ロシアセルゲイ・ショイグ国防相が、北朝鮮の開放戦争勝利70周年の式典に合わせて、ロシアの国防相としては23年ぶりに北朝鮮を訪問した。

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 7月27日夕の軍事パレードでは、金正恩総書記の隣で、閲兵台にも登壇した。極めて異例のことである。

 大国ロシアの国防相が、これまで見下していた北朝鮮プライドを捨て、助けを求めて頭を下げた。

 ウクライナでの戦いに敗北しないために、兵器の協力を依頼しているのだ。

 この軍事パレードの特色は、

ウクライナ戦争を意識するショイグ国防相と金正恩総書記との関係

ウクライナ戦争の影響

③最近開発している兵器と新たな軍事戦略――が見えたことだ。

 今回は、①と②について、近日中に③を記述する。

 具体的には、ショイグ国防相の訪朝の意味、パレードに登場した兵器と登場しなかった兵器の意味、ロシア北朝鮮に求める兵器など、次に金正恩総書記にお返しを求められることについて考察する。

1.ロシアと北朝鮮の関係が逆転

 ロシア国防大臣が北朝鮮を訪問したのは、2000年7月のウラジーミル・プーチン大統領訪朝時に随行してきて以来、23年ぶりのことである。

 2000年というのは、露朝間で軍事協力の規定が含まれているソ朝友好協力相互援助条約に代わり、新たに軍事協力の規定がない露朝友好善隣協力が結ばれた年だ。

 両国間にとって、歴史的な出来事であった。

 今回のように、北朝鮮の記念日だけに国防相がわざわざ訪朝したのは初めてのことだ。7月27日には、金正恩総書記とショイグ国防相が会談を行った。

 ロシア国防相は、戦勝記念日を祝いに来たわけではない。

 ロシアは今、ウクライナに侵攻し、その後、守勢に転移せざるを得なくなっている。

 このような時に北朝鮮を訪問するのは、国防相自身が直接、金正恩総書記に頼まなければならないことがあったからだ。

ショイグ国防相の金正恩訪問と会談

(図が正しく表示されない場合にはオリジナルサイトでお読みください

 ショイグ国防相は、前述の写真にあるように、左手にロシア軍のマークが描かれているお土産を携帯している。

 その後の会談時の写真で、金正恩総書記の席の近くに置かれている。

 国防大臣がわざわざ手土産を持参し、金正恩総書記に直接渡したということである。

 北朝鮮広報部は、ショイグ国防相が金正恩に土産を持って、頭を下げて頼みに来たということが、世界に分かるように、ロシア軍のマークが見える形で写真を撮っている。

 ロシアはこれまで、多くの兵器を北朝鮮に供与してきた。

 主なものは、「MiG-29戦闘機だ。

 その後も、「S-300・400」防空ミサイルなどの技術供与(正規のルートではないかもしれない)や、イスカンデル版短距離弾道ミサイルなどの測位衛星による誘導支援をしてきた。

 それが、ロシアは今、協力を受ける側になった。

 ロシア北朝鮮の立場が逆転した瞬間である。

 ロシアの国防相はこれまで、北朝鮮のトップに頭を下げたことはない。ところが、ウクライナ戦争での劣勢を挽回するため、必要な兵器等を得ようと、下げたくない頭を下げた。

 ショイグ国防相の顔の不快そうな表情を見れば、このことがはっきり分かる。

2.パレード登場兵器と登場しなかった兵器

(1)T-34戦車が車両部隊の最初に登場

 今年2月、ロシアの対独戦勝記念の軍事パレードでは、当時活躍した戦車「T-34」戦車が1両のみ参加した。

 北朝鮮は、解放戦争で活躍した兵器の一部として、T-34戦車3両を登場させた。

 私の記憶では、2020年まで「T-55」や「T-62」戦車の登場はあったが、T-34戦車を登場させたことはなかった。

 北朝鮮は、ショイグ国防相の参加のために、ロシアの記念日のパレードに合わせ、ロシア軍事パレードに倣って、これをパレードの先頭に登場させた。

 ショイグ国防相の目の前で、準同盟国としての仲間意識を強調したかったのだろう。

北朝鮮T-34戦車

(2)最新の戦車、米国のM1エイブラムスに似ている戦車の改造

 米軍の「M1エイブラムス」戦車に似た戦車が、2020年10月から継続して登場している。今回は、これに改造がなされている。

 ウクライナ戦争で、ロシアの戦車は米国製の「ジャベリン対戦車ミサイルに多く撃破されている。

 対戦車ミサイルの攻撃から戦車本体を守るには、世界の趨勢として、弁当箱のような四角の形をしたアクティブアーマー(爆発反応装甲)(注)を多く取り付けるのが通常だ。

注:金属製の箱に爆薬が設置されており、対戦車ミサイル被弾時に、爆薬が起爆して、対戦車ミサイルのメタルジェットの形成を阻害し、戦車装甲の内部への貫徹を防ぐものである。

 北朝鮮もこれまで、T-62 戦車にアクティブアーマーを装着して、「天馬号」としていた。

 今回は、M1エイブラムス戦車に似ている戦車にアクティブアーマーを取り付けて登場させた。

 これらは、装着されてはいるものの、ウクライナで戦闘している戦車のそれよりも、数は極めて少ない。

 ウクライナ戦争の様相を見て、「一応付けました」といったもののようだ。

 米欧のジャベリン対戦車ミサイルは、敵の戦車をトップアタックで狙って撃ち込むものだ。

 だから、アクティブアーマーは、戦車の上部にも装着すべきなのだが、そうなってはいない。

M1エイブラムス戦車に似せた北朝鮮新型戦車

 2020年の10月に登場した時には、9~10両登場したのだが、今回は6両であった。

 数量が減った理由は、今回パレードの主役ではないので数量を減らしたのか、エンジンに不具合があって動いていないのか、ロシア軍に送ったかのどれかであろう。

(3)いつも参加していた火砲の登場がゼロ

 自走152ミリ榴弾砲、自走170ミリ火砲、自走240ミリ多連装砲は、いつも登場していたのだが、今回はなかった。

 火砲は、ミサイルのように注目されることはない。だが、ウクライナでは火砲の射撃協力が、第1線での戦闘に大きな影響を及ぼしている。

 テレビ映像でよく見かけるものだ。

 これらの火砲が、今回のパレードに1門も登場しなかったことは、極めて異例なことだ。

 ロシアが今、北朝鮮に求めているのは砲弾の火薬と砲弾そのものだ。

 金正恩総書記としては、ショイグ国防相の目の前で、「火砲はすべてロシア軍に提供しています」ということを示したかったのではないか。

170ミリ自走榴弾砲(加濃榴弾砲)2023年2月登場

(4)新型の装甲歩兵戦闘車も登場しなかった

 新型の装甲歩兵戦闘車は、2020年10月から今年の2月のパレードに登場していた。M1エイブラムス戦車と協同して戦う兵器だ。

 これも、今回は登場しなかった。北朝鮮としては、地上軍の近代化を見せるために、是非とも登場させたい兵器のはずだ。

 登場しなかった理由は何か。

 これを、そのままの形で、あるいはエンジンだけを取り出してロシアに提供している可能性がある。

 この兵器のエンジンは、もともとロシア地上軍の歩兵戦闘車BMP)のエンジンであった可能性があるのだ。

北朝鮮地上軍の新型装甲歩兵戦闘車

(5)ジャベリンもどき対戦車ミサイル

 ウクライナの戦争で、ウクライナ軍がロシア軍の戦車を撃破するために使用しているのが、米国製の「ジャベリン対戦車ミサイル」だ。

 このミサイルで攻撃されたロシア軍戦車は、1発で木っ端微塵に破壊されている。お茶の間でも有名になるほどの兵器だ。

 北朝鮮は、俺たちも装備していると強調したいのだろう。朝鮮中央通信に、2023年2月の軍事パレードの写真が掲載された。

 2月の写真では、よく見なければ見落としてしまいそうだったが、角度的にジャベリンであることが分かりにくかった。

 ところが、7月の動画では、横から写されていて、ジャベリンと全く同じだと明確に分かる。米韓日の軍事専門家やメディアに「見落とさないでほしい」という北朝鮮の願望がある。

ジャベリンを携帯して行進する兵士

3.ロシアが北朝鮮に求めるもの

 ロシアが、ウクライナ戦争を継続し、ウクライナに敗北しないために必要であり不足している兵器で、かつ北朝鮮にある兵器は何か。

 今回だけ、パレードに登場していない兵器がある。

 これが、ロシアに渡っている兵器なのではないか。それは、自走の火砲(155ミリと170ミリ)、各種短距離弾道ミサイル(改良型など)、装甲歩兵戦闘車である。

 ロシアが今戦場で必要としているものである。

 火砲はそのもの自体を、装甲車などは搭載されているエンジンだけか戦闘車本体なのかの、どちらかだろう。

 短距離弾道ミサイルについては、韓国軍と米軍との演習が活発に実施されているにもかかわらず、最近発射数が少ない。

 また、極超音速滑空体の実験を継続する必要があるにもかかわらず、実験は成功していない。

 ミサイルの部品がロシアに渡っている可能性がある。

 順川リン酸肥料工場が、2020年に完成した。

 金正恩の死亡説が流れた時に、初めて現れた施設だ。

 金正恩総書記が視察するほどの工場なので、重要な施設であるが、私は火薬を製造している施設であると見ている。

 そこで、製造される火薬をロシアに送っているのではないかと考えている。

 火薬は、北朝鮮製であっても証拠が残らない。

 これまでも火砲弾薬は北朝鮮からロシアに支援されているという情報はあった。

 これからも、北朝鮮の弾薬・火薬、火砲がシベリア鉄道を通過して、ウクライナの戦線まで輸送されることになるだろう。

4.北朝鮮に恩を着せられたロシア

 今回、ロシアのショイグ国防相が北朝鮮金正恩総書記に軍事協力を依頼した。

 次は、ショイグ国防相が金正恩総書記に軍事協力を求められることになる。

 北朝鮮は、兵器を近代化するために、ロシアに依頼することは山ほどある。

 もし、このことが段階的に実現すれば、北朝鮮の軍事力は飛躍的に大きな脅威となるだろう。

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ロシアのショイグ国防相(左)も出席した北朝鮮の軍事パレード(7月28日、提供:KCNA/UPI/アフロ)