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住宅地の通行制限 効果はあるか

英国では、都市部や住宅地の交通量を減らすために「LTN(Low Traffic Neighbourhood)」という制度が導入されている。対象道路における一般車両の通行を、標識やバリアによって制限するというもので、1970年代ロンドンで始まり、今や国内各地に広がっている。

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しかし最近、英国のリシ・スナク首相がLTNの利用について見直しを命じたことで、にわかに話題となっている。LTNが実際にどのように機能しているのか、そしてどんな効果をもたらしているのか。交通渋滞を別の場所に押し付けているだけだという批判の声も、一部からは聞こえてくる。

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一般車両の通行を制限するLTNだが、その有効性に疑問が投げかけられている。

LTNは1970年代に導入が始まったと書いたが、今のように広く使われるようになったのは2020年春からと、つい最近のことである。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、ウォーキングやサイクリングなどのアクティブなライフスタイルを促進する、安全で清潔な空間を確保するという政府計画の一環として、2020年から21年にかけて多額の資金が投じられ、一気に拡大したのだ。

採用されたのは、バーミンガムブリストルロンドンオックスフォードサウサンプトンなど。

これはもともと保守党の掲げる政策であったが、同党のスナク首相は疑問を投げかけている。彼がサンデー・テレグラフ紙に語ったところによると、自身は「ドライバーの味方」であり、国民が「自分にとって重要なすべてのことをするためにクルマを使う」ことを支持しているという。

スナク首相は、LTNがどのように機能しているかを確認するよう運輸省に命じたと述べた。これは、7月初めにマーク・ハーパー運輸大臣が、イングランドでのLTNへの新規資金提供を停止したことを受けたものだ。

この見直しの一環として、現行のLTN制度に何らかの変化があるのかどうかは明らかにされていない。

「国民の大多数は移動にクルマを使い、クルマに依存しています。わたしはただ、わたしが国民の味方であることを知ってもらいたいのです。彼らが自分にとって重要なことをするためにクルマを使えるようサポートします」

車両の通行を制限するLTNは、都市部・住宅地の居住環境に深く関わる。英国では最近、環境政策を巡る意見の対立が顕著になっている。政府は2030年にガソリン車とディーゼル車の新車販売を禁止する計画だが、延期の可能性も示唆されている。

また、現ロンドン市長で労働党サディク・カーン氏は、ULEZ(超低排出ガスゾーン)の対象エリア拡大を計画しているが、これが市民からの反感を買い、7月の補欠選挙ではアクスブリッジ・サウスライスリップ選挙区で保守党に敗れる要因となった。

LTNとは? もっと詳しく

LTNは、前述したように安全で清潔な空間を英国全土に確保するため、政府が資金を投入して拡大された。一般的に、自動車の通行を減らし、徒歩や自転車移動を奨励することで交通安全や健康促進、犯罪抑制にもつながっているとされる。緊急車両は影響を受けない。

しかし、問題点も指摘されており、地元の交通に悪影響を与え、他の場所での渋滞を増やしているという批判もある。一方、道路が渋滞回避の「抜け道」として使われなくなったことで、住宅地の生活の質は劇的に向上したと支持する人もいる。

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政府支出でLTFが増設され、一部では大きな反対運動も起きた。

また一方で、多くのLTNはナンバープレート認識カメラによって取り締まられ、違反者には最高160ポンド(約2万9000円)の罰金が課されるため、LTNは歳入増の手段になっているのではないかという疑念もある。実際、2021年、LTNの導入件数が100件と最も多いロンドンにおける「移動中の交通違反」は前年比55.4%増(210万件から325万件へ増加)となっており、この増加はLTN導入によるところが大きい。

LTNの導入が進んでいるのは首都だけではない。ブリストル、マンチェスター、バーミンガムシェフィールドなどの都市でも交通を制限した空間が作られている。

2020年に政府が2億2500万ポンド(約410億円)を投じて歩行者自転車利用を奨励する「アクティブ・トラベル」を立ち上げ(ロンドンのみ2億5000万ポンドを追加投入)、その一環としてLTNを増設。それまで通行可能だった道路から自動車が締め出されるケースが増え、大々的に注目されるようになった。

昨年、LTN設置のためにロンドン市議会が使用した運輸省のデータに誤りが見つかったことで、批判の声が強まった。同データでは、2009年から2019年にかけてロンドンの住宅地の交通量が大幅に増加しているとされたが、見直しの結果、実際には増加は記録されていなかった。

LTNの有効性に関する研究結果も混乱を招いている。同じく運輸省が委託した研究によると、2021年、LTNのあるロンドンの10の行政区では、走行距離が前年より6600万km増加したことが示されている。一方、LTNを持たない他の2つの行政区では、4600万kmの増加にとどまった。

この数字から、一部の評論家は、LTN制度が対象外の道路に車両を移動させているだけだと解釈されてしまう可能性を指摘している。

インペリアル・カレッジ・ロンドンが2021年に発表した報告書によると、LTNをいち早く導入したウォルサムストウ・ビレッジでは、LTNに隣接する少数の道路で交通量が増加したという。しかし、LTN内の交通量は44%減少したとのこと。

この調査結果は、ウェストミンスター大学のアクティブ・トラベル・アカデミー(ATA)が昨年発表した、46か所のLTNの調査結果とも一致する。それによると、LTN内の平均交通量は46.9%減少しており、周辺道路の半数で交通量が増加したが(平均0.7%、1日あたり82台)、残りの半数では減少しているという。

ATAのディレクターであり、本調査の共同発表者であるレイチェル・オルドレッド教授は、「この調査は、LTN計画の結果として、全体的な『交通の蒸発』があったことを示している。LTNは、その境界の内側で実質的な利益をもたらすだけでなく、より広範な交通削減目標にも貢献できる」と述べている。

とはいえ、英国のオンライン新聞iが昨年行った調査によると、2020年3月以降に設置されたLTNのうち28%が、自動車利用者や住民からの猛烈な、時には暴力的な反対運動に直面したことによって廃止されている。

イングランド南部の都市ソールベリーは、地元企業からの苦情を受けて市内中心部のLTNを廃止した。他の自治体はそう簡単には譲歩せず、LTNを維持するだけでなく、その数を増やすことを約束するところも多い。

今後のLTNの動向については続報を待ちたい。


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