俳優・小沢道成による演劇プロジェクト「EPOCH MAN」の新作公演『我ら宇宙の塵』が、2023年8月2日(水)から13日(日)まで東京・新宿シアタートップスで上演される。

小沢が作・演出・美術を手がけるEPOCH MANによる約2年ぶりの新作となる本作は、「パペット」と「映像テクノロジー」を取り入れ、いなくなった父の行方を探す少年と、その少年の行方を探す母の物語を描く五人芝居。出演者は池谷のぶえ、渡邊りょう、異儀田夏葉、ぎたろー(コンドルズ)、そして小沢。

今回、EPOCH MANとしては初めて、“バリアフリー字幕タブレット貸し出し”による「鑑賞サポート実施公演」を2日間設定した。そこでタッグを組むPalabra株式会社(以下、パラブラ)に所属する蒔苗みほ子氏と、本作のプロデューサーでこれまでも鑑賞サポート実施公演を手掛けてきた半田桃子に、小沢が話を聞いた。

「障害」を取り巻く変化

小沢:そもそも僕は、「鑑賞サポート」とはどういうものなのか、これを演劇でやることでどういったメリットがいろんな方に増えていくのかというのを、まだ理解していなくて。それを今日知りたいなと思っています。そもそもですが、「障害者」という言葉を使うことに僕は少し抵抗を持っちゃうんですけど、これは今も使う言葉なんですか?

小沢道成

小沢道成

蒔苗:そうですね、使われています。ただ日本には2016年から「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)」という法律があって、これを作ったのは国連の「障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)」を批准したことによる国内法制度の整備の一環なんですけど、これらの法律により「人に障害があるのか」「社会に障害があるのか」というところで考え方が変わりました。「障害」の捉え方として、「医学モデル」と「社会モデル」という2つの考え方があります。大きく言えば、これまでの考え方は「この演劇作品が楽しめないのは個人に障害があるため(=医学モデル)」という感じだったんですけど、今の考え方としては、「障害のないことを前提に作られた演劇作品の側に原因がある(=社会モデル)」というようなイメージです。だから「障害」という言葉も、「害」の字を「碍」にしてみたり、ひらがなにしてみたり、「ハンディキャップのある人」という言い方をしてみたりということもされていますが、パラブラでは、「社会」のほうに障害があるという考え方で、「視覚障害」「聴覚障害」という言葉は使います。「障害を持つ人」となると違うよねっていう考えです。

小沢:なるほど!

ーーちなみに先ほど出てきた「障害者差別解消法」ではどういった義務があるのでしょうか?

蒔苗:現状、「不当な差別取り扱いの禁止」は義務となっています。また、国や地方自治体に対して「合理的配慮」ということで、当事者から配慮の要望があれば、負担にならない程度で検討することが義務づけられています。来年の4月からは事業者もそれが義務になります。ただそこで勘違いしてほしくないことがあって、当事者が言えばなんでもやらなければならないってことじゃないんです。あくまで「合理的」な「配慮」が求められているので、お互いの相談のもと「これ以上は難しいけど、ここまではできる」をみつけていきましょうという法律です。そこがまだあまり広まっていないこともあり、例えば演劇の鑑賞サポートでも、当事者は「法律もあるし相談できるかな」という感じなんですけど、事業者側はどこまで配慮したらいいのかわからないから難しいと感じてしまうときもある。パラブラでは「UDCast」というサイトで鑑賞サポートの相談窓口(※記事最後にリンク有)も運営していますが、根本的な考え方がなかなか社会に浸透していないというのは一番の課題だと感じています。

蒔苗みほ子

蒔苗みほ子

もともと演劇や映画が好きな人は多い

小沢:今回の鑑賞サポート導入のきっかけは、プロデューサーの半田さんからの提案です。今作に限らず、半田さんはそもそもどうして鑑賞サポートを導入しようと思ったんですか?

半田:私が2021年に携わったタカハ劇団の『美談殺人』という作品は、手話通訳者が舞台に立つというつくりでした。なので耳が聴こえない方にも観ていただきたいと考えたのですが、その鑑賞サポートを誰に頼めばいいかわからず、知り合いにパラブラさんを紹介してもらって、劇団主宰の高羽彩さんと一緒にお会いしました。『美談殺人』は東京・下北沢の「駅前劇場」で上演した公演なんですけど、小劇場でもそういう取り組みをやってみたいという相談をしたんですよね。

蒔苗:そうでしたね。なつかしい。

半田:そのときのパラブラ代表の山上さんや蒔苗さんの言葉ですごく心に残っているのが、「全部をやろうとすると大変だけど、できることからやっていくのがいいんじゃないですか?」というものです。というのも鑑賞サポートにはいろんなメニューがあるんですよ。舞台手話通訳、字幕タブレット貸し出し、音声ガイド、駅までのお迎え、盲導犬対応、台本貸出……。それを小劇場のカンパニーが最初からやるとなると、やり方もわからないし、どう進行をしていけばいいかわからない。そこでその言葉を聞いて、ちょっと肩の荷が下りて。じゃあまずは字幕タブレット、駅までのお迎え、盲導犬対応、台本貸出、事前舞台説明をやってみようと決めました。そこが始まりです。

半田桃子

半田桃子

ーーどのくらいの方が来られたのですか?

半田:40人くらいいらっしゃいました。そしたら客席がすごく豊かになったんですよ。字幕タブレットを利用している人もいるし、盲導犬と来てくださる方もいるし、音声ガイドはなかったけど目が見えない方や弱視の方も来てくださっていた。私はその客席の風景に感動して。カンパニーサイドとしては、コストもかかるしカロリーも高い取り組みではありますが、続けていくことに意味があるなと思いました。あと、小劇場でも興味を持って来て下さる方がこんなにいるんだ! というのも知れましたしね。

小沢:駅前劇場で40人ってすごく多いと思います。演劇を観たい方って多いんですか?

蒔苗:もともと演劇や映画がお好きな方も多いんですよ。でも聴こえない方でいうと、演劇はサポートがないと台詞がわからないので。

小沢:字幕がないですもんね。

蒔苗:そうですね。『美談殺人』は手話通訳者が舞台に立つという特色もありましたし、みなさまから「ぜひ観たい」という声が挙がって、多くの参加がありました。ただ現実としては、鑑賞サポートのある作品があることに当事者もまだ気付いていないという部分があります。普段から演劇や映画を観たいと思われている方は、そういうサークルだったりNPO団体だったりに属しているので情報を得やすいのですが、その一段先の「一般に向けての広がり」というのが今の課題です。

小沢:どう知ってもらうのがいいんですかね?

蒔苗:それこそこういう記事だったり、SNSだったりがありますね。だけどなにより、このサポートが当たり前になることが一番の近道だと思います。実際にどんな感じになるのかがわからないから、はじめの一歩が踏み出せない方が多い状況なので、私たちも今は「一回来てみなよ」っていうことを伝えています。

(左から)半田桃子、蒔苗みほ子、小沢道成

(左から)半田桃子、蒔苗みほ子、小沢道成

小沢:そこは演劇界の誰もが考える「どうやったらお客様に来てもらえるか」というのと同じですね。

蒔苗:はい、半田さんたちと話せば話すほど同じだなと思っています。そのために今、半田さんたちと検討していることとしては、情報発信ですね。演劇ファンにはチラシのあらすじが鑑賞の判断基準になるけど、初めての人には何がおもしろいのかわからないので、もっと簡単な宣伝文をお願いします、とか。

半田:チラシになんの情報を載せるかには、制作サイドが「相手がなにが知りたいか」を考えなければいけないなと感じています。どういうサポートがあって、どういうサポートが“ない”かまでを明確にする。パラブラさんや、手話通訳をお願いしている団体TA-net(シアター・アクセシビリティ・ネットワーク)さんからフィードバックがあるのはそこです。ないならないと言っておくことが判断基準になるので。

蒔苗:問い合わせなきゃわからないような曖昧な書き方だと、それだけで「私向きではないのかな」と思われてしまうんです。だから「これはできます」「これはできません」と明確にすることが大事。最近は、サポートがあることを情報解禁と同時に発信してくださる劇団さんや公演も多くなってきていて、当たり前に情報として受け取れる状況がすごくうれしいです。これまでは当事者だけの情報ツールで回ってくる、狭い感じだったんですよ。でも今はみんなが「こういうのあるんだ」と知れて、お友達とか会社の同僚の当事者と一緒に行ける、みたいになっている。一般の情報になることでの広がりというのは絶対にあると思います。それはいち演劇ファンとしてもうれしいです。自分が利用しなくても、こういうことが始まっていて、この劇団はこういうことをしているんだなってことに安心感を持ちます。託児サービスもどんどん増えていますしね。

国や都への働きかけから生まれる変化

ーー現状の課題というのはどこにあると思われますか?

蒔苗:まだまだ課題だらけです。観劇人口を増やしたいというのもそうですし、今話した社会に知られていないということもそうですし。さっき半田さんもおっしゃっていたけど、鑑賞サポートが公演実施の流れの中にデフォルトで入っているものではないので、どうしても後付けの負担になってしまう。だからお金の面でも人の面でも、国が法律でそれを当たり前にしたいんだったら、サポートしてほしいですよね。

小沢:そこはそうですね。団体側からするとお金のことはあるなと思います。小劇場で公演をするような団体は、そうでなくても予算が少なくて黒字にできるかどうかのラインで闘っているところもたくさんあるので。ただその一方で、シンプルにお客様の層が広がるというのはメリットだよなとも思いました。

小沢道成

小沢道成

蒔苗:理想としては、例えば舞台美術費とかと同じように、鑑賞サポートが当たり前の公演経費になることです。ただそのためには中期的ないろんな施策が必要で、鑑賞人口の掘り起こしには劇場や国の協力も絶対に必要だなと思います。

半田:ただその中でもちょっとずつ助成の仕組みが変わっていて、例えば芸術文化振興基金だと鑑賞サポートにかかる費用が助成の対象になったり、あとはアーツカウンシル東京は、今年から制作費とは別枠で、鑑賞サポート費と、ハラスメント防止や託児保育サービスの費用が申請できるようになったんですよ。

小沢:それは大きいですね!

半田:すべて同じ枠だと、どうしても目に見えるようなものだったり人件費に充ててしまうんだけど、別枠で立ててくれるとそのためだけにお金が使えるから「じゃあやってみよう」となるんですよね。

ーーそういう変化って、こちら側からの働きかけがあってのことなのでしょうか?

半田:私も助成団体に対して「こういうのがあったらいいです」と伝えてきました。多分他のカンパニーも声に出して言ってくれたから、そうなってきたんだと思います。今はほかにも、公共劇場、および民間劇場が、鑑賞サポートのための機材をスタンダードに置いておいてくださると、レンタル経費がかからないよねって話を蒔苗さんとしていて。
蒔苗 そうですね。機材が劇場に備え付けであれば、カンパニーは中身を作るところだけでいいわけなので。

ひとつの作品で語られているものは決してひとつの答えではない

ーー今回の具体的なサポートの内容もうかがいたいのですが、『我ら宇宙の塵』ではどんな鑑賞サポートがあるのでしょうか?

蒔苗:まず、お一人ひとつずつタブレットをお貸出しします。そのタブレットは暗転中でも明かりが漏れないような加工がしてあるものです。タブレットには、開演前のアナウンスから本編まで全部の言葉が文字で表示されるので、お客さんはそれを見ながら舞台を観ることで音声の情報が受け取れるということです。

蒔苗みほ子

蒔苗みほ子

ーー舞台って日々少しずつ台詞のタイミングなども変化しますが、そこはどう対応されているのですか?

蒔苗:場内に一人オペレーターのスタッフがいて、その場で音声を聞いて文字をタブレットに出せるようにしています。いろんなサービスがありますが、弊社はそういうふうにしていますね。

小沢アドリブとかあると大変ですね?

蒔苗:一応、アドリブも入力できるモードをつけてはいるんですよ。非常時に「避難経路はこちらです」というご案内は必要なので、なにかあったらパッと差し込めるような機能はつけています。

ーーいろんな事態を想定してつくられているんですね。

蒔苗:字幕で演劇が楽しめるかなと不思議に思いますか?

小沢:僕は英語が話せないし聞き取れないのですが、海外でお芝居を観てなにを言っているかはわからなくても楽しめる人なんです。そのときは、物語を知ろうとしたり言葉を理解しようとしないぶん、「きれいだな」とか「役者さんの表情いいな」とかで楽しんでいたりする。人間の持っている情報量はすごいですから。それに、ひとつの作品で語られているものは決してひとつの答えではないと思うんです。作者がつくったものだけではない、自由にいろんな捉え方ができるのが、演劇や映画なんだと思いますし。

蒔苗:小沢さんのその、観客を信頼してくれているところ、とても素敵だと思いました。鑑賞サポートの取り組みをしていると、聴こえなくても見えなくても、作品の本質はじゅうぶんに受け取ることができるんだなということを実感します。そこが私は一番おもしろいなと思っているところです。今回は、字幕タブレットの貸出なので聴こえない方がいらっしゃることが多いと思うのですが、字幕があることできっとさらにイメージが膨らむと思います。

当事者のお客様の選択肢を増やしたい

ーーこういった鑑賞サポートの取り組みは、ボランティアの方が担うことが多かったそうですね。

蒔苗:はい、その場合はボランティアの方の個人の解釈で字幕表現を作ったり、シーンの説明をしたりということになっていました。それも助けになりますが、個人的には公式の、つまり演出家の意図の入ったサポートを提供するというのは、すごく大事なことだと思っています。そこがこの鑑賞サポートの事業を始めるきっかけでもあります。実は半田さんのチームは、毎回字幕を出すオペレーションも担ってくださっているんですよ。

半田:うちは毎回制作スタッフから担当者を出すようにしてて、今回も制作スタッフが担当します。

半田桃子

半田桃子

ーー稽古場で一緒に作品をつくってきた人が担当するんですね。

半田:今回、その制作スタッフに頼んだときにうれしかったのが、ご家族の中には耳が聞こえにくい方もいるそうで、本人が担当している作品も観に行けなかったりするらしいんです。だから今回は「家族にも届けるためにがんばってオペレーションします」と言ってくれて。キャストやスタッフが「家族に観てもらえる」と言ってくれるのはうれしいし、「字幕、見やすかったよ」と言ってもらえるのもうれしいなと感じます。
もちろん予算の問題もあるし人手の問題もあってそうしているのですが、理想では、例えばもし鑑賞サポート対象日以外にお客様からの問い合わせがあったときに、「じゃあ今日も出しますか」くらいのノリで対応できたらいいなと思っているんです。もちろん「この日は鑑賞サポート日で、タブレットを使うお客様がいます」と、事前周知しておくことも大切なんですけど、でもそのくらい気軽に観に来てもらえるようになればすごくいいなと思います。

ーーたしかにそれは制作スタッフができるからこそ可能な対応ですね。

半田:自分が鑑賞サポートをやる公演に関しては、日時も含めお客様に選択肢をもっと持ってほしいなと思っています。あとはお客様が作品を選べることが一番大事だと思うので。取り組むカンパニーが増えることもうれしいです。
小沢 そうですね。と同時に、義務的にやるだけでは誰にとっても良くないと思うので、まずは僕たちが取り組んでの実績みたいなものを共有できたらいいんですかね。「こんなにいろんな人が観てくれるんだ!」ということが広く知られたら、多くの作り手さんが「私たちもやってみよう」と思って、鑑賞サポート実施の公演が広がっていく気がしました。より多くの人に観てもらいたいという想いは誰もが抱いてるはずなので。

(左から)半田桃子、蒔苗みほ子、小沢道成

(左から)半田桃子、蒔苗みほ子、小沢道成

UDCast 鑑賞サポート相談窓口
https://udcast.net/support/

Palabra株式会社
https://palabra-i.co.jp/


取材・文=中川實穗     写真=山岸和人

(左から)半田桃子、蒔苗みほ子、小沢道成