宮藤官九郎が、映像作品としては2016年の『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』以来、脚本と監督も兼任するディズニープラス「スター」配信ドラマ「季節のない街」(8月9日より全10話一挙独占配信)は、山本周五郎の同名小説が原作だ。ドラマ化に至った理由について、同じ原作をもとにした黒澤明の映画『どですかでん』(70)を観たことがきっかけだったという宮藤は、20歳のころには原作小説も読んでおり、とりわけ思い入れのある作品だと語る。

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■「『どですかでん』は“ちゃんとしていない人”に目を向けているのがすごく魅力的だった」

「原作には映画化されていないエピソードが結構あって、その話もおもしろいなと思ったんです。貧しい街の中にいろんな人が住んでいて、その人たちが好き勝手に生きている。そこには噂話とか、足の引っぱり合いとか、いろいろな企みがあって。ですが1つ1つのエピソードはせつないものがあったり、温かいものがあったり、しかもキャラクターが立っていて。それで『1話完結の群像劇にできるな』と思ったのが最初でした。そのころは、まだ大学生でお芝居はたくさん観ていたけど、自分ではまだなにもやっていなくて、なにをしていいかもわからない。そんな時に原作と出会って、この世界観好きだな、自分もこういうものをやりたいなと思って大人計画に入りました」。

大人計画は、宮藤が惹かれた「季節のない街」の世界観と共通点のようなものはあったのだろうか。「松尾スズキさんが、芝居の中でネタ的に『どですかでん』の登場人物、見えない電車に乗り続けている六ちゃんの衣装を役者に着させたりしていたので、松尾さんも『どですかでん』が好きなんだなと思ったのはよく覚えていますね。『どですかでん』は、特にホームレスのエピソードとか、六ちゃんとか、黒澤監督版にも、そもそも日本映画にも出てこない、“ちゃんとしていない人”に目を向けているのがすごく魅力的だったんです。松尾さんが作る芝居の世界観もそうだったから、自分にとってしっくり来ました」。

『どですかでん』は黒澤映画の中では評価のわかれる作品だが、宮藤にとっては特にお気に入りなのだという。「『どですかでん』の前の黒澤作品は全部モノクロなんです。それは別にカラーがなかったわけじゃなくて、ほかの監督がカラー映画を撮っても、黒澤監督はまだカラーの技術が自分の理想とするイメージに追いついていないから、モノクロで行くんだという意志があって撮っていたそうです。5年くらい映画を撮っていない時期があって、70年に初めて『どですかでん』をカラーで撮ったら、ものすごい色を使っていたんですよ。だから、それまでの黒澤映画とはまったく違う。僕の勝手なイメージですけど、『七人の侍』とか『隠し砦の三悪人』、『蜘蛛巣城』のようなスケールの大きな話とも、『赤ひげ』のような作品とも違う。その後の『乱』や『影武者』とかとも違う。前とも後ろとも違う作品だと思うんです。僕が勝手に想像するに、役者も、黒澤監督が久しぶりに映画撮ると聞いて集まったオールスター級の人たちが、時間のない中で、すごい熱量で芝居している感じがします。だから大好きですね」。

■「あの小説の世界観をやるなら、我々現代人が1回は観たことがある仮設住宅が身近だなと」

今回のドラマ化にあたり、原作では戦後のバラック(家屋が破壊されてしまった際、ありあわせの材料で建てた粗末な小家屋)であった物語の舞台を、”ナニ”という災害によってできた仮設住宅の「街」に置き換えている。仮設住宅のセットは実際に建てられ、その住宅は『どですかでん』のように色鮮やかに飾られている。

「いまはバラックなんてないし、あの小説の世界観をやるなら、我々現代人がテレビなりで1回は観たことがある仮設住宅のほうが身近だなと思って。なにかしらの災害によって縁もゆかりもない人たちが集まって生活しているところから物語が始められるんじゃないかと思って置き換えたのですが、最初はセットを建てるつもりはなかったんです。実際の仮設住宅で撮影に協力してくれそうなところを探しました。けど、人が住んでいるし、迷惑がかかってしまう。それで『建てるっていう選択肢もありますよ』と言われて。いくらなんでもお金がかかりすぎるんじゃないかと思いましたが、仮設住宅がある、例えば東北や九州と東京を撮影のために行き来することを考えたら近郊に建てたほうがいいし、自由に撮影できるなと思って。黒澤版でもそうでしたけど、家屋には黄色なら黄色、赤なら赤を塗ってコントラストをつけたり、プレハブに電車の絵を描いたりしました。『どですかでん』からは離れようと思って作っていましたが、あるところでは導かれるというか寄せていった感じでした」。

■「三浦透子さんを見た時には『かつ子がいた!』って(笑)」

本作には主人公の半助こと田中新助役を演じる池松壮亮、青年部を率いるタツヤ役の仲野太賀、同じく青年部のメンバーで酒屋店員であるオカベ役の渡辺大知をはじめ、三浦透子、濱田岳、片桐はいり、増子直純、荒川良々、MEGUMI、高橋メアリージュン、又吉直樹、前田敦子塚地武雅藤井隆…といった個性的で多彩なキャストが揃った。そのキャスティングも黒澤版を「多少意識した」と宮藤は言う。「『いま『どですかでん』をやるなら六ちゃんは誰がいい?』みたいな話は好きだから飲み屋とかでよくしていて、(濱田)岳くんと共演した時に『六ちゃんは濱田岳じゃないかな』とか三浦透子さんを見た時には『かつ子がいた!』って(笑)。いつか自分で映像化したいと心のどこかで思っていたんでしょうね。『どですかでん』では伴淳三郎さんが演じた島さんというキャラクターがすごい好きなんですけど、それを藤井隆さんにやってもらうとか、三波伸介さんの役を塚地(武雅)さんとか。バンジュン(伴淳三郎の愛称)も三波さんも元々芸人さんじゃないですか。だからただ役者にやってもらうんじゃなくて、当時の人気者をあてたように、いまの人気者にやってもらうみたいな変換の仕方はしました」。

■「仮設住宅に住んでいる人たちはその日だけそこにいるわけじゃない」

そして、本作は宮藤作品としては2013年の朝の連続テレビ小説あまちゃん」に続き被災地、被災者が登場するドラマとなる。「震災があった年に、そういう作品を作りませんかという話はいくつか来ていたんですけど、自分の作品にその題材を持ってくるのはまだちょっと早すぎるんじゃないかと思ってお断りしていたんです。唯一、『あまちゃん』だけは、最初は震災と関係のない話として考えていましたが、いま三陸鉄道を描くのに触れないのも変だと思ったから物語の途中で震災が起こることにしました。『季節のない街』は現代の物語としてみてもらいたかったので舞台を仮設住宅のある街にしました」。

劇中にも「過去でも教訓でもない」というセリフが出てくるが、震災から10年以上の歳月が経ったいま、宮藤自身はどのように捉えているのだろうか。「3月11日になると『今年で何年です』とか、『あの出来事を教訓に』という報道はされるけど、たぶん僕が性格がねじくれているからだと思うんですが、『毎年この日だけかよ』って。仮設住宅に住んでいる人たちはその日だけそこにいるわけじゃなくて、ずっとここにいる人たちなんだから、違う気持ちだろうなって思っていたんです。取材をした時も、別にずっと深刻な顔をしていなくてもいいけど、忘れないでほしいっていう声を聞いて。仮設住宅という舞台でドラマを書くんだったら、もうちょっと踏み込みたいなと思ったから、ああいうセリフになりました」。

■「池松くんは、見た人が想像力をかきたてられる役者さんだと思っていました」

今回のドラマ化にあたっては、『どですかでん』では登場しない原作の「半助と猫」のエピソードから、職業や年齢などの設定を変えて半助を主人公に据えた。「さっきまで主役だった人が、別のシーンではその他大勢として存在するっていうのが『どですかでん』のすごい好きな部分です。今回は連ドラなので、例えば5話は完全に島さんの話なんですけど、それ以外の回にも出てくるという構成になっている。でも、やっぱり主人公が必要だと思ったんです。それは、この変な世界を初めて見る人がいい。とはいえ、これは『季節のない街』のドラマ化なので完全なオリジナルキャラクターにしたくはなかった。それで黒澤版では割愛されている半助がいいなと。もともと『半助と猫』のエピソード自体好きだったんですよ。猫が自分の目につかないところでは全然性格が違うっていうことを描いていて。この猫を皆川猿時さんに擬人化してもらいました(笑)」。

そんな半助役には宮藤官九郎作品は意外にも初となる池松がキャスティングされた。「池松くんはなにもしてなくてもなにか背負っているものがあるような、しゃべっているセリフにも裏がありそうな、見た人が想像力をかきたてられる役者さんだと前から思っていました。だから、池松くんがやってくれたら、自分も12年前の“ナニ”ですべてを失った人という深みが出ておもしろくなるんじゃないかって思いました。なおかつタツヤとオカベというメンバーで青年部を作りました。3人の若者ってドラマにしやすいじゃないですか。僕も何本かやりましたけど(笑)」。

■「『俺はなにやったっけ?』と振り返った時に『季節のない街』は優先順位高く思い出すだろうなと思います」

半助は「街」で見たものや聞いた話を謎の依頼主、三⽊本(鶴見辰吾)にメールで報告するだけで報酬がもらえる“仕事”に就いており、そのことがやがて、「街」に変化をもたらすことになっていく。悪気のあるなしにかかわらず、暴いて広めることの加害性も描かれている。「スマホを持っていれば誰でもなんでも発信できちゃう時代ですからね。その気軽さに対する『それでいいのか』っていう気持ちはありますね。だから第1話では、半助は気になるから六ちゃんをずっと見ているんですけど、その六ちゃんを街の人たちは見えてないようにふるまっている。けど、実は見ていないようで街の人たちもちゃんと見ている、という様子を描いています。そのくらいの眼差しがいいんですよね。また、半助はそんなつもりはなかったのに情報を拡散して、ホームレスの親子の運命を変えてしまったりもしてしまう。声高には言っていないですが、確かに現代社会を表しているなと思います」。

宮藤は映画、朝ドラ、大河、演劇、配信作とあらゆるメディアを経験してきた。そんななかで、本作の発表に伴い「自分の第二章が始まるような気がする」とコメントを寄せていた。「それぐらい大げさに言ったらちゃんと宣伝してくれるかなって(笑)。実際に自分がいま第何章なのかも本当はわかってない。でも、あとから『俺はなにやったっけ?』と振り返った時に『季節のない街』は優先順位高く思い出すだろうなと思います。ずっと好きでやりたかった作品を形にできたので、間違いなく大きな節目になるドラマになったと思います」。

取材・文/戸部田 誠(てれびのスキマ)

「季節のない街」で監督、脚本を手掛けたクドカンこと宮藤官九郎にインタビュー!/撮影/河内彩