1999年イギリスの島で2000年以上前の古代戦士の棺が見つかっていました。

中に入っていたのは遺骨の残骸と、故人が男性であることを示す「剣」、そして女性であることを示す「鏡」の両方。

この時点で男性か女性か分からず、加えて、骨の崩壊が進んでおり、性別の特定ができないまま今日に至っていました。

しかし今回、英ヒストリックイングランド(Historic England)はここ数年で進歩した歯の分析技術により、古代戦士が「女性」であることを特定したのです。

さらに、この女戦士はある集団のリーダーであった可能性も示唆されました。

研究の詳細は、2023年7月27日付で学術誌『Journal of Archaeological Science:Reports』に掲載されています。

目次

  • 20年以上前に見つかった古代戦士の謎
  • 女性戦士のリーダーの先駆者か?

20年以上前に見つかった古代戦士の謎

1999年イングランド南西沖に浮かぶシリー諸島の一つ、ブライハー島(island of Bryher)にて、2000年以上前に遡る古代戦士の墓が発見されました。

シリー諸島の全体像。黒点がブライハー島(右枠はイギリスで黒点がシリー諸島の位置)
Credit: S. Mays et al., Journal of Archaeological Science: Reports(2023)

棺には男性戦士の副葬品である「鉄製の長剣」が入っていたため、埋葬された人物は男性の可能性が高いと考えられました。

ところが同じ棺の中から「銅鏡」が見つかったことで事態は一転します。

鏡は当時の社会で女性との関連性が強く、しばしば女性の副葬品ともなっていました。

同時代の埋葬地では、剣は男性の、鏡は女性の墓から見つかるのが普通であり、両方が1つの棺に入っているのは異例でした。

また副葬品としてはこの他に盾の残骸、金属製のブローチ、螺旋状の指輪など、男性にも女性にも当てはまるものが見つかっています。

棺から見つかった「長剣」と「銅鏡」
Credit: Historic England – New Scientific Study Solves Mystery of 2,000-year-old Grave(2023)

さらに頼みの綱である遺骨はバラバラに崩壊が進んでおり、性別を特定するためのDNAが抽出できませんでした。

それゆえ、20年以上もの間、遺骨は性別不明のまま放置されることになったのです。

歯の分析から「女性」と判明!

しかし研究チームは今回、ここ数年で進歩した歯の分析技術を駆使して、性別の特定に成功しました。

研究主任の一人であるグレンドン・パーカー(Glendon Parker)氏は「歯のエナメル質は人体で最も硬く耐久性のある物質であり、X染色体またはY染色体のどちらかと関連するタンパク質を含んでいるため、性別の判定に利用できる」と説明します。

遺骨の残骸(中央)と歯(左)
Credit: Historic England – New Scientific Study Solves Mystery of 2,000-year-old Grave(2023)

このタンパク質の痕跡を調べた結果、歯の中からX染色体にのみ存在する遺伝子によってコードされるタンパク質が見つかったのです。

一方で、Y染色体に関連するタンパク質は検出されず、この人物はY染色体を持っていないことが示されました。

つまり、古代戦士は性染色体XXのセットを持つ「女性」であると考えられるのです。

チームは「96%の確率で女性と判断できる」と述べています。

では、この女性戦士はどのような人物だったのでしょうか?

女性戦士のリーダーの先駆者か?

まずこの女戦士と共に埋葬されていた鏡の意味について考えてみましょう。

女性戦士が生きた当時のイギリス社会において、鏡は複数の用途と重要な意味合いを持っていました。

例えば、戦地であれば、鏡面に太陽の光を反射させて遠方にいる仲間の戦士に攻撃の合図を送るコミュニケーションの一つとして使われます。

また研究者によると、鏡面の光反射には儀式的な意味もあり、襲撃の成功を占ったり、あるいは戦闘に参加する戦士を無事に帰還させるために、超自然界との交信に使用された可能性もあるという。

いずれにせよ、鏡を持つ者の仕事は非常に重大であり、研究主任のサラ・スターク(Sarah Stark)氏は「シリー諸島の戦地で、この女性戦士がリーダー的な役割を果たしたとも解釈できる」と指摘しました。

銅鏡の拡大写真
Credit: Historic England – New Scientific Study Solves Mystery of 2,000-year-old Grave(2023)

スターク氏は続けて、次のように見解を述べます。

「剣と鏡の組み合わせは、この女性がコミュニティ内で高い地位にいたことを示唆しており、敵陣への襲撃を組織したり主導していたのかもしれません。

彼女はイギリスでの女性戦士の地位を高め、後にブーディカのような女性指導者が現れる基礎を築いた可能性も考えられます」

ブーディカとは、生年不詳〜紀元60年頃に実在したケルト人イケニ族の女王で、現在のイギリス東部ノーフォーク地域を治めていました。

夫プラスタグス王の死に乗じて王国を奪ったローマ帝国に対し、イケニ族や近隣の部族をまとめ上げて戦った反乱軍の女性リーダーです。

彼女は各地のローマ帝国植民地を次々に攻略し、当時のローマ皇帝ネロに軍の撤退を決断させるまで追い込みましたが、最終的には戦死しています。

演説をするブーディカ
Credit: ja.wikipedia

ブーディカは後世の芸術やフィクション作品に多大な影響を与え、日本ではRPGゲーム『Fate/Grand Order』に登場することで有名です。

もしかしたら今回の女性戦士は、ブーディカのような女性リーダーの先駆けとなる存在だったのかもしれません。

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参考文献

Iron Age warrior woman was buried with a sword and a mirror https://www.livescience.com/archaeology/iron-age-warrior-woman-was-buried-with-a-sword-and-a-mirror New Scientific Study Solves Mystery of 2,000-year-old Grave https://historicengland.org.uk/whats-new/news/new-scientific-study-solves-mystery-2000-year-old-grave/ Mysterious ancient warrior buried with sword and mirror was actually a woman https://www.zmescience.com/science/news-science/iron-age-sword-mirror-woman/

元論文

Sex identification of a Late Iron Age sword and mirror cist burial from Hillside Farm, Bryher, Isles of Scilly, England https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2352409X23002742
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