定年退職の際に直面する厄介な問題は、年金や保険、税金などのさまざまな手続きを自分で行わなければならなくなるということです。面倒がって調べずに定年退職を迎えると、受け取れるはずのお金を逃すことも……。本記事では、定年退職した元大企業部長のAさんの事例とともに、「定年退職の際に必ずやるべきこと」について1級FP技能士の川淵ゆかり氏が解説します。

“えっ、なにそれ?”…退職後のんびりしていたAさんの「悲劇」

Aさんは現在61歳。年収1,000万円を超える大手食品企業を1年前に定年退職したばかりです。現役のころは商品企画部の部長を務め、責任あるポジションでも自ら商品の企画を出すなど、アイデアマンとして社内では有名でした。ある程度企画をまとめたあとは部下に任せるタイプで、家庭内でも家のことは妻に任せっぱなし。自分で細かいことをやるのは苦手です。

会社からは「部長職からは外れるが、あと数年は働いてみないか」と声をかけてもらいましたが、「退職後はしばらくゆっくりして、そのあと新しい仕事をのんびり探そう」と考え、在職中は仕事を探すこともなく、退職の日を迎えました。

以前、懇意にしていた上司から「定年退職後に国民健康保険への切り替え手続きが遅れてしまったために、医療費が全額負担になってしまった」という話を聞いていたため、のんびり屋のAさんも国民健康保険の手続きだけは行いました。

退職後は、半年ほど趣味の釣りを楽しんだり、家でゴロゴロしたりとゆったりした日々を送っていましたが、さすがに妻に疎ましがられてしまい、ネットや知り合いのツテを頼って仕事を探すことにしました。

当初は「部長までやったし、これまでいろいろなヒット商品を出した功績もある。仕事なんかすぐに決まるだろう」と考えていましたが、なかなか希望の仕事は見つかりません。それでもAさんは「退職金ももらったし、焦ることないか」とマイペースです。

さらに半年が過ぎ、定年退職して1年が経ったころ、Aさんは大学時代の友人と飲みに出かけました。お酒も入り話が弾んできたころ、友人がいいました。

「仕事探してるんなら失業保険もらっただろ。俺もしばらくは失業保険のお世話になって助かったよ」

これに対し、「え?……定年退職しても失業保険ってもらえるのか?」とAさんは寝耳に水です。

定年退職してももらえる「雇用保険(失業保険)」

65歳未満の定年退職者は、居住地域のハローワークで申請して受給資格が認められると、雇用保険(失業保険)の給付を受けることができます。ただし、受給するためには、ハローワークに下記の書類を提出し、面接を受ける必要があります。

【必要な書類】

・離職票

・雇用保険被保険者証

・本人の住所、氏名、生年月日など身元が確認できるもの(運転免許証、マイナンバーカードなど)

・本人の証明写真(縦3cm✕横2.5cm)2枚

・本人名義の銀行の通帳(キャッシュカード

・印鑑

マイナンバーが確認できるもの(マイナンバーカードや通知書)

また、受給金額は、離職前6ヵ月間の賃金や年齢、被保険者期間により変わってきます。

雇用保険は離職時の状況によって「一般離職者」と「特定受給資格者」とにわけられており、65歳未満の定年退職の場合は、Aさんのように雇用継続を希望せずに定年退職した場合は「一般離職者」(最高給付日数150日)に、雇用継続や再雇用を希望したのに認められずに定年退職に至った場合は「特定受給資格者」(最高給付日数240日)に認定されます。

Aさんの場合は、高所得者で被保険者期間も20年以上あったため、下記の上限額まで受け取れるはずでした。

基本手当額7,177円×150日=1,076,550円(一般離職者)

しかし、この雇用保険は退職後1年間が受給できる期間となっていますので、のんびりしていると受給できなくなります(ただし定年退職の場合は、「ゆっくり休んだあとに再就職先を探したい」という人などのために、定年退職後2ヵ月以内にハローワークに出向いて届け出を提出すれば延長も可能です)。

いずれにせよ、Aさんは退職から1年が経過してしまったため、もう1円たりとも受給することができなくなってしまいました。退職後は、早めにハローワークに行くようにしましょう。なお、65歳以上である場合は、雇用保険ではなく「高年齢求職者給付金」を受給することができます。

退職前・退職後に「必ずやるべきこと」

退職時に必要な手続きについて、退職前と後にわけてそれぞれみていきましょう。

退職前(退職日まで)に受け取るもの一覧

①離職票

②雇用保険被保険者証

③年金手帳

④健康保険資格喪失証明書

⑤源泉徴収票

①離職票

離職票は、ハローワークに提出するために必要です。失業手当を受け取りたい場合は必ず勤務先から受け取る必要があります。なお、会社に自ら申請しないと受け取れない場合もありますので、ご注意ください。

②雇用保険被保険者証

雇用保険被保険者証は、雇用保険に入っていたことを証明する書類です。退職後に他の企業に転職する場合は転職先の企業から提出が求められるため、退職時に必ず受け取るようにしましょう。

③年金手帳

年金手帳は、もしも会社に預けている場合、必ず返してもらいましょう。

④健康保険資格喪失証明書

健康保険資格喪失証明書は、健康保険の被保険者でなくなったことの証明書類です。退職により国民健康保険に切り替える際に必要となります。なお、こちらは会社からもらえないケースもあります。会社から受け取れない場合は、年金事務所へ申請して受け取るようにしましょう。

⑤源泉徴収票

源泉徴収票は、自分で確定申告をしたり、転職先の会社で年末調整をしてもらったりするために必要になります。なお、住民税については、退職後はご自身で支払う必要があります。お住まいの地域の住民税担当窓口で確認するようにしましょう。

退職後にすること一覧

①失業保険の申請

②健康保険の切り替え

③年金保険について確認する

①失業保険の申請

退職後にすぐ就職しない場合は、失業保険(雇用保険)を受給することができます。雇用保険に加入していて、退職前の2年間で12ヵ月以上の加入期間がある等の条件を満たせば受給が可能です。なお、申請期限は退職の翌日から1年以内となっています。待機期間(給付制限)もあるため、すぐにもらえるものでもありません。Aさんのようにのんびりしていて受給できないことのないよう、早めに手続きしてしまいましょう。

②健康保険の切り替え

定年退職後、健康保険に加入するパターンはいくつかあります。

A.まず、退職後すぐに就職する場合は新しい勤務先の健康保険に加入します。

B.国民保険に加入する場合は、お住いの市町村役場で退職後14日以内に手続きを行う必要があります。もし、14日を過ぎてしまった場合、届け出までにかかった医療費は全額負担になってしまいますのでご注意ください。

C.任意継続被保険者制度を利用して、前の勤務先の健康保険に継続して最長2年間加入することもできます。ただし、会社折半だった健康保険料は全額自己負担となりますので、金額も考慮したうえで利用してください。なお、希望者は退職後20日以内に手続きを行う必要があります。

D.家族の勤務先の健康保険の被扶養者となることもできます。ただし、この場合は次のような条件に当てはまっている必要があります。

・被保険者は、配偶者または3親等以内の親族であること。

・被保険者により生計が維持されていること。

・被扶養者となる者の年収が130万円未満で、かつ被保険者の収入の2分の1未満であること。

なお、失業保険を受給していると、被扶養者となることができない場合もあります。

③年金保険について確認する

退職後すぐに就職する場合は、就職先が厚生年金の適用事業所であれば70歳になるまでは厚生年金保険に加入できます。また、働きながら年金を受け取ることもできますが、減額(支給停止)になることもありますのでご注意ください。

老後のお金を考えるうえで不可欠な「インフレ」対策

高齢者にとって一番怖いのは「インフレ」です。預金金利は上がらず、年金額は上がったとしても物価上昇率に追いつかないため、努力して蓄えた老後資金の目減りが進むことになります。

2022年から上がり始めた物価ですが、この値上がりは一時的なものかというと、筆者は「今後もしばらくは続くのではないか」と予想しています。人口減少による経済力の低下で円安が続き、人件費は上げざるをえません。

日本銀行は「2%物価目標」を掲げていますが、もし、2%ずつ物価が上がっていった場合、生活費は約20年後には1.5倍、約35年後には2倍となる計算です。つまり、夫婦2人の生活で現在毎月25万円ほどの生活費がかかっているとすると、約20年後には37.5万円になり、約35年後には50万円かかるということになります。

そこで、老後資金をできるだけ長生きさせる方法を考え、定年退職後も元気なうちはできるだけ働いて収入を得ることがインフレ対策となります。

「住宅ローン」「介護問題」なども事前に対策を

また、昨今では晩婚などさまざまな要因から、定年退職後も住宅ローンがのこる家庭が増えています。定年退職の時点でどのくらい残債があるかは、事前に確認しておくべきです。

なお、医療や介護にかかるお金も人手不足等により大きくなっていくことが予想できます。60代、70代はまだ元気でも、80代になると病気やケガによる入院の確率が高まります。加入している医療保険の保険証券などで、満期の時期等を確認しておきましょう。

老後のために個人年金保険に加入している方も多いですが、こちらも受給期間(いつからいつまで受け取れるのか)を必ず確認しておくべきです。

さらに、老後は夫婦2人で過ごす期間と1人で過ごす期間にわけられます。資産状況や保険の内容を夫婦間で確認して、1人になったときの住まいや暮らし方についても元気なうちに考えておかなければなりません。

まとめ

定年退職を前に、考えておく必要があるのは次の4つです。雇用保険健康保険税金(確定申告年末調整・住民税)マネープラン(住宅ローン・保険等)雇用保険(失業手当)をはじめ、定年退職後まもなく申請期限があるものもありますので、在職中から準備しておく必要があります。老後の期間は長くなっていますから、住まいやお金の問題も含めて1人で抱え込まず、家族で話し合うようにしましょう。

川淵 ゆかり

川淵ゆかり事務所

代表

(※画像はイメージです/PIXTA)