多くの種類がある「がん保険」。どれを選ぶべきか判断に迷う人も少なくありません。がん保険は、正しい知識のもとで選ばなければ、せっかく加入していてもいざというときに役に立たないこともあると、株式会社ライフヴィジョン代表取締役のCFP谷藤淳一氏はいいます。では、がん保険で失敗しないためにはどのように選べばよいのでしょうか? 本記事では、木村さん(仮名・40歳)の事例とともに、正しいがん保険の選び方について解説します。

4年前の乳がんが肺に転移した40歳女性

東京都練馬区在住、都内の金融機関で事務職として勤務する40歳女性の木村陽子さん(仮名)。年収は約480万円、将来に向けて32歳のときにマンションを購入し、現在は住宅ローンを返済しながら暮らしています。

そんな木村さんですが、4年前の乳がん検診で早期の乳がんが発覚し、手術を受けました。幸い無事に手術は終わり、その後は定期的に通院しながら再発がないかどうか検査を行いつつ、現在に至ります。いまは仕事も無事に復帰し、住宅ローン返済も滞りなくできています。

木村さんはマンションを購入する直前、女性特有のがんなどへの不安や住宅ローン返済に備えるために、最寄り駅近辺の来店型保険ショップへ相談に行き、がん保険に加入していました。木村さんが加入していたがん保険は、

①がんの診断を受けたら、100万円(1年に1回を限度に回数無制限)

②がんで入院をしたら、1日当たり1万円(日数無制限)

③がんで手術を受けたら、1回20万円(回数無制限)

④がんで通院したら、1回5千円(退院後120日以内の通院で回数無制限)

というもので、4年前の治療の際には①から④のすべてに該当し、合計で130万円を受け取りました。約1週間の入院費用は16万円程度でしたが、残ったお金でその後の通院費用もまかなえているので、がん保険に加入して本当によかったと感じています。また、がんは再発・転移などが怖い病気ではありますが、このがん保険があれば、お金についての心配はないと考えていました。

そんな木村さんですが、先日の検査でがんが肺へ転移していることが発覚してしまいました。主治医から抗がん剤治療を提案され、木村さんは主治医のいうとおりに治療を受けることにしました。そして本日、仕事を休んで最初の抗がん剤治療を終えて帰宅した木村さんは、さっそくがん保険の請求をするために、保険会社のコールセンターに電話をかけました。

「私のがん保険は、前回お金を受け取ったときから1年経過していれば、また100万円を受け取れるはず。3週間に1回は仕事を休まないといけないし、この100万円は助かる。もし治療が長引いても、また1年たてば100万円もらえるはずだから、お金はある程度安心かも……」

電話がつながるまでの保留音を聞きながらそんなことを考えていた木村さんですが、保険会社のオペレーターからは予想外の回答が…。

「今回の木村様のがん治療の場合はお支払い対象外となります」

2回目の給付金が支払い対象外となったワケ

まさかの回答に木村さんは驚き、「なにかの間違いでは? がんの診断で100万円の保障は1年に1回支払われるはず」と、その理由を尋ねました。

するとオペレーターからは「前回のお支払いから1年経過していることと、今回診断されたがんの治療のために『入院すること』がお支払いの要件となっています」との回答。

木村さんは手元に置いてあるパンフレットをよく見ましたが、確かに細かい字でそう書いてあります。木村さんは落胆しながら電話を切りました。

木村さんは、先日がんの転移の診断を受け、本日から通院で抗がん剤治療を受け始めました。主治医からは、抗がん剤治療を長期で続けていくとの説明を受けています。ただし、入院せずに治療が可能であること、仕事を辞める必要もないことを聞かされ、少し気が楽になりました。

そして、乳がんの5年生存率は9割を超えていて、10年生存率も8割近くであることを知り、前向きに治療を頑張っていこうと思っていました。さらにこれから長期でかかるかもしれないお金に関しては、がん保険から1年に1回100万円受け取れると考えていたので、木村さんは安心していました。

2回目以降の請求は「入院」が条件だった…

木村さんはこの4年間がんと向き合ってきて、少しずつがんという病気のことをわかってきました。

がんになる前は、「がん=死」というイメージを持っていて、主治医からがんの告知を受けたときは衝撃で頭が真っ白になり、記憶があまり残っていないほどです。ただ、治療を受けていくなかで、乳がんでも長生きして、しかも普通に仕事をして生活をしている人がたくさんいることを知り、前向きさを取り戻すことができました。

そしていま、がん保険を選ぶときの記憶がよみがえってきました。駅前の来店型保険ショップで、自分より年齢の若そうな女性スタッフからがん保険をいろいろ紹介してもらい、最終的に2つに絞られました。

その2つのがん保険の違いは「100万円の一時金の支払い要件」で、以下のような説明がありました。

A:1年に1回を限度に回数無制限、ただし2回目以降は治療のために入院した場合にお支払い

B:2年に1回を限度に回数無制限、ただし2回目以降は入院または通院で治療を受けた場合にお支払い

そのとき木村さんは「がんの治療で入院しないわけがない」と思っていて、2年に1回よりも、1年に1回のほうが絶対にいいと、現在加入のがん保険を選びました。そのお店で出してもらったがん保険の提案書に記載されていた「1年に1回」という箇所に赤ペンで丸をしたことを思い出しました

「経過年数が短いほうがいい保険」ではない!?

1年に1回100万円が受け取れると期待していたにもかかわらず、まさかの支払対象外で落胆してしまった木村さん。どうしてこのようなことになってしまったのでしょうか。

木村さんはがん保険選択時、一般的に『がん診断給付金』と呼ばれる、がんの診断を受けたら100万円受け取れる保障の違いで2つのがん保険を比較しました。AとB2つの違いは、前回お金を受け取ったときからの「経過年数」と「そのほか付随する条件」です。木村さんは「がんで入院しないわけがない」と思っていたので、経過年数が短いがん保険のほうが優れていると思い、迷わずそちらに加入しました。

※診断給付金という名称が多く見られますが、保険会社、がん保険商品により名称が異なることがあります。

がん診断給付金と呼ばれるこの一時金保障は、自由に使えるまとまった一時金を受け取れるため、がん保険のなかでも非常に重要な保障のひとつであると私は考えています。そのため、この2回目以降の支払要件の比較と選択は、本当にがんになってしまったときのために慎重に行う必要があります。以下でその2つの比較対象について詳しくみていきます。

「経過年数」は保険の種類によってさまざま

まず「経過年数」ですが、世の中に流通するがん保険の診断給付金を見渡してみると、

・1回限りで終了

・3年に1回

・2年に1回

・1年に1回

といったものが存在します。これは上から古い順と思っていただいてよいかと思います。10年、20年前のがん保険では、1回受け取って終了というものが多くありました。その後複数回支払われるものが増えてきて、少し前は2年に1回というものがスタンダードでしたが、ここ数年で1年に1回というものがかなり増えてきています。この違いが最初のチェックポイントです。この点にがん保険商品ごとの違いがあることを知ってください。

木村さんがそうであったように、2年より1年に1回のほうがいいと思うかもしれません。もちろん間違いではないですが、一方で、

A:1年に1回100万円

B:2年に1回200万円

C:1回限りで1,000万円

AとBだとどちらがよいと感じますか。またCは、1回しか受け取れませんが、Aの10年分の金額を最初のがん診断時に受け取る計算になります。これについては、答えがあるはなしではなく、その方の置かれた状況(家族、仕事、収入と貯蓄状況など)に応じてふさわしい選択が変わってくるものです。そして2つ目の「経過年数以外の条件」との組み合わせにより、変わる可能性があります。

「入院したら」という文言があったら注意!

がん診断給付金の支払い要件のうち「経過年数以外の条件」について、世の中に流通するがん保険を比較してみると、

・がんの治療目的で入院したら

・がんの治療目的で通院したら

・がんが存在すれば

・がんの再発/転移など新たながんの診断があったら

といったものがあります。筆者の個人的な見解ですが、「入院したら」という条件のものは基本的に避けたほうがよいと考えます。理由はのちほど述べますが、これからのがん治療を考えたとき、この条件は非常に厳しいといえるかもしれません。

そのほかに「新たながん診断」が必要なケースがあるのですが、これは今回の木村さんのように転移が見つかったなどということが条件になっています。その場合、ひとつのがん治療が長引いて1年経過した、2年経過した、と経過期間の条件を満たしても、それだけでは支払われないという意味です。

また、治療の中身についても条件がある場合があります。これはたとえば、手術や抗がん剤のように積極的にがんを叩く治療は対象だけど、再発予防のホルモン療法などは対象外となっているものが存在します。

ここ最近「1年経過後がんが存在すれば」という治療や再発などの有無に影響されないがん診断給付金も出てきました。パンフレットだと「100万」とか「回数無制限」といった部分が目立つように表示されていますが、小さい文字で書かれている説明書きに大きな違いが存在します。是非ここの比較を入念に行っていただきたいです。

「治療の長期化」を視野に入れた保険選びを

さきほど「入院したら」という条件は避けたほうがよいといった見解を示しましたが、それを含め、がん保険の診断給付金はどのように選んだらよいのでしょうか。

正しくがん保険を選ぶ際は、まずは一旦パンフレットから離れることが大切です。というのも、がん保険の保障がどうかということよりも、日本のがん治療の実態がどうなっているかということのほうが重要だからです。

日本では毎年約100万人が新たにがん診断を受けていますが、実際にがんになった人がどのような治療を受けているのかということを具体的にイメージしなければ、適切な選択はできません。

がん治療を大きく2つにわけると、「単発で終わるか」「再発・転移で長期戦になるか」というシナリオになります。特にがん保険を考える場合には、必ず後者を前提に考える必要があります。なぜなら、よりお金で困るのは後者だからです。

ですから、今回の木村さんの事例のように、がんが転移してしまい、長期の抗がん剤治療を行っていくといったシナリオがあるということを前提にがん保険選びをすることが大切です。最初からパンフレットの比較をしてしまうと、ついつい「AとBどちらがお得か?」ということばかりに目が行ってしまい、大切なことが見落とされてしまう可能性があります。

いまのがん治療は「通院」がメインであるケースが多い

今回の木村さんの事例では、がんの転移があった後の治療において入院をしなかったために、1年に1回受け取れるはずのがん診断給付金が支払い対象外という結果になりました。木村さんは「がんで入院しないわけがない」と思い込んでいましたが、実際はどうなのでしょうか。

図表のとおり、この15年ほどで入院治療のがん患者さんと通院治療のがん患者さんの比率は逆転しています。

日本でがん治療を受ける場合、基本的には3大治療と呼ばれる「手術」「放射線」「抗がん剤」のどれかを受けることが一般的です。そのうち、「放射線」と「抗がん剤」は多くの場合は通院で治療が完結するようになっています。また、いまだに手術では入院することが多いですが、その入院日数自体は短くなってきています。そしてがんの再発・転移で長期戦となったシナリオにおいては、その治療は抗がん剤治療が多くなってきますので、自然と通院での治療が主体となってくる可能性があります。

したがって、今回の木村さんのケースも、支払要件に「入院」が条件となっていると厳しい結果になることを知っておけば防げた可能性があります。

「変化への対応」がポイント

今回取り上げているがん保険のなかの「がん診断給付金」ですが、これは100万円、200万円といったまとまった一時金を、がん診断の時点、もしくは治療の早期の段階で受け取れる保障なので、非常に安心感のある保障のひとつだと思います。その選択において「入院要件」が厳しいということを例にあげました。では、最終的にはどういった保険を選択すべきなのでしょうか。

がん治療が「再発・転移で長期戦になる」ことを前提にすべきということを先述しましたが、その前提のもとで、さらに今後の変化に対応しやすい(変化に対して陳腐化しにくい)ものを選択するということを付け加えておきます。

がん治療が長期化してくると、そのあいだにがん治療の実態が変化していく可能性があります。がん治療の実態が変化しても、あなたが加入したがん保険の内容が変化することはありません。ですから、その変化が起きたときに「昔の治療だったら給付金を受け取れたのに……」ということが起きにくいものを選ぶことが大切です。

なぜなら一度がんの診断を受けてしまうと、がん保険の診査に通らなくなり、新たにがん保険に加入することが限りなく困難になるからです。ただし書きが少ない、シンプルながん診断給付金を選ぶことが大切です。また加入後も、がんの診断を受ける前の段階で、必要に応じてがん保険の見直しをしましょう。

多くの方が加入するがん保険。実は、加入からの時間の経過とともに保障の質が変化している可能性があります。いままさにがん保険の検討をしている方は、現在のがん治療の実態をふまえたうえで、適切ながん保険を選んでいただきたいと思います。その際、自分自身でがんの適切な情報を得られないのであれば、ぜひがんをよく知る保険の担当者に相談することをおすすめします。

谷藤 淳一

株式会社ライフヴィジョン

代表取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)