被相続人(相続財産を遺して亡くなった人)の遺産を相続する人が一人もいないとき、その財産は一体どうなるのでしょうか? そもそも遺産を相続する人が一人もいない状態とは、どのような状態なのでしょうか。本稿ではその答えについて、また相続する人がいない「遺産」や「相続税」がどうなるのかについて詳しく解説します。

法定相続人がいない「相続人不存在」とは? 相続税はかかる?

被相続人の遺産を相続する人が一人もいない状態を、「相続人不存在」といいます。例えば被相続人の配偶者や子、親、兄弟姉妹など、民法上定められた法定相続人がいない場合や、法定相続人がいるにもかかわらず相続放棄や廃除などによって相続権を失った場合が相続人不存在に該当します。

相続人がいなければ相続が発生しないため、相続税もかからないのではと思うかもしれません。しかし、遺言書がある場合は相続税が発生する可能性があります。

なぜなら遺贈は、民法上では贈与に分類されるものの、税法上は相続税として扱われるためです。また、法定相続人であれば相続税の基礎控除を計算する際の人数に含めますが、法定相続人以外の人が受贈者となる場合は計算人数に含めません。

例えば、法定相続人3人が相続する場合の基礎控除額は以下のとおりです。

3,000万円+(600万円×法定相続人3人)=4,800万円

しかし、法定相続人以外の人が1人で相続する場合の基礎控除額は、計算人数に含めないため3,000万円のみです。

さらに、被相続人の配偶者と子、両親以外が相続する場合は相続税が2割増しになります。このように、相続人不存在の場合は、通常よりも納税額が増える点に注意が必要です。

法定相続人がいない状態になるケースとは?

法定相続人がいないと一口に言っても、その状態になる原因はいくつかあります。例えば、以下のようなケースが挙げられます。

・そもそも法定相続人が存在しない場合

・相続人が相続欠格に該当した場合

・相続人が廃除された場合

・相続人が相続放棄した場合

相続人がいる場合でも、ケースによっては法定相続人がいない状態に陥る可能性があることを覚えておきましょう。それぞれについて解説していきます。

そもそも法定相続人が存在しない場合

法定相続人とは、民法で定められた相続人のことで、被相続人の遺産を相続する権利を持っています。

法定相続人には順位が決められており、相続が開始した時点で最も上位に位置する人が法定相続人です。第一順位がいれば第一順位、いなければ第二順位、第二順位もいなければ第三順位というように順位が下がっていきます。

なお、配偶者には順位がなく、常に法定相続人になります。法定相続人の順位は以下のとおりです。

法定相続人になれるのは、配偶者と上記の表に登場する人だけです。いとこは法定相続人になれません。

子が亡くなっている場合は孫、父母が亡くなっている場合は祖父母が代わりに相続します。このことを代襲相続といいます。

配偶者も第一順位〜第三順位の人も誰もいない状態が、法定相続人がいない状態、つまり相続人不存在の状態です。

相続人が相続欠格に該当した場合

法定相続人がいたとしても、その人が相続欠格者に該当し、他に相続人がいない場合は相続人不存在の状態になります。

相続欠格とは、詐欺や強迫によって被相続人に自分に有利な内容の遺言書を書かせたり、故意に被相続人や他の相続人の殺害、遺言書の変造や偽造などの非行を働いたりした相続人の相続権を剥奪する制度です。

相続欠格に該当すると、相続に関する権利を当然に失います。遺言があったとしても、遺産を受け取れません。

ただし、相続欠格は代襲相続に影響しないため、欠格者の子が欠格者の代わりに相続することは可能です。

相続人が廃除された場合

法定相続人が廃除された場合も、他に相続人がいない場合は相続人不存在の状態になります。相続欠格の場合とは異なり、廃除はその状態にあるからといって当然に廃除とはならず、被相続人本人の意思で相続権を剥奪できる制度です。

廃除事由として認められているのは、虐待や重大な侮辱、著しい非行です。著しい非行とは、虐待や重大な侮辱にはあたらないものの、相続権を剥奪するに値するような非行を指します。

例えば夫婦であれば長期的な浮気、親子であれば多額の借金を肩代わりさせられたことによって苦痛を強いられた場合などが挙げられます。

相続欠格の場合同様、廃除の場合も代襲相続が可能です。その場合、廃除された相続人の子が親に代わって相続します。

相続人が相続放棄した場合

法定相続人が相続放棄をした場合も、他に相続人がいなければ相続人不存在の状態に陥ります。相続放棄とは被相続人の相続に関する一切を放棄することで、相続放棄をした相続人は、はじめから相続人ではなかったことになります。

そのため、相続欠格や廃除の場合とは異なり、代襲相続もできません。

法定相続人がいない場合、遺産の行方は? 誰がもらう?

法定相続人がいない場合、遺産は相続財産管理人が清算します。相続財産管理人とは、被相続人が遺した遺産の管理や負債の清算などを行う人のことです。被相続人の利害関係人の請求に応じ、家庭裁判所が選任します。

遺産には現金や預貯金だけでなく、土地や建物などの不動産も含まれ、相続財産管理人は優先順位をつけて遺産を振り分けます。優先順位は次の通りです。

1.債権者や受遺者

2.特別縁故者、共有者

3.国庫

特別縁故者とは、被相続人と特別親しい間柄だった人のことです。例えば、内縁の妻や夫、介護をしてくれた息子の嫁、生前世話になった人などが該当します。

なお、特別縁故者に分与される金額を決定するのは裁判所です。相続財産管理人はまず債権者や受遺者への支払いを行い、続いて特別縁故者に対して財産分与をします。特別縁故者がいない場合、共有の財産に関しては共有者に帰属し、残った財産があれば国庫に帰属します。

法定相続人がいない場合の手続き方法を流れに沿って解説

法定相続人がいない場合、遺産は最終的に国庫に帰属します。被相続人死亡後、相続財産管理人が選任されてから国庫に帰属されるまで、以下のような流れで手続きが進みます。

1.相続財産管理人の選任

2.債権者、受遺者への請求申出の公告

3.相続財産の清算

4.相続人捜索の公告

5.相続人不存在の確定

6.特別縁故者への財産分与の申立て

7.特別縁故者への分与または申立ての却下

8.国庫へ帰属

相続財産管理人の選任から債権者、受遺者への請求申出の公告までに2ヵ月、債権者、受遺者への請求申出の公告から相続人捜索の公告までに2ヵ月以上、さらに相続人捜索の公告から相続人不存在の確定までに6ヵ月以上、そして相続人不存在の確定から特別縁故者への財産分与の申立てまでに3ヵ月かかるため、国庫に帰属するまでに最低でも13ヵ月は必要です。

①〜⑧の手続きについて、順番に解説していきます。

①相続財産管理人の選任

利害関係人または検察官が家庭裁判所に対して相続財産管理人の選任を申立て、家庭裁判所が相続財産管理人を決定します。

相続財産管理人とは、被相続人が遺した遺産の管理や負債の清算などを行う人のことです。候補者がいなければ、その地域の弁護士の中から選任されることが多い傾向にあります。

相続財産管理人選任後、家庭裁判所は相続財産管理人を選任したことについて公告し、公告期間である2ヵ月の間に相続人が現れるのを待ちます。

②債権者、受遺者への請求申出の公告

相続財産管理人選任の公告から2ヵ月経過しても相続人が現れなかった場合、相続財産管理人は債権者と受遺者に対し、請求申出の公告をします。

公告期間は2ヵ月以上です。請求申出の公告を経ても相続人が現れなければ、相続財産の清算に進みます。

③相続財産の清算

債権者、受遺者への請求申出の公告を行っても相続人が現れなかった場合、相続財産管理人が相続財産を清算します。被相続人の債権者への支払いや受遺者への遺産の引き渡しをし、回収すべき債権がある場合は回収します。

④相続人捜索の公告

相続財産管理人または検察官の請求によって、家庭裁判所が相続人捜索の公告をします。

相続財産管理人選任、債権者、受遺者への請求申出の公告と、これまで2回にわたって相続人が現れるのを待ちましたが、この3回目の公告で相続人が名乗り出なければ、ついに相続人不存在確定です。

なお、公告期間は6ヵ月以上とされており、この期間内に相続人が現れなければ、実際には相続人が存在していた場合でもその権利は消滅します。

また、この期間内に相続財産管理人が知り得なかった債権者や受遺者が請求申出をしなかった場合は、債権者、受遺者が持つ権利も消滅します。

⑤相続人不存在の確定

相続人捜索の公告後、期間を過ぎても相続人が現れなかった場合は、相続人は存在しないものとし正式に相続人不存在が確定します。

⑥特別縁故者への財産分与の申立て

相続人不存在が確定すると、特別縁故者は家庭裁判所に対して財差分与の申立てができるようになります。

申立て期間は相続人捜索の公告が期間満了した翌日から3ヵ月以内です。審判の結果分与が認められれば、家庭裁判所が決定した金額が遺産の中から分与されます。

⑦特別縁故者への分与または申立ての却下

分与の審判が確定すれば特別縁故者に対し遺産が分与されますが、申立ては必ずしも認められるわけではなく、却下される場合もあります。

その場合は、特別縁故者に分与されることなく国庫に帰属します。なお、遺産のうち共有の不動産については、国庫に帰属せず共有者に帰属します。

⑧国庫へ帰属

①〜⑦までの手続きをしてもまだ残りがある場合、それらはすべて国庫に帰属します。相続人がいないからといって、遺産が自然に国庫に帰属することはなく、このようにさまざまな手続きを経る必要があるのです。

法定相続人がいない…生前にやっておくべきこととは?

法定相続人がいないからといって、相続対策が不要だということはありません。むしろ、法定相続人がいないからこそ、後悔のないよう生前にきちんと対策しておく必要があります。ここでは、法定相続人がいない人が生前にやっておくべきことを紹介します。

遺言書を作成する

法定相続人がいない場合、遺言書を作成しておくことをおすすめします。ぜひこの人に遺産を遺したいという希望がある場合や、国庫に帰属するくらいならどこかに寄付したいというような思いがある場合は、遺言書を作成しておくとよいでしょう。

法定相続人がいる人が遺言書を作成した場合、遺留分があることから遺言書の内容が実現しないこともあります。

しかし、法定相続人がいない人には遺留分を気にする必要がないため、無効になるような非常識な内容でなければ遺言書の内容はほぼ実現可能だと考えてもよいでしょう。

養子縁組しておく

親しくしている遠縁の子など、遺産を遺したい人がいる場合には養子縁組しておくことも有効です。養子縁組し、養親と養子の関係になると法律上は親子関係が生じ、相続権が発生するためです。自分の死後は養子が遺産を相続してくれるため、相続人不存在の状態を避けられます。

(※写真はイメージです/PIXTA)