ウクライナ産穀物を黒海経由で輸出する手続きを定めたロシアウクライナトルコ、国連の間の「穀物合意」(2022年7月)を巡り、ペスコフ露大統領報道官は合意の延長期限であるこの7月17日ロシアが合意から一時的に離脱すると発表した。

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 ロシアは自身の要求が満たされた場合、合意に復帰するとしているが、合意の失効で穀物の流通量が減少し、世界的な食料価格高騰が加速する恐れがある。

 ロシアは従来、合意延長に応じる条件として、露農業銀行を国際決済ネットワーク「国際銀行間通信協会SWIFT)」に再接続することや対露制裁に伴う物流問題の解消などを提示している。

 ペスコフ氏は「これらは履行されていない」と述べた。

 ロシアは合意からの離脱で国際社会を揺さぶり、自身の要求を聞き入れさせる思惑だとみられている。

 ウクライナウォロディミル・ゼレンスキー大統領7月17日ロシアが合意から離脱しても「恐れることはない」と述べ、黒海経由での輸出を継続する用意があると強調した。

 ただ、トルコロシアの意向を無視して協力することなどが必要で、実現できるかは不透明である。

 ロシア7月17日の輸出合意の失効後、20日までに3日連続で南部の主要港をミサイルなどで攻撃した。

 ロシア国防省は合意の停止に伴い、7月20日以降に黒海を通じてウクライナに入港するすべての船舶を「軍事物資の輸送に関わっているとみなす」と宣言。21日には黒海で軍事演習を行うなど、ウクライナや欧米への威嚇を強めている。

 国連の安全保障理事会は7月21日、緊急会合を開催した。

 会合では、ロシアの輸出合意からの離脱が世界的な食料危機を招く可能性があるなどとして、各国から非難の声が上がった。

 リンダ・トーマスグリーンフィールド米国連大使は、「ロシアは黒海を脅迫手段として利用しているだけだ。政治的な駆け引きをしており、人類を人質に取っている」と述べた。

 北大西洋条約機構(NATO)は7月26日、黒海経由のウクライナ産穀物輸出合意から離脱したロシアウクライナ南部の港湾都市や穀物貯蔵施設などに攻撃を続けていることは「黒海の安定にとって大きなリスク」と批判し、黒海で対潜哨戒機無人機を使った監視・偵察活動を強化する方針を明らかにした。

 また、イェンス・ストルテンベルグ事務総長は、黒海は「NATOにとって戦略的に重要」だとした上で「いかなる侵略からも加盟国の領土の隅々まで防衛する用意がある」とロシアをけん制した。

 さて、筆者はロシア国際法を無視した横暴な振る舞いに対応するために、次の3つの選択肢を提言したい。

 1つ目は、国連は「平和のための結集(Uniting for peace)」決議(決議377A)に基づき、第11期特別会期(Emergency Special Session:ESS)の総会を開催し、穀物輸送船を護衛するための国連軍を黒海に派遣する決議案を採択すべきであると考える。

 ロシアは、黒海の西部と南東部の公海上は「時限的に船舶航行の危険地帯とされる」と勝手に宣言しているが、これは国際法違反である。

 国連海洋法条約第87条には、公海はすべての国に開放され、すべての国が公海の自由等を享受する、とある。

 2つ目は、イランイラク戦争におけるタンカーの航路安全確保のための活動に倣った黒海における穀物輸送船の安全確保のための活動である。

 イランイラク戦争では、米国はクェートからの要請に基づき、クウェートタンカーを米国船籍へ変更した上で護衛する「アーネストウィル作戦」を行った。

 3つ目は、NATOが地中海に配備しているNATO常設海軍(Standing NATO Maritime Group 2)を黒海に派遣し、穀物輸送船を護衛する方法である。

 万一ロシアがNATO軍艦艇を攻撃してきた時は、NATOとロシアとの武力衝突に発展する恐れがある。

 NATOには相当の覚悟が必要となるであろう。

 以下、初めに今回ロシアが延長しなかった黒海穀物イニシアティブについて述べる。次に、3つの選択肢について述べる。

 まず、ESSの総会決議による黒海への国連軍の派遣について述べる。次に、有志国による黒海における穀物輸送船の航路安全確保活動について述べる。

 最後にNATO常設海軍による黒海における穀物輸送船の護衛作戦について述べる。

1.黒海穀物イニシアティブ

(1)全般

 2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵略のため、それまで黒海経由の主要輸出国であったウクライナからの穀物海上輸送が完全に停止した。

 さらに、ロシアも穀物輸出を一時的に停止したことで、状況をさらに悪化させた。

 前年に小麦輸出で世界の30%、トウモロコシで世界の20%を占めていた2国による輸出減の懸念から世界の食料価格が上昇し、低所得国では飢饉の脅威が生じた。

 食糧危機への懸念に対処するため、モントルー条約に基づき黒海からの海上ルートを支配するトルコが主催し、国連が支援する話し合いが4月に始まった。

 2022年7月22日イスタンブールロシアウクライナ、国連およびトルコの4か国は、世界的な食糧危機回避のための協定に合意した。

 同協定は、「黒海イニシアティブ」と名付けられ、黒海を通過する安全な食糧回廊の構築を図ることを目的としている。

 イスタンブールで行われた合意文書の調印式では、それぞれを代表して、ウクライナのクブラコフ・インフラ相、ロシアセルゲイ・ショイグ国防相、トルコのアカル国防相、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が署名した。

 これとは別に、ロシアは国連およびトルコとの間で、既存の制裁外でロシアの食糧、肥料の出荷が輸出できるとの覚書に署名した。

 同内容は、米国と欧州連合(EU)がロシア製品を世界市場に輸送する企業や船舶に対する制裁を行わないことを確約したもので、銀行や保険の手続きも制裁の対象から外れることとなる。

 黒海穀物イニシアティブは、昨年7月の発足以来、今年7月まで3200万トンを超える穀物等をいわゆる「グローバル・サウス」と呼ばれる国々を中心とした食料を必要とする国や地域に届け、食料価格の安定や世界の食料安全保障に貢献してきた。

(2)合意内容

 イスタンブールに「共同監視機構」を設置し、トルコロシアウクライナ、国連関係者により、ウクライナ発着の船舶の航行状況や安全性を共同監視する。

 黒海での商業船航行に際しては、ウクライナ海軍が機雷不在海域を特定のうえ、(民間の)水先案内人が誘導する。商業船航行中、ロシアウクライナ両軍は相互攻撃を行わない。

 合意期間は120日間有効。相互に異存がなければ自動的に更新される。

(3)ロシアの離脱

 2022年11月7日に120日間の合意延長が公表され、2023年3月と5月にも60日間の延長がなされた。

 2023年7月17日、ペスコフ露大統領報道官は合意の延長期限であるこの7月17日ロシアが合意から一時的に離脱すると発表した。

 ペスコフ露報道官は同日、「残念ながら黒海合意のロシアに関連する部分が履行されていない」ことが終了の理由だと説明。「ロシアの部分が完了次第、ロシア側はこの合意の履行に即座に復帰する」とも述べた。

 また、ウラジーミル・プーチン大統領はかねて不満を表明しており、協定の理由建てとなった貧困国への食糧供給の実施率の低さや、ロシアの食料・肥料輸出への輸出障害に言及してきた。

 ロシア産穀物や肥料の輸出については、その実現には多くの障壁が存在する。

 例えば、欧米の経済制裁で、ロシア製品の運搬船に対する保険の取り扱いがないことや、輸出業務を執り行うロシア農業銀行が米国の制裁リストに掲載されたことによって国際送金システム(SWIFT)から締め出されていることなどである。

 いずれにしても、欧米の管理下で国連の影響力を行使できる場所にないため、グテーレス国連事務総長の約束は果たされていない。

 かつて、トルコレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は「ロシアが(ウクライナと同じ)恩恵を受けていないとして後ろ向きの態度を示したとしても、我々は断固として人類に仕える努力を続ける」と語ったことがある(出典:ロイター通信2022.11.1)。

2.ESS総会決議による黒海への国連軍の派遣

 冷戦開始とともに拒否権は濫発され、むしろ常任理事国の国益のために拒否権を行使するという弊害が目立つようになり、当初想定された集団的安全保障制度が十分には機能しなかった。

 そのため、拒否権の濫用防止のため、いくつかの方法が編み出されてきた。

 その一つが、1950年に国連総会が採択した「平和のための結集」決議(決議 377A)である。

 この決議は、①安保理が拒否権のために行動を妨げられたときは、総会に審議の場を移し、②総会の3分の2の多数で集団的措置を勧告できるなど、安保理が国際の平和及び安全の維持のために果たすべき機能を総会が代行しうるようにするものである。

(1)「平和のための結集決議」について

「平和のための結集(Uniting for peace)決議」(決議377A)は、1950年6月の朝鮮戦争勃発後、中国代表権問題のために年初から安全保障理事会を欠席中だったソ連が8月に議長国として戻り、安保理における審議が拒否権の行使により行き詰ったのを受けて、総会で米、英、仏、加、比、トルコウルグアイの共同提案により採択されたものである。

 投票結果は52-5(反対:ソ連、チェコスロバキアポーランドウクライナベラルーシ)-2(棄権:印、アルゼンチン)。

 決議の核心は主文第1段落である。

平和への脅威、平和の破壊または侵略行為があると思われるいかなる事案においても、安全保障理事会が、常任理事国間の一致がないために国際の平和と安全の維持に関する主要な責任を遂行できない場合には、総会は集団的措置(平和の破壊または侵略行為の場合には、必要であれば軍隊の使用を含む)について加盟国に適切な勧告を行うことを目的として、その問題を直ちに審議しなければならない。

総会が会期中でない場合には、そのための要請があってから24時間以内に緊急特別会期(ESS)で会合することができる。

このESSは、安全保障理事会の理事国15か国(現在、常任理事国5か国、非常任理事国10か国)のいずれかの9カ国の投票に基づく要請、または国連加盟国の過半数の要請があったときに招集される。

 これまで開設された緊急特別会期(ESS)は、第1会期(1956年招集、スエズ危機)から第11回会期(2022年、ウクライナ情勢)までの11回である。

(2)緊急特別会期(ESS)の総会決議により派遣された国連軍

 国連は、安保理決議だけでなく、ESSの総会決議により次のような国連軍を派遣したことがある。

 1956年10月29日エジプトのガマール・ナセル大統領スエズ運河国有化宣言に衝撃を受けた英国がフランスイスラエルに働きかけ、共同で出兵し、エジプトに侵攻した。

 イスラエルの侵攻が開始された翌日の10月30日、米国は安全保障理事会の緊急会合開催を要請した。

 10月31日に、ESSの総会を招集することを決定した安保理決議119を採択した。11月2日には総会決議997により関係国への停戦とスエズ運河通航の再開を求めた。

 カナダの外務大臣であったレスター・B・ピアソン氏がこの問題の解決に尽力し、国連憲章に規定された強制措置とは異なり関係国の同意を持って展開する国連主導の軍隊の考えを持ち込んだ。

 これは受け入れられ、11月4日から7日にかけての総会決議998、1000、1001により、第1次国際連合緊急軍(First United Nations Emergency Force:UNEF1)が設立されることとなった。

 11月8日には停戦が得られ、11月14日にはエジプトの合意が得られたことから、11月15日よりUNEF1の展開が開始された。

 UNEF1は、

①総会または安保理事会の直接の統制のもとに置かれること

②5大国以外の国家が提供する軍隊等から構成されること(最大人員規模は6000人であった)

③派遣先の同意を要すること

エジプト領内に駐留し、その地域の平穏を保つこと等をその職務にすること

⑤隊員の給与等については提供国が負担し、その他の一切の経費は国連が通常予算の枠内で賄うこととされた。

 1957年3月に展開されたUNEF1は、監視およびパトロールを通じて休戦協定順守の確保にあたり、中東地域の安定と平穏化に一定の貢献を果たした。

 エジプトイスラエルの関係が再び悪化した1967年5月16日エジプトの要請により、任務を中止し撤退した。

 その後、1967年6月5日に第3次中東戦争が勃発している。

 現代的な国連平和維持活動を形作ったピアソンは1957年ノーベル平和賞を受賞し「国連平和維持活動の父」と呼ばれる。

3.有志国による黒海の航路安全確保活動

(1)イランイラク戦争時に有志国が実施したタンカーの航路安全確保のための活動状況

 本項は、防衛研究所所員金澤裕之氏著「イランイラク戦争における航路安全確保のための活動」防衛研究所紀要第20巻第2号(2018年3月)を参考にしている。

 1980年6月頃から散発していたシャット・アルアラブ川の領有をめぐるイランイラクの国境紛争は、9月22日イラク空軍の本格的な攻撃を契機についに全面戦争化した。その後、戦況はほとんど膠着状態に陥った。

 戦況の膠着化に伴い、イランイラク双方が相手国およびその支援国の商船を攻撃するようになり、その被害はペルシャ湾~ホルムズ海峡~オマーン湾の「オイル・ルート」を航行する第三国のタンカーにも及ぶようになった。

 国連をはじめとする国際社会は、イランイラク両国へ、公海上の航行自由原則に基づきペルシャ湾における船舶航行の安全確保を求めるが、イランによる第三国タンカーへの攻撃被害は後を絶たなかった。

 1986年11月1日クウェート政府は船籍変更による自国商船の保護を、米国、ソ連、英国、フランス、中国の各国連安保理常任理事国へ要請した。

 特にクウェート政府は、7隻のタンカーと4隻のLPG船を、クウェート船籍から米国船籍へ変更することを求めていた。

 海戦法規上、交戦国軍艦が外国(中立国)船舶に対して取りうる措置は船籍を中心に決定されるとされる。

 米国のロナルド・レーガン政権は当初、湾岸情勢に巻き込まれることを懸念してクウェートからの要請受諾に消極的だったが、最終的に要請受諾に踏み切り、同年3月7日、米政府はクウェート船舶のアメリカ船籍への変更と、ペルシャ湾での護衛に同意、船籍変更の協定書は4月2日にサインされた(対外的に発表されたのは5月19日)。

●「アーネストウィル作戦」

 1987年6月15日、米国防総省はクウェートタンカーの米国船籍への転籍、海軍による護衛計画の概要をまとめた「ペルシャ湾における安全保障に関する措置」を連邦議会に提出した。その内容は、

① 石油の自由な流通の確保
② 航行自由の保障
湾岸諸国に対するイランの脅威への対処
④ ソ連のペルシャ湾岸地域における影響力の制限
⑤ 対イラン武器秘密売却後の米国に対する信頼性の回復を目的とするものであった。

 タンカー護衛作戦は「アーネストウィル作戦」と命名され、巡洋艦2 隻、駆逐艦1隻、フリゲート艦4隻および1個空母打撃群が使用兵力に充てられた。

 作戦計画では、3~4隻からなる護衛部隊が7~8月にかけて2週間に1回出港し、サウジアラビアの「E-3A」哨戒機および空母から出発した航空機が護衛にあたることになっており、1回目の護衛部隊は7月22日にホルムズ海峡を通峡した。

 クウェートから米国へ船籍変更したタンカー「ブリッジトン」と「ガス・プリンス」は、4隻の米軍艦に護衛されていたが、この航路を予測していたイランは、3つの海面に北朝鮮製の「M-08」係維機雷を主力とする機雷60個を敷設していた。

 7月24日朝、ファリシャ島から19マイルの海域でブリッジトンが触雷する。ブリッジトンの船体は二重殻構造で、なおかつ区画化されていたため被害は最小限に抑えられた。

 ブリッジトンの触雷を受け、米国は本国から掃海部隊をペルシャ湾へ急派する。

 8月21日には、ペルシャ湾海域に展開する艦船約40隻と航空機を統括する部隊として、デニス・ブルックス少将を司令官、空母コンステレーを旗艦とする中東統合任務部隊(JTFME)を新設、タンカー護衛にあたる中東艦隊と、これを支援する他部隊の指揮を一元化して効率的な部隊運用を図った。

 同時に、米国は他の西側諸国に対して掃海艇の派遣を要請した。

 米国の要請を受けた西側諸国は、当初掃海艇の派遣に消極的だったが、8月10日パナマ船籍の米タンカー「テキサコ・カリビアン」がオマーン湾のコール・ファッカン付近の停泊地で触雷し、乗員5人が犠牲となると事態は一変する。

 テキサコ・カリビアンの触雷により、それまで関係国の間で共有されてきた「ホルムズ海峡の外側は安全」という神話が崩壊し、最終的には英国4隻、フランス3隻、イタリア3隻、オランダ2隻、ベルギー2隻の計14隻がペルシャ湾に派遣されることとなった。

 米国の要請とは別個に掃海艇を派遣していたソ連、サウジアラビアクウェート、そして米国を加えると、9か国がペルシャ湾での機雷掃海に従事したこととなる。

「アーネストウィル作戦」発動後の9月21日、ペルシャ湾で警戒にあたっていた米海軍中東艦隊が、機雷敷設中の「イラン・アジャール」を発見、攻撃の後拿捕する。

 レーガン大統領はこの件について議会へ報告書を提出し、9月21日の「限定的防衛行動」は、「国連憲章51条の自衛の権利の行使」として、また「対外関係の遂行に関する及び最高司令官としての自らの憲法上の権限に従って」とられたものである」と述べた。

(2)船籍変更した場合の穀物輸送船の護衛に関する考察

 本項は、日本海洋政策学会ホームページに公開された浦口薫氏作成PDF「武力紛争発生時に便宜置籍船が 我が国の海上交通に及ぼす影響」(令和3年12月2日)を参考にしている。

 海戦法規においては、慣習的に艦船を軍艦(および補助艦)と商船という2つのカテゴリーに大別し、原則として軍事目標となるのは軍艦(および補助艦)であり、例外的に武装商船や敵国軍隊の補助者として行動する商船等が軍事目標に該当すると認められてきた。

 また、海上捕獲等を規律する国際法には、1909年のロンドン宣言と1994年の「海戦に適用される国際法サンレモ・マニュアル(SRM)」がある。

 イタリアのサンレモにある人道法国際研究所は、海戦法規の諸問題を検討し、現代化の必要性を確認した。

 そして同研究所は以後、個人としての資格で参加した各国の政府、海軍および大学ならびに赤十字国際委員会の専門家からなる「海上武力紛争に適用される国際人道法に関するラウンド・テーブル」を組織して研究を推進し、1994年に『海上武力紛争に適用される国際法サンレモ・マニュアル』及び同マニュアル『解説書』を完成させた。

 同マニュアルは各国海軍が統一性をもってそれぞれのマニュアルを起草するガイダンスと位置付けられている。

ア.民間輸送船/護衛艦艇の船籍と交戦国(ロシア)軍艦が取り得る措置の関係

 以下は、1909年のロンドン宣言と1994年の「海戦に適用される国際法サンレモ・マニュアル(SRM)」に基づく考察である。

(ア)全般

①民間輸送船に対する交戦国(ロシア)軍艦が取り得る措置は敵国(ウクライナ)輸送船と中立国輸送船で異なる。

②民間輸送船が独航する場合と軍艦の護衛下にある場合では異なる規則が適用される。

③民間輸送船への攻撃は原則的に禁止されるが、一定の要件を満たす場合には許容される(ただし、この要件はウクライナ輸送船と中立国輸送船では異なる)。

(イ)ウクライナ輸送船と中立国輸送船で異なる部分

ウクライナ輸送船が独航する場合

・貨物ともにロシア軍艦の捕獲対象となる。(SRMパラ135

ウクライナ輸送船がウクライナ軍艦の護衛下にある場合

・攻撃目標となる。(SRMパラ60(d))

ウクライナ輸送船が中立国軍艦の護衛下にある場合の措置は不明

④中立国輸送船が独航する場合

・中立国輸送船の捕獲は原則的に禁止(SRMパラ146.1)

ロシア軍艦の指揮官が敵性を有すると疑う場合は臨検・捜索を免れない。(SRMパラ114

・臨検・捜索の結果、一定の要件を満たす場合には捕獲される。(SRMパラ146

・同船上の貨物は禁制品に該当する場合にのみ捕獲される。(SRMパラ147

⑤中立国輸送船が軍艦の護衛下にある場合

ウクライナ軍艦の護衛下にある中立国輸送船は、ウクライナ輸送船と同一の取り扱いを受け、攻撃目標となる。(SRMパラ120.1)

・本国軍艦の護衛下にある中立国輸送船は、当該軍艦が所要の情報提供等をロシアに対して行う場合には、臨検と捜索を免れる。(ロンドン宣言第61条。SRMパラ120.1)

ウクライナおよび本国以外の軍艦による護衛下にある中立国輸送船は、当該軍艦が所要の情報提供等を行う場合には、臨検と捜索を免れる。(SRMパラ120.1)

(3)穀物輸送船を護衛する海軍艦艇の黒海への派遣

 以下は、筆者の個人的意見である。

 ロシアが船籍変更した穀物輸送船と護衛の海軍艦艇に「サンレモ・マニュアル」を適用するとは思えない。従来の海戦法規を適用し、商船や軍艦を攻撃できると主張するであろう。

 ロシアが穀物輸送船や軍艦を攻撃すれば、被攻撃国は自衛権を発動し、武力衝突に発展するであろう。

 黒海に護衛の海軍艦艇を派遣する国は、ロシアとの武力衝突を覚悟しなければならない。

 ただし、黒海での海軍艦艇同士の武力衝突が直ちに両国の全面戦争に発展する可能性は低いと筆者はみている。

 ウクライナの穀物輸送船を護衛するために海軍艦艇を黒海に派遣することは、ロシア国際法を無視した横暴な振る舞いを決して許さないという国際社会の強いメッセージをロシアに送ることになる。

4.NATO海軍による穀物輸送船の護衛

 昨年5月24日付けブルームバーグ・ニュースは、「エストニアリトアニアは、ウクライナ産穀物を輸送する貨物船をロシアが妨害する恐れがあるとして、貨物船を保護するため黒海に軍艦を派遣するよう欧州諸国に訴えている」と報じている。

 ロシアが穀物合意から一時的に離脱すると発表した後の7月24日ロシアは、ウクライナ南部オデーサオデッサ)州を流れるドナウ川沿いのレニ港およびイズマイル港の穀物倉庫や港湾施設を無人機で攻撃した。

 レニは、ドナウ川を挟んでルーマニアから約200メートルの至近距離にある。

 ルーマニアクラウス・ヨハニス大統領は、同国に「非常に近い」場所で攻撃があったと、ツイッターで非難した。

 このようなNATO加盟国領土近くへの攻撃を巡り、ストルテンベルグ事務総長は7月24日、「いかなる侵略からも領土の隅々まで防衛する用意がある」と述べた。

 ところで、筆者は拙稿「NATO参戦の可能性高まる、ロシア連邦崩壊も」(2022.10.21)で、ウクライナ戦争を早期に終結させるためにNATOが参戦するしかないと述べた。

 NATOは兵力面でロシアを圧倒している。

 NATO加盟国の兵力は欧州加盟国だけで約185万人、米国とカナダを加えると約326万人にも達するのに対し、ロシアの総兵力は90万人程度にしかならず、欧州正面に割ける兵力はこれよりもさらに少なくなる。

 また、NATOは兵力面だけでなく、主要戦車や作戦航空機などの主力装備面でもロシアを凌駕している。

 核戦力についてもNATOには米・英・仏3カ国の核保有国があるがロシアにつく核保有国はいないであろう。

 仮に、米・ロの核戦力がパリティであるとすれば、英・仏の核戦力が大きな意味を持つことになる。

 さらに、大事なことは、NATO加盟国は、ロシアの脅威に直面して、かつてないほど結束していることである。

 筆者は、NATO加盟国はいつでもウクライナ戦争に参戦する準備ができていると見ている。

 万一、ロシアルーマニア領土に対して攻撃を行えば、NATOは2001年9月11日に発生した対米同時多発テロに続き2度目の集団的自衛権を発動することになるであろう。

 しかし、今回、筆者が提言するのは、集団的自衛権を発動するまでもなく、ウクライナ産穀物を輸送する貨物船を護衛するために地中海に配備されているNATO常設海軍を黒海に派遣することである。

 目的は人道支援である。

 とは言っても、全会一致を原則とする北大西洋理事会(NAC)で、全加盟国の合意を得ることは難しいかもしれない。

 その時は、米国をはじめとするNATO加盟の主要国が有志連合(海)軍を編成・派遣すればよいと考える。

 そもそも、民間貨物船が軍事目標になることは国際人道法違反であり到底容認されない。

 ここは、NATOの勇気と決断を期待したい。

おわりに

 筆者は、本稿で3つの選択肢を提言したが、最も期待しているのは、ESSの総会決議による黒海への国連軍の派遣である。

 その任務は穀物輸送船の護衛である。

 ESSの総会決議により派遣された「第1次国際連合緊急軍」は、国際連合憲章第7章の強制措置とは異なるPKOである。

 現在は、第7章を援用したPKOも派遣されているが、本稿で述べているESS総会決議によって黒海へ派遣される国連軍はPKOである。

 通常のPKOとの違いは、派遣の法的根拠となるのが安保理決議でなくESS総会決議であることだけである。

 国連PKOへの参加であれば、欧米の有志国も参加しやすい。従って、先述した2つ目および3つ目の選択肢は必要なくなる。

 最後に、本来は、正当な理由のない武力行使による紛争とそこでの非人道的行為を阻止する責任は、国連安保理が有しているが、今回のウクライナ戦争では拒否権を持つ常任理事国ロシアによる軍事侵攻であるため国際の平和と安全の維持に主要な責任を有する安保理は機能不全の状態にあり、国連軍または国連PKOを編成・派遣することができない。

 筆者は、国際社会は、拒否権の濫用防止策として生み出されたESS総会決議をもっと積極的に活用するべきであると思う。

 第3回目のESS総会決議(ES-11/3)(2022年4月7日採択)では、人権理事会のロシアの理事国資格を停止することを決定した。これを受けてロシアは即日人権理事会からの脱退を表明した。

 現在、安保理非常任理事国である日本は、ロシアの安保理の常任理事国の地位剝奪を提案してはどうであろう。

 安保理の理事国15か国のいずれかの9カ国の投票に基づく要請、または国連加盟国の過半数の要請があったときにESS総会は招集される。

 そして、ESS総会において投票する加盟国の3分の2によって提案は採択される。採択されたらロシアは国連を脱退するかもしれない。

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