反攻に際し、ウクライナ軍が快進撃かといえばそんなことはないようです。西側諸国から供与された戦車や装甲車は、ロシア軍の地雷原を前に破壊されています。そして損傷した車両のアフターケアも課題となっています。

アメリカ製M2歩兵戦闘車、すでに50両近くを喪失

2023年6月に始まったとされるウクライナ軍の反攻ですが、最初の数日でウクライナ軍機甲部隊は地雷原に閉じ込められ、SNS「テレグラム」のロシアのアカウントでは、ロシア軍攻撃ヘリコプターにより撃破されたドイツ製「レオパルト2」戦車とアメリカ製M2「ブラッドレー」歩兵戦闘車の画像が広く拡散されました。

供与された西側兵器を前線に投入すれば、ロシア軍を圧倒できるという考え方は間違いだったと、ウクライナ軍司令官ヴァレリー・ザルジニ大将は最近のワシントン・ポスト紙のインタビューで答えています。ウクライナのレズニコフ国防相は、「レオパルト2」も「M2」も無敵万能ではなく、損失が出るのは「正常」なことだと認め、ウクライナ西側諸国から提供された物資がどれだけ破壊または損傷しているかを隠しておらず、その数字をパートナーに伝えているとも明かしました。一方で、西側製兵器のメリットとして「持続可能な戦力」であるという点も挙げています。これは、損害は出ても乗員の生存率は高く、多くは修理したうえで戦線復帰が可能だということです。

M2が配備されたウクライナ軍第47独立機械化旅団のある小隊長は、ワシントン・ポスト紙の取材で、ロシア軍の深い地雷原で多くのM2が損傷していることを認めています。M2に乗車し攻撃をかける中で地雷を踏んだ際、その瞬間は衝撃で脳震盪を起こし負傷者も出したものの、乗員は全員が生き残り、砲弾が飛び交う中でも脱出できたのだそう。これに関して前出の小隊長は「我々はブラッドレーに命を救われた」と証言しました。

アメリカ国防総省も十数両のM2が破壊されたことを認め、さらに数十両が損傷を受けている模様です。オープンソースのインテリジェンスサイト「Oryx」によれば、M2は7月27日の時点で少なくとも19両が破壊、23両が損傷、6両が損傷のうえ放棄されたとされており、計48両が失われたとまとめています。

カギは損傷車両をいかに早く戦線に戻すか

アメリカはM2歩兵戦闘車を109両供与しているので、6月の反攻から2か月を経たずして4割以上が失われた計算になります。現代戦の苛烈さを思い知らされます。それを補充するかのように、アメリカは6月13日に早くもM2を50両追加供与することを発表したので、総数は159両となりますが、部隊に配備されて戦力化されている実数はわかりません。アメリカ軍では一般に修理できないほど大破したものや回収不能な車両を破壊とみなし、修理可能な車両を損傷と区別するので、約半数は修理可能ということになります。

この損傷車両をいかに早く戦線に戻すかが戦力維持のポイントです。2023年初めからドイツで行われているウクライナ兵を対象にした戦車や装甲車に関する教育訓練では、操作方法だけでなく修理方法までカリキュラムに含まれており、先のワシントン・ポスト紙は、ウクライナ軍が前線近くでM2を修理している様子を紹介しています。ウクライナは戦車も生産できる工業基盤があるので、損傷車の多くは国内で修理可能です。しかし、スペアパーツの供給が追い付かず損傷の激しい車両から部品をはがして転用することも行われているので、新たに供与されない限り、稼働総数が持ち直すことはないでしょう。

車種や損傷度合によっては、修理を国外で行わなければならないこともあります。比較的新型のレオパルト2A6や2A7戦車はドイツまで送らなければなりません。また、レオパルト2A4やM2で損傷の激しくウクライナの手に負えないものは、隣国のポーランドで修理することになっていますが、同国の修理能力を高めるため、ドイツの技術協力で修理工場を新設することが計画されていました。しかし費用の面で揉め、ドイツの経済誌「ハンデルスブラット」の記事によれば、白紙撤回されてしまったとのことです。

ウクライナ軍の幹部は「修理のためにポーランドに送らなければならない車両が減れば減るほど、より多くの人命が救われる。現場部隊はM2が前線に戻るまで何週間も待つわけにはいかない」と述べており、何とか自国で修理しようと奮闘しています。

なぜ西側メディアは安全性を殊更に取り上げるのか

西側兵器は供与されるだけでなく、損傷した後のアフターフォローが問題になってきています。アメリカ国防総省の関係者によると、修理のためにポーランドへ送られたM2歩兵戦闘車は十数台に満たず、場合によっては修理を待たずに、新たに送られてきた別の車両に乗り換えているといいます。アメリカにはまだ予備保管状態のM2が約2000両もあるそうなので、修理するより新しい車両を送った方が早いというのは、いかにも物量を誇るアメリカらしいやり方です。

ウクライナ軍が本格的に西側戦車や装甲車を前面に押し出してから2か月が経とうとしていますが、投入された4割が破壊、損傷したという事実は軽視できません。西側戦車や装甲車は安全性が高いとされていますが、まだ現場レベルの証言のひとつであり、今後さらに多くの事例を集めて検証する必要があるでしょう。

大量投入されている東側製のBMP歩兵戦闘車とは、戦場で使われている数も時間も大きく違うので、単純比較でM2の方が安全であるとは断言できません。BMPT-72戦車も決して人命を軽視した車両ではないのです。東西兵器は根本的に攻撃力、防御力、機動力から生産・維持コストまでどのようにバランスをとるかの考え方が違うだけです。

西側メディアが西側戦車や装甲車の安全性を殊更に取り上げるのは、ウクライナ軍兵士の士気を高め、西側の兵器援助は有効だということを強調する意図があることも加味する必要があります。安全な戦場などないのですから。

ウクライナ軍で使われるM2「ブラッドレー」歩兵戦闘車(画像:ウクライナ国防省)。