に、陸自AH64Dロングボウ・アパッチを載せて統合運用の試験が行われた。やれない事はないはずだ

だが、アパッチヘリはやがていなくなる。他に策はないのだろうか。

「既存の機種で代替えするならば、UH60JAの重武装化です。米陸軍のナイトストーカーズのMH60L、60Mのように、ロケットランチャー、ヘルファイヤ、ミニガンを搭載してます。機体の部品はほぼ共通、ヘリパイロットと整備員の教育シラバスも基本同じで、最低限のコストで強力な火力をヘリに付与する事が可能です」(柿谷氏)

では、これでなんとかなるのでは...。

「今はAHにこだわっている時ではありません。UAV(無人航空機)で戦い方を全部変えていく。UAVにいつ切り替わるかが勝負であると思います。

ウクライナ戦争が起きてから、装備体系が切り替わり始めています。約30年でだいたい一世代が入れ替わりますが、陸自は進化の道を選びました。装備体系を切り替える時は、戦いに穴が開かないように慎重にやります」(二見氏)

陸自戦闘ヘリ全廃の代用は無人機に託される。写真の無人機スイッチブレード600は、射程40kmで対戦車・装甲車両を自爆特攻で破壊可能だ
陸自戦闘ヘリ全廃の代用は無人機に託される。写真の無人機スイッチブレード600は、射程40kmで対戦車・装甲車両を自爆特攻で破壊可能だ

日本の領土である南西諸島への、中国軍特殊部隊による同時多発上陸攻撃に対して、UAVで迎撃殲滅は可能なのだろうか...。

「その特殊部隊を発見する広域偵察に関してはUAVで問題がないでしょう。問題は打撃力です。ウクライナ戦争の動画を見ていると、UAVから手榴弾迫撃砲弾を一個ずつ落すだけ、という打撃力を発揮するためのプラットフォームに問題があると言われます。

であるならば、的確なプラットフォームを敵に合わせて使い分けるべきです。

上陸した敵のゲリラコマンドに対して、距離が30kmならば155mmM777榴弾砲です。エキスカリバー弾ならば60km先まで届きます。それ以遠ならば射程距離が80~300kmのハイマース(高機動ロケット砲システム)を使います。

さらに遠くにいる敵に対応すべく、やがて射程1000kmを超える改造12式地対艦ミサイルができるでしょう。このようにプラットフォームを変えていけばいいのです。

AHはいろいろな事が一機でやれますが、UAVならば小中大と機体の大きさのバリエーションを増やしていくことで、プラットフォームを変えることができ、いろいろな状況に対応できます。UAVは安く、危険な場所で運用可能であり人員の損耗を回避できます。将来の戦い方を考えたUAVの運用が勝る装備体系を作り上げていかなくてはなりません」(二見氏)

ウクライナ戦争緒戦で、ロシア軍戦車を破壊したトルコ製無人機・TB2。無人機は日々進化し、多種多様の装備を搭載できる中大型の無人機が次々と開発されている(写真:バイカル社)
ウクライナ戦争緒戦で、ロシア軍戦車を破壊したトルコ製無人機・TB2。無人機は日々進化し、多種多様の装備を搭載できる中大型の無人機が次々と開発されている(写真:バイカル社)

一方で柿谷氏は無人機切り替えへの問題点を指摘する。

「中国は無人機開発では世界一といっても過言でないです。逆に、無人機に対抗する手段、装備、の開発もトップクラスです。まさに"矛と盾"を地でやっているのです。陸自戦闘ヘリがすべて無人機に代替していくというのは、リスクが大きいと感じます」(柿谷氏)

陸自はそんなリスクを取り、進化の道を選んだ。その真価が問われるのは、中国相手の南西諸島有事になるのだろう。

取材・文/小峯隆生 写真/柿谷哲也、バイカル社

1980年代後半、陸自に配備された対戦車ヘリ・AH1Sコブラ。それは、地上の塹壕で対戦車戦闘に従事していた普通科隊員からは「守護天使」のように見えた