マイナ保険証を利用するための読み取り機
マイナ保険証を利用するための読み取り機

政府は来秋までに紙の保険証を廃止、マイナンバーカードとの一体化を宣言している。だが、マイナンバーに別人の情報が誤登録される問題が連発する中で、その実現性はかなり怪しくなってきた。そもそもトラブルの背景は? それは膨大な個人情報の移し替えにより疲労困憊した現場の"アナログ"なミスだ。その内実に迫ってみたら......想像以上に地獄でした!

【画像】約9300万枚が交付されたマイナカード

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■脆すぎるシステム

マイナンバー関連のトラブルが頻出している。その主な内容は次のとおりだ。

・コンビニで住民票の写しなどを発行する際、別人の証明書が発行される。

マイナ保険証に別人の情報が登録されている。

・公金受取口座で別人の口座が登録されている。

一連のトラブルの原因はざっくり分けてふたつ、「①膨大な〝手入力作業〟の中で発生するヒューマンエラーと、②マイナンバーなどの個人情報を管理するシステムのつくりが粗雑であること」(ITジャーナリスト・佃均氏)だ。

では、トラブルが起きた現場を見ていこう。

まずは各自治体が提供するコンビニの証明書交付サービス。マイナンバーカード(以下、マイナカード)を端末機に読み込ませて暗証番号を打ち込めば、役所に行かずとも住民票の写しや印鑑登録証明書などを受け取れる便利なサービスだが、全国各地のコンビニで「別人の住民票が出てくる」といった誤交付トラブルが今年3月以降で計20件以上発生。いずれも、富士通Japanのシステムを扱う自治体で起きている。

3月27日に計10件の誤交付が発覚した横浜市の担当者がこう話す。

富士通Japanさんからは、各コンビニで複数の端末機から『証明書発行サーバ』へのアクセスが集中すると印刷障害が発生し、同じタイミングで交付申請した別人の証明書が発行されてしまう、との説明がありました」

横浜市と同じ3月27日に戸籍証明書の誤交付が発覚した徳島市の担当者はこう話す。

「調査の結果、当市では庁舎内の端末機を利用する方とコンビニの端末機を利用する方の申請が重なったとき、誤交付が発生しました」

このシステム、脆(もろ)すぎでは? 前出の佃氏はこう話す。

「複数の端末からの同時アクセスなんて普通のこと。それで何度もバグを起こしていたら、銀行のATMも駅の改札システムも成り立たない。

富士通のシステムが、なぜ脆弱(ぜいじゃく)なのかは不明ですが、それを管理・監督する自治体の担当者もシステム設計や仕様について知識が乏しい。現場にデータを扱うプロがいないのではないか」

相次ぐ誤交付を受け、富士通は同社システムを使う全123自治体のサービスを停止して全点検を開始し、1ヵ月後の6月17日に作業は完了した。

だが、コンビニ交付サービスが再開された直後の6月28日福岡県宗像市で新たな誤発行が発生したのだ。同市の担当者がこう説明する。

「市民が住所変更をした後に住民票をコンビニ端末で交付申請した場合、システムに住所変更のデータが反映されるまでエラー表示が出ます。なのに、なぜか今回のケースではブロック機能が作動せず、直前にコンビニ交付を利用した別人の住民票が吐き出されてしまいました」

これは先述の同時アクセスによるものとは異なるバグだ。

富士通の説明では、実はこのバグは4年前に複数の自治体で発覚し、その時点で修正作業を行なったつもりだったようですが、当市を含む一部の自治体では修正が反映されていなかったようです」

同社は全自治体にコンビニ交付の2度目の停止を呼びかけ、現在、再び全点検を実施している。だが、中には「これ以上、サービスを停止して市民に迷惑をかけるわけにはいかない」と、同社の要請を拒否する自治体が出始めた。

■怠慢か、必然か

続いては、公金受取口座の誤登録。マイナカードを用いてマイナポータルにログインし、口座登録を完了すれば、児童手当や年金、所得税の還付金などを市役所に行かずとも受け取れるようになる。だが、別人の口座が誤登録されていたケースが748件判明した。

今年4月に4件の誤登録が発覚した福島市の例を見てみよう。同市は昨年から庁舎内に公金口座登録のための支援窓口を設置。そこには委託業者から派遣された4名の支援員がいて、主にスマホやPCの操作が不得手な高齢者を対象に、口座登録の操作を代行していた。

間違った登録が発生したのは、昨夏頃。支援員がAさんのマイナカードでマイナポータルにログイン、口座情報の登録ページに飛び、銀行・支店名、口座番号、口座名義を手入力しようとしたが、ここでAさんが「通帳を忘れたので口座情報がわからない」と自宅に通帳を取りに帰った。

そして次に来たのはBさん。その時点でAさんのマイナポータルからログアウトしなければならない。ところが、支援員はログアウトを忘れた。そして、次に窓口に来たBさんの個人情報をAさんの口座登録ページに入力――という信じられない凡ミスだった。

ただ、これは起こるべくして起きたことかもしれない。

総務省によるとマイナカードの交付枚数は今月の時点で約9300万枚で、人口に対する割合は約74%に達した
総務省によるとマイナカードの交付枚数は今月の時点で約9300万枚で、人口に対する割合は約74%に達した

昨年3月末から、総務省はマイナカードの普及を促すべく「マイナポイント第2弾」を開始した。マイナカードの取得やマイナ保険証への登録、公金受取口座の登録をした人に最大2万円分のポイントを付与する制度だが、「ポイントの付与が始まった昨年6月30日を境に、市役所の窓口に来る市民の数が爆発的に増加した」(福島市・デジタル推進課課長)。

4月から6月まで来庁者数は累計800人だったのが、7月には3200人、9月に8400人と急増。市は窓口を増設したが人手が足りず、連日200人を超える市民が殺到、2時間待ちの行列ができる状況が続いたという。

「待合スペースが殺伐とする中、支援員も焦りが出てしまった」(前出・課長)

この課長は悔やむ。

デジタル庁交付の操作マニュアルには、『必ずログアウトしてから次の人の操作を行なうこと』と書かれていた。それを徹底できず、申し訳ない思いです」

ただ、前出の佃氏は言う。

「国や自治体が運営するマイナンバー関連のシステムの最大の欠点は『ミス発生を前提にしていない』こと。今回のケースも、ログアウトせずに次の手続きに進んだなら自動ロックしたり、アラートを鳴らしたり、といった設計にするのは可能だったはずです」

■一文字の入力ミスが......

最後は医療現場だ。

政府は21年10月からマイナカードの健康保険証利用を可能にする「マイナ保険証」の運用を始めた。マイナ保険証の登録をすれば、7500円分のマイナポイントが付加される総務省の普及策も後押しし、マイナ保険証の登録件数は7月9日時点で約6500万件に達している。

その利点として、マイナポータルで自分の医療情報を確認できる、患者の情報を医療機関の間でデータ共有でき医療の質が向上、といった点を政府はアピールしている。

ところが、病院の受付のカードリーダーにマイナ保険証をかざしてみたら、まったく知らない他人の受診履歴や薬歴が表示された......というトラブルが全国で多発。厚労省によると、マイナ保険証に別人の情報が登録されていたケースは21年10月以降、7372件に上る。

別人にひもづけられたマイナ保険証で医療機関を受診すると? いとう王子神谷内科外科クリニックの伊藤博道院長はこう話す。

「患者さんがマイナ保険証で受け付けすれば電子カルテに患者さんの情報が転送され、診察はスムーズになる。ただ、そこで別人の情報が登録されていれば、アレルギーがある人に服用させてはいけない薬を処方してしまうといった命に関わる医療事故につながることも考えられます」

今、伊藤院長を悩ませているのはコレだ。

マイナ保険証に登録される個人情報の中で、住所が抜けていたり、『髙』などの異体字の部分が伏字になっていたり、患者さんの所属の団体を示す記号が空白になっていたり、という不備が発覚するケースが今年に入って急増し、当院で調べたところ、そうした不備の発生率は約16%に上りました。

これを放置すれば診療報酬の請求ができなくなるので、そのたびに患者さんに正確な情報を確認し、入力し直さなければなりません。

また、場合によってはその患者さんの抜け漏れのある情報ではシステムで認識されず、『該当なし』と表示されます。その際、もし紙の健康保険証をお持ちでなければ全額負担を強いる形になる。こういうことが今、毎日起きています」

マイナンバーと保険証をひもづける業務は、会社員や公務員らの健康保険証を発行している「健康保険組合」(健保組合)が担う。民間は企業が単独で、あるいは業界内の複数の企業が共同で運営し、公務員なら国家と地方それぞれに共済組合が存在する。

通常、マイナンバーと保険証のひもづけは入退社や転勤が集中する年度末・年度始めに業務が集中する。だが、パートタイマーら時短労働者にも保険適用を拡大する昨年10月の法改正が現場を混乱させた。

兵庫県職員の保険証を扱う地方職員共済組合・兵庫県支部では、時短職員の新規加入手続きのため、平時よりケタ違いに多い5900人分のデータ入力作業が発生。

A4サイズの申請書類に手書きで記入された氏名(漢字、ふりがな)、生年月日、性別、住所、電話番号、所属、銀行口座など10項目以上の個人情報を、支部内の職員わずか5名で手入力する作業を強いられた。

入力作業が終われば、今度はそのデータをマイナンバーとひもづける作業が始まる。こちらはセキュリティ管理が厳格なため、静脈認証の登録をした2名の職員が、1台の専用PCで国の個人番号管理システム「J-LIS(ジェイリス)」に照会しながら進めることになる。

同支部の現場責任者の話では、「数百、数千と一斉に照会できればラクですが、50件ごととか小分けにしないと作業ができないのでどうしても時間と手間がかかる」という。

その作業には明確な期限はなかったが、登録作業に遅れが出ると申請者本人から電話が鳴り、「近々病院に行くから早くして」とせかされる。前出の現場責任者がこう話す。

「苦しかったのは昨年9月から10月頃で、勤務時間は毎日深夜まで続き、担当職員の疲労はピークに。でも、みんなで団結して頑張って、なんとか乗り切ることができました」

ところが今年5月、ひとりのマイナ保険証に、別人の情報が誤登録されていたことが判明した。原因は生年月日の入力間違いだ。

それは、数字の「8」を「0」としてしまった、たった1文字の入力ミスだった。何よりも不運だったのは誤った生年月日のままJ-LIS照会したところ、偶然にも、その生年月日の同姓同名の別人がいたことだ。そして、別人のマイナンバーが保険者情報にひもづけられてしまった。

このミスが発覚すると、組合本部から既存の保険加入者全員の「総点検を」との指示が下る。それは先述した5900人分に加え、それ以前にひもづけを行なった人数も含めて、マイナンバーの入力間違いがないか、再チェックすることを意味していた。

その数、なんと3万1000人分!

膨大な手入力作業の後に到来した〝総点検地獄〟は今も継続中だ。別の健保組合の職員は、この仕事は「目を酷使する」と話す。

「点検作業では、マイナ保険証の登録情報と、住民基本台帳を突き合わせて行ないます。システム上で自動的に突合(とつごう)する機能はありますが、表記の〝揺れ〟が出てきた場合には自動突合ができません。

表記の揺れは住所の項目で頻繁に発生します。例えば住基台帳に『2丁目3番5号』と記載されているところ、保険者情報に『2-3-5』とあれば目視でのチェックが必要となり、『字(あざ)』や建物名が抜けている場合も同じ。この作業が膨大になると目がぼやけ、点検ミスが起こりうる」

この支部では誤登録はこの1件のみだったが、同様の手入力作業は民間・公務員の全国の健保組合で発生している。「中小企業の従業員を中心に加入者4000万人を抱える『協会けんぽ』の現場では、壮絶なデータ入力作業を強いられていたはず......」と、ある健保組合の担当者はささやく。

こうした激務が7000人超のマイナ保険証に別人の情報をひもづける誤登録と、医療現場を混乱させるデータの不備を生む元凶になっている。

果たして、トラブルはいつまで続くのだろうか。

アナログからデジタルへの移行期はあらゆる現場で手入力作業が残るもの。デジタル化が進めばその分、手入力のウエイトは減ります。システムにバグが出ても改修を繰り返すことで精度は高まっていく。それまでの時間、どのように対応するかがポイントになります」(前出・佃氏)

最後に、ある自治体の現場担当者がこうぼやく。

「誤登録の発生確率は全体の0.01%以下。数件のミスを必要以上に問題視する世の風潮が、現場に過剰なプレッシャーを与え、お上(かみ)の過敏な反応を呼ぶんです。ミスをしても『ドンマイ!』と大らかな心で見守ってほしい。そうすれば、デジタル化はもっとスムーズにいくと思います」

取材・文/興山英雄 写真/共同通信社

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