今、ベンチャー企業だけではなく大企業でも、変化に強く、イノベーションを生み出す組織のあり方として「ネットワーク型組織」に注目が集まっている。しかし、歴史が長く、人数も多い大企業では一筋縄にはいかない。当連載は、ネットワーク型組織の本質を解き明かし、自社に導入、運用するための手順や留意点を解説した書籍『変化に強く、イノベーションを生み出す ネットワーク型組織のつくり方』(北郷 聡、橋本 洋人著/すばる舎)から一部を抜粋・再編集してお届けする。

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 第1回となる今回は、時代が求める組織変化を紐解き、ネットワーク型組織がいま必要とされる理由を明らかにする。

<連載ラインアップ>
■第1回 「ネットワーク型組織」が必要な理由と時代が求める組織変化(今回)
■第2回 今後、必要になる組織要件・3つのポイント
■第3回 ネットワーク型組織として組成すべき対象組織
■第4回 ネットワーク型組織の体現に成功している企業の事例【サイバーエージェント】

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「ネットワーク型組織」が必要な理由

「ネットワーク型組織」とは、将来を見通しづらい環境において、新規事業創造やイノベーション促進に適した組織形態である。われわれはこれからの時代には「ネットワーク型組織」が必要と考えている。

 社会環境、デジタル化、情報流通の変化、人の考え方・価値観の変化など、企業・組織を取り巻く状況は20年前と全く異なる。これに応じてホラクラシー、ティール、DAOなど、新たな組織形態が生まれてきているが、ベンチャー企業などを中心として一部の成功例に留まっており、特に日本の大企業における組織形態の変化は限定的である。

 これまで多くの組織は、生産性やガバナンスを重視した「階層型組織」と呼ばれるものであった。階層型組織とは、社内における階層に応じて役割分担を定め、上位者の下位者に対する指揮命令で目的を達成する組織であり、モノづくりなどの効率的な業務運営に適している。

 一方でこの組織では、上意下達で業務運営することを基本としているため、下位者が上位者の指示にしたがって動くことが常態化しやすい。意思決定権の多くを上位者が保持していることから、下位者が自身の考えで行動しても上位者の意向と合わないと認められず、「考えてもムダ」という意識になりがちである。その結果、下位者の自律性が育ちにくいという弊害がある。(図1-01) 

 階層で権限が決まっており、該当者の権限を越える場合、上申して意思決定していく運営であるため、担当から課長に提言し、課長が部長に提言し、部長が役員に提言する。そのため、大きな意思決定はリードタイムが長いという課題もある。先が見通しづらい環境で、答えを上位者も持たない新しい物事に対して、スピーディに複数人の個人の知恵・アイデアを有機的に結合しながら解決策を生み出していく場面では、この「階層型」組織は向いていない。

 階層型組織がネットワーク型組織へと変化を見せた様相にはどのようなパターンがあるか。大きく3つの要素が挙げられる。

①「業務中心」から「人間中心」の設計へ
②「効率性」から「創造性」の重視へ
③「画一性・標準化」から「差別性・個別化」

 本書の執筆チームは、数多くの組織変革に関わる問題をご相談いただいているが、この2~3年でご相談いただく問題が、これまでのような「階層型」組織では実現しにくいものに変わってきていると感じている。今までの組織形態のままでは実現できない新規事業創出などの新しい目標の達成や、部署別の縦割りでの役割分担では実行不可能な、バリュチェーンを横断した組織の協業活動などである。例えば、以下のようなご相談が非常に多い。

・新規事業を創出すべく、既存組織から新事業組織を切り出して設立したが、従来的な上位者のマネジメントスタイルや減点式の人事制度が阻害要因となり、なかなか優秀な人材を獲得・処遇できない。

・新しい人材を採用して新事業組織を設立し、必要な権限を設定したが、実態としては既存事業側の緊急対応を優先し続け、試作ラインや人材を十分に使用できないため、思うような事業成果を生み出すことができない。

 単発的な新商品開発くらいを目的とするのであれば、組織制度の根本まで見直す必要はないが、事業レベルでの新規創出を必要とする場合、指揮命令系統・意思決定プロセス・権限配置・人事制度・人材マネジメントなどを複合的に見直すことが必要になる。「階層型」に代わる組織論については、2000年代以降、さまざまな論が出てきている。2007年にBryan J Robertson氏によって提唱されたホラクラシー、2014年にFrederic Laloux氏に提唱されたティール組織などが代表的である。近年ではDecentralized Autonomous Organization (DAO)*への注目も高まってきている。

* ホラクラシーは、スタートアップ企業での採用が多く見られる経営手法である。社会的な価値や目的への共感をベースに、自律した個人が目的達成のために集まり、組織が組成される。必ずしも営利的な発展、組織規模の数量的な拡大のみを目的としておらず、社会にインパクトを生む組織を発展させてきている。
* ティール組織は、より人間がありのままの状態で集団的な活動ができる組織形態と言われている。価値や目的への共感から(「存在目的」という)集団となり、人々が自律的に動き互いに助け合う (「自主経営」という)組織である。そして、自らの職場/それ以外の顔を使い分けることなく、ありのままの自分で目的遂行に向かっていける(「全体性」という) 組織とされる。
* DAO(自律分散型組織)は、組織統括の役割や中央管理者が存在せず、メンバー全員が平などに発言することができる組織である。透明性が高く、誰でもルール・運営方法などが閲覧できる。現時点ではインターネット上において、仮想通貨を活用した投資家によって構成される組織などにおいて活用されている。

 われわれのクライアントの中にも、階層型からこのような組織へ変革することによって、以前の組織ではなし得なかった成功を収めている企業も少なくない。ただしその多くは、オーナー企業など、経営者の意向によって大きく組織を変えやすい会社、組織の大きさが数百名など一定規模以下の会社、設立から数十年以内といった、歴史的な変遷が限定的な企業が占めている。トップダウンで舵を大きく切りやすい、組織として固まり切っていないため、柔軟に変化させやすい特徴を持っている。

 一方で、われわれが多くご相談をいただくような企業群は、歴史があり、人数も多い大企業で、このような解決を同様に試みてもなかなか一筋縄にはいかない。

 例えば、以下のような難しさに直面する。

・人数が多いため、企業としての価値観・考え方を統一しようとしても、経験・育った環境など、多岐にわたる人々が集まっているため意思統一が難しい。

・組織間で利害がコンフリクト(衝突)することが多いため、考え方のすり合わせ自体が非常に難しく、多大な時間を要する。

・企業の歴史が長いため、培われてきた固定観念の定着が強く、覆すことが容易ではない。

・組織の規模が大きくなると、創造的な業務だけでなく、付随する事務作業も相応のボリュームになるため、必ずオペレーション業務(定型業務)が発生している。その業務量も多いため、効率的に進めるための組織設計が必要になるが、効率性を追求するには創造性と相反する設計を伴うことになり、バランスを取るのが難しい。

・コングロマリッドのような事業領域が多岐にわたる大企業の場合、事業別に競争力獲得のため、必要な機能や組織構造は、事業ごとに応じた違いが必要になり、事業個別最適での組織運営を行いがちで、単一的な構造でシンプルな運営が難しい。

 このように、歴史があり、人数の多い大企業では、解決の難しさが異なってくる。

時代が求める組織変化

 では、ネットワーク型組織の特徴・違いは何かを解説していきたい。その前に必要性の根拠を伝えるべく、近年の環境変化と組織への影響因子から紐解いていきたい。(図1-02)

 近年の環境変化は大きく3点ある。

1. 市場環境変化の加速
2. 破壊的技術革新
3. 人の考え方・価値観の変化

 順次見ていくが、特に3. の「人の考え方・価値観の変化」は、今後の階層型組織の限界と、ネットワーク型組織の必要性を強く感じさせる変化点になっている。

1. 市場環境変化の加速

 2000年代に入ると、インターネットによる情報の収集と共有の向上、金融緩和による市場の活性化が進み、VUCAの時代と呼ばれる市場環境変化が激しい時代に突入した。

 2010年代は、デジタル化の加速による破壊的イノベーションが次々に起こった。グローバルビジネスの必要性はますます高まり、グローバルガバナンスのあり方や、クロスボーダーM&A対応力の向上に迫られる企業は飛躍的に増加した。加えて昨今は、COVID-19の影響により、米中対立の構図が深まり、IT業界を中心としたサプライチェーンの混乱や、米国による自国先端技術の囲い込みが発生。さらに、ロシアウクライナ侵攻をきっかけとする欧米企業のロシア撤退SWIFT離脱により、世界の勢カ図、経済環境が目まぐるしく変化している。

 このような状況下で、既存の事業ポートフォリオのままでは必要な競争力を発揮できず、事業の再編・売却・撤退を必要とされた企業も少なくないだろう。そうした企業にとっては、「新たな事業の創造」という難題が必須の経営課題になっている。

2. デジタル技術革新

 デジタル技術の革新によって、個人の情報収集力や、業務のあり方に大きな変化がもたらされた。スマホをはじめとするICTツールインフラ整備により、個人が「知る」スピードが飛躍的に高まるとともに、ネットワーク上での発信・討議を通じて「思考を深める」ようになり、利便性や得られる知見者の幅の広がりから、討議サイクルが圧倒的に短期化した。その結果、先端的な知見・情報を保持するスピードは、今や個人が最速で、企業や政府などの組織的な情報共有となると、個人と比べて歴然として遅いという状況である。(図1-03)

 Facebook・Instagram・YoutubeなどのSNSの浸透により、個人の情報発信力やアクセススピードの高まりが、得られる情報の広さ・深さにも影響を及ぼしていると同時に、個人のインプットする情報に偏り・エッジが生じてきている。これは2010年頃、顕著に表れて以降、数年前から常態化している。

 こうなると、組織の一部上位者に情報を集約させ、意思決定して推進するという組織運営では、市場や顧客が求めるスピードに対応できない可能性が出てくる。必然的に、個人やチームといった少人数のコミュニティが主体になって、判断推進できるような組織が必要になってくる。

 デジタル技術による業務自動化の影響も大きい。例えば、書類の電子化による承認・決済ワークフローのデジタル化や、RPAを活用した社内定型業務の自動化は飛躍的に進んだ。

 業務が自動化されると、人がやるべき仕事は、より非定型的なものになっていく。個人が価値を発揮するには、個人が持つ情報・人脈や、そこから得られるアイデアがより重要になる。定型業務の従事者は、価値の出し方を変えない限り、職を失う可能性すら出てくる。企業は、非定型な価値創造へのスキルシフトが進むような人事的取り組みを同時に行っていくことが求められている。

3. 人の考え方・価値観の変化

 人の考え方・価値観の変化の影響が非常に大きい。バブル崩壊後の1983年以降に生まれ、2000年以降に社会人になっている「ミレニアル世代」、さらに1995年以降に生まれデジタルネイティブと言われる「Z世代」の社会進出が進んでいる。(次ページ図1-04)

 彼ら彼女らが企業内の一定ボリュームを占めてくるようになったことにより、企業が求められる対応は大きく変化した。高度経済成長から20世紀の終わりまでは、比較的に昇進・昇格といった社内的権威や、金銭的報酬が、仕事の対価になりがちであった。だが、高度経済成長以降、金銭的にも大きく不自由しない家庭環境で育った人の割合が多くなり、スマホやファストフードなど、比較的に安価に生活の満足を得やすい状況となった結果、ミレニアル・Z世代は金銭的な対価をそれほど重視しない傾向が表れている。

 それよりも「適切なワークライフバランス」、「職場での過ごしやすさ」、「やりがい・働きがい」といった、非金銭的な報酬が企業を選ぶ基準となり、仕事をするうえでのモチベーションになる。(図1-05)金銭的報酬についても、優秀人材の傾向として、年功的に実績や経験を徐々に積み上げて高めていくよりも、若くから高い価値・成果を出して高額報酬を得る方向に変化している。

 Googleによって、優秀な社員は入社時から1000万円の報酬を提供するといったことから潮流が生まれ、デジタル系の希少人材は、若手であっても高額報酬になっている。専門職の高額報酬化が高まると、総合的なキャリアを年功的に積む人事制度というだけで、優秀な人材から敬遠される状況になりつつある。

 さらには、副業・兼業のニーズも高まっている。彼ら彼女らにとっての重要事項は、世の中によい価値を提供していくため、目的意識を共感し、互いにリソースとなる人物と、適時適切に協業して目的を実現していくことにある。その動き方においては、複数の団体・コミュニティに所属することが不可欠になる。1つの企業に所属するという雇用形態は、制約でしかないのである。

 また、COVID-19 により、多くの企業・団体がリモートワークを余儀なくされる状況となった結果、これまで対面で行うことが当たり前とされていた仕事の環境は、リモートでも成立することが実証された。業務遂行、会議、チームメンバーとのコミュニケーション、人材マネジメントなど、リモートでも成立することは非常に多い。リモートになったことで、仕事とプライベートのバランス確保に寄与し、複合的な時間の使い方が可能になった。今後、人々の価値観のあり方として、この傾向はより支持され、拡大していくと考えられる。そうなると、ますます時間・場所を問わない働き方が求められると予測できる。

 このように、時代における変化を、市場・技術・人材と複眼的に見ていくと、明らかに従来的な組織・人事のあり方では限界を迎えつつあることがわかる。

<連載ラインアップ>
■第1回 「ネットワーク型組織」が必要な理由と時代が求める組織変化(今回)
■第2回 今後、必要になる組織要件・3つのポイント
■第3回 ネットワーク型組織として組成すべき対象組織
■第4回 ネットワーク型組織の体現に成功している企業の事例【サイバーエージェント】

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