判事はオバマ指名のジャマイカ系女性

 ドナルド・トランプ前米大統領(77)が、2020年大統領選の結果を覆そうと画策し、国家を欺こうとした共謀罪などでジョン・スミス特別検察官から起訴された罪状認否で力強く有罪を主張した。

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 罪状認否は、首都ワシントンのE・バッレト・プリティマン裁判所内2階の米連邦ワシントン地区裁判所(タニヤ・チュトカン首席判事)*1で行われた。

*1=チュトカン氏は61歳。ジャマイカ出身の女性判事。ペンシルベニア大学法科大学院卒。2014バラク・オバマ大統領(当時)に指名された。米議会襲撃事件関連の事案をめぐっては厳しい判断をしてきた。

Trump’s new judge is a tough Jan. 6 sentencer — and has a history with him - POLITICO

 ワシントン特別区コンスティテューション街333番地の同地裁周辺には、不測の事態に備え厳重警備体制が敷かれる中、トランプ氏はニューヨーク、フロリダ核連邦地裁に次ぐ3回目の連邦裁に出頭、その模様は全米にテレビで実況中継された。

 起訴の柱は、トランプ氏が弁護士ら6人と共に行った3つの共謀罪だ。

(1)選挙結果の確定を妨害するため米国政府を騙そうとした。

(2)結果を認定する公的手続きを妨げた。

(3)有権者の投票権を侵害した。

 45ページに及ぶ起訴状は、2020年11月の大統領選で敗北したトランプ氏が、権力の座にとどまる目的で選挙直後から集計手続きに介入を図り、トランプ支持者たちによる米議会襲撃へとつながった経緯を詳細に記している。

 罪状は78件。有罪判決を受ければ、禁固641年の刑せられる(これに他のケースも有罪判決が下されれば、気の遠くなるような年数になる)。

「ニューヨーカー」の風刺ジャーナリスト、アンディ・ブロウィッツ氏は、8月3日のコラムで痛烈に皮肉った。

「トランプ氏の最新の政治資金集めの訴えは、現金ではなく、自分の禁固期間を少しでも肩代わりしてくれるNFT非代替性トークン)のオファーらしいぞ」

 こうした厳しい状況下で、トランプ氏は今後、「我々は戦い、勝利する」とSNSで大統領選挙キャンペーンを続行しつつ、3つの法廷闘争に挑む強い決意を表明した。

監獄逃れるには大統領に返り咲く以外にない

 さて、そのトランプ氏のココロは――。主要メディアのベテラン政治記者、G氏はこう指摘する。

「トランプ氏の深層心理は窺い知ることはできないが、表向きには鋼のような精神力を誇示している」

「無罪を勝ち取るには大統領選で勝つ以外にない。再選して自らを恩赦するしかない」

「米民主主義の根幹を揺るがした、極めて深刻な事件を起こしたという認識は一切持ち合わせていない。恥のセンスはゼロ。反省も謝罪もしない」

「こんな大統領経験者は稀だ。しいてあげれば、ウォーターゲート事件で最後まで謝罪せずに辞任したリチャード・ニクソン第37代大統領ぐらい」

「一つだけノーマルなのは、大統領に返り咲かない限り、余生は監獄で過ごさなければならないという現実認識があることぐらいだ」

NYT世論調査はバイデン・トランプ互角

 そのトランプ氏にとっての頼みの綱は、各種世論調査が示す同氏に対する好感度(Favorability)だ。支持率である。

 皮肉なことに同氏が目の敵にしているニューヨークタイムズ世論調査結果だ。

 3回目の起訴前に出たものだが、共和党候補指名レースでは54%でトップ。本選挙でもジョー・バイデン大統領と43%と互角といった結果が出ている。

Biden and Trump Are Tied in a Possible 2024 Rematch, Poll Finds - The New York Times

「バニティ・フェア」のべス・レビン記者はこう書く。

「まともな世の中であれば、トランプ氏が大統領選で再選されるなんて、ありっこないと考える」

「ところが今、米国の社会はノーマルでない。まともではないのである」

「たとえトランプ氏が獄中に繋がれてしまったとしても大統領に返り咲くシナリオがあってもおかしくないような事態になってきているのだ」

Barack Obama Is Also Scared Shitless That Donald Trump Could Win Another Term: Report

 同記者は、そのことを真剣に警戒しているのが、バラク・オバマ大統領だ、とワシントン・ポスト(8月2日付)のすっぱ抜き記事を引用して書いている。

 ワシントン・ポストの記事は、こうだ。

一、バイデン氏とオバマ氏は6月27日、昼食を共にしながら大統領選、内政外交政策、家族のことについて話し合った。

二、その時、オバマ氏は、トランプ氏が2024年の大統領選に向けて「侮りがたい候補」(More formidable candidate)であると警告した。

三、その理由として、オバマ氏は、

①トランプ氏に忠誠を誓う熱狂的な崇拝者たちがいる

②トランプ氏に友好的な保守系メディア・エコシステム(巨大なメディア集団)がいる

③米国が国家分裂状態にある――を挙げた。

Obama promises Biden he will do all he can to get him reelected - The Washington Post

 確かにバイデン氏は、高齢問題に加え、次男ハンター・バイデン氏のスキャンダルが司法の場に上っており、共和党は下院各委員会で「バイデン問題」を取り上げる構えを見せている。

 FOXニュースはじめ保守系メディアによるバイデン氏に対するネガティブ報道が最近目立ち始めている。

 FOXニュースは、ウォールストリート・ジャーナル、ニューヨーク・ポストなども傘下に置くルパート・マードック氏率いる巨大なメディア王国「ニュース・コーポレーション」のフラッグシップだ。

 24時間政治ニュース専門局としては視聴率では他の追従を許さない。

 同局のニュースしか見ない米有権者がトランプ氏をどう見るか、推して知るべし。 

 オバマ氏の心配はこうした点にあった。

 バイデン氏がこれにどのような反応を示したかは明らかになっていないが、スポークスマンは「再選に向けたオバマ氏の支援はありがたい」と語っている。

政治生命決めるワシントン連邦地裁公判

 トランプ氏の連邦刑事罰に関する公判予定は、こうだ。

①  ポルノ女優に対する不倫もみ消し工作に対する選挙資金乱用に関するマンハッタン地裁公判は、2024年3月に開始予定。

②  国家機密文書持ち出し・違法保持に関するフロリダ州連邦地裁の公判は、2024年5月に始まる予定だ。

③  そして今回のワシントン連邦地裁の公判は2024年夏以降となる。これがトランプ氏の政治生命を決める天王山になりそうだ。

 なおチュトカン判事は、8月3日の罪状認否の後、トランプ氏に8月28日に再出頭するよう命じている。

 これを大統領選スケジュールに重ね合わせると、①は1月8日アイオワ州党員集会で口火を切る共和党予備選も3月5日のスーパー・チューズデイで候補者の優劣が明らかになってくる時期だ。

 そこでトランプ氏がどこまで他候補をリードしているか。その間トランプ氏はマンハッタン地裁出頭を繰り返すことになる。選挙キャンペーンで飛び回る回数や場所は当然制限されてくる。

 5月には②のフロリダ連邦地裁の公判が待ち構えている。

 そして7月15日から18日までミルウォーキーで全国党大会が開かれる。これまでにトランプ氏は名実ともに共和党大統領候補になっているのだろうか。

 民主党の全国党大会は、8月19日から22日までシカゴで開かれる。そこでバイデン氏が民主党候補に選ばれているのか。

 その間、米メディアは、3つの公判が始まれば大々的に報じるだろう。トランプ氏にとって有利な情報が流れることはまずないだろう。

足枷はめられたトランプ待ち受ける泥沼

 前述のオバマ氏の警鐘にもかかわらず、ABCニュースのデータ分析部門のG・エリオットモリス氏は、こう予想する。

「トランプ氏にとって裁判所からのバッド・ニュースは、即選挙にダメージを与えるバッド・ニュース。現在の好感度56.3%は辞任後、最高値とされているが、今がそのピークだろう。今後は下降線をたどる」

「特に来年、2020年の大統領選結果を覆そうとした共謀罪の公判で生々しい証言や物的証拠が出てくれば、共和党内にトランプ離れの雪崩現象が起こる可能性大だ」

「足枷をはめられたトランプ氏にとって泥沼が待ち構えている」

Will Three Indictments Prove Too Much For Trump’s Campaign? | FiveThirtyEight

 8月3日のトランプ氏の「無罪宣言」は、来年11月5日に向けての捲土重来の雄叫びになるのか、あるいは退路を断った監獄入り逃れの強がりか。

「ノーマルな国家」ではなくなってしまったアメリカ合衆国の次期大統領選びは、混迷の度合いを深めながらレールなき道を突っ走っている。

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