岸田首相は2021年の政権発足時、格差是正に向け1人ひとりの所得を引き上げる「令和版所得倍増計画」を掲げていました。しかしサラリーマンとして日々労働する人たちに話を聞くと、現実の社会は非常に厳しいようで……。本記事では、FP1級の川淵ゆかり氏のもとへ訪れた4人のサラリーマンの事例をもとに、「勝ち組」の視点から日本社会の格差について川淵氏が解説します。

職種や企業規模だけではない…社内での給与格差

厚生労働省令和4年賃金構造基本統計調査「職種(大分類)別きまって支給する現金給与額」によると、男性の給与額は次のようになっています[図表1]。

職種や企業規模により、給与の差というのはどうしても現れますが、「同じ会社のなかで、しかも同期」であっても差が出てきているのをご存じでしょうか? 日本では、同期入社というと給料は横並びが当たり前だったのですが、2000年ごろから「成果主義」「能力給」が注目され、同期入社の社員の年収にも差が出てくる企業も増えてきました。

あるIT企業に勤める40歳のAさんは、「うちの会社は給与格差は大きいと思いますよ。僕は年収1,200万円くらいで同期のうちでは1~2番目に多いです。人をまとめるのがうまかったり顧客から信用されたりすると、仕事もうまく取ってくるので、そうした意味で能力差による給与は大きな差が出ます。同期だと7~800万円が多いかな。逆にあまりスキルが上がらない人間は500万円もないかと。同期でも年収は最低と最高じゃ3倍くらい違うと思います。本人にははっきりとは聞けませんがね」と言います。

正社員と派遣社員の格差の話題はよく聞きますが、同じ社内で同期の人間の収入にこれだけの開きが出てくる実力主義の企業も日本では増えてきているようです。

勝ち組」「負け組」という言葉も給料の格差が出てきたころから使われるようになったような気がします。「一億総中流社会」と呼ばれた時代が懐かしいですね。ただし、年収や資産の違いだけで「勝ち組」なのか「負け組」なのかを判断するのは少し違うような気もします。

今回は、筆者の事務所のいままでのお客様や相談者の方々からそれぞれの年代で感じる「格差」について、お話を伺ってみました。

※一部脚色して記載しています。

大企業勤務の35歳サラリーマン…「同窓会」で実感する格差

大学卒業後に都内のコンサル系企業に就職し、順調に出世街道を進む35歳のサラリーマンのBさん。今年初めて年収が1,000万円台に乗りました。久しぶりに地元(関東地方)へ帰り、高校の同窓会に出席しました。7割くらいの同級生が参加しましたが、まだ独身の人、3人も子どもができた人、すでに離婚した人、外見がすでに誰だかわからなくなっている人……などさまざまです。

初めは高校時代の懐かしい話で盛り上がっていましたが、時間が経ってくると「どれ程の大企業に就職できたか」といったような自慢話や、参加しなかった人の「あいつ、引きこもりになっちゃったらしいよ」といった噂話に変化してきました。

高校時代にはさほど感じなかった「格差」というものをBさんはこのとき感じたような気がしました。

「やっぱりいい大学を出て大企業に就職して高収入だと『勝ち組』になるんですかね。起業して一発当ててタワマン住んだりね」

最近、出世競争に疲れていたBさんは純粋に高校生のころに一緒に遊んだりスポーツしたりした同級生と昔のようにワイワイやりたかったのですが、なんだかガッカリしてしまいました。

「次の同窓会はもう参加しないかな」

年収1,000万円の50歳部長…「ねんきん定期便」で実感する格差

Cさん(50歳)は、部長職で年収は約1,000万円。大学時代の友人達とは、いまでもたまに飲みに行きますが、年齢的にも話題は定年後の過ごし方や年金の話になってきました。

特に、50歳になって「ねんきん定期便」の形式が変わったため、先日はその話題となりました。50歳以上になると、ねんきん定期便のフォーマットが次のように変わり、下記のように「現在の加入条件が60歳まで継続すると仮定しての年金見込額」が表示されます[図表2]。

Cさんは飲み友達のなかでは出世頭で収入も高く、自分では「勝ち組」だと思っています。ですが、この年金見込額を見て驚いてしまいました。

 ・老齢基礎年金額 79万5,000円(令和5年度の年額〈満額〉)

 ・老齢厚生年金額 約170万円

合計で、約250万円となり、月額では21万円にもなりません。あまりにもいまの収入との格差が大きくて、60歳で定年退職をしたら悠々自適の生活を送ろうと思っていたCさんでしたが、最近の物価上昇もあり、老後の生活に不安を感じるようになってきました。

そして先日は飲み友達のなかでこのねんきん定期便の話をしたときに、年収が自分とはおよそ半分だと思われる同い年の友人の年金見込額が約190万円と聞いて、さらに驚いてしまいます。

「え~。なんで年収1,000万円の自分と500万円の彼との年金額の差がたった60万円なんだよ!」これは、

 ・年収が違っても老齢基礎年金の額は同じ(満額の場合)であること

 ・年収が高くても厚生年金の標準報酬額には上限があること

といった理由から、現役時代の年収に大きな差があっても、年金受給額にはそれほど差が出なくなります。現役時代に高収入で「勝ち組」と思っていた人ほど年金受給額との差が大きくなってしまうため、生活レベルを下げないと老後資金が枯渇し「負け組」になってしまう危険性もあるのです。

現役時代の収入と年金収入との「格差」には十分注意しましょう。

元大企業の部長、年収1,500万円の勝ち組だったが…65歳「生きがい」で実感する格差

Dさん(65歳)は、有名な私立大学を卒業後は、大企業に就職して部長職で年収1,500万円までになった高収入のいわゆる人生の「勝ち組」でした。ほとんど挫折知らずで60歳で定年退職したあとは、「しばらくは釣りやゴルフなどを楽しんでその後はどこかの企業の管理職でも勤めようか」と考えていました。

現役時代はマネジメント以外の実務は部下に任せ、休日や夜はゴルフや高級店での接待などで毎晩のように帰りが遅くなりましたが、大きな契約をいくつも取った実績があるそうです。 

定年退職後は予定どおり自分の時間を満喫していましたが、そのうち時間を持て余すようになります。子どもたちは結婚してしまい二人暮らしとなった妻に「旅行でも行こうか」と誘ってみましたが「友達と行くから」と無下に断られてしまいました。

毎日帰りが遅かったため会話は少なかったのですが、退職後もほとんど会話がないままでDさんは家に居ることが苦痛になってきます。そのため、そろそろ再就職しようと就職活動を始めましたがなぜかうまくいきません。

大企業の部長まで勤めて評価も年収も高かったから、贅沢をいわなければ仕事なんてすぐに見つかるだろう」と思っていたそうです。しかし知り合いや友達などに声をかけてみても、実務を部下に任せ続けたため企業が求める即戦力にはならないようで、思ったように仕事が決まらず、人生で初めてといっていいほどの挫折を感じてしまいました。

そんなDさんに1通の手紙が届きます。高校時代の陶芸の好きな同級生で父親の工房を継ぐために大学を2年で中退した友人からの個展の案内状でした。Dさんは当時、父親の小さな工房を継いだり大学を中退したりしたこの友人の行動が理解できず、正直にいうと下に見ていましたし、案内状が届くまではすっかりその存在を忘れていました。

ですが、あとから聞くとこの友人は、工房を閉めようかと思ったほど苦労した時期もあったようですが、海外から旅行に来ていた著名人がこの友人の作品を購入しネットで紹介してくれたことで、海外からの受注が増えたことからいまではお弟子さんを何人も抱える知る人ぞ知る有名な陶芸家になったそうです。

個展に出かけ、精力的で自信に満ちた友人の顔を見た後のDさんは抜け殻のようになってしまい「大企業の部長という肩書が外れたいまの自分は何者だろう」と考えるようになってしまいました。

人生100年といわれる時代になりましたが、年代によって「格差」の感じ方は違うようです。多様性の時代ですので、あまり人と比べることはしないで、長い人生、心も身体も健康で過ごせるように努めましょう。

岸田内閣の「格差是正」が「格差拡大」に!?

2021年9月の政権発足時には岸田首相は、格差是正に向け1人ひとりの所得を引き上げる「令和版所得倍増計画」を掲げていました。これを聞いた当初は「給料が2倍になるのかな」と期待した人も多かったのではないでしょうか。  

ところがいつのまにか「資産所得倍増計画」となり、「貯蓄から投資の流れを強化する施策」に変わってしまっていました。厚生労働省「国民生活基礎調査」では2019年時点で、貯蓄ゼロ世帯は全世帯の13.4%、と発表しています。投資のできる余裕のない国民の資産は倍増などしませんね(ゼロの2倍はゼロです)。  

さらに、金融資産の6割は60歳以上の高齢者が保有しているという事実があり、世代間格差も拡大させる怖れがあります。「格差是正」が、さらなる「格差拡大」に転じてしまうのではないか、と考えます。

川淵 ゆかり

川淵ゆかり事務所

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)