商業施設には、コロナ禍による不確実性に加え、少子高齢化とEC市場の拡大などの逆風が吹いています。本稿ではニッセイ基礎研究所の佐久間誠氏が、消費構造や消費チャネルの変化にふれながら、長期的な商業施設の売上高見通しについて解説します。

1―商業施設はコロナ禍の不確実性に加え、少子高齢化とEC市場拡大が逆風に

日本の小売業を取り巻く環境は厳しさを増している。新型コロナウイルス感染拡大により、小売業販売額は2020年に前年比▲3.2%と、1998年や2002年以来の減少率を記録した(図表1)1

2021年は+1.9%となり、2019年対比で▲1.4%の水準まで回復したものの、長期的な視点で見れば、バブル崩壊により減少に転じた1993年以降、小売業販売額は明確な成長軌道を描けずにいる。今後も、少子高齢化とEC(電子商取引)市場拡大の影響による商業施設の売上環境への下押し圧力が継続もしくは強まると予想される。  

コロナ禍では、消費行動が大きく変わった。具体的には、消費構造の変化として「コト消費からモノ消費へのシフト」、消費チャネルの変化として「ECシフトの加速」が挙げられる。これらの変化には、ポストコロナにおいて、元に戻るものと、元には戻らない不可逆的なものが含まれており、今後の商業施設の売上高に影響を及ぼすことが予想される。

本稿では、まず、少子化が商業施設売上高に及ぼす影響を整理する。次に、コロナ禍における「コト消費からモノ消費へのシフト」、「ECシフトの加速」について確認する。最後に、これらの影響を踏まえ、2040年までの商業施設売上高を複数のシナリオのもとシミュレーションすることで、今後の商業施設の売上環境の変化について考察する2

 

1 1998年は金融危機や前年の消費増税の影響で前年比▲5.5%、2002年はITバブル崩壊などにより▲3.3%となった。 2 2017年に(1)少子高齢化、(2)EC市場拡大、の商業施設売上高への影響を分析したレポートを公表しており、本稿はそれをアップデートしたものである。  佐久間誠(2017)「商業施設売上高の長期予測~少子高齢化と電子商取引市場拡大が商業施設売上高に及ぼす影響~」(基礎研レポート、ニッセイ基礎研究所、2017年8月31日

2―少子高齢化の商業施設売上高への影響

1将来の人口・世帯数の推移 2020年の国勢調査によると、日本の総人口は1億2615万人となり、2015年から95万人減少した。日本の人口は2010年調査をピークに減少が続いており、国立社会保障・人口問題研究所の予測によれば、今後10年間で4.9%減少、今後20年間で11.5%減少する見通しである(図表2)。

また、65歳以上人口比率は2020年の28.6%から2030年には31.2%、2040年には35.3%まで上昇する見込みである。

人口減少と比較して、世帯数の減少スピードは緩やかになると予想される。2020年の世帯数は5,570万世帯となり、2015年対比で237万世帯増加した(図表3)。

今後は2025年まで横ばいで推移したあと減少に転じ、10年間で1.2%減少、20年間で6.2%減少する見通しだ。内訳を見ると、二人以上世帯は一貫して減少するが、単身世帯が2030年まで増加する結果、単身世帯の割合は2020年の38.0%から2030年に40.2%、2040年には41.7%へ上昇する見込みである。

年齢毎の世帯数を見ると、世帯数の多い年齢層が徐々に高年層にシフトしていくことがわかる(図表4)。

世帯数の多い世代は、団塊ジュニア(図表4の2020年時点で45~49歳)と団塊の世代(同70~74歳)と呼ばれ、国内消費の全体像に大きな影響を及ぼす。団塊ジュニアは、今後20年で消費支出のピークである50歳代を通過し、2040年には65~69歳となる。

団塊の世代は、2025年に後期高齢者とされる75~79歳となり、2040年には90歳以上になる。これにより日本の平均年齢は一段と上昇する見込みだ。

少子高齢化が進んでいくなか、世帯構造を見ると「単身世帯の増加」と「世帯の高齢化」の進展が特徴であり、今後の消費動向を分析する上で重要なポイントとなる。

2単身世帯増加による物販・外食・サービス支出への影響 単身世帯の増加は、商業施設の売上を下支えする要因となる。ここでは、単身世帯増加の影響を見るため、各世帯の消費支出のうち、商業施設の売上に繋がる品目を「物販・外食・サービス支出」として集計し、単身世帯と二人以上世帯の一人当たり支出を比較する(図表5)。  

物販・外食・サービス支出は、全ての年齢で単身世帯の方が二人以上世帯より大きく、支出金額の差は平均で24.9千円/月である。その差は、30~39歳で最も小さく(9.9千円/月)、60~69歳で最も大きい(38.8千円/月)。  

品目別に見ても、単身世帯がほとんどの品目で上回る。特に差が大きいのは、食料(平均+2.5千円/月)、被服・靴(+1.7千円/月)、外食(+6.0千円/月)、観覧・入場料等(+1.6千円/月)、交際費(+3.7千円)である。

一方、59歳以下の単身世帯は素材となる食料への支出が小さい。この年齢層の単身世帯は、惣菜などの加工食品や外食により食事を済ませ、自炊しない傾向がうかがえる。

3高齢化による物販・外食・サービス支出への影響

日本における高齢化は商業施設の売上の減少要因となる。ここでは、高齢化の影響を整理するため、各年齢の世帯と5歳上の世帯の物販・外食・サービス支出を比較した。

年齢毎の消費支出が将来も変わらないと仮定した場合に、各世帯の物販・外食・サービス支出が5年後にどれほど変化するかを表している(図表6)。

物販・外食・サービス支出は55~59歳はピークに、高齢になるにつれ減少する。例えば、団塊ジュニア(図表6の45~49歳)の物販・外食・サービス支出は、5年後には7.5千円/月増加、5年後から10年後には5.2千円/月増加、10年後から15年後には4.9千円/月増加するが、15年後から20年後には0.8千円/月減少する。

また団塊の世代(同70~74歳)の物販・外食・サービス支出は、5年後には16.7千円/月減少し、5年後から10年後にはさらに8.8千円/月減少する。  

品目別に見ると、多くの品目が高齢化により支出が減少するが、一部の品目は増加する。食料、被服・靴、外食、旅行サービスは大きく減少し、家具・寝具、書籍、理美容サービスは小幅な減少にとどまる。

一方で医薬品関連、理美容サービスは増加する。主な品目の支出のピークは、食料が70~74歳、被服・靴が50~54歳、外食が40~44歳、旅行サービスが65~69歳、医療サービスが70~74歳である。団塊ジュニア団塊の世代がこのピークを通過すると、これらの品目への下押し圧力が年々大きくなる。

3―コロナ禍における消費構造の変化:コト消費からモノ消費へのシフトが進む

コロナ禍における消費構造の変化の1つに、「コト消費からモノ消費へのシフト」が挙げられる。総務省の「家計調査」によると、消費支出に占める財消費の割合は2019年の57.6%から2020年の61.3%へ+3.7%ポイント上昇した(図表7)3,4

2021年は60.3%(前年比▲1.0%ポイント)に低下したものの、コロナ以前と比べて高い水準である。

3 消費支出はこづかい、交際費、仕送り金を除く。 4 二人以上の世帯。また、本稿では特段の断りがない限り、二人以上を対象とする。

1|品目別にみた消費支出額: 一部のモノ消費では反動減 「コト消費からモノ消費へのシフト」は多くの品目で続いているが、一部のモノ消費では反動減も見られる。消費支出額を品目別に確認すると、コト消費は「旅行関連サービス」が2020年に前年比▲64.9%、2021年に▲9.6%、「外食」が2020年に▲24.7%、2021年に▲2.2%と、低迷が続く(図表8)。

一方、「外食」の代替先としてモノ消費の「食料」が増加し、2020年に+6.9%、2021年に▲0.7%となった。また、在宅勤務の普及などにより自宅での滞在時間が増加したことで支出額を伸ばした「家電」は2020年に+11.7%、2021年に▲3.9%、「家具・寝具」は2020年に+7.7%、2021年に▲9.6%となった。

こうした在宅環境改善のための耐久財消費への支出は2020年で概ね一巡したと言える。

2|年齢別にみた消費支出額: コト消費への回帰の動きも 2021年に入っても、高年層では「コト消費からモノ消費へのシフト」が続いているものの、若年層と中年層ではモノ消費からコト消費へ回帰する動きがみられる。

年齢別にモノ消費割合の推移を確認すると、「65~69歳」が2019年の63.3%から2020年に69.3%に上昇し、2021年でも69.2%と高水準を維持するなど、65歳以上の高年層では、2020年に上昇した後も高止まりしている(図表9)5,6

これに対して、「34歳以下」のモノ消費割合は2019年に63.8%、2020年に69.5%と上昇したものの、2021年に67.7%とやや低下するなど、64歳以下の若年層・中年層では、2020年に上昇したモノ消費割合が2021年には低下している。

コロナ禍では「コト消費からモノ消費へのシフト」が進展したが、その変化の内容は全ての年齢層で一律ではない。2020年のコト消費とモノ消費の増減率をみると、「34歳以下」ではコト消費が▲13.9%、モノ消費が+11.3%となったように、若年層・中年層はコト消費をモノ消費で代替したことが分かる(図表10)。

一方、「85歳以上」(コト消費▲23.7%、モノ消費▲3.2%)はいずれの消費も減少しているように、高年層はコト消費の大幅減少が結果的にモノ消費割合の上昇をもたらした。

2021年に入り、若年層・中年層では、「コト消費からモノ消費へのシフト」を巻き戻す動きがみられる。例えば、「34歳以下」(コト消費+6.1%、モノ消費▲2.3%)や「35~39歳」(コト消費+3.4%、モノ消費▲3.8%)では、モノ消費からコト消費への回帰が進んでいる(図表11)。

一方、65歳以上の高年層では、「80~84歳」を除いて、モノ消費とコト消費をともに減らす動きが続いている。

このように、コロナ禍では、「コト消費からモノ消費へのシフト」が進んだが、2021年には一部に揺り戻しの動きが見られる。また、品目や年齢別にみると、その変化の内容は決して一律ではない。

品目別では、「外食」の代替先として「食料」の支出額が増加した一方、在宅環境改善のための耐久財需要は一巡している。また、年齢別では、コロナ禍の収束が見通せないなかでも、若年層と中年層ではモノ消費からコト消費への回帰が見られる。

これに対して、高年層ではそもそも「コト消費からモノ消費へシフト」したわけではなく、外出を自粛しコト消費とモノ消費をともに減らしている。コロナ禍が収束すれば、若年層と中年層ではコト消費への回帰が加速すること、高年層でもコト消費の回復が期待されるが、コロナ以前の水準に戻るかどうかについて、現時点で判断することは難しい。


5 モノ消費割合は、消費支出を品目ごとにモノ消費とコト消費に分類することで計算した。 6 世帯主の年齢。また、本稿では特段の断りがない限り、「年齢別」は世帯主の年齢別を指す。

4―コロナ禍における消費チャネルの変化:ECシフトの加速

コロナ禍における消費構造のもう1つの変化に、巣ごもり消費の増加による「ECシフトの加速」が挙げられる。経済産業省の「電子商取引に関する市場調査」によると、2020年のEC市場規模は、12.2兆円(前年比+21.7%)と急拡大した7。この結果、日本のEC化率は8.1%となり、前年からの上昇幅は+1.3ポイントと過去最大の伸びを示した(図表12)。

ただし、総務省の「家計消費状況調査」を確認すると、2021年に消費者のECシフトは、コロナ禍以前のペースまで鈍化した。緊急事態宣言が初めて発令され、外出抑制が余儀なくされたことでEC支出額は急増し、2020年4月に前年比+45.1%、2020年5月に+66.7%となった(図表13)。

その後も高い伸び率を維持し、2021年3月までは概ね+40%~+60%の伸び率を維持した8。しかし、2021年4月以降は平均+10%に伸び率が減速しており、コロナ禍におけるECシフトの加速は一巡した可能性がある。


7 物販系分野の消費者向けEC市場規模。「電子商取引に関する市場調査」では、物販系、サービス系、デジタル系の3分野の消費者向けEC市場規模が公表されている。2020年のEC市場規模は、物販系12.2兆円(前年比+21.7%)、サービス系4.6兆円(▲36.1%)、デジタル系2.5兆円(+14.9%)と、コロナ禍による外出自粛を背景に物販系が急拡大する一方、旅行サービスの急減に伴い、サービス系分野が大幅に減少した。3分野合計のEC市場規模は19.3兆円(▲0.4%)と、横ばいとなった。 8 2020年9月にEC支出額は前年比+21.9%と一時的に減速した。

1|品目別にみたECシフト: 目立つ食料品のEC拡大 日本でEC化が進んでいる品目は、「書籍、映像・音楽ソフト」(EC化率43.0%)、「生活家電、AV機器、PC・周辺機器等」(同37.5%)、「生活雑貨、家具、インテリア」(同26.0%)などである(図表14)。

これらの品目の特徴として、劣化しにくく、品質が一定かつ比較しやすいことなどが挙げられる。また、「衣類・服装雑貨等」のECは、実物が確認できない、試着できないなどの短所が指摘されてきたが、2020年のEC化率は19.4%と2015年の9.0%から上昇し、着実にEC化が進んでいる。

一方、「食品、飲料、酒類」(同3.3%)、「自動車、自動二輪車、パーツ等」(同3.2%)はEC化が遅れている。劣化しやすい、品質が不均一、高額または専門知識が必要な品目などである。

コロナ禍におけるEC拡大の特徴として、EC化率が低い「食品、飲料、酒類」などの品目のEC取引額が急増したことが挙げられる。

2020年のEC取引額の変化率をみると、増加率が最も高かった品目は「生活家電、AV機器、PC・周辺機器等」(前年比+28.8%)、次いで「書籍、映像・音楽ソフト」(+24.8%)であった(図表15)。

これらの品目はもともとEC化率が高かったが、EC化率の低い「食品、飲料、酒類」(+21.1%)についても、20%を超える高い伸びを示している。

また、2020年に加速したECシフトは、足もとで鈍化傾向にあるものの、食料品などはコロナ以前を上回る高い伸びを維持している。

2019年から2021年にかけてのEC支出額変化率(前年比)をみると、「食料」(+15.4%→+55.9%→+36.4%)と「健康食品」(+6.3%→+19.4%→+14.1%)は、2021年においても2019年の2倍以上の伸び率となっている(図表16)。

これに対して、「食料」と「健康食品」以外の品目では、EC拡大ペースはコロナ以前の水準に戻っている。なかでも、「家具」(+12.8%→+56.8%→+2.8%)や「家電」(+25.7%→+55.6%→▲2.8%)は、在宅関連の耐久財支出の反動減が大きく、EC支出額の伸び率は2019年を下回る水準へと急低下している。

2|年齢別にみたECシフト: 高年層のEC普及が進む 総務省「全国家計構造調査(旧全国消費実態調査)」のデータから年齢毎のEC化率を確認すると、2019年は29歳以下が最も高く、年齢が高くなるにつれて低下する(図表17)。2014年から2019年にかけては、年齢が低いほどEC化率の上昇幅が大きかった。

一方、総務省の「家計消費状況調査」によると、コロナ禍におけるEC支出額の伸び率は、高年層の方が若年層・中年層より大きく、ECシフトの加速が一服した2021年においても、高年層はコロナ以前の水準を上回っている(図表18)。

EC支出額が急増した2020年4-6月期に、増加率が最も高かったのは「70~79歳」(前年同期比+75.2%)、次いで「80歳~」(+71.9%)であった。2021年10-12月期においても「70~79歳」(+28.9%)や「80歳~」(+28.9%)といった高齢層は、2019年を上回る伸び率を維持している。

これに対して、若年層と中年層のEC支出額の伸び率は、2021年4-6月期以降、コロナ以前の水準まで減速している。このようにコロナ禍では、インターネット利用率の低さなどからEC利用が遅れていた高年層において、コロナ感染防止のため外出等を控えることで、EC普及が進んだことが特徴である。

コロナ禍により、ECへの物理的・心理的な障壁が解消されてきており、EC化の裾野が広がっている。  

以上のように、2020年に加速したECシフトは、2021年に入りコロナ以前のペースまで鈍化している。しかし、もともとEC化率が低い品目や年齢層にEC普及が進んだことで、今後のEC拡大ペースが速まるかもしれない。

これまで、実物を見て選びたいとのニーズから食料品のEC化率は低かったが、コロナ禍を経て急拡大した。また、高年層のEC支出額は他の年代より大きい伸び率を維持しており、こうした傾向は今後も継続する可能性がある。

5―商業施設の売上環境のシミュレーション手法とシナリオ設定

続いて以下では、これまでの考察をベースに、2040年までの商業施設売上高を複数のシナリオのもとシミュレーションすることで、今後の商業施設の売上環境の変化について考察する。

1シミュレーション手法 まず、年齢毎に見た各世帯の可処分所得と消費性向、品目別消費割合は将来時点で一定と仮定した。年齢毎の可処分所得に、消費性向と品目別消費割合を乗じることで、年齢毎の品目別支出が求まる。この年齢毎の品目別支出に、国立社会保障・人口問題研究所による年齢毎世帯数の将来推計を乗じることで、日本全体の物販・外食・サービス支出を求めた。

これは日本の商業施設の潜在的な売上規模を示す。そして、日本全体の物販・外食・サービス支出からECによる購入を除いたものを、日本全体の商業施設売上高として推計した(図表19)。

2|コロナ禍による消費行動の変容に関するシナリオ設定 コロナ禍による消費行動の変容が感染収束後も定着するかどうかは、不確実性が大きいため、シナリオを設定する。コロナ禍による消費行動の変容には、消費構造の変化である「コト消費からモノ消費へのシフト」と、消費チャネルの変化である「ECシフトの加速」がある。これらの変化は、2020年にピークを迎えた可能性がある。

そのため、消費構造の変化に関しては、品目別支出についてコロナ前の2019年に戻ることを想定した「コロナ前回帰シナリオ」と2021年のウィズコロナの状態が定着する「ニューノーマルシナリオ」の2つのシナリオを設定する。

ポストコロナにおける消費構造は依然不透明だが、恐らくこの2つのシナリオの間に落ち着くことが予想される。また、消費チャネルの変化に関しても、EC化率についてコロナ前回帰シナリオとニューノーマルシナリオの2つのシナリオを設定する。

したがって、品目別支出の2シナリオとEC化率の2シナリオを組み合わせた4つのシナリオのもと、商業施設の売上環境の変化を試算する(図表20)。

(1)品目別支出のシナリオ コロナ前回帰シナリオでは、2021年の年齢毎の品目別支出を起点として、2019年水準に回帰した後、一定で推移する。つまり、コロナ禍で進んだコト消費からモノ消費へのシフトが、完全にコロナ前に戻る想定である。

ニューノーマルシナリオでは、年齢毎の品目別支出が2021年水準から一定で推移する。つまり、家計の消費構造が現在のウィズコロナの状況から変化せず、将来の物販・外食・サービス支出は人口動態によってのみ変動することを意味する。

(2)EC化率のシナリオ コロナ前回帰シナリオでは、2019年までの過去10年と同じペースで拡大する。これは、ECシフトの加速が2020年で終了し、EC拡大ペースはコロナ以前に戻ることを意味する。当シナリオでのEC化率は2020年の8.1%から、2030年に12.9%、2040年に17.6%となる(図表21)。 ニューノーマルシナリオでは、コロナ前回帰シナリオをベースに食料品と高年層は2021年のEC拡大ペースを維持すると仮定した。2020年に加速したECシフトは、2021年に入りコロナ前のペースまで鈍化している。しかし、品目別に見ると食料品、年齢別に見ると高年層は、2021年においても2019年を上回る拡大ペースを維持しているため、これらの変化をシナリオに反映する。当シナリオでのEC化率は2020年の8.1%から、2030年に15.6%、2040年に23.2%となる(図表21)。

6―2040年までの商業施設の売上環境のシミュレーション結果

1物販・外食・サービス支出の見通し 2040年までの物販・外食・サービス支出を、品目別支出に関する2つのシナリオのもと試算した。 (1)品目別支出のコロナ前回帰シナリオ 物販・外食・サービス支出は、2019年の水準を100とすると、2030年に97.7、2035年に92.3となる(図表22)。物販・外食・サービス支出は、コロナ以前へ回帰することで一時的に増加するものの、その後は少子高齢化の影響が徐々に強まり、減少ペースが加速する。

品目別に見ると、その変化は一様ではない。

2030年までは、雑貨(96.0)、被服・靴(96.1)、教養娯楽用品(96.6)、外食(96.0)の減少率が大きい。一方、書籍(100.5)や医薬品関連(100.5)は増加する。

他にも、食料(97.9)、家具・寝具(97.1)、家電(98.9)、旅行サービス(97.4)、医療サービス(98.8)、観覧・入場料等(97.2)は高齢化の影響が少ない品目のため、減少率が小幅にとどまる。観覧・入場料等、交際費といった品目には単身世帯増加によるプラスの影響があるため、高齢化の影響が一部相殺された。  

2040年までの品目別変化を見ると、世帯数の減少や高齢者世帯の増加により支出の減少が加速し、全ての品目で減少する。特に、雑貨(89.4)、被服・靴(89.2)、外食(89.2)、習い事(84.9)は、2019年から10%以上の減少となる。医薬品関連(96.2)や交際費(95.2)は小幅な減少にとどまるが、高齢化の恩恵を受ける品目についてもマイナスに転じる結果となった。

(2)品目別支出のニューノーマルシナリオ 物販・外食・サービス支出は、2019年の水準を100とすると、2030年に93.0、2035年に87.8となる(図表23)。

品目別に見ると、コロナ禍によるコト消費からモノ消費へのシフトの影響が続くことで、物販消費が底堅く推移することがわかる。2030年までは、食料(103.9)、雑貨(100.9)、家電(113.5)、教養娯楽用品(102.5)、医薬品関連(104.0)、日用品(100.2)、とモノ消費の多くは2019年対比で増加する。

一方、外食(68.6)、旅行サービス(29.9)など、コト消費の多くは大幅な減少となる。  

2040年までの品目別変化を見ると、家電(106.2)や医薬品関連(99.4)は、2019年以上または同水準を維持する。他のモノ消費の品目も底堅く推移し、二桁台の減少となるのは、被服・靴(73.0)のみである。また少子高齢化の影響が強まり、コト消費の品目については、外食(63.7)、旅行サービス(28.3)など、更なる落ち込みが想定される。

(3)品目別支出のシナリオ間における見通しの差 コロナ禍での消費構造の変化に伴う、物販・外食・サービス支出への影響は、全体でみればそれほど大きくない。コロナ前回帰シナリオとニューノーマルシナリオにおける物販・外食・サービス支出は、2019年の水準を100とすると、2040年に87.8~92.3のレンジとなり、双方の差は4.5に過ぎない。

しかしながら、品目別にみると大きな差が生じている(図表24)。双方の差を確認すると、旅行サービス(2040年:66.3)や外食(同25.6)といったコト消費のほか、モノ消費においても被服・靴(同16.2)、家電(同12.1)の差が大きい。

もちろん、2019年時点に戻ることを想定したコロナ前回帰シナリオと、コロナ対策で人流抑制が続いた2021年の消費構造の定着を想定したニューノーマルシナリオは、ともにやや極端なシナリオであり、今後は2つのシナリオの間に落ち着くと予想される。

しかし、その落ち着きどころ次第では品目によって売上環境が大きく変化する可能性を示唆している。コロナ禍収束の見通しが立ち難いなか、上記で示した差の大きい品目は先行きの不確実性が高いと言えそうだ。

2商業施設売上高の見通し 最後に、品目別支出の2シナリオとEC化率の2シナリオを組み合わせた4つのシナリオをもとに、2019年の水準を100として、2040年までの商業施設売上高を試算した(図表25)。

(1)「品目別支出:コロナ前回帰シナリオ」×「EC化率:コロナ前回帰シナリオ」では、商業施設売上高は、2030年に94.3、2040年には85.8まで減少する。  

(2)「品目別支出:コロナ前回帰シナリオ」×「EC化率:ニューノーマルシナリオ」では、商業施設売上高は、2030年に92.3、2040年には82.1まで減少する。  

(3)「品目別支出:ニューノーマルシナリオ」×「EC化率:コロナ前回帰シナリオ」では、商業施設売上高は、2030年に89.5、2040年には81.1まで減少する。  

(4)「品目別支出:ニューノーマルシナリオ」×「EC化率:ニューノーマルシナリオ」では、商業施設売上高は、2030年に87.5、2040年には77.3まで減少する。

以上の結果から、商業施設売上高は2030年に87.5~94.3、2040年に77.3~85.8の範囲に収まる見通しである。

年率では、2030年に▲0.3%~▲1.5%、2040年に▲0.4%~▲1.3%となる。年率▲1%前後であれば、商業施設の運営力などで対応する余地もありそうだ。しかし、ここで重要なのは商業施設売上高への緩やかな下押し圧力が、今後20年にわたって続くということである。少子高齢化とEC市場拡大は長期的かつ不可逆的な変化であり、商業施設にとって「緩やかに進む危機」だと言える。

また、2019年から2040年までの変化を要因分解すると、少子高齢化が▲7.5%、EC市場拡大が▲10.5%~▲6.5%、コロナ禍による影響が▲4.7%~▲0.2%、の寄与となる。コロナ禍は商業施設の売上に多大な影響を及ぼしたが、今後20年の長期的な観点では、少子高齢化やEC市場拡大の影響がより重要であることがわかる。

3可処分所得が増加した場合の商業施設売上高の見通し 本稿の分析では、可処分所得が将来にわたって一定と仮定している。これは2040年まで日本の経済が成長しないと仮定しているのと大きく変わらない。雇用や所得環境の改善が続き、可処分所得が増加した場合には、商業施設の売上環境は試算結果ほど悪化しないことが想定される。

可処分所得が増加した場合の商業施設売上高を試算すると、その効果は大きく、少子高齢化やEC市場拡大、コロナ禍による消費行動の変容によるマイナスの影響を相殺できる可能性が高い(図表26)。

品目別支出がコロナ前回帰シナリオの場合、EC化率が加速したケースでも、年率1.0%以上の所得増加を実現できれば、20年後も商業施設売上高は2019年水準を概ね維持できる。一方、品目別支出がニューノーマルシナリオの場合、20年後の商業施設売上高が2019年水準を超えるには、年率2.0%の所得増加が求められる。

7―長期的な下押し圧力のなか、運営力強化と投資対象の選別が求められる

コロナ禍は商業施設に多大な影響を及ぼし、1990年代後半から続く、商業施設の売上環境の低迷に拍車をかけた。

今後、コロナ禍が収束に向かったとしても、少子高齢化とEC市場拡大の影響が本格化することで、下押し圧力が継続もしくは強まっていく。商業施設売上高は、2019年を100とすると、2030年に87.5~94.3、2040年に77.3~85.8となる見通しだ。売上全体のパイが縮小することで、商業施設間の競争が激しくなると予想される。 コロナ禍による消費行動の変容の影響は依然不透明だが、今後20年という時間軸で見た場合、少子高齢化とEC市場拡大の方が、商業施設の売上環境により大きな影響を及ぼすことになる。また、ポストコロナの消費者像によっては、特定の品目や業態においてその影響が顕在化する可能性があり、商業施設の運営力が一層問われることになる。  

少子高齢化とEC市場拡大は不可逆的な変化であり、緩やかに長く続くことが特徴であることから、商業施設売上高の下押し圧力は年々強まる。商業施設への投資においても、経済・投資環境の緻密な分析や、柔軟かつ大胆なアロケーション変更を行う運営力に加えて、投資対象の選別が一段と求められることになりそうだ。

(写真はイメージです/PIXTA)