「年金を増やす方法を知りたい」とFP事務所を訪ねた安田夫妻(仮名)。夫の健二さんは58歳の会社員、妻の聡美さんはパート勤めの40歳です。株式会社アセット・アドバンテージ代表取締役の山中伸枝ファイナンシャルプランナーは、「年金を増やす方法は3つある」といいますが、どれが安田夫妻にもっとも適しているのでしょうか。安田夫妻の事例をもとに、年金を増やす方法についてみていきましょう。

年金を増やす「3つ」の方法

老後の安心を手に入れるために、年金は「少しでも多いほうがいい」と思うのは自然なことです。ファイナンシャルプランナーのもとを訪れた安田健二さん(仮名・58歳)、聡美さん(仮名・40歳)も、「老後の生活設計をするうえで、年金を増やす方法を知りたい」とおっしゃいます。

年金を増やすには、「受け取り時期を遅らせて増やす」、「会社勤めを延長して増やす」、「資産形成に取り組んで増やす」という3つの方法があります。それぞれ詳しくみていきましょう。

「繰り下げ受給」で年金を増やす

まず、年金の受け取り方について見ていきましょう。老齢年金は、法律上「65歳」になると受給が始まります(「支給開始年齢」)。ただし、「65歳になったら必ず年金を受け取らなければならない」というわけではありません。

また、生年月日によっては65歳より前に「特別支給の老齢厚生年金」が受けられる方もいます。これは、かつて年金の支給開始年齢が60歳であったときからの経過措置ですが、昭和36年4月1日以降に生まれている健二さんはこの対象ではありません。

年金は今、オプションとして早く受け取る「繰り上げ受給」と遅く受け取る「繰り下げ受給」という制度があり、受け取り時期をご自身で自由に決めることができます。繰り上げの場合は申請して受給を始めるとキャンセルできませんが、繰り下げは「待機」の状態なので、受け取りを希望すればその時点ですぐに受け取り開始ができますし、場合によっては未受給分の一括受け取りも可能です。

「繰り上げ受給」した場合、本来受け取るべき年金額よりも減額されます。1ヵ月あたり0.4%ずつ減額されるので、最大5年早く受け取ると24%減額され、この減額率は一生継続します。

「繰り下げ受給」した場合、本来受け取るべき年金額より増額されます。1ヵ月あたり0.7%ずつ増額されるので、最大10年遅らせると84%増額され、この増額率は一生継続します。

近年は長生きする場合に備え、年金を繰り下げて増額しようと考える方が増えてきているようです。しかし、安田夫妻の場合、この繰り下げには注意が必要です。なぜなら、もし健二さんが繰り下げ受給を選んだ場合、追加支給されるはずの「加給年金」が受けられなくなるためです。

加給年金とは?

「加給年金」とは、厚生年金から支給される“家族手当”のようなものです。厚生年金加入期間が20年を超えている健二さんは、65歳になると加給年金として毎年約60万円が老齢厚生年金に上乗せされます。加給年金は、年金受給前の配偶者に対する手当であるため、聡美さんが65歳になり、ご自身の老齢年金を受給し始めるタイミングで終了します。

気をつけたいのは、この加給年金は「老齢厚生年金」に上乗せされるという点です。つまり、健二さんが厚生年金を繰り下げ受給すると、加給年金が上乗せされる“土台”がなくなるため受給することができなくなります。

年齢差が少ないご夫婦の場合は、繰り下げの増額率のほうにメリットを見出す方も多いのですが、安田夫妻の年齢差は18歳です。繰り下げにより1,080万円もの加給年金が受けられなくなるため、慎重に検討したいところです。「それでも繰り下げ受給で年金額を増やしたい」という場合は、老齢基礎年金のみを繰り下げるという方法もあります。

何歳まで生きるかは誰にもわかりませんが、「若いうちに夫婦で旅行を楽しみたい」とか、「子どもの大学費用が必要」といった計画がある場合、そうしたライフイベントも考慮しながら年金受給の開始時期を考えるといいでしょう。

「会社勤めを延長」して年金を増やす

年金を増やす方法2つ目は、「会社勤めを延長する」です。これは、「厚生年金に加入して働く」という意味です。

老齢厚生年金は、厚生年金に加入した期間に応じて増額される仕組みになっています。年収に対して約0.55%ずつ増えていきますので、仮に年収300万円で70歳まで働くと、60歳の定年後10年間で16.5万円老齢厚生年金が増額できます。

学生のころに年金保険料を支払っていない期間がある健二さんの場合、60歳以降、厚生年金に加入して働くと「経過的加算」という仕組みにより、過去の未納期間が穴埋めされ、その分老齢基礎年金に相当する金額が老齢厚生年金で増額されるという特典もあります。少しでも年金を増やしたいという方には朗報です(詳しくは年金事務所で相談されることをおすすめします)。

65歳までに増やした老齢厚生年金は、「繰り下げ受給」の対象となります。一方、65歳以降働いた分の老齢厚生年金増額分は、「定時改定」と呼ばれ繰り下げの対象とはなりませんが、都度老齢厚生年金に上乗せされます。

ただし、ここでも老齢厚生年金を繰り下げ受給していると“上乗せ”される土台がなくなるため、「繰り下げ受給による増額率」を選ぶのか「働き続け、定時改定による増額を狙うか」を選択する必要があるでしょう。

この「働いて増やす」方法は、聡美さんにもおすすめです。聡美さんは専業主婦ののち一定額を超えないようパート勤めをしているため第3号被保険者にあたりますが、実はパートの仕事をもう少し増やしたいとお考えだそうです。

聡美さんの「第3号被保険者」という立場は、ご主人が65歳になると終了します。そうすると、聡美さんは「第1号被保険者」に異動しご自身で国民年金保険料を負担することになります。ここで注意すべきポイントは、「第3号被保険者(保険料免除)」から「第1号被保険者(国民年金保険料を自身で払う)」に変わったとしても将来受け取れる年金額は増額にならないということです。

したがって、ご自身で厚生年金に加入して働くほうが、老齢厚生年金の増額にもつながるためメリットが大きいでしょう。仮に、現在40歳の聡美さんが60歳までの20年間年収300万円で働いたとすると、33万円の加算となります。聡美さんには加給年金の上乗せがありませんから、長生きに備え働いたうえでさらに繰り下げ受給を検討するのもいいかもしれません。

「iDeCo」「NISA」で資産形成をして増やす

年金を増やす方法3つ目は、私的年金として国が推奨する「iDeCo」や非課税制度である「NISA」を活用することです。税制優遇を受けながら資産形成ができ、いずれも投資によって得た利益に税金がかからない仕組みになっています。iDeCoの場合、さらに「毎月の掛金が全額所得控除になる」という大きなメリットがあります。

原則、iDeCoの加入は60歳までですが、健二さんが定年後も引き続き厚生年金に加入して働く場合は、最長65歳まで加入することができます。会社員の場合、毎月の掛金上限は2万3,000円(会社により1万2,000円の場合もあり)ですから、200万円程度の積立が可能です。

健二さんは年収も高いですから、所得控除による恩恵も期待できます。たとえば、課税所得が700万円の場合、iDeCo(掛金ひと月2万3,000円×12=年間27.6万円)で得られる税のメリットは所得税率23%、住民税率10%で9万1,080円となります。

個人年金保険等で受けられる生命保険料控除と比較すると、こちらは所得控除として認められる金額に上限が設定されているため、仮に同額を保険料として納めたとしても受けられる税のメリットは1万3,200円にとどまります。

また、第3号被保険者の聡美さんもiDeCoへの加入が可能です。現在のパート収入では税金の負担はありませんが、今後収入を増やし厚生年金に加入して働くのであれば、もちろん所得控除のメリットも受けられます。

第3号被保険者のままであれば加入は60歳までとなりますが、厚生年金に加入すると健二さんと同様、月々最大2万3,000円の掛金を65歳まで拠出することが可能です。仮にこの間3%で運用ができれば、1,000万円以上の“自分年金”を増やすことができるのです。

もちろん、2024年から拡大が期待されるNISAも活用をおすすめします。つみたて投資枠と成長投資枠を合わせて毎年360万円、生涯枠として1,800万円まで非課税運用が可能です。これまで投資は未経験という安田様も、今年のうちにまず「つみたてNISA」をスタートさせることで、いい“慣らし運転”になるでしょう。

老後の準備も資産形成も「時間を味方につける」ことが最も重要です。この機会にぜひご夫婦でこれからのことをしっかり話し合っていただき、1日も早く将来に向けて1歩を踏み出してほしいものです。

山中 伸枝

株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役

(※画像はイメージです/PIXTA)