IT市場競争の第1ラウンドでは、日本は米国のGAFA・中国のBATに完敗しました。しかし、2C(消費者サイド)の「規模の獲得」を巡る競争は飽和状態となり、終焉が近づいています。そのようななか、今後幕開けするIoT時代における価値創出を競う第2ラウンドでは日本企業に勝ち筋があると、NTTデータ経営研究所グローバルビジネス推進センターのシニアスペシャリスト岡野寿彦氏はいいます。その理由を日本企業のトヨタ、東芝のプラットフォーム戦略とともにその独自の強みを紐解き、解説していきます。

中国企業にはない「強み」を発揮している日本企業の特徴

日本企業は中国企業にはない強みをどこで発揮できるのか、また、中国企業にない強みを実際に発揮している企業の特性は何か、明らかにする。

日本企業が培ってきた強みは「摺り合わせ」や「現場力」、「改善力」という言葉に代表される。社員のロイヤリティやチームワークを活かして業務プロセスや生産方式の改善に一貫して取り組み、品質をつくり込んでいく組織能力に対して、中国企業人は高く評価し学ぼうとしている。

拙著『中国デジタル・イノベーション』で解説したように、米国GAFAや中国BATが牽引してきた、消費者サイドへ価値提供を行う2Cビジネスの「規模の競争」は飽和し、伸びしろが少なくなっている。

インターネット第2ラウンドは、プラットフォームで提供される商品・サービスの品質をめぐる企業サイドの効率化の競争であり、さらに、現実世界のフィジカルなアセットがネットにつながることによって得られるデータの活用をめぐる競争である。したがって、AIなどによってスマート化されたモノと人とのつながりが重要になるため、日本企業が「強み」を活かす機会は増える。

一方で、「モジュール化」、「水平分業化」への産業構造の転換が進み、AIの進化により現場のナレッジも形式知化されて共有が進む中で、従来のビジネスモデルのままでは、摺り合わせ、現場力など日本企業の特徴が競争優位の源泉となる事業領域が縮小していくことも直視せざるを得ない。

グローバル規模での企業間競争が激化する中での経営は、自分たちが一番に自信を持っているものを軸に据えるべきである。したがって、多くの日本企業にとって、摺り合わせ、現場力などこれまで形成してきた強みを活かして、差別性ある独自のポジションを築くこと、さらには強みを起点に事業を成長領域に拡大/シフトすることが基本戦略となる。

具体的には、次の戦略方向が考えられる。

(1)摺り合わせ、現場力の強みに立脚したプラットフォーム事業化

:顧客への提供価値の拡大

[事例]トヨタ自動車、東芝

(2)顧客ごとのきめ細かい対応と効率化の両立

:標準サービスとの差別化

(3)米国・中国など企業との提携による事業規模確保

:摺り合わせ・現場力を極める

いずれも、戦略方向として必ずしも目新しいものではないが、本記事では、「日本的経営の特徴を活かして、いかに中国企業や米国企業に対して強みを発揮するか」という観点で分析を進めたい。(1)について深堀していく。

摺り合わせ、現場力を活かしたプラットフォーム化

摺り合わせ、現場力によるモノづくり・サービス品質の競争優位性を基盤として、プラットフォームを構築して、より多様なデータを収集し、顧客への提供価値を拡げるモデルである。

本記事で取り上げるトヨタ自動車と東芝は、いずれも、自社製品を「データの発生源」として発展させ、プラットフォームによってソフトウェアやサービス事業への重心移動を進める戦略をとっている。

東芝は、不正会計問題や取締役会の機能、株主との対応など、コーポレートガバナンス(企業統治)問題で大きく揺れているが、現経営陣が進めるこれまで開発してきた製品を活かしたプラットフォーム戦略については、日本の伝統的企業のDXから示唆が得られると考える。

トヨタの「スマートシティ」実現に向けたプラットフォーム展開

トヨタ自動車はビジョン・メッセージとして、「『未来のモビリティ社会』の実現を目指しながら、これまで以上に『愛車』にこだわり続け、『もっといいクルマ』をお届けしていきます」と掲げている(同社HP)。

トヨタが自動車を事業のベースに据えながらモビリティ・カンパニーへのモデルチェンジを進める中核となるのがプラットフォーム戦略である。MaaS(Mobility as a Service、サービスとしての移動)やCASE(車が目指す将来像)、スマートシティの実現に向けたプラットフォームに加えて、「トヨタ生産方式」などのノウハウ、技術を活かした「ものづくりプラットフォーム」にも積極的に展開している。

トヨタが培ってきた経営手法を活かして社会課題解決へ

Woven City(ウーバン・シティ)は、自動運転やロボット、住宅など、モノと人がインターネットでつながり、集めたデータを活用して最適なサービスを提供する街を目指して、静岡県裾野市で建設が進められている。ウーバン・シティの原点は、「ヒトが中心」、「実証実験ができるプラットフォーム」、「未完成の街」である。

豊田章男会長はウーバン・シティについて、「『ヒトが中心』で、未来のための『実証実験』ができるプラットフォームをつくる」、「そのプラットフォームに『今よりもっといいやり方がある』というトヨタのカイゼン手法を根付かせたいと考え、『未完成の街』とすることを決定した」と語っている(トヨタイムズ「今、明かされるWoven Cityの原点:トップが悩み、たどり着いたこと」)。

自動車の生産・販売というコア事業で蓄積してきたカイゼン手法を、CASE/スマートシティの実現においても武器として活用しようとしているのだ。

ウーバン・シティでは、自動運転やモビリティに加えて、カーボンニュートラルの実現、さらには食と健康をテーマとして、バーチャルとリアルを融合する実証実験が進められている。カーボンニュートラルの実現では、ENEOSとの協業で、水素ステーションの建設・運営とCO2フリー水素の製造、水素ステーションからウーバン・シティおよび燃料電池車(FCEV)への水素供給、さらには、水素の需給管理システムの構築を進める※1

また、食と健康については、日清食品との協業で、「食と栄養のあり方」や「食と健康寿命延伸との相関」をテーマに、

・「完全栄養食メニュー」の提供を通じた住民の食の選択肢拡充と健康増進

・一人ひとりに最適な「完全栄養食メニュー」の提供に向けたデータ連携

の実証実験を進める。フードロスなど食にまつわる課題解決に向けて、自働化やジャスト・イン・タイムといったトヨタ生産方式のノウハウを食品サプライチェーン上でも活用するとのことだ※2

※1 TOYOTA Woven City「ENEOSトヨタウーブン・プラネット、Woven City を起点としたCO2フリー水素の製造と利用を共同で推進」(2022年4月23日

※2 TOYOTA Woven City「食品とトヨタ、Woven City における食を通じたWell-Being の実現に向けた具体的な検討を開始」(2022年4月26日

技術をオープン化してサービス開発を拡大するトヨタ

トヨタ自動車は、2016年より「モビリティサービス・プラットフォーム」(MSPF)というビジネスモデルを打ち出している。ライドシェアやカーシェアレンタカー、タクシーなどのモビリティサービス事業者、さらには保険など事業者や地方自治体に対し、自社開発したシステムやビッグデータを開示して、サービス開発を拡大するためのプラットフォームである※3

DCM(Data Communication Module)と呼ばれる専用通信機を各車両に搭載し、クラウドとの間で常に通信を行うことで、ドライバーの運転技術や車両情報、交通情報をデータ化する。集まったビッグデータは「トヨタスマートセンター※4」で管理・分析され、外部の企業がアクセスしてサービス開発に活用される。

例えば、あいおいニッセイ同和損害保険と共同で、安全運転の度合いに応じて保険料を割引する「運転挙動反映型テレマティクス保険自動車保険」を開発した。テレマティクス技術で取得した走行データに基づき、毎月の安全運転の度合いを保険料に反映するものである※5

※3 トヨタ自動車HP『トヨタ自動車カーシェアなどのモビリティサービスに向けたモビリティサービス・プラットフォームの構築を推進』(2016年10月31日

※4 低炭素社会の実現に向けた効率的なエネルギー利用を目指したスマートグリッドへの取り組みの一環として、住宅・車・電力供給事業者とそれを使う人をつないでエネルギー消費を統合的にコントロールするトヨタ独自のシステム(トヨタ自動車HP『トヨタ自動車、先進のエネルギー管理システム「トヨタ スマートセンター」を開発』(2010年10月5日))

※5 トヨタ自動車HP『トヨタのコネクティッドカー向けに国内初の運転挙動反映型テレマティクス自動車保険を開発』(2017年11月8日

「自動車」という原点を忘れず、モビリティ・カンパニーへの変革に挑む

豊田章男社長は、2022年6月15日株主総会で、モビリティ・カンパニーへの変革に挑む今だからこそ「クルマ屋」であるという原点を大切にしたい、と株主に対して語っている。

「今、トヨタは『モビリティ・カンパニー』へのフルモデルチェンジに挑戦しております。今後、私たちのつくるものや提供するサービスも変わっていくと思いますが、私は、『クルマ屋』にしかつくれないモビリティの未来があると信じております」

トヨタの『思想』と『技』をしっかりと伝承し、『あなたは、何屋さんですか?』と聞かれた時、『夢』と『自信』と『誇り』をもって、『私はクルマ屋です』と答えられる人財を育てることが、私のミッションだと思っております」

自動車の生産・販売というコア事業に立脚した、トヨタのプラットフォーム戦略の基本思想が込められている。

東芝「CPSカンパニー」:ハードに強い日本企業だからできるDX

IoT(モノのインターネット)が進みフィジカルとサイバーが融合する世界が広がる近未来に向けて、ものづくりを起点にプラットフォーマーを目指す企業に東芝がある。

東芝は2018年に、モノなどが存在する実世界(フィジカル)と、そこで発生する多様なデータが収集・蓄積されるデジタル世界(サイバー)とを相互に連携させることで新たな価値を提供していく、世界有数のCPSサイバー・フィジカル・システム)テクノロジー企業を目指すことを掲げた。

自動改札機やETC高速道路の料金収受システム)、POS(販売時点情報管理システム)など多くの製品を実装してきたことを資産として活かして、そこから得られるデータとサイバー企業の情報とを組み合わせて新たな企業価値を生み出すプラットフォームを構築する。

例えば、国内トップシェアのPOSレジで、レシートの印字データを電子化して買物客のスマートフォンにスマートレシートとして提供し、購買傾向に合わせたクーポン発行で来店を促進する。さらに、地域ウォレットと連携させるなどの広がりをつくろうとしている。

島田太郎・東芝社長は著書『スケールフリーネットワーク』(尾原和啓氏との共著、日経BP、2021年)で、「米国企業が『選択と集中』で勝ち進んできた一方で、日本企業は『選択と集中』を苦手としてきたために、結果として多様なものづくり技術と人材にあふれている。今後はハードウェアに強く、開発技術力を持つ多様な人材が日本企業の強力な武器になるだろう」と認識を述べている。

そして、日本の「ものづくり」と「スケールフリーネットワーク」が有機的につながれば、サイバーとフィジカルが融合するデジタル化第2回戦では日本が大逆転する可能性すらあると指摘する。

「スケールフリーネットワーク」とは、大多数のノードがごくわずかなリンクしか持たない一方で、膨大なリンクを持つハブと呼ばれるノードが存在するネットワークである。膨大なリンクを持つ一部のハブが強大な力を発揮する一方で、無数に存在する少数のリンクしか持たないノードが多様性を生み、大きな環境変化を起こす力を発揮する、というコンセプトだ。

例えば、アマゾン・ドット・コムの商品のロングテール性は、スケールフリーを使いこなしている事例であると指摘する。

スケールフリーネットワークの構築方法について島田氏は、投資家から巨額の資金を集めて製品を開発しながら、無料で配ることでシェア確保してマネタイズする米国方式、何年もかけて規格を定めてISOなどの標準化団体に登録し世界に広めていくドイツ方式とは異なる第三の方法として、「アセットオープン化」を提起する。

自社がつくってきた製品やサービスのアセットをオープンにして誰でも接続可能にすることで、低コストかつ短時間でスケールフリーネットワークをつくる。オープン化することで機器やサービスをユーザーが自分でつないでいくため、自然にスケールフリーネットワークが成長を続けていき、オープンにしたアセットが結果的にデファクトスタンダードになる、という考え方である。

東芝のプラットフォーム戦略の原点には、これまで世に送り出してきた製品と優秀で多様な技術者が自社の宝であり、デジタル化が進む中でこれをどのように活かすかという問題意識がある。

日本企業の特性に基づくプラットフォーム戦略

トヨタ自動車、東芝のプラットフォーム戦略は、モノづくりの競争力を守り活かして、自社製品を「データの発生源」として発展させ、ソフトウェアやサービス事業に重心を移していくものであり、多くの日本企業が採用し得るポジショニング戦略である。

堅牢なインフラ構築と魅力的なアプリケーション開発を両立

日本企業のプラットフォーム事業化においてしばしば観察される課題は、基盤(インフラ)はしっかりと構築するが、その上で動くユースケース(アプリケーション)を生み出せないことである。顧客にとって魅力ある新規サービスを開発できない、サービス間のシナジーを生み出せないために、プラットフォームとしてスケール化できない。

この課題は消費者向け(2C)サービスで顕著だが、企業向け(2B)でも生じ得る。要因として、プラットフォームの基盤を開発する人材と、プラットフォーム上でサービスを開発する人材に求められるスキル、思考・行動様式が異なる点に着目するべきだ。

日本企業、特にハードウェア開発に強みを持つ企業の社員は、リスク管理を重視し、堅固なプラットフォーム基盤を構築することに長けている。しかし、市場と対話しながらスピーディにサービスを開発して、柔軟に手直ししていくアジャイルな動き方は、必ずしも得意でないケースが多い。

プラットフォームとして顧客に価値提供するためには、この2つのタイプの人材を揃えて、組織マネジメントにおいて「両立」させることが、経営に求められる課題である。

このためには、①自社のプラットフォーム事業で求められる人材タイプを明確に定義したうえで、②自社が育成してきた人材・チームとのギャップを埋めるためのアクションをとる、という、摩擦も伴う組織マネジメントを避けてはならない。

岡野 寿彦

NTTデータ経営研究所グローバルビジネス推進センター

シニアスペシャリスト

(※画像はイメージです/PIXTA)