試合後、井上の呼びかけに応じ、2本のベルトを手にリングに上がったマーロン・タパレス(左)。井上と「闘いたい」と明言した
試合後、井上の呼びかけに応じ、2本のベルトを手にリングに上がったマーロン・タパレス(左)。井上と「闘いたい」と明言した

7月25日スティーブン・フルトンをKOし、スーパーバンタム級初戦にして2団体統一王者となった井上尚弥(30歳)。次の標的は残る2本のベルトを持つマーロン・タパレスに定まった。タパレスとはどんなボクサーなのか? そして井上が4団体統一を果たした場合、その後の展開はどうなる?

【写真】スティーブン・フルトンを圧倒した井上尚弥

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■〝悪夢〟の異名を持つ強打のサウスポー

階級を上げても圧倒的な強さは健在だった。左ストレートを相手のボディに伸ばし、すかさず右ストレートをアゴにヒット。ぐらりと前のめりになったフルトンの顔面に今度は左フックをフォローしてダウンを奪う。立ち上がった2団体王者をコーナーに詰め、左右の連打を叩き込み、レフェリーストップに持ち込んだ。

戦前、英国のブックメーカーの単純勝敗オッズでは9対2で有利とみられていた井上だが、その数字どおりの力量差を見せつけたといえる。パワーはもちろんのことスピード、スキル、ハート、インテリジェンス、戦術、タフネス......「スーパーバンタム級最強」の評価を得ていたフルトンをあらゆる面で凌駕(りょうが)した。

一気に2本のベルトをコレクションに加え4階級制覇を成し遂げた井上は、リング上で「(スーパーバンタム級)最強のフルトンを8ラウンドで倒すことができたので(自分が)最強」と興奮冷めやらぬまま誇らしげに話したが、あの闘いを見せられてはそれを否定する者はいないだろう。

今後、井上が見据えるのはバンタム級に続くスーパーバンタム級での4団体王座統一。その標的となるのがWBA・IBF王者のマーロン・タパレス(31歳=フィリピン)だ。

井上がフルトンを粉砕する様子をリングサイドで観戦していたタパレスは、試合直後のリングに上がり、「ぜひ闘いたい」とエールを交換。井上が所属する大橋ジムの大橋秀行会長も「年内には4団体統一を狙いたい。そのために動き出す」と明言した。

「スーパーバンタム級最強」と称されたフルトンを圧倒。ほかにこの階級で井上のライバルとなるボクサーはいるのか?
「スーパーバンタム級最強」と称されたフルトンを圧倒。ほかにこの階級で井上のライバルとなるボクサーはいるのか?

パレスは15年のプロ生活で40戦37勝(19KO)3敗の戦績を残しているサウスポーの強打者で、現在の王座は今年4月、フルトンと双璧といわれたムロジョン・アフマダリエフ(28歳=ウズベキスタン)に競り勝って手に入れた。これより前、2016年7月にはWBO世界バンタム級王座も獲得している。

このバンタム級王者時代の16年12月、タパレスは尚弥の弟・拓真を相手に日本で初防衛戦に臨むはずだったが、拓真がジムワークで右拳を負傷したためキャンセルになった経緯がある。井上家とは浅からぬ因縁があるといえる。

〝ナイトメア(悪夢)〟というニックネームを持つタパレスは身長163㎝、リーチ165㎝で、井上(165㎝、171㎝)よりも小柄だが胸板は厚い。踏み込んで放つ左右のフックや接近戦の際の左アッパーなどは要注意といえる。

ただ、4年前のIBF世界スーパーバンタム級暫定王座決定戦で岩佐亮佑(セレス)に11回TKOで敗れていることもあり、世界王者としての実力と格という点において井上とは大きな差がある。気の早い話だが、オンラインカジノ『Oddschecker.com』の単純勝敗オッズは12対1と出ている。もちろん井上有利だ。

井上はサウスポーとは世界戦で3度対戦して2回KO、1回KO、3回KOでいずれも圧勝しており、タパレスも問題にしないものと思われる。井上がKO勝ちを収めて年内に4団体王座統一を果たす可能性は極めて高いといえる。

■フェザー級に転向したらどうなる?

今年中に4団体王座統一を果たすと仮定して、ここから先は近未来の井上の動向を占ってみたい。まずスーパーバンタム級に残った場合だが、バンタム級時代から名前が挙がっているジョンリエル・カシメロ(34歳=フィリピン)、ルイス・ネリ(28歳=メキシコ)らが対戦候補として浮上してくる。

元3階級制覇王者のカシメロは37戦33勝(22KO)4敗のファイターで、2階級制覇を成し遂げているサウスポーのネリも36戦35勝(27KO)1敗の強打者だ。計量失格やルール違反などトラブルメーカーとしても知られる両者は以前から再三にわたって井上を挑発しており、話題性や注目度は十分といえる。 

ただ、実力的には井上がふたりより一枚も二枚も上であることは間違いなく、どちらと対戦しても井上のKO勝ちの可能性が高い。また、ネリは日本のボクシング界から永久追放処分を受けており、仮に試合が実現するとしても海外になりそうだ。

もしも井上が早めにスーパーバンタム級を卒業し、5階級制覇を狙ってさらに1.8㎏重いフェザー級に転向するとしたらどうなるだろうか。

井上が米国でのプロモート契約を結んでいるトップランク社は、すでに25日のイベントで井上の試合の前に出場して清水聡(大橋)を5回TKOで一蹴したWBO王者のロベイシ・ラミレス(29歳=キューバ)との対戦を示唆している。

ラミレスは12年ロンドン五輪フライ級、16年リオデジャネイロ五輪バンタム級金メダルを獲得しているサウスポーで、プロデビュー戦でつまずいた後は13連勝(8KO)と勢いづいている。身長165㎝、リーチ173㎝と井上と体格面で大差はないため、実現性は高いかもしれない。

フルトンに圧勝したことで井上の評価と商品価値がさらにアップしたことは間違いない。30歳にしてまだまだ成長途上にある〝モンスター〟に今後も要注目だ。

文/原 功(ボクシングライター) 写真/アフロ

試合後、井上の呼びかけに応じ、2本のベルトを手にリングに上がったマーロン・タパレス(左)。井上と「闘いたい」と明言した