近年、20年以上の婚姻期間の末に離婚を決断する「熟年離婚」の割合が増加しています。とくに熟年離婚においては、老後の生活が差し迫っているため、慰謝料・財産分与・年金分割などお金に関する問題はよりシビアに考えておく必要があります。本記事では、Aさんの事例とともに、専業主婦の熟年離婚によるマネープランの考え方について、FP1級の川淵ゆかり氏が解説します。
専業主婦Aさんが「離婚したい」と思った理由
結婚して27年になる55歳のAさんは大企業で管理職を勤める月収150万円の夫(58歳)と長女(25歳)と3人で、都内の一戸建てに3人で住んでいます。
夫はあと2年で定年退職を迎えますが、若いときから優秀な人で収入も高く、見た目もイケメンだったため、結婚したときのAさんは周りから羨ましがられたものでした。結婚後もモテる夫で、いまでもいわゆる「イケおじ」です。そのためにこれまでAさんが頭を悩ますことも何度もありました。
外から見ると羨ましい夫でも、Aさんは結婚してまもなくから「離婚したい」という気持ちを抱えてきたのです。
Aさんの夫は「自分が稼いで家族を食べさせているから、家事や子育ては女がするもの」という古い考えを持っていました。結婚後体調を崩して寝込んだときも、子どもができたときも家事や育児にはまったく協力してくれませんでした。お給料やボーナスの金額もAさんははっきりわからず、毎月生活費として必要な額を渡されるだけです。
そして、とうとう娘さんが10歳になったときに、Aさんは離婚の決意を固めます。
Aさんの15年におよぶ「離婚計画」
Aさんは結婚したあとは専業主婦を続けていましたが、お子さんが10歳になり、手がかからなくなってきたころから将来の一人暮らしに向けてファストフード店にパートに出ることに決めました。
当然、プライドの高い夫がパート勤めを許してくれる訳はなかったのですが、
・住宅ローンを早く完済したい
・娘をよい大学に進学させたい
・娘の結婚費用を積み立てたい
といった理由を並べてみました。1番効いたのは「家のなかで日中1人でいると精神的におかしくなる」と伝えたことでした。Aさんの夫は毎日帰りが遅いこともあり、負い目もあった時期なので、「家から少し離れたお店なら」との条件で渋々なんとか了解を得ることができたそうです。Aさんが40歳のときでした。
Aさんは「娘が成人するまでのあいだはなんとか我慢しよう」と思い、パート代やへそくりを貯め続けたそうです。
「夫は高収入ですが細かいんですよ。ときどき家計簿も見せるように言ってくることもありました。家計簿の二重帳簿を作って(笑)ごまかした時期もあります」
離婚したあとに1番お金がかかるのは「住まいにかかるお金」です。Aさんはすでに父親を亡くしていて、ただ1人の兄妹である兄も離れて住んでいるため、実家には70代の母親が1人で住んでいました。
「実家に戻って母親と2人で暮らしていくつもりでしたので、家にお金もかからないのでやっていける自信はありました」
そうして、娘さんの成人式が終わったタイミングで、Aさんはとうとう離婚を切り出しました。しかし、このころ夫は会社でも重要なポジションにおり、離婚はかなりのダメージになるという理由で絶対に許してはもらえませんでした。Aさんは成人したとはいえ娘さんのことも気がかりでしたので、夫が定年退職するまでもう少し我慢することにしました。
ですがその後、娘さんの結婚も決まったことから、Aさんは夫の定年退職前に離婚を決めることができました。夫も定年退職までわずか2年ですから渋々了解したところもあったようです。
Aさんの離婚後のマネープラン
Aさんの貯金は離婚時にすでに1,000万円を超えており、ほかに実父の相続財産も数百万円ありましたので「財産分与なんてどうでもいい。お金はいらないからとにかく別れたい」と始めはそう思っていました。しかし、将来のお金にはやはり不安があったため、筆者のほうへ相談に来られた次第です。
Aさんは離婚後、実家の母親と2人暮らしとなります。Aさんが勤めているファストフード店は実家の近くにもあるため、勤めるお店を異動させてもらい働き続けることにしました。Aさんはすでに50代半ばになりましたが、長期間の勤務で技術も信用もあり、異動の希望も問題なく受け入れられたようです。
Aさんがこれから先、特に「お金がかかる」と考えられるタイミングは、
・家の修繕やリフォーム工事
・母親の介護・看護
・Aさんが仕事を辞めたあとの生活費
の3点です。持ち家なので毎月のお金がかからないとはいえ、将来、家に傷みなどが出てくるとまとまったお金が必要になってきます。
ヒアリングの結果、リフォーム資金は父親が残してくれた財産で、母親の介護費用等は母親の年金などで賄えそうでした。母親はいまはまだ元気ですが、介護状態になって、万が一不足しそうになった場合は、兄からも援助を受けられる約束をしてもらえました。
Aさんは今後も10年は働くつもりだそうで、老後資金にも問題はなさそうでしたが、離婚してしまうと夫の遺族年金がもらえなくなります。将来一人暮らしになった場合は老人ホームへの入居もできるようにやはりお金は多くあったほうが安心です。
「正社員として働いていなかったので、年金が少なそうで心配です。できれば夫がいる場合と同じくらい年金を受け取れたら……」
熟年離婚、受け取れるお金は?
離婚で相手から受け取れるお金は次のとおりになりますが、熟年離婚の場合は婚姻期間が長いため内容が複雑になりますので、話し合いも長引いてしまうケースもあります。
1. 慰謝料
浮気やDV・モラハラなどが原因で離婚に至った場合は慰謝料を請求することができます。一般的な金額は50~300万円といわれていますが、相手の不法行為を証明できる証拠が必要とされます。
2. 財産分与
婚姻期間中に夫婦で築き上げてきた財産をわけ合うことを財産分与といいます。熟年離婚になると婚姻期間が長いことから、財産の種類が多くなったり金額も高額になったりしますので、夫婦間で揉めるケースが多いようです。
さらに不動産の場合は、「どちらかが住み続けるのか」「売却するのか」「住宅ローンが残っているのか」等により複雑になってしまいます。
3. 年金分割
婚姻期間中に納めた厚生年金を最大1/2までの割合で分割できる仕組みです。なお、年金分割の対象になるのはあくまで厚生年金部分のみで国民(基礎)年金部分は対象ではありません。熟年離婚になると婚姻期間が長いことから、分割の対象となる年金部分は大きくなります。
4. 退職金
Aさんのように「定年退職までわずか数年」で離婚する場合、将来の退職金も婚姻期間等に応じて分割の対象とすることができます。なお、退職金をもらったあとに離婚した場合は、財産分与による分割となりますので、「住宅ローンの一括返済等で退職金が残っていない」といった場合は受け取ることはできません。
60代、女性の一人暮らしにかかるお金
離婚した後に毎月どのくらいの支出があるかを把握しておくのは非常に重要です。総務省の「家計調査報告(家計収支編)2022年(令和4年)平均結果の概要」によると60歳以上の女性単身世帯の1ヵ月の消費支出は次のようになっています[図表]。
あくまでも平均の金額ですから目安にして自分自身で作成してみてください。特に住居にかかる金額は「住宅ローンがあるか」「家賃支払いがあるか」によって大きく金額が変わってきます。
離婚後の一人暮らしで家賃を支払い続けるとなると家計に大きな負担になってきます。家賃の値上がりも考えられますので、離婚の際は生涯の住まいについてもしっかり考えておきましょう。
Aさんのその後
Aさんに連絡してみると、いまはお母さんとのんびり暮らしているそうで「離婚までに本当に時間がかかりましたが、いまはとても幸せです。ご飯を作ったり洗濯物を取り込んだりする度に、実の娘なのに母は『ありがとう』と言ってくれます。別れた夫からは『ありがとう』なんて言ってもらえた記憶はありませんでした」とおっしゃいました。
もし、結婚生活のあいだに旦那様が「ありがとう」や「ごめんね」と度々声をかけていれば、Aさんの結婚生活は素晴らしいものになっていたのではないか、と感じました。
※相談者の了解を得て一部脚色して記載しています。
川淵 ゆかり
川淵ゆかり事務所
代表
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