「人生100年」といわれる時代、年金だけでは豊かな老後を過ごせないという認識が広まっており、定年後も、働きながら充実した人生を過ごすという生き方が、現実的な選択肢になってきています。そのためには、まず、何から始めればよいのでしょうか。FPの浦上登氏による著書『70歳現役FPが教える 60歳からの「働き方」と「お金」の正解』(PHP研究所)から、一部抜粋してご紹介します。

給与所得者として仕事を続けるか、個人事業主としての起業か?

サラリーマンとして働いている方のなかには、定年後の働き方を継続雇用で「会社に残る」と決めている方もいらっしゃると思いますが、「別の仕事をしてみたい」と考えている方もおられるかもしれません。そこで、ありうる今後の進路を整理してみたいと思います。

60歳から65歳の間に定年を迎えた場合、大きく分けて二つの選択肢が考えられます。

一つ目は定年後、「給与所得者として仕事を続ける」選択肢です。その中には、継続雇用制度により現在の会社に残る、または、関連会社に移籍する、他の会社に転職するなどが考えられます。雇用形態は正社員、非正規社員(契約社員、パート、アルバイト)など様々です。

待遇や仕事に満足が行くから会社に残るという場合もあれば、経済的事情でしばらくは安定した収入が必要なので会社に残らざるを得ない、今の職場環境になじめないので転職をする、事情があってフルタイムで働くのは無理なので当面パートやアルバイトで働くなど、いろいろな場合が考えられます。

二つ目は、定年を機に個人事業主として独立するという選択肢があります。

待遇に満足がいかないから独立する、または、ある程度満足できても、自分からあえて新しい道を切り開きたいから独立する、前々から独立したいと思っていたなど、様々な場合があると思います。

「給与所得者として仕事を続ける」選択肢を選んだ場合は、給与の額によって、年金をフルにもらえるか、在職老齢年金の支給停止のルールに引っかかり、年金の一部または全部が支給停止になってしまうこともあります。

このような方に私がお勧めしたいのは、会社を退職しなくてはならない日に備えて、在職中に個人事業主として副業を開始することです。

継続雇用制度で給与が大きく減ってしまった方は副業収入で減った給与を補うことができますし、そうでない方でも、収入が多いのは悪いことはありません。

これは、個人事業主として独立するための準備にもなります。

それに、個人事業主であれば、いくら稼いでも、年金を減らされることはありません。

私がお勧めする道を図示すると[図表1]のようになります。選択肢1、2とも、最終的には個人事業主として独立することを目指しています。

私がなぜこのような道をお勧めするのか、その理由をこれから説明していきたいと思います。

職種は企業コンサルタント社会保険労務士、ファイナンシャル・プランナーなどの個人コンサルタントなどですが、まずは、会社で働いているうちに副業としてやってみることをお勧めします。

資格試験などを受ける必要もありますが、自分の出来そうな分野を見定めて挑戦してみてはいかがでしょうか。会社に勤めている間なら、最低限の収入は保障されています。恐れずに挑戦して、もし、ダメであっても、また挑戦しましょう。

60代にはまだ多くの時間が残されています。また、その経験は無駄にはならないと思います。

会社に残るなら、給与と年金の合計を月48万円以内に収め「副業」を

「会社に残る」という選択をしたときに、覚えておいていただきたいことがあります。

これは、勤務延長制度や再雇用制度で働き続ける場合でも、年金の「基本月額」と給与の「総報酬月額相当額」の合計を48万円以内に抑えると、年金を全額もらいながら働くことができるということです。

こういわれても、いったい何のことだと思われる方もいらっしゃるでしょう。

会社員の方が受け取る老齢年金には、老齢基礎年金と老齢厚生年金の二種類があります。

そのうち、老齢厚生年金には、厚生年金保険への加入期間と保険料を支払った期間の給与の額に応じてもらうことのできる「報酬比例部分」と加給年金、経過的加算などの受給者の状況に応じて加算される「加算部分」に分かれます。

この場合の年金の「基本月額」とは、老齢基礎年金や加算部分を含まない老齢厚生年金の報酬比例部分の毎月の支給額をいいます。(年金加入者に対して送付される「ねんきん定期便」を見ればわかります。)

給与の「総報酬月額相当額」とは、その月の標準報酬月額とその月以前1年間の標準賞与額の総額を12で割ったものの合計です。(自分の標準報酬月額や標準賞与額がいくらかは、厚生年金保険料の支払担当の会社の人事・勤労部門に確認すればわかります)

もし、詳細な点でよくわからないことがあれば、年金事務所に問い合わせることをお勧めします。

これらの合計額を月48万円以内に抑えると年金が全額支給されます。

すなわち、年金を全額もらいながら会社で働くことができるということになります。

これは60歳以降特別支給の老齢厚生年金をもらう方、65歳以降、本来の老齢厚生年金をもらう方、両方に当てはまります。

これは、今後年金の計算をする上で重要なので、よく覚えておいてください。

それでは、厚生年金受給額の平均値はどのくらいでしょうか?

厚生年金受給額の「平均値」はどれくらいなのか

厚労省令和3年(2021年)度厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、厚生年金受給者平均(受給資格期間25年未満を除く、基礎または定額を含む)では、月額150,548円となっています。

これは、厚生年金保険への加入期間が25年以上の人の厚生年金額の平均値ということです。この数字には老齢基礎年金が含まれているので、老齢基礎年金の金額をひく必要があります。

同資料の国民年金受給者の平均年金月額・25年以上が56,479円なので、老齢基礎年金の金額をこれと同額とすると年金の「基本月額」は、150,548−56,479=94,069円となります。(ケースA)

これに対し、給与レベルが平均よりよく、40年間フルに勤めた人の年金の「基本月額」を15万円程度(ケースB)と想定すると、[図表2]に示すように、年金を全額もらうためには、給与収入は年収換算でケースAの場合で463万円、ケースBの場合で396万円以下に収める必要があります。

この場合、年金収入と給与収入の合計は年額576万円となります。

これに65歳以降もらえる基礎年金を加えた場合の総年収は、644万円から656万円となります。

これであれば、ある程度の生活レベルを保つことができるといえるでしょう。

ただし、会社に、上記給与レベルより高く、現役時代の年収に近い条件で雇用された場合には、年金が支給調整され、一部、場合によっては全額支給停止されることを覚悟してください。

しかしいつかは、会社人生も終わりを迎えます。その後も元気であり働きたいと思っているのなら、定年前に資格を取るなどして、継続雇用された時点から個人事業主として副業を始め、会社を退職する日に備えることもできます。

副業の内容を選ぶコツ

副業の内容は自分の好きな仕事、企業コンサルタントや、社会保険労務士のような士業の資格を生かした個人向けコンサルタントなど、なんでも構いません。

将来やりたい仕事を副業として始めておくことは、準備としては最高です。その場合、その仕事から得られる所得は事業所得になるので、いくら稼いでも年金収入は減りません。

また、帳簿付けさえきちんとしていれば、副業で赤字を出しても、給与所得と損益通算して、税金の還付を受けることができます。

年金を全額もらいながら、来るべき日のために、個人事業主としてのノウハウを手に入れ、収入も増やすことができるのです。

これが、再雇用・勤務延長と副業をセットにして、個人事業主としての本格的開業の準備をするというシナリオです。

浦上 登

サマーアロー・コンサルティング

代表・CFP認定者(日本FP協会)・証券外務員第1種(日本証券業協会)

(※写真はイメージです/PIXTA)