仮設住宅の街で、個性豊かな住民たちが繰り広げる青春群像劇「季節のない街」が、8月9日(水)よりディズニープラス「スター」で全10話一挙独占配信される。同作は、1970年黒澤明監督が「どですかでん」のタイトルで映画化したことでも知られる山本周五郎の同名小説をベースに連続ドラマ化。12年前に起きた“ナニ”を機に建てられた仮設住宅のある街を舞台に、池松壮亮演じる“半助”こと田中新助の目線を通して、その街で暮らす人々の生活をコミカルに描く。このほど、企画・監督・脚本を務めた宮藤官九郎にインタビューを実施。ずっとやりたいと考えていた今作への思いや初めてタッグを組んだ池松の印象、自分にとっての「ホーム」などについて語ってもらった。

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■「なぜかものすごくエネルギーを感じたんです」

――今回の作品は、ずいぶん前から温めていた企画だと伺いました。

僕が大学生の頃に、黒澤明監督の作品がVHSビデオで一気に出たんですよね。世代的に見ていない作品ばかりだったので、とりあえず全部見ようと思ったんです。その時に「どですかでん」だけ異質だなと印象に残りました。

あとになっていろいろ調べてみると、「どですかでん」の当時は黒澤監督が思うように映画を撮れていない時期だったそうで。初めてカラーで撮れたけど、興行的にはうまくいかなかったといういわくつきの作品。なぜか、ものすごくエネルギーを感じたんです。

――その当時、宮藤さんは何か物作りに携わっていたんですか?

その頃、大学から半分ぐらいドロップアウトしていて、大人計画の手伝いをしていたんです。でも、そっちの道に行く勇気はなくて。そんなことを考えていた頃に大阪の西成で暴動があったんです。それを見に行こうと電車に乗って、小説「季節のない街」を読みながら向かっていたら「お前も何かやってみろ」って言われているような気分になってきて。分かりやすい自分探しなんですけど、何かやらなきゃダメだと思って。それをきっかけに本格的に大人計画に関わることになったんです。

――かなり大きな影響を受けたんですね?

自分に熱があった時に読んだ小説だし、それを映画化した「どですかでん」に出て来る電車バカの六ちゃん(頭師佳孝)たちのキャラがすごく立っていたので印象に残っていました。

――それから時を経て、どんな形でドラマ化の話は進んでいったんですか?

何かあるたびに「どですかでん」を見たり「季節のない街」を読んだりしているうちに、そもそも何でこれは映画なんだろうと。短編集なんだから連続ドラマのほうがいいんじゃないかと。黒澤監督はなぜこのエピソードを使って、あの話を使わなかったのかとかいろんなことが気になりはじめました。

大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」(2019年、NHK総合ほか)の脚本を書き終わった時にうちの社長と次はどんなことをやりたいかみたいなことを話している時に「季節のない街」という小説を映像化したいと思っていたことを伝えて、とりあえず読んでもらったんです。それで、社長も「これは面白いからやりましょう!」となって動き始めたんですけど、誰に説明しても原作を知らないんです。

それで諦めかけていたんですけど、ディズニープラスさんが面白がってくれて。僕が今まで作ってきた作品は複数の若者たちが主人公の物語が多かったし、得意ではあったので半助(池松)、タツヤ(仲野太賀)、オカベ(渡辺大知)の3人を中心にしたらどうですかね?って感じで話が進んでいきました。

■東北出身だからこその震災への思い

――物語の舞台を仮設住宅にした理由は?

「どですかでん」は東京・江戸川区の埋め立て地で撮影したらしいんですけど、劇中に出て来るバラックというのは、今はなじみもないし、かといって、架空の街とか架空の世界になってしまうのはもったいない気がして。やっぱり生活感が大事だから、ちゃんと今の人が生活をしていなきゃだめだろうなと思って仮設住宅を舞台にしたんです。

東日本大震災から10年ぐらいたって、コロナ禍になる直前のタイミングで石巻に行ったんです。その時に、仮設住宅から復興住宅に移ったけど、近所付き合いがなくなっちゃったという話を聞いて。なるほど、仮設住宅ってプライバシーがあるようでない感じで、それも善し悪しだけど、その近所付き合いって、大事だったんだなと改めて思いました。

――今作では“ナニ”と表現していますが、東北出身の宮藤さんだからこその震災への思いというのはあるんでしょうか?

今回のドラマで6話と9話を撮っている渡辺直樹さんとは「あまちゃん」の頃からのお付き合いで。直樹さんと仮設住宅を回っている時に、震災から10年とか何年たったとか、外の人たちからしたら節目かもしれないけど、そこで生活している人たちにとっては節目でもなんでもないことに気付いたんです。

これは東北の人の不思議なメンタリティーなんですけど、忘れられるのは嫌だけど過剰に感情移入されると「おかまいなく」ってなる。だから、どう付き合っていいのか分からないですよね。

震災の直後に「被災地のドラマを」というお話を頂きましたが、その時はまだ早いんじゃないかなと思いました。だからといって、今だからいいのかっていうわけではなくて、節目節目というよりは“忘れない”っていうことが正解なんじゃないかなって自分なりに思ったんです。東北だけでなくて、その後に熊本でも大きな地震があったし、台風や水害など、全国で起こっている。だからこのドラマの中では“ナニ”という言い方にしたんです。

災害そのものは見せたくない。それは「あまちゃん」の時もそうでした。やっぱり、被災地の人たちの気分や気持ちを大事にしたい。それを難しい顔をして言うんじゃなくてコメディーとして伝えてもいいだろうと。そのバランスはいつも考えていますね。

■「変な人のアイデアが出なくなったら引退するんじゃないかな?」

――宮藤作品には、世の中からはみ出した個性豊かなキャラクターが多く登場しますが、ちょっと変わった人に興味を引かれるんですか?

自分がそうだからっていうところがあるんじゃないですかね。今、ここにいるからインタビューを受けていますけど、僕は今年すでに3回職質受けています(笑)。

変な人のファンなんですよね、僕が。こういう世界にいるから変な人にいっぱい出会えるし、だからこそ自分も今こうしていられるんだと思います。変な人のアイデアが出なくなったら、たぶん引退するんじゃないかな? でも、自分の周りにはおかしな人たちがたくさんいるから、まだやれるのかなと思っています。

――池松さんは「宮藤組」初参加ですが、タッグを組んでみてどんなことを感じましたか?

全ての作品でそうだと思うんですけど、池松くんが出てくると何かこうちょっと身を乗り出して話を聞きたくなるっていうか、彼は何を考えてここにいるんだろうなって思いますよね。そこにいることが自然だし、カメラの前でうそをついていないからそう感じるんだろうなと。

作品の中の半助は傍観者。それは小説の原作者である山本周五郎の目線であり、僕の目線でもある。だから、池松くんのナチュラルでフラットな佇まいがしっくりきたし、なおかつバランス感覚が素晴らしいですよね。

――そのバランス感覚はどういうものなんですか?

例えば、このシーンで半助という人間がどこにいて、どういう顔をして、どう見ていたらいいのか、何の指示を出さなくても正解を出してくれるんです。だから、僕は何も言わないじゃないですか。その何も言わないということにも不満がない。「俺はどうすればいいですか?」が1回もないんですよ。これって、やっぱりバランスなんだろうなって感じました。

たまに僕から「ここはもう少し抑えてもらってもいいですか?」ってリクエストを出しても、すごくちゃんと聞いて調節してくれる。主演だし座長だと思うんですけど、だからって背負わなくていいというか、そういう立ち方が自然にできる方。あんなに自然でいられる人と初めて出会ったような気がします。 

■ホントに思ったことを全部口に出していますね

――「ここは仮設と呼ばれた、オレらのホーム」という作品のキャッチコピーにちなんで、宮藤さんにとっての“ホーム”とは?

恥ずかしいから言いたくないけど大人計画の公演かな。ホームだなっていうか、あんまり帰って来たくないけどしょうがねえかって感じも込みで。

劇団の公演だと、楽屋で、ホントに思ったことを全部口に出していますね。この話をしても別に怒らないだろうなっていう共通認識がある人たちと一緒にいると楽だなって思うしリラックスできます。

――最後に読者の皆さんへメッセージをお願いします。

見終わった後にこんな気分になってほしいなと思いながら、そこに向けて作りました。登場人物たちが何となく前向きに生きているんだなっていうことが伝わるといいなと思います。

◆取材・文=小池貴之

宮藤官九郎にインタビューを行った/撮影:永田正雄/ヘアメイク:北川恵(Kurarasystem)/スタイリスト:チヨ