住宅を購入しようとするとき、多くの人が疑問に思うことがあります。それは「我が家の年収では、いくらの購入予算が適正なのか?」ということです。では住宅購入の適正額を知るためにはどうしたらいいのでしょうか。本記事では共働きのSさん夫婦の事例とともに、住宅購入の資金計画の立て方や注意点について長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。

自分の年収ではいくらの住宅購入予算が適正?

住宅を購入しようとするとき、多くの人が疑問に思うことがあります。それは「自分の年収ではいくらの購入予算が適正なのか?」ということです。

もしかしてこの予算は高すぎなのではないか? 住宅ローンを多く借り過ぎなのではないか? そのことによって将来お金が足りなくなり、家を失うことになるのではないか?――そうした不安を抱える人が大半です。

では住宅購入の適正額を知るためにはどうしたらいいのかというと、「自分でExcelなどを用い家計を計算して判断する」「父母に相談する」「職場の同僚や先輩に相談する」「ファイナンシャルプランナーに相談する」などが手段として挙げられます。

果たしてそれによって納得のいく答えに出会うことはできるのでしょうか。ある34歳の夫婦の事例をもとに解説していきます。

会社員34歳夫婦、世帯年収925万円で住宅資金5,000万円を検討

<事例>

夫Sさん 34歳 年収540万円 定年退職金予想  1,500万円

妻Yさん 34歳 年収385万円 定年退職金予想     500万円

長女    7歳

次女         4歳

貯蓄額 1,400万円

東北地方在住のSさんとYさんの夫婦はともに34歳です。どちらも中小企業に勤務していることもあり、今後の定期昇給は期待できません。定年退職は65歳となっていますが、景気の先行き次第では勤務先自体が消滅する可能性も十分にあり得ます。

しかしながら現在の世帯年収は925万円。東北地方の会社員世帯としては平均以上の収入があり、決して苦しい家計ではありません。家賃10万円の賃貸マンションに住み、新車を2台購入し、夫Sさんは趣味の釣りを楽しみ、妻Yさんはときどき娘2人を連れて東京都内にミュージカルの観劇に出かける、そんな生活ができています。

そんなSさんとYさんの夫婦が住宅購入を考え始めたのは昨年。夫Sさんがふと見かけたウェブメディアの記事で、住宅購入の適齢期について読んだのがきっかけです。住宅ローンの返済期間は35年で、完済するのは何歳か?という内容でした。Sさんが34歳で住宅を購入したとすると完済するのは69歳。定年退職を迎えても完済できていない計算になります。

住んでいるのは東北地方の人口約20万人の都市です。高齢者が安全に住み続けられるような賃貸物件は多くありません。実家はSさんの兄がすでに両親と同居しており、戻ることはできません。このままでは老後の住まいに困るため、いずれはマイホームを持つ必要があるとは考えていたのですが、ネットの記事を読むとあまり時間の猶予はないのだと気づきました。

そんなきっかけで夫婦で住宅メーカーの展示場をめぐる日々がスタート。住宅についてほとんど無知だったSさんとYさん夫婦は、「予算は2,000万円くらい」と考えていたのですが……ある大手メーカーの営業マンはその予算を聞き、夫婦に予備知識がないと思ったのか冷静にこう教えてくれました。

「2,000万円では土地代と諸経費+アルファくらいにしかなりません」と営業マンが言います。「当社の建物の坪単価はおおよそ100万円なので、延床面積30坪の建物で約3,000万円です。土地代と諸経費を含めると、5,000万円という資金計画となります」

「5,000万円? この田舎で? そんなにするの……」妻のYさんが驚いてそう言いました。

営業マンは冷静に、昨今の土地価格の状況や物価高による建築コストの上昇を説明してくれましたが、夫婦は「もう家はやめようか……」という雰囲気に。

営業マンはさらに続けます。「5,000万円はたしかに高いと感じられるかもしれませんが、Sさんのご夫婦の年収からすると、銀行は貸してくれる可能性が高いと思われます。この年収がありながらわざわざ安い建物を買って後悔することはありませんよ。一度冷静にご検討されてはどうでしょうか。ファイナンシャルプランナーもご紹介できます」

ローコスト住宅メーカーの展示場を訪問

その日はそのまま大手メーカーの展示場をあとにし、もっと価格が安いであろう「ローコスト住宅メーカー」の展示場も訪問してみました。そこでは建物の坪単価は50万円弱とのことで、先述の大手メーカーで紹介された土地に建てると4,000万円以下で収まることがわかりました。もっと安い土地にするとさらに安くなります。

しかし気になるのはローコスト住宅メーカーの営業マンの「質」の問題。大手メーカーの営業マンと比べ親切に寄り添って説明してくれたり、論理的に会話をしてくれたりということがありません。悪い言い方をすると雑な営業姿勢なのが気になりました。

「みなさんにまずは住宅ローンの事前審査をやっていただいていますので書いてください」といきなり用紙を差し出されたのには驚きました。

「事前審査って、今日初めてここに来て、買うかどうかなんて決めてないのですよ? 見積もりすら見ていません」と夫Sが言うと、営業マンはこう言います。

「審査の結果はほかの住宅メーカーでも使えるし、自分がどのくらい借りられるか知っておいて損はないのでは? みなさんに商談前にはやっていただいています」

それを聞いた妻のYさんが呆れたように言いました。「知っておいて損がないのはあなたのほうではないですか?」

初対面の来場客にローン審査をさせようとするのは、「審査が通らないNG客は今後商談しなくて済む」という売り手側の効率の問題だと、夫婦はすぐ気づきました。この会社は釣りをしているつもりなのでしょうか。

客を馬鹿にしているようで非常に不愉快です。建物の品質も安っぽさが目立ち、オフィスは値引きキャンペーンを告知するケバケバしいポスターで溢れています。会社にも物にも全体的にクオリティの低さを痛感してしまいました。

大手メーカーよりも1,000万円以上安くなるのは理解できましたが、値段だけで決めるのはあまりにリスクが大きいと夫婦は思いました。

5,000万円払っていける自信がない…身近な人とFPに相談

Sさん夫婦が不安に思うのは、「銀行が5,000万円を貸してくれたとしても、それを払っていけるのか、生活に無理が生じないか」という点です。家計をつけていないため、自分で正確に計算するのは不可能と判断し、夫Sさんは何人かに相談を持ちかけてみることにしました。相談した様子はそれぞれ次のようなものでした。

・父母へ相談する

・職場の同僚、先輩に相談する

ファイナンシャルプランナーに相談する

父母への相談の場合

夫Sさんがまず相談したのは、自分の父母でした。父はすでに退職していますが若いころに住宅ローンを借りて家を購入したことがあり、その体験からのアドバイスが得られるのではないかと思ったのです。

資金計画が5,000万円と聞いた父親は、「それは高いな~」と一言。「オレが建てたときは土地込みで2,900万円だった。親父には高いと驚かれたが、買うしかなかった。それよりもさらに高くなっていて驚くが、まあ、そんなものだろう」

父親はこう続けます。「親がとやかく言う立場にはないし、お金も出せないが、夫婦で払っていけると思うなら買えばいいと思う。よく話し合うように」

父親が購入したのは30年以上前で、当時はバブル景気の真っただなか。住宅ローンの金利も高かったため自己資金をいくら貯めているかが重要だったと言います。

Sさん夫婦は貯蓄が1,400万円あり、仮に自己資金として1,000万円を出すと、住宅ローンの借入額は4,000万円。毎月の返済額は約10万円です。(金利0.5%の場合)現在の家賃と大きく変わらないため、返済は可能なのではないかとSさん夫婦は思うようになりました。

「問題は、子供の教育費と、家の維持費だよ」Sさんの母親が言います。「大学進学のときは生活が大変になったし、この家は屋根外壁の塗り替えに10年ごとに100万円はかかっているよ」

いまは払えても、娘2人の大学進学時にはさらに貯蓄がないと生活が大変になります。その時期に屋根外壁の塗り替えが重なったら、家計は差し迫ったものとなるかもしれません。ここ数年は楽かもしれないが、その先は見通しがきかないな……というイメージでした。維持費の大変さを知ったのは大きな学びでした。

職場の同僚・上司への相談の場合

父母への相談で多少前向きな気持ちになった夫Sさんでしたが、職場の同僚にも相談してみました。

同僚はともに意見は共通していて、「5,000万円なんて高すぎる! やめておけ! 家を買うのは危険すぎる。お前の年収に対して分不相応だし」というものでした。しかし彼らは誰一人として持ち家を購入したことがありません。

分不相応という同僚は600万円の高級ミニバンを10年ローンで買っています。ほかにも、FX投資に失敗し数百万円の負債を負っている同僚、休みの日にパチンコに行く習慣の同僚、同僚からお金を借りて返せずトラブルになった同僚などがいて、どうもマネーリテラシーに欠けているようです。なぜか住宅ローンと聞くと脊椎反射で反対するかのようです。

これは相談相手にはならないな……と思ったのですが、家を購入したことがある直属の上司(49歳)の意見は参考になりました。

「S君は奥さんの収入が65歳まで続くと思っているようだが、それは危険ではないか? ネットの記事で読んだことがあるが、女性が60歳で働いている割合は約6割だそうだ。そのうち正規雇用は約32%。つまり全体の19%しか正規雇用で定年退職を迎えられないということになる。いくら働きたくても健康を崩したら働くのは難しくなる。そのリスクを考えたら、5,000万円の予算は冷静に考えたほうがいいよ」

たしかに妻が健康を崩し働けなくなるリスクは考えていませんでした。この上司は奥さんが35歳のときにうつ病を発症し、10年以上自宅療養を続けているとのこと。上司はシングルインカムとなりましたが、子供がいないのでなんとかなっていたが、もしいたらいまごろ大学進学で苦しんだだろうという部分にとても真実味がありました。

上司の話をネットで検索したところ、厚生労働省令和元年版働く女性の実情」をもとにした記事を読んだようでした。確かにSさんの職場でも年齢とともに女性社員の人数が減っていくのが現状です。逆にSさん自身が病気で働けなくなるリスクもあります。この部分は非常に大切なリスク管理だと思いました。

ファイナンシャルプランナーに相談してみた場合

■住宅メーカーで紹介されたファイナンシャルプランナー

最初に検討した大手住宅メーカーの営業マンから、ファイナンシャルプランナーを紹介されました。お金のプロだと紹介されたので、夫婦で相談会に参加しました。保険会社の営業社員の名刺だったので少し戸惑いましたが、ひととおり家計の将来図(キャッシュフロー表)を計算してくれました。

しかし、どうも住宅について詳しくないようです。キャッシュフロー表には建物の維持費や将来の建て替えやリフォーム費用について含まれていません。エアコンの交換費用すら性格ではありません。そして結論は、「Sさんご夫婦は5,000万円の予算で大丈夫です。自信をもって買ってください!」というものでした。「大丈夫」の根拠がかなり薄いな……というのが正直な感想。

ファイナンシャルプランナー(保険営業マン)はこう続けます。「老後は年金問題もあるので、保険を使ってお金を貯めたほうがもっと安心です。いまからコツコツ始めましょう」

そこから変額保険とドル建て保険の提案が始まりました。大変親切な方でしたが、Sさん夫婦の消化できない予算への不安感をいつの間にか保険や投資の話にすり替えられたような気がしてならず、その次からの面談は断りました。ただし、老後に向けての資産運用が重要なのは学びになりました。つみたてNISAなどの制度を活用して積み立てを続ける必要があるのは間違いなさそうです。

■住宅専門のファイナンシャルプランナーに相談した場合

最後にネットで見つけた住宅専門のファイナンシャルプランナーに相談してみました。

結論から言うと「5,000万円の予算は決して高いとは言えないが、建物の仕様と性能によってはリスクが高い」ということでした。

職場の上司が言うとおり、妻Yさんの収入を65歳まであるものという前提は危険であることを指摘されました。また、維持費は住宅メーカーの仕様によっても大きくことなるため、同じ5,000万円でも一概にリスクが高いとはいえないことも指摘。

できる限り交換費用が安価で済む設備にとどめ、屋根外壁はメンテナンスフリーの建材を選択すること、基礎や躯体の工法や気密・断熱性能が優れていることで高寿命が予想される建物であること、などの条件が揃えばS家にとって5,000万円は決して危険ではないということもわかりました。逆に交換する設備が高額であれば、たとえ気密断熱性能が高くても5,000万円の予算は危険になります。そしていくら値段が安くても劣化が早い建物では建て替えや大規模修繕が必要となり結果的に高額になります。

このような意味から住宅メーカー選びが本当に重要なポイントで、それを飛ばしていきなり資産運用や高額な積立保険の加入を検討するのは家計の失敗の原因のひとつです。

Sさんはアドバイスどおりに住宅メーカー選びを、維持費と耐久性の側面から始めました。今後60年間の維持費を含めて初めて「予算」と言えるのです。まずはここを正確に計算するために、住宅営業マンには今後に予想される維持費を列挙してもらうよう依頼したほうがよいでしょう。

Sさん夫婦は結果的に建物の品質にこだわりつつも、土地を郊外の安い物件を選び、総額4,500万円という資金計画で着地しました。1,400万円の貯蓄から1,000万円を自己資金として入れ、住宅ローンは3,500万円の借入となりました。毎月の返済額は約9万円、返済期間は35年です。

娘さんに奨学金を借りさせたくないという希望があり、私立大学への進学(アパートに引っ越し)に向けた貯蓄、そして老後への資産運用(つみたてNISA)を行うこと、妻のYさんの収入が途絶えるリスクを考慮し就業不能保険を検討すること、不要な生命保険携帯電話などの固定費を安くすることなどを対策していくことで、住宅ローンの金利が上昇しても安全に家計運営が可能になります。

ネットの根拠のない情報をもとに住宅購入の決断は禁物

住宅購入を考えるとき、まずは身近な人のあらゆる意見を聞いてみることが第一歩です。それぞれの個人的体験からアドバイスを貰えるので、大変ありがたいことです。しかしそれらを体系的に交通整理してくれる専門家が必要です。

「年収の何倍までは安全」などのように根拠のない情報がネットに飛び交っていますが、その予算が安全か危険なのかは、どんな家を買うか、自分の家庭の人生設計はどうか、などの要素で大きく異なります。必ず専門家のアドバイスを得て住宅購入をしてください。

長岡 理知

長岡FP事務所

代表

(※画像はイメージです/PIXTA)