人口は減り続け、資源も少ない日本。自動車産業を中心として日本企業がこれからグローバルで戦っていくためにはなにが必要なのでしょうか? 復権のヒントをみていきます。

グローバル市場で日本企業らしく戦うには?

筆者らはGAFAM型のビジネスモデルがすべてだとは思っていない。米国のプラットフォーマーは、M&Aを繰り返しながら一人勝ちのモデルをつくっていくが、リアルな人やモノの移動が関係するモビリティ分野では「正解」ではないかもしれない。ハードウエアが絡むビジネスは、当然インターネットの中のビジネスとアプローチが異なる。

日本企業がこれからグローバルに戦っていくために必要なことの一つには、まずは世の中の動向と本質を正しく理解し、相手を知ることにあると考えている。

日本企業はこれまで高いものづくり技術やすり合わせ技術で素晴らしい品質の製品を提供してきた。18年ごろにガソリン価格が高騰した際、サンフランシスコを走るウーバーの車両にトヨタ自動車の「プリウスPHV」が使われていることが多くなった。たまたま乗った現地のウーバードライバーから「この車は燃費もよく、他と比べて故障しない。ウーバーで5年乗ると違いがはっきりする。さすが日本の車だ」とほめられたことがあり、日本人として誇らしかったのを今でも覚えている。

筆者らは、日本の自動車産業が何とかグローバルで勝ち続ける方策がないか必死に考えてきた。人口減少が進み、エネルギー資源も少ない日本がグローバルで勝つためには、並のアプローチでは難しい。

ここからは前の節で解説してきた4つのアプローチ(※)を念頭に置きつつ、自動運転のロボタクシーが普及する時代を見据えて、今後日本企業がこれまでの経験や強みを生かしてグローバルなビジネスで勝っていくために有効と考えられる4つの切り口を示していきたい。

※2016年ごろから自動車産業を襲った、4つの破壊的な潮流「CASE」(コネクテッドConnected、自動化:Autonomous、シェアリング:Shared、電動化:Electric)

自動運転市場の成熟後…強みの製造品質を生かし、コスト低減で勝つ

将来ロボタシーサービスが現実のものとなり、ソフトウエアを中心とした車内での体験に価値の力点が移った場合、これまでの日本企業のハードウエアの強みはどう生かされるのだろうか。

ロボタクシー時代のモビリティサービスは、ネットフリックスのように月額定額制(サブスクリプション)になる可能性があるともいわれている。コンテンツビジネスはインターネットサービスによる月額見放題への変革を実現し、従来のCDやDVDの販売・レンタルビジネスは破壊(ディスラプト)された。

音楽や映画などのデジタルコンテンツは複製コストがゼロに近いため、追加獲得した顧客からの収益が利益に直結する構造となる。事業の拡大もクラウドをベースにして容易に拡大可能である。

しかし、モビリティサービスには必ず車体の製造やメンテナンス、自動化に伴うオペレーション費用などがかかってくる。コンテンツサービスとは異なり、スケールさせて台数を増やせば増やすほど、その分ハードウエアの製造コストなどの追加コストがかかってくる点が大きく違う。この違いが、実は日本企業にはチャンスになる。

自動車のシェアリングが普及すると自動車の販売台数が減る、そのためライドシェアは自動車業界にとって脅威になるという思いを持っている方は少なくないだろう。確かに従来の販売モデルで考えると、ライドシェアの普及によって販売台数は減っていくかもしれない。

ただその代わり、1台当たりの走行距離は増える。シェアリングや自動運転の進展によってモビリティサービスが成熟してきた場合には、台数ではなく、稼働時間で成果を図る必要が出てくる。

また、稼働率を高める一方で、オペレーションコストを下げることも重要になる。低い製造費用、故障しない信頼性、高い耐久性、メンテナンスフリーの工夫などハードウエア品質そのものがオペレーションコストの低減につながる。ここは日本の自動車メーカーの強みが発揮できる領域である。

固定観念を外し「ハードウエアの本質」を考える

高度経済成長期に増えたマイカー…釣り合わなくなってきた維持費と利便性

高度経済成長期には、特に郊外での生活にモビリティは必須であり、「買い物のために移動したい」「非日常を楽しみたい」「荷物を運びたい」といった様々な利用価値を提供してきた。

米国で荷台のあるピックアップトラックが普及したのも、仕事への移動だけではなく日曜大工や週末にまとめ買いした膨大な量の荷物、クリスマスツリーの生木なども乗せられる車が生活の中で必要なので、これらの課題を解決できる手段が一つしかないために、結果的にピックアップトラックの所有が選ばれてきた。

当時の若者世代では車を所有すること自体がステータスとなり、「彼女と2人きりでデートに出かけたい」という思いも手伝って、マイカーブームという形で所有自体が大きな価値にもなっていた。この所有の文化が依然として残っており、現在でも郊外を中心にマイカーのある生活が当たり前となっている。

一方で、例えば車社会の米国でも、多くの人が通勤にマイカーを利用しているものの、往復の平均1時間利用するだけでおよそ95%は駐車場に止まっており、車の稼働率は低いのである。その結果、狭いサンフランシスコでは駐車場不足となって駐車場代が2時間当たり30ドル以上と、車を置くだけのために高いコストを払っている。

そんな中で、ウーバーをはじめとするライドシェアリングサービスが急拡大し、話題になった。顧客が求める本質的な価値に対して、所有だけではない別の解決手段を提供したことが急拡大の要因と考えられる。

高級車を所有することこそが価値だった時代から、若者の価値や基準は「皆で移動することを楽しみたい」「より効率的にスマートに移動したい」という価値観の変遷への解を満たしている。

若者世代にとってはマイカーで運転して帰ることよりも、皆でお酒を飲んだ後に一緒に帰れるほうが、価値があると感じているわけである。このようなニーズを捉えたのが、ライドシェアサービスといえる。

今後のモビリティX時代の社会では、顧客の価値起点で破壊的なイノベーションを考案したものが生き残る。ユーザー価値から見て、過剰スペック、過剰な機能を作り込むのではなく、課題の本質(顧客価値)を考えるタイミングが来たと言えるのではないだろうか。

既存ビジネスの延長で価値を考えない…中国のシェア自転車がすごい理由

数年前、中国で自転車のシェアリングサービスが急拡大してブームになったが、その際、市販の自転車と異なる仕様の自転車が出ていたことに驚いたことがある。パンクしないタイヤが使われていたのだ。一般的なチューブに空気が入ったタイヤではなく、単にゴムに穴が開けられただけのエアレスタイヤだったのである。

空気が入っていないので普通の自転車よりも乗り心地が悪い。それにもかかわらず、なぜこのようなタイヤになっているかというと、自転車のシェアリングビジネスをするうえでハードウエアの稼働率に直結するパンクが大きな弱点になるからだ。大量のシェアリング自転車を街中に投入する中で、パンクした自転車を把握、回収、修理することは大変なコストである。このコストは利用料金を上げることで回収せざるを得ない。

中国の自転車シェアリング企業がすごいのは、シェア自転車で重要視されていた顧客の体験価値が「乗り心地」ではなく、「好きな時に移動できる」という機能や「安さ」であることを分析していた点である。

多くの企業は、既存ビジネスの延長で価値を考えてしまうので、乗り心地とパンクしないことと価格を抑えることを全部満たそうとしてしまう。空気の入ったタイヤのまま、四苦八苦してパンクしない技術を開発するかもしれない。

一方、中国の企業は顧客がシェアリング自転車に乗り心地をそこまで求めていないことに気付いたのである。稼働率を上げるために自転車のメンテナンスフリーを追求したことは、ロボタクシー時代の自動車に何が求められているかを考える際にも参考になる部分があるだろう。

自動車のシェアリングという新しい代替サービスに求められるハードウエアとは、一体どんなものだろうか。

シェアリングサービスの稼働率を上げるための考え方として、壊れて動かない事態を最小限にしたいので、例えば自家用車のような5年以上保証する高い品質ではなく、レンタカーのように2〜3年で置き換える前提で最低限10万㎞を走り続けられる車を作る考え方もあるかもしれない。その場合は経年劣化の側面より部材コストを下げることを優先できるのではないだろうか。

また、都市部でのロボタクシーに求められるハードウエアと考えると、例えばサンフランシスコでの車の平均速度は時速20㎞程度ともいわれるほどであり、高速走行機能はあまり必要とされない。

今後、低速運転専用エリアなどができた場合には、自動運転技術としても高度なライダーやセンサーが不要となり、壊れにくい低速自動運転カートのようなもので十分となる可能性もある。

時代に合わせ、規制とビジネスを柔軟に変えていく発想

さらに踏み込んで、今後モビリティがサービス化すると、車は体験の前提となる移動という「機能」を提供するものになり、電気や水道と同じように供給されて当たり前のインフラとして捉えられる可能性もある。電気や水道と同様に受け止められると、提供されないことや不具合が著しい不満足につながり、体験を損なう要因となる。

ウーバーのドライバーが日本車を好むように、日本車は長らく耐久性や壊れにくさの面で優れてきた。日本は従来、様々なサービスにおいてどのような場面でも供給責任を果たすことを美徳としてきた背景がある。

今後、モビリティサービス提供事業者(自動車メーカーが自らサービス提供を行う場合もあれば、サービス事業者がこのポジションになることもある)は、車体(移動機能)の安定提供を最優先に求めると考えられる。従来の耐久性を生かしつつ、車体センサーのデータを活用しながら適切なタイミングでメンテナンスを行うことも含め、どんな状況でも「落ちない車」を作ることができれば日本企業の強みになるのではと考える。

もっと極論をいうと、「そもそも自動車のタイヤは4本必要なのか?」と常識を疑って考えてみることも重要だ。固定観念が強いと視野も思考も狭くなる。いつの間にか自動車は4本のタイヤがあるべきだと考え、その前提で検討しているが、本当にそうなのだろうか。自動車の安全性を担保するために様々な法律によって製品仕様や走行ルールが制限されているが、それが思考範囲を狭くしてしまっていないだろうか。

コロナ禍前の話だが、サンフランシスコで通常なら1時間で行ける道路も、通勤ラッシュ時には車の大渋滞で2時間以上かかっていた。周りの車を見渡すと、4人乗りの車にビジネスマンが1人で乗って運転している。もし自動車が半分のサイズで済むなら、2倍の数の車両が道路を走行できるので渋滞も運転のストレスも減らせるはずだ。

長年技術開発してきた大手メーカーは、その豊富な蓄積や成功体験が邪魔して、枠から外れて考えることが苦手である。破壊的イノベーションを起こす多くの企業は、顧客の課題(ペイン)からあるべき移動の本質を捉え、最適なタイヤの本数や車体サイズを考える。

自動車産業においてはクルマのデザインに関しても多くの規制があり、自由がきかない部分もあるが、顧客の体験から考えあるべきハードウェアの要件を最適化し、時代に合わせて規制とビジネスを柔軟に変えていく発想も必要だろう。DXやソフトウェアによる体験を強調してきた中、逆説的なのであるが、顧客の体験を重視したうえでの最適なハードウェアの提供は日本の大きな強みになるように思える。

また、顧客の体験を想定し、車の非日常体験の代替手段に立ち返って考えてみると、自動車の最大のライバルはメタバースやVR(仮想現実)となるかもしれない。メタバースやVR上で自動車レースゲームの操作をするのは免許が不要であり、事故もなく、維持費もいらない。子供でも運転体験が可能で、運転する喜びを得ることができる。今後ますます移動しないで得られる体験の幅が広がってくるであろう。

参考文献

Arthur Gautier and Joel Bothello(2022) "What Happens When a Company (Like Patagonia) Transfers Ownership to a Nonprofit?" HBR.org, October 10, 2022.

Fred Lambert(2019) Tesla launches its own insurance program, claims up to 30% cheaper,electrek, Aug 28 2019

日経クロストレンド(2022),次世代ラーメン自販機「ヨーカイ」 一風堂コラボに続く2つの秘策、2022年4月

日経クロストレンド(2022),Z世代の4大インサイトと3つの誤解 「顧客=消費者」はもう古い,2022年4月

日経クロストレンド(2017),ゴミ・ゼロの町に誕生したマイクロ・ブルワリー

日経クロストレンド(2020) , 前大臣も訪問 過疎の町に開業「ごみゼロ体験」ホテルの徹底ぶり

木村 将之

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社

シリコンバレー事務所パートナー、取締役COO

森 俊彦

パナソニック ホールディングス株式会社

モビリティ事業戦略室 部長

下田 裕和

経済産業省

生物化学産業課(バイオ課)課長

(※写真はイメージです/PIXTA)