電飾看板をかかげた店の扉の奥から、小さく聞こえてくるカラオケの音。昭和の夜の風物詩として、「スナック」にノスタルジーを覚える人もいるでしょうか。

 自分の場合は「ママさんと常連客がわきあいあい」というイメージが強く、いきなり入ったらアウェイなんじゃないか? 料金システムもよく分からない。通わないと楽しめないのでは? 年齢層はどうなんだろう――。そんな些細な不安が飛び交い、正直なかなか気軽には足が向かないスポットでした。

 ところが昨今スナックは、新たな客層を獲得して注目を集めているのです。ひとつの「文化体験」として温故知新な価値を見出され、初心者向け外国人観光客向けのツアーなんてものまで開催されているのだそう。

 そんな話を聞くと、大人の夜の楽しみとして、自分もたしなんでみたい! そこで安直に「初心者向けに、スナックの楽しみ方を教えてもらおう」と思い立ったのがこの企画。向かった先は、新宿区荒木町です。

スナックのマスターにスナックの楽しみ方を教えてもらう

メトロ四谷三丁目駅から徒歩数分で、杉大門通りの入り口に到着。荒木町は杉大門通りと車力門通りを中心に、飲食店が広がる
メトロ四谷三丁目駅から徒歩数分で、杉大門通りの入り口に到着。荒木町は杉大門通りと車力門通りを中心に、飲食店が広がる

 荒木町は大正から昭和初期にかけて、花街として栄えた土地。しかし観光客が訪れるような規模でもないこぢんまりとしたエリアであり、決して寂れてるわけではないものの、ほどよく地味なのが特徴です。落ち着いた雰囲気で遊びたい大人にぴったりなスポットだと言えるでしょう。暗がりにポツポツ現れる店の灯を眺めながら、入り組んだ石畳の路地やゆるやかな坂道をぶらぶらすれば、ここ最近忘れかけていた夜遊び気分がジワッと復活。

 そんなエリアで今回お邪魔したのは、荒木町のメインストリートである杉門大通りに建つ、レトロなビルの2Fにある『秋田ぶるうす』。店長を務める東陽片岡さん(65)(以下、東陽さん)に、スナックのお作法を伝授していただきましょう。

東陽さんの作品でもある店の看板。お下劣でシュールな作風が、路上で怪しく光っている
東陽さんの作品でもある店の看板。お下劣でシュールな作風が、ビルの入口で怪しく光っている

 東陽さんは1994年に『ガロ』でデビューした漫画家で、30年以上身銭を切って各地のスナックへ通い続けたという、スナック愛好家でもある人物です(スナック通いを描いた『レッツゴー!! おスナック』(青林工藝舎)という作品も味わい深いので、ご興味ある方はぜひ)。

 ところが10年ほど前に、客の立場から雇われマスターへと転身。聞けば「好きな世界へ、アルバイト的に手を出してしまう癖がある」というのです。東陽さんはスナックの他にもディープな風俗店を経営していた過去もあったりして、赤裸々な身の上話が実に濃厚。これもまた、スナックらしさ……なのでしょうか!?(ママの身の上話が濃い、という偏ったスナックへのイメージ)

東陽片岡さんが考えるスナックの魅力と探し方

『秋田ぶるうす』の店長を務める漫画家・東陽片岡さん。カメラを向けるとおちゃめなポーズをキメてくれる
『秋田ぶるうす』の店長を務める漫画家・東陽片岡さん。カメラを向けるとおちゃめなポーズをキメてくれる

 ここ最近のスナック人気といい、東陽さんのスナック愛といい。何となくの怪しさを乗り越えてなお人々を惹きつける、スナックの魅力とは?(逆に怪しげだからこそ惹かれるのか?)。

「おスナック(※)には、誰かと話して寂しさを和らげられるっていうのがあるよね。俺が通っていた頃は、一人暮らしで一日中口をきかずにひたすら漫画とイラスト書いていたわけ。そうすると、誰かとしゃべりたくなる。スナックの仕事を始めてからは、接客で十分すぎるくらい人としゃべっているからそういう欲はなくなったけれど(笑)、そのころは、呑みながらしゃべるのが楽しかったんだよね」

※おスナック 東陽さんの口癖で、多くのものに「お」がつく

『秋田ぶるうす』のカウンター。バックバーにはウイスキーや焼酎がずらり
『秋田ぶるうす』のカウンター。バックバーにはウイスキーや焼酎がずらり

 確かにスナックは「参加型」であるのが特徴で、一般的な居酒屋との違いはそこが大きいポイント。「リアルで人と話したい」「賑わいの中でくつろぎたい」という気持ちは東陽さんのように特殊な職業でなくとも、外出が憚られるコロナ禍で多くの人が抱いていた欲求かもしれません。

 もちろん自分も同様で、そんな時は、コミュニケーションが自然と発生する空間が大変魅力的に思えます。しかし。だからと言って、知らない店に入って行き、心地よく過ごせるか? と聞かれるとそれはまた別問題。店選びはどうすればいいでしょう?

「今はネットの情報が発達しているので、おスナックサイトを見るといいと思いますよ。女性が複数人いる店に行きたいのか、ママがひとりでやっているような小規模の店がいいのか。カラオケできるほうがいいのか、ないほうがいいのか。地域ごとに店が掲載されていたりするので、ネットである程度調べはつくでしょう」

 ちなみに東陽さんのお好みは?

「俺の場合は、70歳以上の年配ママさんが、ひとりでやっているような店が好きでねぇ。客もおっさんが多いし、カラオケも”おスナック歌謡”がかかるし、そういう世界観が居心地いいんですよ。そうした店はだいたい安く呑めるのも、嬉しいよね。お姉さんたちが何人もいる系の店は、比較すると料金設定が高い傾向はあるでしょう」

ディープなスナック愛とたしなみ方を説明中の東陽さん
ディープなスナック愛とたしなみ方を説明中の東陽さん

 では、よく知らない街をブラブラ歩きつつ、店構えを頼りに選びたい場合は?

「俺の場合はまず、佇まいが古いだけでなく店の外に植木鉢が置いてあるかどうかを見る。置いてあるとポイントが高かったりして、そういう店はママがひとりでやってるな……というのが何となく分かるんだよね。
 でもね、福袋を開けるような気持ちでドアを開けてみるのも楽しいものですよ。ドアの外から耳をすませて、中の雰囲気を感じ取ってみたり。ちなみに“会員制”と書いてある店は敷居が高く感じるかもしれないけれど、実はアレ、ほとんどが”一言さんお断り”という意味ではない。
 ニッコリ笑って、仕事帰りに寄ってみたんですけど~挨拶すれば、入れることがほとんどじゃないかな。初めての客というのは、店側も多少緊張するものです。だからまずは、店側としても笑顔で来てもらえると嬉しいね」

「会員制」プレートが、防犯シールくらいのノリだったとは驚きです。

気になる料金システムは?

ボトルキープの焼酎セットを注文すると、ウーロン割りをつくり取材班と乾杯してくれた(※乾杯のための着席で、ずっと席についてくれるわけではない)
ボトルキープの焼酎セットを注文すると、ウーロン割りをつくり取材班と乾杯してくれた(※乾杯のための着席で、ずっと席についてくれるわけではない)

『秋田ぶるうす』の料金設定は、「ハウスボトルコース」がボトル1本、水割りセット、カラオケ歌い放題で2時間3000円(延長30分500円、ボトル追加1本2000円)。ボトルキープ(焼酎3000円~)をすると、時間制限はなくなります。

 この料金システム、ショットバーと比べると意外とリーズナブルなのも魅力的。呑み過ぎて、翌朝「昨日いくら使ったか分からない!」となりがちな人にとっても(自分のことですが)、いいシステムだと感じられました。

ボトルキープをすると、東陽さん直筆で名前を書いてもらえる。漫画ファンなら悶絶である
ボトルキープをすると、東陽さん直筆で名前を書いてもらえる。漫画ファンなら悶絶である

 ちなみに、スナックという業務形態は、1964年東京オリンピックを契機に誕生したものだと言われています。当時風営法が強化されたことに伴い(海外から客がわんさか来るのに、怪しい店は国のイメージが悪くなってけしからんということですね)、「夜遅くまで呑める、健全な雰囲気の店」が必要とされ、生まれたのだとか。

 一般によく使われる説明は、クラブ(キャバクラホストクラブ)との違い。風営法の取り決めにより、席についての接客はNGで、カウンター越しの「対面接客」が基本です。とは言え、店によっても特徴はさまざま。そうした数あまたあるスナックの中から、自分に合う店、縁のある店を探して歩けば、大人のリアルRPG感も楽しめそうです。

カラオケのお作法と気持ちの良い過ごし方のコツ

友人たちと、嬉しはずかし、おスナックカラオケ体験。友人の歌には「今どき五輪真弓歌ってくれるお姉さんいないよ~」と喜ぶ東陽さん
友人たちと、嬉しはずかし、おスナックカラオケ体験。友人の歌には「今どき五輪真弓歌ってくれるお姉さんいないよ~」と喜ぶ東陽さん

 お次は、スナックではお約束とも言えるカラオケについて。何を歌ってもOKですか? 

「それはもう演歌でもJ-POPでもなんでも、お好きなものを。歌で初心者が気を付けるとするならば、初めてのおスナックで、いきなりママに『デュエットして』とか言うのはやめておいたほうがいいかもしれませんね。常連さんから図々しいと思われてしまうかもしれないから。
 あとは他の客が歌い終わったら、拍手することも意外と大事。たまにグループで話し込んでしまって、人の歌を全く聞いていないパターンとかもあります。もちろんそれはそれでいいんだけど、できれば拍手はあったほうが気持ちいいよね」

呑んで歌っておしゃべりすると、必然的に腹がすくので、近くの店から出前をとれるシステムになっている。「酒とつまみ」だけにならないので、とても健康的ではないだろうか
呑んで歌っておしゃべりすると、必然的に腹がすくので、近くの店から出前をとれるシステムになっている。「酒とつまみ」だけにならないので、とても健康的ではないだろうか

 スナックを楽しむには、周りの人にも配慮しながら、アットホームな空間を楽しもうという姿勢が重要ということですね。とはいえ、自分の場合は酔っぱらって調子に乗って、どれもやらかしている気がしたりして……。

「ノリのいいママさんとかだと問題ない場合も多いけどね(笑)。まあそこは周りの様子を見て。あとは、たまに年配のお客さんでいるんですが、30回くらい同じ話をする、とかしなければ大丈夫じゃないかな。俺がおスナック通いをしていた頃、自分が客として心がけていたのは、一つの店に長時間滞在しないこと。ひとつの店にずっといるのは、酒のみとして野暮だと思っているんですよね。1~2時間くらいでサクッと移動するといいのかなと」

秋田ぶるうすのカラオケシステムには、演歌歌手の氷川きよしとデュエット体験ができるスペシャルコンテンツが搭載。これがめちゃくちゃ楽しい。さらに、スナックの女性とデュエットしている気分が味わえる「バーチャルカラオケ」もある
秋田ぶるうすのカラオケシステムには、演歌歌手の氷川きよしデュエット体験ができるスペシャルコンテンツが搭載。これがめちゃくちゃ楽しい。さらに、スナックの女性とデュエットしている気分が味わえる「バーチャルカラオケ」もある

 スナックは「呑んで歌って」が基本的な楽しみ方だと思いますが、スナックカラオケのコツはあるんでしょうか? これ歌っておけば間違いナシ! のような。

「オールジャンルを歌える人が、どこの店でも盛り上がれるので得するでしょうけど、間違いないのはテレサ・テンとか。年配のママの店なら、美空ひばり。桂銀淑(ケイウンスク)もオススメです。男性なら、石原裕次郎
 俺はおムード歌謡派だから、クール・ファイブとかロス・プリモスとかコーラスグループが好き。でも今はもう、そんなの歌う人は少数野党並みに数が少ないでしょう? 当然うちの店でもお客さんが歌うのは、ほとんどJ-POPですよ。好きな曲を歌っていただいて問題ありません」

リクエストに答え、しっとりした美声を聴かせてくれる東陽さん。「バーチャルカラオケ」で着物美女が画面に登場すると「あ~このお姉ちゃんか。ちょっと信用できないタイプなんだよな…」とバーチャル美女にも真剣に接する東陽さん
リクエストに答え、しっとりした美声を聴かせてくれる東陽さん。「バーチャルカラオケ」で着物美女が画面に登場すると「あ~このお姉ちゃんか。ちょっと信用できないタイプなんだよな…」とバーチャル美女にも真剣に接する東陽さん

 自分の父世代を思い出すと、スナックで「マイウエイ」とか「昴ーすばるー」とかを歌ってるイメージがありますね。ジャイアン・リサイタルのごとく……。

「ああいうひとりでワーッと盛り上がる曲は、自分の世界に入りすぎな感じが、ちょっと危険かもしれない。それにねえ、長いでしょう。俺も客に歌をリクエストされることがあるけど、2分ちょっとの曲を選ぶようにしているんですよ。お客さんが歌う時間を邪魔したくないからね」

 そういう意味では、失恋ソングなども要注意な気配……。

まとめ

 東陽さんからご教示いただくおスナック作法には理解しがたい謎ルール的なものはほとんどなく、シンプルに「他人への気遣い」がすべて。しかも、ほんのちょっとしたことばかり。皆で気持ちよく過ごそうという、大人の心配りですね。歌って飲んでおしゃべりして……といっても、友だちと楽しむカラオケボックスとは、なるほどノリが違います。楽しみつつ大人力が磨かれる、不思議な空間。

お店では、アーティストのうなじさんと東陽さんの「おヅエットソング」 CD『哀愁の重ね着女』が販売されている(1000円)
お店では、アーティストのうなじさんと東陽さんの「おヅエットソング」 CD『哀愁の重ね着女』が販売されている(1000円)

 中高年になると、遊び友だちも仕事仲間も固定メンバーになりがちですが、ひと足スナックに飛び込めば、日常生活でまず出会わない人と同じ空間を楽しめるというサプライズもありそうです。

 別日、混雑している週末にお邪魔して軽~く常連さんらしき人たちと世間話をしする機会にも恵まれましたが、思いのほか楽しく、大変にリフレッシュすることができました。しかも、思っていた以上に健全かつ安心安全(ここ大事)。

 繁華街の大混雑を避け、適度ににぎやかな夏の夜を過ごしたいという大人読者の皆様、今宵スナックの扉を開けてみてはどうでしょう? 

●SHOP INFO

店名:歌謡おスナック「秋田ぶるうす

住:新宿区舟町4-1 メゾン・ド・四谷2F
東京メトロ丸の内線 四谷三丁目駅4番出口から3分)
TEL:03-3356-9955
営:月~金 19:00~翌1:00、土19:00~23:00
休:日
X(旧Twitter)のアカウントは@akitablues
https://t-kataoka.com/

※東陽片岡さんが店に立つのは月・水・金(19時~25時)と祝日(19~23時)。他の日は別スタッフがママとして店に立つ。

●著者プロフィール

ムシモアゼルギリコ
フリーライター。記事の執筆のほか、TV、ラジオ、雑誌、トークライブ等で昆虫食の魅力を広めている。昆虫食だけでなく、一般の食卓では見かけないような食材を追うのが好き。著書に『びっくり! たのしい! おいしい! 昆虫食のせかい むしくいノート』(カンゼン)、『スーパーフード! 昆虫食最強ナビ』 (タツミムック) 。

スナックの看板の灯がともると、夜遊びの時間がはじまる | 食楽web