北朝鮮ほど「口は禍の元」という戒めが重い意味を持つ国もないかもしれない。

公然と金正恩体制を批判すれば、命取りになるのは言うまでもない。だが、本心から体制に忠実だからといって、何を言っても大丈夫というわけでもない。真面目すぎて正論を口にしても、命取りになりかねないのだ。

だが、真面目な人ほど、えてしてそうした戒めを忘れがちだ。そして、また正論を口にした研究者が逮捕されてしまった。デイリーNK内部情報筋が伝えた。

事件が起きたのは、文字通り核兵器の開発を担う核兵器研究所だ。金正恩総書記は今年3月、各開発現場の視察を行い、国家核兵器総合管理システム「核の引き金」の技術を高めるように指示した。

研究所の責任イルクン(幹部)は、研究開発計画を朝鮮労働党中央委員会(中央党)に報告したが、これに研究者10人が異論を唱えた。到底達成できないものだとして、開発過程において発生しうる諸般の問題を提起したのだ。

これに対して朝鮮労働党の組織指導部は、研究所内の党委員会総会を招集させ、「党の政策の上に君臨しようとする生意気なインテリ」「党の唯一的領導体系を毀損した」「人間改造の対象であり反動的」だと彼らを批判し、保衛部(秘密警察)に命じて逮捕させたのだ。10人は衆人環視の中、手錠をかけられ連行された。

金正恩氏や朝鮮労働党が「黒いものを白い」と言えば「白い」と言わなければならないのが、北朝鮮のお国柄だ。研究者の良心や知識など関係ないのだ。無理な計画でもとりあえずやるフリをせず、「技術的に問題があるからできない」と言って逆らおうものなら「経験主義者」、さらには「宗派分子」(分派主義者)などとして厳しく批判され、排撃される。下手をすると処刑されかねない。

なお、逮捕された研究者は、革命化の処分を受けた。奥地の寒村など「陸の孤島」に飛ばされ、厳しく貧しい生活を強いられる、一種の島流しだ。また、研究者、技術者、従業員に対しては、思想改造を今年下半期の基本政治事業にすると、研究所の党委員会が方針を示した。研究者らは数多くの会議に参加させられ、自己批判と相互批判を繰り返させられるなど、無駄に時間を過ごすはめになる。

この事件について、研究所はかん口令を敷いたが、研究者の家族を通じてあっという間に広がってしまい、噂が飛び交う事態となっている。

ふんだんな配給を支給して、研究に集中できる環境を作ってくれた国に対して楯突いた彼らを「革命の変質者」だと批判する人もいれば、「親の代から核開発に関わり国に貢献してきた代償が人間改造の対象、反動という烙印ならば、研究者は皆口をつぐんでしまうだろう」と研究に少なからず悪影響が出ることを懸念する人もいる。

また、「彼らは発生しうる問題を科学的側面から率直に話しただけだ。科学について何も知らない党官僚が、方針に逆らったからと反動に仕立て上げた」「党の政策さえ掲げれば、実力のある研究者でも皆反動にできてしまう」と、処罰に対して批判的な声も上がっている。

北朝鮮のすべての組織では、技術や知識を持った人ではなく、党官僚が指導的立場にある。現場を知らない党委員会が、余計な口出しをしたり、適切な指示を行えずに問題になることは珍しくない。その責任は現場の人間になすりつけられ、「党の無謬性」は保たれるのだ。

このように実学を軽視するのは、思想を重要視した朝鮮王朝時代からの伝統と言えば過言かもしれないが、軍事境界線の南側の韓国で、15世紀の不遇の科学者、発明家であった蔣英実(チャン・ヨンシル)が1990年代から持ち上げられるようになったのとは対象的だ。

核兵器の開発現場を訪れ、新たに製造された水爆弾頭を視察した金正恩氏(朝鮮中央通信)