2023年、恋愛リアリティー番組に新しい風を吹かせたNetflixあいの里』。これまでにない幅広い年齢層のメンバーが、古民家で自給自足生活を送る中で「人生最後の恋」を探す同番組。SNS上で「泣ける」「深い」など、これまでの恋愛リアリティー番組にない感想が多かったのはなぜだったのか。

(参考:【写真】『あいの里』で成立した60歳同士のカップル

 『あいの里』制作プロデューサー・西山仁紫氏に制作秘話を聞いてみると、「制作陣は『あいの里』を恋愛リアリティ番組として撮影していない」という驚くべき言葉が。その真意を問うてみると、昨今の恋愛リアリティー番組には存在しなかった、とある「こだわり」が見えてきた。

・『あいの里』は、恋愛を通じて心を裸にする「ドキュメンタリー」

――『あいの里』はどのような経緯で制作が決定したのでしょうか。

西山仁紫(以下、西山):我々制作スタッフは、もともと『あいのり』を作っていたチームなんです。『あいのり』シリーズもNetflixで配信していた関係で、Netflix側から「もっと大人世代も観られる恋愛リアリティーショーは作れないでしょうか?」とご相談を受けたのが、最初のきっかけでした。

 僕の中では「大人の恋愛は必ず面白くなる」という確信がありました。大人になればなるほど、旅に求めるものは愛だったり恋だったり、はたまた終活を見据えたパートナーだったりと多様化しますし、もちろん人生経験が豊富なメンバーも揃います。社内でも賛否両論があったようですが、なんとか着地して制作が決定しました。

――実際、『あいの里』は恋愛リアリティーショーのメイン視聴者である若者だけでなく、多くの大人世代からも視聴され、配信中はNetflixの視聴ランキングにも乗り続けましたよね。

西山:僕自身は、『あいのり』を作っていた時から、恋愛リアリティーショーを作っているつもりは全くないんですよ。『あいのり』が制作開始された当時は『学校へ行こう!』(TBS)で人気を獲得したコーナー企画「東京ラブストーリー」や『プロポーズ大作戦』(関西ローカル、TBS、テレビ朝日)での「フィーリングカップル」など、一般人参加型のドキュメントバラエティーが流行していました。『あいのり』もそういったドキュメントバラエティーの系譜として制作しましたし、僕たちとしては『あいの里』も、恋愛リアリティーショーだとは思っていないんです。

 僕たちが撮ったのは、恋愛を通じて、メンバーが心に着ていた鎧を脱ぎ、素の姿を見せていくドキュメンタリー。だから正直、ほかのリアリティーショーのことはほとんど知らないんですよ。

――だからこそ『あいの里』は、いい意味で視聴者に新鮮な視聴感を与えたのでしょうか。

西山:僕らとしては、『あいのり』で培ってきた成功体験を詰め込んでいるだけなんですけどね。『あいのり』のような旅を終えるまで帰れないという閉鎖的な空間に居続けると、人は自己開示をするようになります。その過程で、「非日常」が「日常」になってくるんです。

 最初はどのメンバーも、カメラという「非日常」を意識してしまいます。けれど、ワゴンで巡る海外旅行だったり、古民家での自給自足生活だったり、閉鎖された空間でカメラを回し続けると、メンバーたちはだんだん、カメラが気にならなくなっていくんです。

 だから制作スタッフやディレクターたちは、どの現場よりも大変な思いをします。四六時中カメラを回し続けても、制作期間中にいい画が撮れる保証がないのは、ドキュメンタリーの常です。結果的に、『あいの里』でもシニアメンバーの大ゲンカだったりとか、「みな姉」と黒いアゲハ蝶のシーンだったりとか、奇跡的な瞬間がカメラに収められることもあるわけですけれどね。

・「泣ける恋愛」が撮れる理由は、制作スタッフとメンバーとの「信頼感」

――スタッフの方たちの苦労もありながらも、最終的にとても感動的なラストとなりましたね。

西山:『あいのり』同様『あいの里』にも台本は作れませんから、僕たちも驚きと発見の連続でした。ただ、盛り上がりは中盤以降となるのではないかという予測はついていました。今までもそうでしたが、撮影の序盤はみんながカメラを意識していて、なかなか恋愛が進まないんですよ(笑)。

 『あいのり』が始まった時も、最初は局から大変な批判があがりました。始めてみないと面白さがわからないものなので、台本も企画書も作れない。絶対に視聴率を取れる保障はありません。僕が言えるのは、恋愛をフックにドキュメンタリーを撮ると、きっと人々は素の姿を見せる。その画はきっと、唯一無二になるという、想像だけでしたから。

――『あいの里』では、小さなことで大ゲンカしていた「じょにい」や「ハリウッド」、ブレスレッドを選んでもらえなくて涙する「おかよ」などのメンバーは、番組最中での自身の変化とともに人間的な弱さをさらけ出していましたよね。

西山:『あいの里』が笑えて泣けて、あそこまで考えさせられる内容になるとは、僕たちも予想していませんでしたけれどね。基本的にはリフォームと食事、畑作業くらいしかやることがなかったのですが、古民家という「暮らしの場所」がフィールドとなったからか、メンバーとスタッフの仲はとてもよくなりました。

 毎日、1日の終わりにメンバーへインタビューをするのですが、最初はみんな、あまり話してくれないんですよ。日々、カメラマンやディレクターたちが「そこにいる」のが当たり前になっていく中で、メンバーたちもスタッフに心を開いていきます。

 『あいの里』で一つのハイライトとなったメンバーの過去の再現VTRも、スタッフがインタビューの中から聞き出した話で構成しています。オーディション段階では、みんな自分の深い部分までは、話してくれないんですよ。「中さん」の死別経験も、「たあ坊」の過去だってそうです。昼の撮影と夜のインタビューを通して、信頼関係ができた結果、深い人間性まで掘ることができたんです。

 人の心を撮るためには、人同士が時間をかけて、真剣に向き合わなければいけない。そうでないと、飾らない姿なんて見せてもらえないんです。なので、再現VTRはかなりこだわって作っています。「ロトスコープ」という技術を使っているのですが、実は本人たちに演じてもらった映像をトレースして制作しているんです。

――そういうことだったんですね。では逆に、メンバーはどのような基準で選出されたのですか?

西山:今回は制作時段階での情報解禁がNGで、一般公募が出来なかったため、事務所にお声がけしたり、エキストラ経験のある方々にお声がけし、オーディションを行いました。その中でも深い経験を持っていそうな方を選出しました。

 しかし、こうして『あいの里』も多くの方に観ていただけましたし、次回シーズンがもし決まれば、公募でさらに多様な方々からご応募いただけるようになるのではないかと思います。

・恋愛リアリティーの「疑似恋愛」ニーズはまだ続く

――『あいの里』が恋愛リアリティショーとして好まれたのは、制作陣のこだわるドキュメンタリー性と、恋愛との相性がよかったことも一因でしょうか。

西山:そうですね。「泣ける恋リア」と評価してくださった方も多かったようです。恋愛をしている人々は、色々な表情を見せてくれるんですよね。かっこつけたり、取り繕ったり、そうかと思えばちょっとずれていたり、結果的に弱さを見せたり。

 ドキュメンタリーと恋愛の相性の良さは、僕たち自身が『あいのり』時代から経験してきたことです。しかし、世間の受け止め方は少し変わってきたように思います。

 令和の恋愛リアリティーショーは、バラエティ番組ではなく、一つの疑似恋愛の形として求められているのではないかと感じています。“推し活”などに始まる擬似恋愛コンテンツの市場は、若者を中心にさらに広がりを見せています。

 一方で『あいの里』のようなリアルな側面を見せる番組に関しては、SNSの普及や不景気など、様々な要因が重なって、まるで友だちの“恋バナ”を聞いているかのような、よりリアルな恋愛バラエティが求められているからこその反響かもしれませんね。

――西山さんは今後、恋愛リアリティー番組はどのように変容していくと思いますか?

西山:まず、淘汰はされず残っていくと思いますね。疑似恋愛は自分が恋愛をすることに比べると傷つくことや面倒なこともないですし、SNSで意見を発信すれば、自己承認欲求も満たされる。少子化は進んでも、恋愛リアリティーショーによる疑似恋愛のニーズは続くでしょう。

 また、人気を博して作品が増えすぎたことで廃れていったドキュメントバラエティーが、今回のような形で再注目されたことも鑑みると、流行が巡って、平成的な恋愛番組がまた増えていく可能性もありますね。

 ただし、よりリアルな恋愛が追求されるようになればなるほど、制作ハードルは上がっていくはずです。視聴者の欲求を満たす、人間的な画が撮れなければ、新しい作品が人気を獲得するのは難しいでしょうね。

――最後に、作品が無事配信され、世間から受け入れられた今のお気持ちを教えてください。

西山:『あいの里』が評価されたのには、様々な要因があると思っています。制作スタッフたちに、自身の心をさらけ出してくれたメンバー。それに、僕たちが真に伝えたいと思っていたところに毎話言及してくれる、MCのベッキーさんと田村淳さん。そして、偏見なく作品を楽しんでくれた視聴者の皆さん。メンバーに対しアンチの矛先が向くようなこともなかったことにも、ほっとしています。

 僕自身、このような作品を撮ることができたことに非常に満足していますし、撮影現場にも驚きと感動の連続があり、制作スタッフにとっても貴重な経験になったと思います。今後、さらに多様な恋愛を撮影できる、シーズン2の制作が決まることに、僕も期待しています。

(文・取材=ミクニシオリ)

『あいの里』プロデューサーが明かす制作秘話