テレビドラマや映画の題材になることも多い「救命救急科」。緊急事態に置かれた患者の命を救うその活躍ぶりから、多くの人々が憧れを抱く職業のひとつです。しかし、実際の救急医療の現場はドラマに描かれる「表」の部分だけではないと、東京西徳洲会病院小児医療センターの秋谷進医師はいいます。今回は、救命救急科医が置かれている「過酷な労働環境」と「給与事情」についてみていきましょう。

救急医療の「憧れ」と「現実」

テレビドラマや映画の題材になることも多い「救命救急科」。緊急事態に置かれた患者の命を救うその活躍ぶりは、まさに現代のヒーローといえます。

しかし、多くの医学生が救急医療を目指しているかというと、そうではありません。

日本医師会総合政策研究機構(日医総研)が2015年に行った調査※1によると、医学生の圧倒的人気は内科(33.8%)。次いで小児科(19.3%)、総合診療科(14.4%)となっており、救急医は第5位(10.0%)にとどまっています。

また医師転職サイト「m3」が医師1,600人に行った意識調査※2によると、「後輩に薦めたい診療科」として挙げられたのは内科(22.5%)、総合診療科(14.6%)、整形外科(6.8%)、外科(6.7%)と続き、救急科は3.4%しかありません(第9位)。

このように、「花形」と思われがちな救急医療ですが、その実、多くの医師が「目指しにくい科」の1つになっています。

人手も道具も足りない…救急医療が窮地に追い込まれているワケ

実際、救急医療は、医療資源の不足という問題に直面しています。具体的には、医師や看護師などの医療スタッフ、医療機器、そして救急車など、診療に必要な多くの資源が不足しているのです。

どうしてこのような事態に陥っているのでしょうか。背景にあるのは、「業務の過酷さ」と「採算の合わなさ」です。

1.業務の過酷さ

人間、どうしても「やりがい」だけでは仕事を続けることができません。健康的に仕事を続けるためには、心身の健康を整えるための規則正しい生活や、精神的なゆとりなども重要になってきます。

しかし救急医療はその性質上、どうしてもこうした健康的な生活が担保されません。

まず、いつ救急患者が運ばれるかわからないため、救急医療は24時間体制であることが“必須”です。夜勤も当然あります。また、業務時間外でも人手が足りなければ携帯が鳴り、診療を行わなければならないケースもあるでしょう。

労働環境の見直しが進む現在、なかには「フレックスタイム制」を導入するなどしてある程度勤務時間に余裕を作っている病院も存在するものの、あまり多くはありません。日勤と夜勤を交互に行い、休んだあともまた夜勤……といった生活を続ければ、「規則正しい生活」とは程遠くなってしまいます。

実際、こうした勤務体制から、「救急医に不眠症の有病率や睡眠薬の使用頻度が高い※4」という指摘があり、問題となっています。日本の救急医に対して行われた全国調査の二次分析によると、不眠症の有病率は約30%となっています。

さらに、フランスで行われたSESMAT研究※5によると、医師の30~40%が「燃え尽き症候群バーンアウト)」を感じたことがあり、特に救急医の離職やバーンアウトが他の専門診療科よりも多いといわれています。

必須の診療科ながら、「赤字の巣窟」の救急医療

2.救急医療は「採算がとれない」

さらに、救急医療は意外と「採算がとれない」のも問題点のひとつです。

救急医療には、人工呼吸器や透析機器、緊急手術ができる設備など、高額な設備と専門的なスキルが必要となります。その一方、救急医療の需要は予測不可能です。もし患者が来なければ、その分人件費も持ち出しになってしまいます。

さらに、病院では重症患者を受け入れるか・受け入れないかに関わらず、救急医療のために空床を確保しておく必要があります。「救急患者をとりあえず受け入れたが、病院に空床がないため他の病院に転院搬送する」といったことは、患者の命を左右する状態で絶対にできないためです。

ですから、救命救急科はある意味、ベッド稼働率が悪い診療科であるといえます。経営面だけでみると、「赤字の巣窟」です。

このように、救急医療は病院の機能としては必須ながらも、なかなか採算のとりづらい診療科となっています。

救急医の年収は?

このように専門的なスキルと激務を強いられる救急医ですが、年収をみると他の診療科と比較してそこまで高いものではありません。

独立行政法人労働政策研究・研修機構が発表した『勤務医の就労実態と意識に関する調査※6』によれば、救急医の平均年収は1,215.3万円です。

診療科別にみると10位となっており、年収が1,400万円を超える脳神経外科や産科・婦人科に比べて200万円以上低くなっています。

ただし、これはあくまで一般的な数値であり、具体的な年収は個々の医師の状況によります。年収の割合をみると※7、一番多いのが「年収1,500~2,000万円未満」で25%、次いで「年収1,000~1,500万円未満」で21.9%、3番目が「年収700~1,000万円未満」の18.8%でした。年収500万円未満が6.6%もいることは驚きです。

◆まとめ…お金に変えられないやりがいと大変さの狭間にある救急医療

今回見てきたように、救急医療は現状、「お金にも代えられないやりがい」と「過酷な労働環境」の狭間にあります。もしかすると、この記事を読んで、少し救急医療にネガティブなイメージを持ってしまった方もいらっしゃるかもしれませんが、救急医療はドラマなどで語られる以上に素晴らしい職業です。

救急医療の現場では、人々の生命を救うために、厳しい労働条件に耐え、睡眠不足やストレスと戦い続ける一方、「患者の命を救い、その感謝の言葉を聞く」という、救急医が得られる最大の報酬があります。

それは、どんな金額にも代えがたい価値があります。だからこそ、救急医は、厳しい現実と向き合いながらも、その道を選び続けるのです。

秋谷 進

東京西徳洲会病院小児医療センター

小児科医  

(※写真はイメージです/PIXTA)