筆者のファイナンシャルプランナー・浜田裕也さんは、社会保険労務士の資格を持ち、病気などで就労が困難なひきこもりの人を対象に、障害年金の請求を支援する活動も行っています。

 浜田さんによると、障害年金の書類をそろえるのは手間と時間がかかるため、ひきこもりの人の中には、つい請求を先延ばしにしてしまうケースがあるということです。しかし、障害年金の時効は5年で、請求が認められたとしても、権利発生日から5年以上経過した分の年金は、支給されません。

 今回は、浜田さんの援助で約400万円の障害年金を受給したひきこもりの男性が感じた後悔について、解説します。

17歳で受診

 ある日、発達障害を持つひきこもりの男性(30)から、「障害年金の請求を手伝ってほしい」という依頼を受けた私は、本人の希望でオンライン面談を実施しました。

 障害年金の請求をするためには、まずその障害で初めて病院を受診した日(初診日)を確認する必要があります。

 男性は発達障害の特性のためか会話が苦手で、私の質問に対して「あー、うー」や「ええと…」といった返答をするばかりで、なかなか的確に答えることができません。時間をかけてヒアリングしたところ、ようやく次のようなことが分かりました。

 発達障害で最初に病院を受診したのは、17歳の頃。幸いにも、現在も同じ病院に通っているとのことで、初診日の証明書は入手できます。今回のケースでは、初診日の証明は診断書ですることになります。

 初診日が20歳前なので、障害基礎年金を請求することになります。障害基礎年金は1級と2級があり、仮に2級が認められた場合、金額は次の通りです。

■障害基礎年金の2級に該当した場合(月額換算)
障害基礎年金 6万6250円
障害年金生活者支援給付金 5140円
合計7万1390円
※いずれも2023年度の金額

 金額を確認した後、男性はこのように質問しました。

「ええと…もし障害基礎年金が認められたら、いつの分から受給できるのでしょうか」

「請求方法によって異なります。今回のケースに当てはめると、20歳当時にさかのぼって請求する方法(障害認定日請求)と現在から請求する方法(事後重症請求)があります。発達障害の人の場合、その特性が変化することはあまりないので、20歳当時から請求してみるとよいかもしれません」

「すると…今30歳ですから、20歳から認められたら10年分がさかのぼってもらえるということですよね」

「いいえ、残念ながら10年分はもらえません。障害基礎年金の時効は5年となっています。仮に20歳から障害基礎年金が認められた場合、25歳から30歳までの過去5年分が初回にまとめて振り込まれることになります。20歳から25歳までの5年間分は時効により支給されません。ちなみに、今まで請求をしなかった理由は何かあったのでしょうか」

 しばらく沈黙があった後、男性はこう答えました。

「特に…ありません。行動を起こすのが面倒くさくて、ついつい先延ばしにしてしまっただけです。こんなことになるなら、もっと早く相談しておけばよかったです…」

 男性の声はとても悔しそうでした。

時効で約400万円の年金が消滅

 障害年金の請求をするためには、順序よく書類をそろえていく必要があります。今回のケースでは、まず「病歴・就労状況等申立書」という文書の作成から始める方が望ましいと私は判断しました。そこで男性に次のような説明をしました。

「まずは病歴・就労状況等申立書の作成をしたいと思います。発達障害をお持ちの人は、出生から現在までの日常生活の困難さを病歴・就労状況等申立書に記載することが求められているからです。病歴・就労状況等申立書が完成したら医師に参考資料として渡し、診断書の作成を依頼しましょう」

「でも…小さい頃のことなんて覚えていません。どうすればよいですか」

「まずは思い出せるところから始めてみましょう。例えば小学生時代、勉強や友人関係で苦労したことはありませんか」

「ああ…そんなことならたくさんあります」

 男性は当時のことを振り返りました。

 漢字は何度練習してもなかなか書けるようにならなかったほか、算数では計算が合わず、テストでは良い点数を取ることができなかったそうです。授業は真面目に聞いていましたが、その内容が頭に入らず、とても苦労したそうです。

 体育も苦手で「かけっこが遅い」「逆上がりができない」「球技ではボールさばきがうまくいかない」「水泳ではほとんど泳げない」といった状況にありました。話すスピードが遅く、クラスメートの会話についていけないこともあり、「あいつはばかだ。のろまだ」とからかわれていたそうです。

 私は一通りの内容をメモした後、こう言いました。

「今お話しいただいたような内容で構いません。それを幼少期から現在まで続けていきます。ご本人に記憶がない幼少期のエピソードは、お母さまから聞いておくとよいでしょう」

「分かりました。母親に聞いてみます」

 その後、数回のオンライン会議で幼少期から現在までの状況を聞き取った私は、病歴・就労状況等申立書を作成後、参考資料として医師に渡し、診断書の依頼をしました。その他の書類もそろえた私は、障害年金の請求を完了させました。

 請求から4カ月が過ぎた頃。私は男性から、過去5年分の障害年金約400万円が振り込まれたという報告を受けました。

「おかげ様で収入が得られるようになり、心に余裕もできました。自分一人ではとても請求するところまでたどり着けなかったと思います。ご協力いただき、本当にどうもありがとうございました」

 男性はこうお礼を述べましたが、心底後悔している様子でこのように語りました。

「でも、時効になった5年分(20歳から25歳の分)の障害年金がもらえなかったのはすごく悔しいです。5年分だと約400万円。何だかすごく損してしまった気分です。こんなことになるなら、もっと早く請求しておけばよかったです…」

 繰り返し強調しますが、障害年金の時効は5年です。すでに障害年金が請求できる状態にあるのに、請求を先延ばしにしていてもあまりよいことはありません。請求に心配や不安があるようであれば、一度専門家に相談してみるとよいでしょう。

社会保険労務士ファイナンシャルプランナー 浜田裕也

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