長浦京の同名小説を映画化した『リボルバーリリー』(8月11日公開)の公開を控えた行定勲監督が、福岡県の西日本短期大学を訪れ、講義を行った。メディア・プロモーション学科長の今木清志氏、副学科長の徳永玲子氏と共に登壇した行定監督は、「この映画の主人公は、綾瀬はるか以外に考えられない。『小曾根百合役を、この人がやっていたらどうだっただろうね』みたいな会話は、観たあと誰もしないはずです」と自信を覗かせる。“史上最強ダークヒロイン”の百合役を演じた綾瀬はるかを軸に、映画論をひもといていく内容に、生徒たちがぐっと聴き入る姿が印象的だった。MOVIE WALKER PRESSでは、講義の様子をロングレポートでお届けする。

【写真を見る】リボルバーを握った姿がサマになる!スパンコールたっぷりの白いドレス姿の綾瀬はるか

リボルバーリリー』の舞台は1924年、大正時代の帝都・東京。16歳からスパイ任務に従事し、東アジアを中心に3年間で57人の殺害に関与した経歴を持つリボルバー使いの小曾根百合が、父親から託された陸軍資金の鍵を握る少年の細見慎太(羽村仁成)に助けを求められ、帝国陸軍に追われながら逃避行を繰り広げる姿を描く。共演には、長谷川博己阿部サダヲ、豊川悦司ら実力派俳優から、シシド・カフカ、古川琴音、清水尋也、ジェシー(SixTONES)ら注目の若手俳優まで、豪華キャストが集った。

本作が初の本格アクション作品となった行定監督は、開口一番「アクション映画、正直興味なかったんです」と笑う。「戦っている間って、基本的には物語が動かないでしょう?」と理由を口にするが、「殺害を重ねたあまり“排除すべき日本人”と呼ばれたほどの小曾根百合が、戦いのなかで大事なものを喪失したことで、第一線を退く。でも、守るべきものが出来てもう一度リボルバーを握らなければいけなくなるんですが、そこにドラマがあった。メロドラマといってもいいぐらいのドラマがあったんです。原作小説には“状況”しか書かれていないけど、そこを掘り下げようと。そのことで、自分の映画に出来ると思いました」。「それに、アクション映画を撮っていないからこそ、おもしろいものが出来るかもと紀伊(宗之)プロデューサーに声をかけていただいた。映画を撮り始めて20数年。まだ監督としてポテンシャルを感じていただけるのはありがたいです」と語る。

大正時代とあって、綾瀬はるかクラシカルでエレガントな衣装も見どころの一つ。戦いの場でも常に美しく着飾ることを信条としているキャラクターとあって、劇中ではビジューの付いたブラックドレスから、シャンパンゴールドのドレス、百合の刺繍が施された白いドレスなどを着こなしている。「黒澤明監督の娘でもあり、アクションを熟知されている黒澤和子さんだからこそ、デザインが強いのに重たくならず、アクション映画にふさわしい衣装に仕上げてくれました。リボルバーを構え、回し蹴りをするたびにドレスの裾がひらりと舞う綾瀬はるかは、かっこいいですよ」と行定監督。

綾瀬はるかさんは、ロングヘアのイメージも強いです。百合をショートヘアにした理由を教えてください」と生徒から質問が飛ぶと、行定監督は「あれはモガ(編集部注:1920年代の大正末期から昭和期に流行った『モダンガール』の略語)の一つのスタイル。映画のなかで市井の人たちを克明に映すシーンがなかったから、大正時代らしさを誰かに踏襲する必要もありました。それなら主人公にということで、椎名林檎宇多田ヒカルなども担当している、日本で最高峰のヘアメイクアップアーティストである稲垣(亮弐)さんとの対話のなかで、この髪型に落ち着きました」と明かす。

超一流のスタッフが集った本作だが、それに応えるように役者の気迫も並々ならぬものだった。カールのかかったウィッグで撮影を行おうと準備していたところ、綾瀬はるかから「切っちゃいましょう!」と提案されたという。その粋な申し出に、行定監督もヘアメイクデザインの稲垣も喜んだという。おかげで、激しいアクションで乱れても、リアルなヘアスタイルとなった。

映画のタイトルにもある“リボルバー”は、百合が使用する拳銃で、装弾数は6発。“魂で撃つ”強く美しく情熱的なガンアクションを目指したといい、火薬もあり、発砲音も大きく、かなり危険な撮影だったことが予想される。映画の冒頭、列車の中の限られた空間で展開されるアクションシーンも印象的だ。本作は『シン・仮面ライダー』のアクション監督も務めた田渕景也がスタントコーディネーターを担当しているが、「庵野(秀明)監督は『殺陣なんかつけないでくれよ!』と、『ドキュメントシン・仮面ライダー」』のなかでもおっしゃっていましたが、僕は真逆。もっと間合いを大事にしたいし、会話が出来たり呼吸ができていないと気持ちよくなれないと思ったんです」と、「アクションはコミュニケーション」と語る行定監督。

この日、講義に参加したのはメディア・プロモーション学科の生徒たち。女優やアイドル、声優、歌手、制作者といった、いわば表現者を目指す学生たちが在籍している学科ということで、生徒から「私は女優を目指しています。監督が思う、女優に必要なことはなんですか?」と質問が飛ぶ。行定監督は「知性ですね」と即答。「現場に来たら空っぽでいいんです、なにも考えなくていい。でも、脚本を読む力は知性がないと無理だし、いかにインプットしているかが大事」と語る。

「皆さんに近い存在で名前をあげると、例えばあのちゃんなんかは地下アイドルからスタートしていて、当時は悪目立ちするぐらいだった。でも、いまやダウンダウンとかと共演するようになって…『おもしろいね君』っていう人が現れた時に、知性があるから輝ける。それはたくさんのことをインプットしているから。BiSHのアイナ・ジ・エンドとかセントチヒロ・チッチとかもそうですよね。彼女たちなりの興味と知識がすごいんです。僕はチッチの短編を撮らせてもらって、アイナも今秋公開になる岩井俊二監督の『キリエのうた』でヒロインに抜擢されている。そうやって時代のなかで残っていく人たちって、誰かに認められる時に輝ける準備が出来ているんです。認められるのはいつかわからない。ものすごく年齢を重ねてからかもしれないけど、そこまでの鍛錬が必要」と熱弁。

さらに「女優をやるってすごく難しいこと。結局、他者が自分の価値を決めるから。監督業も同じで、僕のポテンシャルを信じて『リボルバーリリー』を撮ってくださいって言ってくれるプロデューサーがいなかったら、僕はここにいない。だから、教養とか知性というのは、女優たちに持っていてほしいなと思います」と言葉を紡ぐと、生徒たちは大きくうなずいていた。

また、「“伝わった”と感じる瞬間は?」という質問も。行定監督は「傑作の命って短いんです。次の瞬間、別の傑作が現れている。マニアックな、これは誰も褒めていないけれど好きというものを見つけること。そういうことに価値があると思ってずっとやってきました。もちろん大ヒットするのはうれしいけれど、ヒットしなくても『伝わらなかったのかな』と思う必要もなくて。ものづくりをしていると、『この人たちが褒めてくれるなら死んでもいいかな』って思えるようなことも訪れる。“伝わった”っていうのは一過性のもの。ミニマムに誰かに伝わったと感じられる表現が、一番すばらしいんじゃないかと思います」と持論を展開する。

「でも、この映画は劇場でぜひ大勢の方に観てほしい。映画の製作中にウクライナで戦争が始まって、より時代を映した映画になったと思っています。反戦映画とまで大仰に言う必要はないけれど、エンタメとして気軽に観に行ってもらって、観たあとちょっとだけ持ち帰るものがある。アニメーションや漫画原作といったものばかりでなく、実写映画の力を信じてほしい」と語ると、会場からは大きな拍手が起きた。

新潟、福岡、そして仙台と監督による『リボルバーリリー』の地方プロモーションが続いている。綾瀬はるかにとって新たな代表作になるであろう行定監督の入魂の一作を、ぜひスクリーンで目撃してほしい。

取材・文/編集部

大正時代に生きたダークヒロインを見事演じきった綾瀬はるか/[c]2023「リボルバー・リリー」フィルムパートナーズ