歩行者にとってもドライバーにとっても、事故のリスクを極限まで抑制したい。そんな強い信念のもと、各自動車会社は、クルマの安全性能を追求しています。ここでは、とくに目覚ましい進歩を遂げている「衝突安全技術」と「予防安全技術」を中心に、最新の開発状況を見ていきましょう。※本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。

「ぶつからない」ってどういうこと?

「ぶつからないクルマ」。

そんな驚きのキャッチコピーが世の中に広まったのは、2000年代後半でした。

スバル(当時:富士重工業)が開発した「アイサイト」のテレビCMで、有名タレントが実際にスバル車を運転し、前方に停止したクルマを模した障害物にノーブレーキで接近するシーンが放映されました。

このCMでは、その後、衝突の危険を知らせるアラートが車内で鳴り、それでもドライバーがブレーキ操作をしない場合には、クルマのシステムが自動的にブレーキをかけるという仕組みが紹介されました。

一般的には「自動ブレーキ」と呼ばれるこの機能は、正式には「衝突被害軽減ブレーキ」と呼ばれています。

こうした「アイサイト」や、イスラエルのベンチャー企業「モービルアイ」の技術を活用した欧米メーカーの「衝突被害軽減ブレーキ」が登場したことをきっかけに、2010年代からは世界各国の多くのメーカーが「新しい自動車安全技術」という発想での実用化を進めるようになりました。

現在、日本では、高級車から軽自動車まで、各メーカーが「衝突被害軽減ブレーキ」や「アクセルブレーキの踏み間違い防止装置」などを標準装備として提供しています。

そして、この進展の背景にあるのが、画像認識や物体認識などのITの発展です。

ドライバー・乗員・歩行者を守る「2つの安全技術」

画像認識・物体認識など、具体的な技術の話に入る前にクルマの安全に関する基本概念を抑えておきましょう。

クルマの安全とは、万が一事故が起きた場合、ドライバーや乗員の身体を守ることを指します。

その上で、クルマの安全には大きく2つの考え方があります。

①ぶつかったあとの安全

1つは、「ぶつかった後の安全」です。

衝突実験の映像で、車内にダミー人形がいる状態で激しくクラッシュし、クルマが大きな損傷を受けつつもエアバッグが展開する様子を目にしたことがあるかもしれません。

この場合の「クルマの安全」では、「クルマがうまくつぶれる」ことが重要です。設計段階で衝突エネルギーを吸収し、車内への伝達を軽減するための車体構造が考慮されているのです。

さらに、車内ではドライバーや乗員が車外へ飛び出さないようにするため、または車内で大きく移動して各所と接触しないようにするために、シートベルト、ハンドル内蔵エアバック、側面のエアカーテンタイプエアバックなどが作動します。

この分野は「衝突安全技術」と呼ばれています。

②予防安全技術

もう1つが「ぶつからないようにするための安全」である「予防安全技術」です。

クルマが周囲の状況を感知し、衝突のリスクの度合に応じた視覚や聴覚に対するアラート発信や、クルマのシステムによるブレーキアクセル、ハンドルに対する自動的な介入を行うことで、衝突を回避します。

「衝突安全技術」と「予防安全技術」については、第三者機関が独自に性能を評価し、その結果を製造者と一般ユーザーに情報公開する「NCAP(ニュー・カー・アセスメント・プログラム)」が、欧州、北米、日本、韓国、オーストラリアなどで実施されています。

日本の場合、独立行政法人 自動車事故対策機構がJNCAP(ジャパン・ニュー・カー・アセスメント・プログラム)を実施しており、特に2010年代中盤以降は「予防安全技術」での評価項目が増えてきました。

例えば、「歩行者保護」については、昼間だけでなく夜間の対応が求められ、さらに歩行者だけでなく自転車に対する対策も重視されるようになりました。

こうしたNCAPの評価項目の拡充によって、自動車メーカーは最新ITを活用した「予防安全技術」の研究開発と、それに基づく量産化を加速させているのです。

画像認識・物体認識…センサー技術のスゴイ進化

では、ここからは画像認識・物体認識等の具体的な技術について紹介します。

この分野は、自車の周辺の状況を検知する様々なセンサーを使う「センシング」と呼ばれる技術領域です。

現在量産されている主なセンサーには、カメラ、ミリ波レーダー、超音波センサー、そしてライダーがあります。

順に見ていきますと、カメラは映像を撮影する装置ですが、一般的なカメラのような画質を上げることを目指すのではなく、映像内での人やクルマの動きを予測する画像認識・物体認識という特殊な技術に対応するためのカメラになります。

現在使われているセンシングの手法としては、単眼カメラとステレオカメラの方式があります。ステレオカメラとは、前述のアイサイトのように人間の目の原理を利用したふたつのカメラによって、人や物体までの距離を正確に割り出す仕組みです。また、単眼カメラでも近年は専用のアルゴリズムや過去データからの解析能力向上により、画像認識・物体認識の精度が上がってきました。

さらには、単眼カメラを3つ並列化し、短距離、中距離、長距離のそれぞれで検知角度を変えて使う手法や、ステレオカメラに単眼カメラを追加する手法も登場しています。

これらのカメラによる画像認識の範囲は最大で200〜300メートル程度です。

次にミリ波レーダーです。近年は77MHz帯域が普及しており、カメラと比べて気象の影響を受けにくい特性がありますが、検知可能な距離はカメラよりも短くなります。

超音波センサーは一般的にソナーと呼ばれ、自車周辺の約2メートル程度の近距離をカバーします。駐車時に周囲との接近を視覚と聴覚でドライバーに知らせる機能が普及しています。

そして、ライダーは複数のレーダーを連続的に照射することで、自車周辺の数十メートル範囲の状態を画像化するセンサー技術です。ライダーはかつては生産量が少なく高価なセンサーでしたが、近年は量産効果によりコストが下がってきました。

以上のように、現在では、こうした各種センサーをモデルよって使いわける「センサー・フュージョン」という考え方が一般的となっています。

「先読みができる予防安全技術」の開発に期待

「予防安全技術」の分野では、まだいくつかの課題が存在しています。

現在のセンサー技術では、前方に対しては数百メートル程度の範囲しか把握できませんが、より前方の状況を予測することは非常に重要です。

最新の先進運転支援システム(ADAS)では、カーナビゲーションの位置情報と連動し、急なカーブでの自動速度抑制や高速道路の料金所前後での自動減速・自動加速が実用化されていますが、実際の交通状態にリアルタイムで対応できるものではありません。

例えば、高速道路において時速100kmで走行していれば、1秒間に約28m進むことになります。センサーが前方の状況を把握できる距離は最大で200~300m程度なので、センサーが感知した後に衝突回避が可能な時間は10秒程度しかありません。こうした速度域では衝突被害軽減ブレーキを作動しても、衝突を完全に回避できる可能性は一般道での走行時に比べると低くなります。

ドライバーは、高速道路の電光掲示板や、ETC2.0対応のカーナビゲーションで表示される事故車や故障車に関する情報に頼ることになりますが、事故現場や故障車の正確な位置を知るまでの精度はありませんし、事故発生直後ではそうした情報は入ってこないのが実状です。

これらを踏まえて、今後の本格的な普及が期待されているのが、プローブデータのAI(人工知能)解析による「先読みができる予防安全技術」です。

自動車メーカーの場合、現状では1分間に1回の割合で画像認識カメラ情報等での変化について車載データをメーカー独自のサーバで解析し、車載システムに危険を通知する仕組みがありますが、今後は情報収集の頻度を短くすることで先読みの精度が上がることが期待されます。

さらに、スマートフォン内のセンサーから得られる移動方向や加減速状態をリアルタイムで地図メーカーが把握し、ドライバーに「危険が迫っている」という情報を提供する技術も実用化されつつあります。

今後、こうした最新技術を駆使した次世代の「予防安全技術」によって、「交通事故ゼロ社会」に近づくことを期待したいと思います。

桃田 健史

自動車ジャーナリスト、元レーシングドライバー。専門は世界自動車産業。エネルギー、IT、高齢化問題等もカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。日本自動車ジャーナリスト協会会員。

(※写真はイメージです/PIXTA)